アトラの城
一行が中央門前に到着した頃には、話を聞きつけた野次馬が集まり人だかりが取り巻いていた。
黒鎧と剣士が帯剣する見事な長剣が、近寄りがたい強者の風格を漂わせていて興味本位での接触は皆避けている様子だ。
外壁の町アトラにある中央門。
門とは言っても扉らしきものは無く、張り出した太い柱が対で壁に埋まっているだけ。
その柱の間も壁と同じ作りなので町の住人は往来可能な門の存在は信じていない。
ただ、この場所が昔からそう呼ばれているだけなのだ。
異質な風体の一行はこの場に着いてから身動きしないで佇んでいるだけだった。
野次馬の中から押し出される様に一人の男が前に出る。
町の有力者の一人奴隷商のホイットだ。
上下綿布から作られた衣服を身につけ、集まった人の中では一番まともな格好をしていた。
人混みの方を振り向きブツブツ文句を口にしてから一行に向け歩き出す。
最後尾の剣士が柄に手を掛けてホイットの行手を塞いだ。
「何かようか?」
剣士は面倒そうな鼻声でホイットに声をかける。
一瞬肩を竦ませたが両手を腹の前で組み一礼して
「私はこの町アトラで商いをしているホイットと言います。 貴方達はこの町にどんな用で来たのですか」
「答える必要はあるか?」
剣の柄に駆けた手は離さず、視線だけ黒いとんがり帽子に向けた。
黒いマントから白く細い手が現れ剣士を静止する仕草をする。
そして対峙する二人の方へ竹箒を引き摺りながら歩き寄って来た。
「私達はこの門の中に用があって来た、ドキアの樹海の使節団だ」
「ドキアですと?」
全身黒装束姿の少女の答えに、ホイットは驚きのあまりか後ろへ二歩退く。
「そんなに驚く事では無いだろう? ここアトラの町とは交易はしてるのだから、私達が訪れた事に何か問題でもあるのか?」
「えっ! あのぉ! 問題・・・? ・・・はい問題はありませんね・・・」
「問題が無いのならばいい、私たちの邪魔はするな」
「しかしですね・・・、壁の中に用が有ると言われても・・・」
「お前の許しが必要か?」
ドキアからの来訪者と聞いて驚愕していたホイットの表情は、今は余裕を越して少し侮蔑が混じっていた。
ドキアの樹海は資源はあるが住民は土人で知恵なき者達。
交易に向かったアトラの商船は物々交換で莫大な利益を上げている。
旨い飯の種が向こうから舞い込んで来た。
ホイットの顔はそれを隠さずに物語っている。
「お嬢ちゃん! 遠い未開のドキアから来たんじゃ知らねぇだろうけど、ここは中央門とは呼ばれてるけど門なんかねえんだよ」
いきなり気安く喋り出すホイットに剣士の眉間にシワが寄る。
「残念だったな? 命乞いかなんかでアトラに来たんなら会う相手を間違ってるぜ!」
「この中の者では無い会う相手とは誰なのかな?」
少女の声は抑揚は無く、そしてホイットの話にも興味はなさそうだった。
つまらなそうに手に持つ竹箒をぶらぶらさせている。
「それを教えるにゃ、タダって訳には行かねえな? お礼はたんまり払って貰わねえとな、あの荷車の中にゃお宝が入ってるんだろ?」
「ドキアは未開だと言ったな? ホイットとやら?」
「あぁぁ、言ったさ! 金の価値も綿織物の価値も知らんで屑の銀貨と喜んで交換してくれるヌケサク揃いで、葉っぱで隠れなきゃ人とも話せない臆病な猿達だって、船乗りは皆話してるぜ!」
遠巻きに成り行きを見守っていた野次馬は最初は静かにしていたが、いきなり現れた異質な一行の出自を知ると小さな笑いと笑みが広まる。
それは、獲物を見つけで弄ぼうとする強者の愉悦の笑みだった。
「ぷぷぷぅぅ! ヌケサク! なんか久々に聞いた。 よかったなシロン! 新しい名前が出来たぞ! いや名前って言うか名字か? シロン・ヌケサク? ヌケサク・シロン?」
「ちょっと、ナー姉ちゃん! それは酷いじゃ無いですか!」
いきなり腹を抱えて笑い出す黒装束の少女につられて周囲の野次馬も笑い出す。
「ヌケサクの意味知ってんのか?」
「やっぱり土人の、ちょっと賢いだけの猿の住むとこだな」
「おつむまで弱いとなりゃ、今回の船旅は楽しくなりそうだぜ!」
「よぉ、みんな! せっかくドキアのヌケサク連中があっちから出向いてくれたんだ、身包み剥いでやろうぜ!
「おう! 出向まえの女が抱けるぜ!」
離れていた野次馬の輪が狭まり一行に迫る。
いつの間にか手には色々な獲物が握られている。
呆れた者を見る仕草をしてから
「護衛戦士シロン、怪我させない程度にひん剥いてよし!」
と興味を失ったとばかりに黒装束は背を向けて一行に戻っていった。
声を掛けられた剣士はゆっくりと長剣を抜き、ため息混じりで横薙ぎに数度振った。
強い輝きを放つ見事な長剣に周囲の足は一旦止まったが、間合いを無視した大振りの横薙ぎに失笑が漏れる。
「おい、あんちゃん。 そんな遠くで剣なんか振ったって誰も切れねぇぜ?」
「おいおい、違うよ、怖いからこっち来ないで!って振ってたんだよ」
「高そうな剣持ってたって、腰抜けのヌケサクじゃ、しょうがねぇか?」
嘲りが増して近寄ろうとするが、剣士は長剣をゆっくりと鞘に納めた。
「おぅ! ビビってもう降参か? 諦めが早いねぇ、まぁ、この数じゃ仕方ねえけどな」
「おい! ちょっと待てお前!」
後ろにいた仲間らしき男の声に最前列で詰め寄ろうとした男が振り返る。
「なんだ? どうした? なにビビってんだお前ら?」
「ち、ちょっと、下見ろよ!」
「なんだ? 金貨でも落ちてんのか?」
首をめぐらし地面を見ると、無数の千切れた汚い皮が散らばっている。
自分達がよく着ている革鎧の色をしていた。
そして、自分は何も身につけていない事に気付く。
「おいどうした? なんで俺は素っ裸なんだ?」
周りを見ると、最前列で一行に迫ろうとしていた男達は皆裸だった。
進めていた足は自然と止まる。
「おいこら! なにやってんだよ! やっちまうんじゃなかったのかよ!」
状況の分からない野次馬の後ろの連中は囃し立てている。
「・・・、おい、あんちゃんか? ・・・これやったの?」
剣士は無言のままだ。
ゆっくりとホイットの元へと歩み寄り下に落ちている端切れとなった元綿布の小山から大きな金貨を拾い上げた。
剣士の行動を目で追っていたがホイットは裸の体が膠着して身動きが取れず、自分の大金貨が奪われても声が出せなかった。
他の裸にされてしまった男達も動けずに、略奪に加わろうと後ろから押す連中の壁になっている。
手にした大金貨を指先でクルクル回しながら集団の輪の中心に進んだ。
「一つ! 言っておく!」
右手で再び抜かれた長剣を水平に構え、周囲を威圧するかの如く見せびらかす。
ホイットに向けて止めたれた剣。
上にした刃先の根本に大金貨を乗せ、刃先へ向けて縦に転がした。
綺麗に細い刃先の上を転がった大金貨は途中で地面へ落ちる。
響きの良い金属の音がした後、大金貨は縦に割れて二枚になった。
「俺の名は戦士シロン! この剣の名はシリウス! 仲間を襲うものは全て俺の敵だ、続ける気なら汚い服と同じ肉片に変わる覚悟で来い!」
状況の掴めない後ろの連中は罵声を浴びせているが、前列の連中は身を震わせている。
「シロンカッコイィー! ヒュー、ヒュー! 鼻声じゃ無かったら、100点だったよぉ!」
黒装束が黄色い歓声で竹箒を豪快に振っていた。
剣士はまた横薙ぎに数土長剣シリウスを振って鞘に収めた。
地面に落ちていた皮や綿布の端切れが宙に舞い後ろの野次馬達に降り注ぐ。
「なんだこれ?」
「臭い皮が降って来たぞ!」
「おいこら! どうなってんだ?」
騒ぎが再燃しそうになった時、地鳴りが響き出す。
「やっと、開ける気になったか・・・」
黒鎧の呟きと一緒に柱で挟まれた壁が地面に沈みはじめた。
名ばかりだった中央門の開門であった。
十分な時間をかけて沈み込んだ壁の上部は地面と同じ高さになる。
周囲の一行から金品を奪おうとしていた野次馬連中は蜘蛛の子を散らす勢いで避走する。
なぜなら、壁の中には人を喰らう巨大な生物が住んでいると言い伝えられていたのだから。
建物の影から覗き見る人影以外、みんな遠くへ行ってしまったようだ。
開いた門の中には銀髪の肌の黒い青年が一人控えていた。
身に付けるものは腰から下を隠すだけの布を巻いた姿。
頭を少しだけ下げ挨拶をした。
「ナーム殿とラーラス殿で間違い無いでしょうか?」
物腰の柔らかい知的な低い声の物言いに黒鎧と黒のとんがり帽子が肯定を告げる。
「アトラの城へようこそ。 それでは、謁見の間へ案内いたします。 どうか私に続いてお進みください」
ドキアからの一行は青年に促されるまま、壁の頂上だった平らな門を通り壁の中へ入った。
荷車を引く二人の男は乾き切った悪臭の漂う壁街の街からの景色の変化に怯えているようだった。
なぜならば、壁の中はジャングルだったから。
門から道は緩やかなカーブをしていて先は見通せないが、地面は白い石材で統一された石畳。
道幅は5mはあるだろう。
その両脇は鬱蒼と茂った背の低い木々で空気は多分な湿度を孕んでいる。
鼻に詰め物をしていない先頭を歩く黒い装いの二人には水棲生物の生臭さは伝わっただろう。
とんがり帽子の大きなつばの陰で少女は眉を潜める。
道を進む先で橋を渡る。
それは、城防衛用の堀。
そして水面には大型のワニが幾体も浮かんでいた。
少女は生臭さの発生源に小さく頷き、剣士はワニの大きさに目を向いていた。
太陽の熱で血液を温めようと開かれた上顎は、大人の身長を優に越す高さ。
人二人は一息に飲み込みそうな鋭利な歯が並んだの奥の暗闇。
体長は楽に15mはありそうだった。
距離にして2kmは進んだ頃に渡った3つ目の橋を渡ると石造りの大きな建物があった。
道はその建物の中央へと続いている。
一度も振り返えらず一行を案内していた青年は歩みを止め
「ブラーム・グローズ様の居城、アトランです」
誇らしげに掌で指し示す。
「あぁ、前よりも大きくなったな! 増築するだけ子供でも増えたか?」
「ご冗談を。 ブラーム様は人間をこよなく愛するお方ですから、私達人間の為に部屋を増やしてくださってます」
黒鎧の素っ気無い言い方に青年は軽く答える。
眼前には3階建ての巨大な倉庫群と見間違う程の建物が続いていた。
案内人の青年は少しも意に介した様子もなく歩み始め、それに続く一行は建物の中に入っていった。
次は、会合




