大海原を行く2
手持ちぶささでブラブラしているテトを捕まえてピピタちゃんの席の後ろにベンチシートを作ってもらった。
シャナウと俺の専用シートだ。
ミムナと船を護衛するには全体を見渡せるこの場所が都合が良かったからだ。
シロンも護衛戦士枠だが技術者の護衛を最優先させているのでここには席は作らなかった。
あいつは放し飼いの方が力を発揮しそうだから。
エルフの俺も『黒柱』姿のシャナウも休憩なしで長期間の行動は可能だが、交代で息抜きはしていた。
今の俺は休憩中で先日ボキアに教えてもらった瞑想の姿勢でシャナウと会話している。
・シャナ? 体小さくしてまで付いてきたかったのか?
・姉様がせっかく目覚めたのに、直ぐにいなくなるって聞いたから我慢できなくって
・それにしても、240年も待てたんだから30日くらい我慢できるだろ?
・寝てるのとどっか遠くへ行くのとは全然違いますよ姉様!
・そんなものか? それより、19日で体とか小さくできるんだミムナは
・体は小さくなって無いですよ、まだ
・へぇ? だってその体は?
瞑想の姿勢を解きシャナウへ向き直る。
姿勢良くベンチシートに座っているシャナウは胸部装甲の留め金を外し黒光するそれを左右に開く。
下着姿か生乳が現れるかと思ったが、中には・・・・何もなかった。
空洞だったのだ。
思わず立ち上がり、開かれた胸部に頭を突っ込みシャナウを探す。
・シャナー!
・ハイハイ姉様!
・体が無い!
・無いですよ
・無いですじゃなくて・・・、どうなってんだ?
・ここです、ここ!
・どこぉ・・・?
いつの間にかカブトのマスクが外されていて、暗い影の中に金色に輝く水晶柱が浮かんでいる。
目を凝らすと眉間の奥がシャナウだと告げてくる。
・ここにシャナはいるのか?
・ちょっと恥ずかしいですが、そうです。 あんまりじろじろ見ないでください
・あっ! ごめん!
すぐに視線を外したが、金色の水晶柱はとてもきれいな輝きだった。
・魂だけこれに移したって事なのか・・・
・そうです姉様、エルフの魂は皆水晶の中で生きているんです
・俺もそうなのか?
・はい、姉様が霧になった時に魂が消えなかったのは水晶柱が壊れなかったから戻ってこれたのです
魂の入れ物?
昔に読んだオカルト系の話では、体全体のDNAにあるとか、心臓にあるとか、松果体だとか・・・、自己の魂の有りかは明言されていなかった気がする。
脳とそれから伸びる神経がそうだと言う話もあって、墓地に浮かぶ人魂は正にそんな感じだと思っていた。
・それじゃぁ、シャナは前の体から水晶柱を取り出してこの体に入れたのか?
・そんな痛そうな事はしませんよ! ミムナに魂だけ移してもらったんです。 ミムナは転生? とか言ってましたね
・転生? じゃぁ前のシャナには戻れないのか?
・戻れますよ、ちゃんと。 前の体はリサイズ中ですけど、まだありますし帰ろうと思ったら帰れます
・前のシャナウにもどれるんだな! よかった・・・。 一緒にいたいからってちょっと無理しすぎじゃないのか?
・いいんです! ミムナも渡りに船? とか言ってましたから
・何じゃそりゃ! 同行者で戦士が欲しかったのか? 上手く使われすぎるにも程ってもんがあるだろ? ん! あれ? それだと、俺は240年も眠らなくても鎧とか別のエルフの体に転生できたんじゃ無いか?
・ダメだったって言ってました
・ダメ?
・姉様の魂はどの体も受け付けなかったそうです
・何でだ?
・細かくは知りませんが、姉様の体に強く定着しすぎた? とかなんとかで、姉様の魂は姉様の体じゃなきゃ受け入れられないそうです
・なんかややっこしいい話だが、俺はこの体だけしか使えないってことか・・・
ナームの体に転生してからエルフの体はとっても便利だった。
それが魂を入れ替えて体を乗り換える事ができればもっと便利かも? と思ったのだがそう簡単なことではなかったらしい。
俺の魂が特異体質だったのか?
もう一度瞑想しようかと姿勢を戻し、ふと甲板に視線を移すとミムナが日向ぼっこしていたガレをこずいて何かさせていた。
船倉からロープを引っ張り出して何か作らせている。
シロンは上半身裸で剣を握り型の練習。
マカボは何かを手に持ち夢遊病者の様に甲板を歩き回っていた。
テトはナイフでせっせと木を削り何かを作っている。
それぞれに快適な船旅を楽しんでいる様子だった。
・ところでその『黒柱』は強いのか? みんな一目置いてたみたいだが?
・『黒柱』は防御特化の鎧ですね・・・、他の3体は近接特化の『白柱』、中距離特化の『銀柱』、遠距離と広範囲の『金柱』とありまして”雲落ちの巨人”の所で守護4柱と言われています
・なんか全部強そうだな、あとで少し手合わせでもするか?
・ダメダメ! この船壊れちゃいますからやめて下さい姉様!
・そんなに強いのか?
・転生してから『黒柱』でキャロルちゃんと訓練したんですが、まだ手加減とかできなくて使いこなせてないんです・・・
そういえばシャナウは運動音痴なところがあった。
何事もマスターするまでに時間がかかっていたと自分で言っていた。
本人が危険と言うのだから間違いはないだろう。
やめておこう。
前の席のピピタちゃんは俺とシャナウの会話の途中に時折振り返っていたので、もしかしたら言霊での会話を聞いていたのかもしれない。
「ピピタちゃん、疲れないか? もうまる二日は操船してるだろ、少しは休んだ方が良く無いか?」
「もんだい、ない。 あした ひる、とうちゃく」
「そんなに早く? 今どの辺?」
グルグルアースで確認してみたら、もうアフリカ大陸の南端は通過していて、船は北上している。
船上の気温があまり変化していなかったので気が付かなかった。
この船は俺の常識を超えるめちゃくちゃな高速船だったのだ。
・シャナはこれから行くアトラについては何か知ってるのか?
・蛮族の住う大陸としか聞いて無いですから、細かい事は知らないですね
・人が人を喰らう鱗族・・・、前にオンアがそんなこと言ってたな
・栗とか果物とか食べ物が無いとこなんですかね?
・共食しなきゃ生きていけないとこなんて地獄だな・・・
・地獄ですか?
・・・・苦痛に満ちた世界って意味
・じゃあドキアとは全然違うとこですね、ドキアは楽しくて美味しいとこですから!
・そうだな、ドキアは平和だからなぁ
瞑想の姿勢で先日のミムナの話を回想する。
銀星は火星と政治的な交流があるらしい。
この地球でも相互不可侵条約を結びエリアを分けてそれぞれ何かの目的を持って活動している。
火星の正確な目的は不明だがドキアを見る限り物騒な計画ではなさそうだ。
銀星の連中は、周りに蛮民を集めてドキアに敵対する計画があるとミムナは言っていた。
これだけ聞くと銀星は敵に思える。
どんな理由があろうが、土地と資源と人命を奪おうとする侵略行為は住民の生存権を脅かしている悪行だ。
断固拒否するために防衛するのは正義に思える。
ミムナが取っている行動は当たり前と言えよう。
であれば、俺も大事に思うドキアを守るためならば、銀星の連中は俺の敵で良いのか?
敵ならば戦い殺しても良いのか・・・。
戦争も本気の殺し合いも俺は知らない未経験者だ。
敵だとしても命を奪う権利は俺にあるのか?
戦いの中に放り出されても俺は戦えるのだろうか?
答えは出ない。
しかしナームの体を傷つけるために向かってくる奴は容赦はしないだろうとは思えた。
甲板の端の方でミムナがガレを急かしてまだ何かやっている。
背中を丸め恐縮した姿勢で何かを強要されているようだ。
あまり人間とは接触しなかったミムナが何をガレにさせているのか気になったので見に行くことにした。
「・・・そうだ、そこを上に! そうじゃなくて、隣のロープで、そこそこ!」
「こっち、あれ? ここ?」
ミムナの声は少しは苛立って聞こえたが怒っている風では無い。
ガレも声は戸惑っているが楽しそうだ。
「ミムナ何してるんだ?」
「私の日向ぼっこの場所を作るのだ!」
「作っているのは俺ですが・・・」
ガレがボソボソ口にする。
「黙って手を動かせガレ! 私のこの小さな手で太いロープなんか編めんからおね大しているのだ」
「ミムナお願いしているには見えないですが・・・」
「こいつが細工師だからと言うからやらせているのに、不器用では無いか?」
「そんな無茶苦茶な・・・、ロープで編み物なんかしたことないですよ・・・」
「良いからとっとと手を動かせ! もうすぐじゃ!」
二人のやりとりが面白かったので、ガレへの助けし出さずにしばらく成り行きを見守っていたら、出来上がったのはハンモックだった。
「よし、ガレよこれをあっちの柱とこっちの柱に結べ!」
「へいへい・・・」
折り畳まれたマストと手摺にハンモックの両端を結びおえてガレは一歩下がる。
「よしよし、初めてだから仕方ないが、網目はもっと細かい方がいいな・・・」
ミムナは仕上がりに不満を口にしながら勢いよくハンモックに飛び乗った。
「おぉ! 揺れる揺れる! 気持ちいい! ガレよくやった、が、もっと精進しろよ!」
「へい、ありがとうございますミムナ様」
何が「よくやった!」だ? こいつ暇を持て余して、ガレに自分の遊具を作らせただけじゃないか!
揺れるハンモックに仰向けで上機嫌なミムナはとても可愛かった。
性格や中身の魂を抜きにすれば、湖畔のキャンプ場でパパに準備してもらったハンモックではしゃぐ美少女。
とても絵になる。
それに、甲板には時折しか姿を見せない彼女が、暇つぶししているのだから疑問をぶつけるチャンスだ。
ハンモックの横に座りミムナに問いかけた。
「ミムナちょっといいかな?」
「場所は変わってやらんぞ!」
「あ、いや。 ハンモックはいいです。 そのまま揺れていてくれていいので少し話がしたくて」
「何じゃ?」
「私が知ってる地球の海になると、ドキアの樹海は海の底ですね」
「そうなるな」
返事はそっけない
「いつぐらいに沈んじゃうのかな? と思って・・・」
「確かな事は分からん。 お主の魂には何者かが鍵をかけているみたいだ」
「魂に鍵ですか?」
「以前話しただろ? 解析できたお主の魂は、直近の山上さんだけだと」
「はい覚えています。 その他は解析中だとも聞いた気がしますが」
ミムナは片手でタブレットのような端末で何かを見ながら揺れを楽しみ答える。
「そうだな・・・結果として、それ以前の転生前の記憶は本国の技術を駆使しても解析不可能だった。 お主の時代に至るまでの未来は何一つわかっていない。 だから、お主はこの時代の確定した未来から来たとも言い切れない。 眉唾物の預言者 なのだ」
「パラレルワールド? 並行宇宙?」
「ほー、そんなところかな・・・。 似た様な世界が無数に存在して時間も単一方向だけに進んではいない」
「そうなのですか?」
膝達で顔を覗き込んだが、ミムナは瞼を閉じて難題を考え込んでいる表情だった。
「かもしれん。 しかし、私が直接手を下せる世界は今ここにあり、時間は確実に一方向に進んでいる。 それが現実! 認識できる世界はここだ」
「私が来た未来とは繋がってるんでしょうか?」
「確証はないが、お主がこの時代に来て不変の道が繋がったと私は考えている」
「それは・・・、不確定な未来だったものが、私が来たせいで私が来た時代へと必ずなる?」
「私の直感がそう告げるだけだ。 望まぬ未来は信じたくないのだがな」
「火星の運命とミムナの研究ですか?」
上半身だけ起こし、人差し指を頬に近づけ
「禁則事項です! だったか?」
どんだけ俺の記憶を覚えてんだこいつは、それもどうでもいい事まで。
何だか自分だけ難しく考えいたのがバカらしくなってきた。
「水没するドキアの樹海の対策とかはしてるんですか?」
「当然だろ。 他の二つの管轄地も準備は進めている。 それぞれの長老達に指示してな! ただ、水位上昇の理由と質量増加の要素が見えんのでな・・・。 万全の準備とは言えんのが現状だ」
「重力変動ですね?」
「これからの先に起こる地球の異変は止められなくても、そこで生き延びる手段を私が育てた人間に与えねばらない」
「ミムナはドキアの人間達が好きなのですね!」
「禁則事項です!」
さっきと同じ仕草を繰り返した。
ちょっとだけイラついたので、話を終わらせシャナウの座るベンチシートへ戻るのだった。
次は、慌ただしい港町




