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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
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旅立ちの日



 ミムナが街にやって来る予定の日を3日後に控え、進水式を迎える事になった。

俺の提案を受けて細部に手が加えられ作業が終了したと昨夕連絡を受けたのだ。

公募された同行者の選抜結果も同時に発表されるらしい。

街は小さなお祭り騒ぎとなっていた。

港には特設ステージと観客席も設けられ、集まった人達はセレモニーが始まるのを楽しげに会話しながら待っていた。

俺はステージ上の端に小さくなって椅子に座り、空を流れる小さな雲を眺めていた。

今回の使節団派遣は、元々ミムナの思いつきで始まった暇潰しではないか? と最近になって俺の心が囁くのだ。

それは、責任者不在での準備状況とエルフの顔色を極端に気にする街の雰囲気から感じる。

出航に必要な物資調達で街中を回り、いろんな職人から協力を得れたが対価は支払っていない。

貨幣が流通していないので当然と言えば当然だが、称賛を欲する心境が理解出来ずドキアの人たちの行動原理に俺が納得していないからだろう。

多分ミムナはモニタールームで街を監視しながらこの騒動を楽しんでいるだけなのでは無いか?

そんな思いから街のみんなに申し訳なく思い、俺の身体はより一層小さくなっていた。

昨晩オンアの部屋へ赴き、今日の予定を伝えた。

それと一緒に俺の今の心情を相談したが、軽く受け流されこう言われた。


「今は見えぬが時間と経験の積み重ねでしか知れぬ世界もあるのじゃ」


俺がこの世界を理解するにはもっともっと多くを感じなければ・・・。

小さく握られた膝の上の拳に力を込めた。


 気が付くといつの間にか白い顎髭を蓄えた長老がステージ上にいた。

会場全体を見渡して小さくてをあげると周囲に静寂が訪れた。


「わしは長老のララスだ。 今日は我がドキアの樹海から他国へ向かう船の完成を祝う日。 ドキアに住む全ての人間に快く協力頂きありがとう。 感謝の念でわしの心は震えている。」


大きな声では無いが、遠くまで届く低く響く声で話し出す。


「我らが手掛けた船に、我らの仲間と樹海の守りての姫が御乗りになる。 これまでの長い長い時の流れのなかで、これほど名誉ある事は無かった。 しかし皆も知っていよう、まだ足りていないのだと。 足元に付き添うことを許されただけなのだと。 樹海の守りてに更に求められる民にならねば寄り添い歩む民には成れない。 これからも皆の惜しまぬ力添えをお願いする」


誇らしく大きく両手を広げて空を仰ぎ見る仕草と同時に、低い太鼓の音が響き渡った。

俺もつられて空に視線を移すと、エルフの里の方にいくつもの人影が飛んでいるのが見えた。

里の仲間だろう人影は綺麗に編隊を組みながらゆっくり会場上空へやってきて旋回し始める。

周囲にどよめきが湧き上がり、多くの参加者は地に頭を擦りながら平伏す姿勢となった。

ステージで同じく平伏す長老の横に上空から一人のエルフが舞い降りた。


「皆よ! 頭を上げよ!」


オンアのしゃがれた声が響く。


「わしはオンアじゃ、皆の事よく知っておるぞ。 皆もワシの事をよく知っとるじゃろ? よくぞここまで歩みを進めてくれた。 この先はもっと我らエルフと樹海の人間が力を合わせるじゃろ。 今日は始まりの日、しかと見るのじゃ!」


有無を言わせぬ高圧的な波動を含む声音に、地面以外を視界に入れてはいけないと自らに掛けた呪縛を説き解し少しずつ頭を上げる。


「皆よ! 臆するでは無い! 己の魂を輝かせよ!」


オンアが上空へ向け手で合図をすると、旋回を止め陸に上げられたままの新造船の甲板にエルフが舞い降りた。

純白の薄手のモガ服を纏った数は10名。

右舷と左舷に分かれて片手を手摺に添えて、反対の手を空へと向ける。

船はゆっくり空中へ浮き始めた。


「ララスよ船の名はなんじゃ?」

「『樹皇』と名付けました」


ララスはオンアの前で片膝を付き答えた。


「良い名じゃ、この樹海に住む人族と、エルフの姫が一つと成り大海へと旅立つ」


オンアが掲げる手の先には空を浮きゆっくりと移動する『樹皇』の姿があった。

会場は静まり返っている。

誰もが息を呑んで空飛ぶ船を見守っている。

桟橋の上空まで来ると、ゆっくり降りて静かに着水した。

待機していた造船所の職人が舫い綱を掛けた。

船上のエルフ達は会場の方に向け軽く会釈すると手を振りながら優雅に飛び立っていった。

周囲には感動したのかすすり泣きの声がちらほら聞こえる。


「樹海の民よ、我らの希望を聞き入れてくれて感謝する。 樹海の安寧に力を貸してくれて感謝する。 皆に我らから惜しまぬ称賛を与えよう!」


いつの間にかオンアの胸の前に出された両手に大事そうに”光る石”が載せられていた。

見る見る光を強くし眩しくて目を逸らそうとした瞬間、光は弾け全方向へいくつも飛んで行った。

俺にも一つの光が当たりすり抜けて何処かへ飛んでいく。

心に湧いてきたのは途方もない幸福感。

物欲では何一つ満たされなかった、欲しても絶対に手に入らないだろうと諦めていた思い。

俺の少ない記憶で例えるなら・・・。

乳を吸い終え母の腕の中で眠っている、無条件で受け入れられ、無条件で守られる安心感。

なんで・・・? 俺は一歳にもなっていない俺の記憶を覚えている?

こんな時間があったのか・・・、これ程の幸福感を今まで忘れていたのか・・・?

これがエルフの称賛を受けると言う事なのか・・・!


「樹海の民よ! 今と変わらず安寧を求め生きる限り、我らエルフは共にある。 そしていつしか道は交わり、共に並び歩める日が訪れよう!」


そう言い残すと音も立てず舞い上がり、結界の先のエルフの里へと姿を消した。

会場にいる人達は皆、空を仰ぎ胸の前に組まれた指先を歓喜の涙で濡らしている。

俺の心も感動で暖かく熱っていてしばらくは冷めそうに無い。

街の長老からもオンアからも何も説明受けていなかったので度肝を抜かれた感じだが、荘厳で神々しい派手な演出が、静寂の中であっと言う間に終わってしまったのは残念で仕方ない。

もっと見ていたかった、俺の知っている進水式とは全く違う物だった。

片膝を付いた姿勢で動かないララスの横まで歩いて行き軽く肩を叩く。

顔を上げたララスに進行を進める様にと促し自分の席に戻った。


「エルフの民達のお姿をこれほど多く目にしたのは、私の記憶には有りません・・・。この度の使節団はそれほどまでに重大な事なのだと、今更ながら思い至りました。 お集まりの皆さんも同じ思いでしょう。 出発まであと数日と少ないですが更なる尽力を長老の名を持ってお願い致します」


深く頭を下げる長老の姿に会場に集まった人達はそれぞれ大きく頷いて返していた。


「それではこれから同行者を発表いたします。 多数の希望者があった事を誇りに思います。 選ばれた者はドキアの樹海に更なる英知をもたらす事を願います」


周囲から歓声と拍手が湧き上がる。


「まずは、戦士シロン!」


ステージ正面に待機していたシロンが軽快な歩みで駆け上がり、中央で一礼して一歩下がる。


「続きまして鍛冶と医学マスターのガレ!」


動きはゆっくりとしているが、一歩一歩と高揚を隠しきれない面持ちで壇上に上がり大きくガッツポーズをしてシロンの横に並んだ。


「続きまして船大工見習いと建築マスターのテト!」


頭を掻きながら小走りで壇上中央へ来て小さく頭を下げるとガレの隣に並んだ。


「最後に天文と調理マスターのマカボ!」


背の高い細身の男が壇上へ上がる。

テパの父親だ。


「彼らが樹海の民の代表として使節団に同行します!」


会場から声援と拍手が壇上の四人に贈られる。


「それでは代表して戦士シロンに一言挨拶を貰います。 シロン君!」


いつもと同じ装いのシロンだったが、腰に刺した剣は今回特別鍛冶師に鍛えさせた業物だ。

物怖じせず厚い胸板を堂々と揺らし中央へ進むといきなり抜剣して正眼に構える。


「俺の名はシロン! ドキアの街を守る最強の戦士!」


歓声が上がる。

若い女性の声が大きい感じがした。

案外モテる奴なのかもしれない。


「そして俺は新たに海の戦士の称号も手にした!」


歓声と響めきが湧く。


「俺が手にする剣の名はシリウス! 暗い夜に一際強く輝く星の名を冠するこの剣で『樹皇』に乗る全てを守るとここに誓う!」


振り上げた剣が音速を超えた斬撃を上空へ飛ばすと、一瞬遅れて衝撃波が観客へ届いた。

会場の盛り上がりが一層高くなる。

それを見て満足げに頷くとシロンは元の位置へ戻っていった。


「それでは最後にナーム様からもお言葉をいただきたいと思います」


打ち合わせには無かったが、もしかして?と心の準備だけしていて良かった。

焦った素振りをみんなに悟らせないようにゆっくり立ち上がり中央へ移動する。


「皆さんこんにちは、出航準備責任者のナームです。 私はご存知の通りエルフの民ですが使節団ではシロンと同じ護衛戦士の任に付きます。 皆さんが協力して建造してくれた大事な船『樹皇』、手分けして集めてくれた宝物、そして一番大事なドキアの民の命を守り抜き無事に帰還する事を約束します」


会場は静かだった。

皆が俺の挨拶にどう反応したらいいか困惑しているようだ。

気にせず背を向け椅子に戻ろうとすると、ステージ下から小さな拍手の音が聞こえた。

テパが懸命に両手を叩き拍手している。

その表情は父親の無事な帰りを願う娘の顔だった。

・俺に任せろ!

親指を立てて請け負って見せる。

気がつくと会場は拍手の渦だった。


 『樹皇』が桟橋に係留されてから点検と物資搬入に追われた忙しい2日間が過ぎた。

とは言っても実際俺は釣りしていただけなのだが。

指示を出した後一緒に作業しようとしたら止められたのだ。

エルフが近くにいると皆が恐縮してしまい効率が悪くなるらしい。

なので、俺以外が忙しかった2日間が正解。

今日はミムナが来る予定日。

オンアから予定に変更は無いと言われているので、朝から街には行かずエルフの村で待機していた。

中央の”捧げ”の広場で行き交うエルフ達を目で追いながら時間を潰す。

ここは240年前と何も変わっていない。

英知は有っても変わる必要が無いのかな?

では人間は大きな集団になって街を造るまで変わった。

この差は何なんだろう?

などと物思いに耽っているとボキアに声をかけられた。


「ナーム暇そうにしてるのね?」


いつもながらスタイルが良い隣のお姉さんは今日はスケスケのモガ服だ。

下着が透けて見えるのはちょっとエロい。

街から入ってきた物だろう。

そう考えるとエルフの里に街の物がちらほら伺える。

それはエルフにも変化が生じていると言えるのかも知れない。


「今日はミムナ姫が来るからここで待ってたんだ」

「今朝オンア長老が言ってたわね・・・、いつ頃来るのかしらね?」

「私は直接ミムナ姫と連絡取る方法が無いから・・・」

「ナームの耳飾りの水晶は使えないの?」


シャナウと話せた耳飾りの水晶のを手にとりボキアの前に出した。


「シャナウとはこれで話せたけど?」

「だったらエルフとなら誰とでも話せるはずよ。みんな持ってるもの。」


ボキアはモガ服の襟首の隠しポケットから水晶球を取り出して見せてくれる。


「ボキアちょっと詳しく教えてくれ! 私何にも聞いてなかった!」

「あらまぁ! シャナウは何も伝えて行かなかったの? ナームは知ってるものばかりだと思ってたわ!」


ボキアは呆れた表情で俺の隣に座り直す。


「ナームが眠りに着いてだいぶしてから、”雲落ちの巨人”から村の皆んなに配られたのよ。 自分の魂の力を使って遠く離れていてもお喋りできるのよ。 ただちょっと疲れすぎるから皆んなはあんまり使ってないかしらね・・・? ”捧げ”で毎日使っちゃうしね・・・」

「自分の魂の力?」

「あら、そうっだったわね。 まだナームは記憶の混乱から回復してなかったわね。 ごめんね髪の色が戻ったからつい・・・」


正面に向き直ったボキアは胡座座で目を閉じ両手を左右へゆっくり広げる。

身体の周囲に白く霧が舞うように見え淡く光る。

目を開き光を纏った手で俺の体に触れた。

いや触れてない!

拳の大きさ位は離れているのに明らかに触れてる感じがする。


「ナームは元々魂の力が強過ぎてあまり見えないとは言ってたわね・・・」

「これは・・・、オーラ? 外に漏れた精神エネルギー・・・?」

「ふぅ・・・、ナームに見えるようにするにはちょっと大変」


ボキアは少し額に汗を滲ませ深呼吸をした。


「どうやったら魂の力って使いこなせるようになるんですか? 教えてくださいボキア!」

「ナームはいつも使ってるでしょ? 意識してないの?」

「何のことでしょう・・・? 何か使ってました? ・・・・・・水晶?」


呆れた幼稚園児を見る目で俺を見つめる。

人間サイズになったおかげで離れてみれば園児と保母さんなのだろうが。


「そうね、水晶から力を取り出すのに自分の魂の力をきちんと使ってるのよ」

「そうなのか、意識してないで使えていたのか・・・。 もっと上手く使えるやり方あったらボキア教えてくれ!」

「・・・、それでは! 同じ姿勢をお願い」


前世ではテレビとかで瞑想の特集とかやってたけどそれに似ている。

苦しく無い胡座座で背筋を伸ばし顎をひく、腕は力を抜いて膝の上。


「呼吸をゆっくり・・・、出来るだけゆっくり・・・、そして深く・・・、そして大きく・・・」


座禅の経験も瞑想の経験なんて無かった。

雑念を払うとか? 何それ?美味しいの? って感じで思ってた・・・。

元々ゆっくりな鼓動が更にゆっくりになる。

神経が首筋から身体全体に行き届いているのを感じる。

見えていない指の指紋も把握できそうに自分の肉体を感じる・・・。


「ナームは自分が好き?」


ボキアがどこか遠くでささやいているようだ。


「ナームはエルフの村が好き? ・・・人間達は好き? ・・・ドキアの樹海は好き?」


閉じた目の中に自分の顔、エルフの仲間達の顔、樹海の人間達の顔が次々浮かびドキアの樹海の全体が見えた。

大事にしたいみんなを守りたい、笑顔のみんなをずっと見ていたい・・・。

みんなの事を考えているのに自分の心が満たされていく感じ。

とても優しい暖かさ・・・。


「ナームそのままゆっくり目を開けて・・・」


ボキアの遠い声に促されて目蓋を開く。

そこは別世界だった・・・。

黄金色・・・。

自分の身体、ボキアの身体・・・。 

周りの木々達も黄金色に縁取られ輝き放っている・・・。


「今見えているのは全てが魂と力の形のかけら・・・、今のままでミムナ姫を強く感じて」


心の中でミムナを想像する。

巨大な火星人の体を小さくして、高貴で生意気な少女の姿・・・。


・何だ? ナーム! 何か用か?

・ミムナ?

・当たり前だ! 呼んだのはお前だろうに? 用は何だと聞いとる!

・エルフ村到着はいつになるかなぁと思いまして・・・

・そうだな・・・、昼前には着ける。 出航は夜だな!

・夜に出航ですか?

・準備は終わっておろぅ?

・はい、こちらは。 ミムナ用の準備は何もしてませんが・・・

・私の心配はいらんから、では忙しいからまた後でな!


視界は元に戻っていた。

ボキアの表情は困惑しているようにも見えるが、取り敢えず水晶球で自分から連絡が取れるのは便利だ、今後特訓の必要がありそうだ。


「ナームどうだった?」

「ありがとうボキア、ミムナ姫と連絡がついたよ。 昼前には村へ着くって言ってたよ、それと出航は今日の夜だって」

「今日の夜に出航ですって? あらやだ、こうしちゃあいられない!」


ボキアは立ち上がり何処かへ駆けて行った。

しかし、シャナウが瞑想していたのは何回も見てたが、こんな不思議能力使えるなんて一言も教えてくれなかった。

いや、聞かない俺が悪かったのか?

おっと! それより街のみんなにも出発の話教えなきゃな!

俺も立ち上がり結界門へ向かった。

次は出航

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