出航準備4
朝早くから街の工房巡りをして使節団用の物資や装備品について相談して回った。
ミムナが言っていた魔法少女の任に就くためだ。
生足にミニスカートでピンクのデコレーションロッドをクルクル回すコスプレ趣味は俺には無い。
ナームの身体で似合わないわけでは無いだろうが、俺の小さな羞恥心枠を大きく外れている。
そんなわけで、俺自身の武装強化案を持って、鍛冶工房や細工工房で武器と防具を作ってもらう事にした。
両工房のマスターは240年前ナームの工房で挨拶拒否戦をしたセクハラドワーフ三兄弟のうちの二名だったので話は早く終わった。
当然ながら要求された挨拶は却下したが、仕上がりの如何で応じる約束はしてやった。
今の人間サイズであれば、大人にハグされる子供くらいの感じだろう。
俺が子供に当たるから、後ろに回される手は肩を抱くくらいだ。
良いものを作ってくれたら、ハグくらいは賞賛の代わりとして大きな心で許してやるつもりだ。
献上品やその他諸々を相談して街中を回り終え港桟橋に着いた頃には、もう昼の時刻だった。
俺の護衛役で付き従っていたシロンに向き直り腰に手を当て胸を張る。
「さて、これから泳ぎの練習の時間だ!」
「やっぱりしなきゃダメですか? ナーム様?」
所在なげにあたりを身渡すも助け舟を出してくれそうな人影はない。
「泳げない戦士を信用しろ! と? 船上でも護衛の任はして貰わなければならない。 いつ我々に危害を及ぼす存在が現れるか分からないのだぞ!」
ビシッ!と立てた指先でシロンの鼻先を突っついてやる。
「ちっちゃい姉ちゃんは俺より強いんだから・・・」
「使節団では私の役目も護衛役なの! 海で泳げない足手纏いな戦士は要らないの! いいから服脱いで!」
口を尖らせブツブツ言いながら準備を始めるシロンを尻目に、流れのゆっくりした川を眺める。
数日前より流れは緩やかになっているし、濁りも収まっている。
川底が見える程ではないが水泳の練習には問題ないだろう。
物資調達の時集めた情報だと、人間に危害を及ぼす生物は生息していないとの事。
準備が出来たらしく、腰巻一丁のシロンが肩を竦めて近寄ってきた。
「それじゃ、ここに立って私の泳ぎを見てなさい!」
モガ服の腰紐を解き下着姿になる。
大事な所は隠れているので気にしない。
川に入り犬掻きを含めて自由形、平泳、背泳と実演し桟橋へ戻る。
濡れた体の水滴を風の水晶で吹き飛ばした後
「シロン、ちゃんと見てた?」
「うん、いろんな泳ぎ方があるんだ・・・」
「呼吸が楽で周囲の気配りが出来るのは犬掻きと平泳だと思う。 自分に合った泳ぎ方で構わないから、溺れずに思った方へ進める様になって頂戴。 最終的には向こう岸に行って戻って来れなきゃ同行者とは認めて上げません!」
強い口調とともに指差された反対岸は、目算で80mはあるだろう距離だ。
微妙な困惑の表情をしながらシロンは川へゆっくり入っていった。
昨日自分で言っていた通り、溺れる事はなく沈んではいない。
水面から頭だけを出して犬掻きでゆっくり進んでいる。
少しだけ安心した。
元の魂は猫型の獣。
水が苦手で恐怖していてもおかしくはないと思っていたのだ。
岸から桟橋先端まで15m位あったが、シロンは俺が最初に泳いで見せたいくつかの形を試しながら行ったり来たりしていた。
モガ服に着替えた俺は、万が一に備え監視しながら桟橋の上を着いて歩いた。
時々何かをブツブツ呟き、首を傾げたりと自分に合った泳ぎ方を探っていたのだろう。
シロンが水に入ってからそろそろ30分は超えたので休憩の為に桟橋上へ呼んだ。
「ずっと水に入ってると体が冷えて動きも鈍くなるから少し休むといい」
温風で水滴を飛ばしてやり暖かい飲み物も飲ませてやる。
俺はシロンをただいびってる訳じゃなく、船旅を無事送れるようにと心配している姉の優しさを醸し出してやる。
遠くを見つめる眼差しで対岸を見つめるシロンに「ゆっくり休んでいる様に」と告げ、近くに見つけた竹林へ向かった。
しばらく散策して手頃な長さと太さの竹を一本と虫食いで穴だらけになった倒木の枝を見つけ桟橋へ戻る。
膝を抱え体育座りで川の流れを見つめるシロンのそばまで行って、背中にモフの毛皮を掛けてやる。
「なぁちっちゃい姉ちゃん、樹海の外ってどんな感じなんだ?」
突然の問いに答えに逡巡したが「私にも分からない」と正直に答えた。
彼は彼なりに期待と一緒の恐怖も感じていたのかもしれない。
シャナウに丸投げされた準備に追われて、俺自身ゆっくり考えることはしていなかったが、ここは過去の世界とは知っていても俺が知る人類史以前の時代だ。
エジプトのピラミッドさへ建造される以前の世界。
ムー大陸やアトランティスなんかの都市伝説な世界など詳しく知るはずがない。
「だから準備だけはしっかりして行こう」
「・・・うん」
今生では19歳のシロンの顔は強固な精神力を感じさせる無骨な武闘家。
堀が深く精悍な表情は頼もしくもあるが、樹海で己の力は人間の中では最高だとしても他の大陸の人間を知らないが故の不安を滲ませていた。
「所でシロン、ちっちゃい姉ちゃんって呼び方ちょっと長くないか? ナームでいいんだぞ」
「名前だけ呼ぶのは逆に違和感があるんだよなぁ。 姉ちゃんは姉ちゃんだし二人居るしなぁ・・・。 それよりその竹なんにするの?」
「釣竿作るんだ、これで」
ポケットからいろんな工房から貰ってきた材料を取り出す。
水に強い細い糸と硬い針金、そして丸い小さな金の玉だ。
「つりざお?」
「これで魚を捕まえるんだよ」
「魚を捕るにはモリで突き刺すのが簡単だよ? そんな細い竹じゃ魚なんか刺さらないよ」
「いいの! 私はこれで魚を捕まえるのが好きなの! それより体あったまったら泳ぎの練習しなさい」
渋々立ち上がり軽くストレッチしてからシロンは水に入っていった。
溺れる心配は少なくなったので目の届く位置に座り工作に入った。
水の水晶を使い大きめのどんぐりの中心に穴を開け、金の玉に割り込みを入れる。
ウキと噛み潰しの重りだ。
竹の細い先端に糸を結え、どんぐり、金玉、針金を通して仕掛けの完成。
ナームに転生する前の人生で、気力を失う前の若い頃の趣味は釣りだった。
虫食いで脆くなった枝を桟橋に打ち付けて中に隠れていた虫を取り出す。
程よく曲げた針にウネウネする白い何かの幼虫を付けて、シロンが泳いでいる反対側へ放ってみた。
重りと一緒に白いウネウネは沈んでいきどんぐりの帽子だけが水面に顔を出す。
「完璧!」
小さく自画自賛してから耳はシロンが上げる水の音、視線はどんぐりの帽子を見つめる賢者モードが完成した。
少し湿気を帯びた水面を揺らす風が頬を撫でる。
少し傾いた暖かな日の光が背中に感じられる。
多くの人で賑わう街の音が微かに聞こえ、対岸の森から鳥のさえずりも耳に届く。
なんとも心安らぐゆっくりした時間だ。
この世界に来てから体感で30日。
密度が濃すぎる経験が多すぎた・・・。
ここが黄泉の国とか夢の中とかは悩まなくなったし、便利なエルフの体もそれなりに使えるようになった。
言動が少し少女の”それ”に傾き始めているのには困惑はあるが、外見がそうなのだからと諦め掛けている。
ミムナの掌の上で弄ばれているのでは? との疑心は有るが、岐路を選んで決定しているのは自分の意思であると感じる。
不確定な未来・・・。
決断に必要な情報・・・。
俺がここに来た理由・・・。
ウキを見ながら自問自答していると桟橋を歩いて近寄ってくる二つの足跡が聞こえてきた。
振り向くとテパとテトが仲良く並んで立っていた。
「テパどうした? こんな街外れまで?」
「はいナーム様。 今日はこちらにいらっしゃると聞いていたので、休憩のお茶をお出しできないかと思っていたら、内区の公園でテトを見かけまして。 お茶とお菓子の差し入れを運んでもらいました」
「内区の集会場に顔を出した後に、このチビに捕まりまして・・・」
テトは照れながらも口を尖らせ呟く。
「お前たちって親子だったの?」
「いいえ違います!」・「まさか!」
二人が同時に否定する。
「それじゃぁ、夫婦とか?」
「ただの友人です! ナーム様!」・「・・・・!」
「冗談だよテパ、怒らないで」パチリ!
竿から手が離せないのでハグはできなかった、ウィンクだけしておく。
ほっぺた膨らませた幼女は超絶可愛い!
「シロンは水で遊んでいる様ですが、ナーム様は何をされているのですか?」
テトが竿先から水面へと消えている糸先を見つめて聞いてきた。
「これで魚を捕まえるんだ。 あの糸の先に餌が付いてるんだ。 そいて魚が食べると浮かんでいるどんぐりが・・・? ない!」
さっきまでぷかぷか浮いていたどんぐりが無い!
ついでに竿先も大きくしなっている!
「キタ、キタァぁぁぁぁ!」
すぐさま立ち上がりお魚との格闘に入った。
何事が起きているのか分からない二人は、奇声を上げながらはしゃぐ俺をただ見つめるだけだった。
とりあえず、糸が切れない様に十分注意しながらお魚を疲れさせてから釣り上げ、二人の目の前へ釣果を誇る。
今日一匹目!
いや、この世界で初めて釣った魚だ。
「メラールですね」
テパが魚の名前を教えてくれた。
20cm位のナマズに似た姿で銀色の大きな鱗が輝いている。
「これは食べれる魚かな? テパ?」
「煮るとおいいしいのですが・・・」
「そっか、ちょっと小さいか」
「そうですな、メラールでしたらこの位は大きく無いと脂は乗ってませんな」
テトが良の腕を目一杯広げている。
1.5m以上無いと美味しく無いそうだ。
初めての釣果のお魚を美味しくいただけないのは残念だが仕方あるまい。
針から器用に外しメラルをリリースしてやった。
「せっかく捕まえたのに逃しちゃうんですか?」
「食べないのに捕まえて殺しちゃったら、もったいないから。 逃して大きくなって貰った方がいいでしょ?」
「ナーム様、あの位の大きさでしたら香草焼きでしたら丁度良いと思います」
「ん? じゃぁもう一回釣れたら焼き用にします」
「ご一緒しててもいいですか?」
「もちろん」
釣り針に新しい餌を付けて水面へと放った。
一連の俺の動作を興味深く二人は見てから俺の隣に座る。
「あのどんぐりが見えなくなると、お魚が食べた知らせになるんだ」
それから俺の長々と続く釣り講釈が始まり、テパの差し入れを口にしながら三人は水面のどんぐりを見つめゆっくり時間を過ごした。
交代で釣りを楽しんでいる途中でシロンには泳ぎの練習をやめてもらい明日の練習に向け体を休ませる事にした。
結果は俺が一匹でテパが一匹、テトが三匹を釣り上げて夕暮れになった。
帰り際に調理して貰った焼き魚を大事に持っての帰宅路は久々に充足感に満たされていた。
「おはよう、ナー姉ちゃん」
翌朝結界門で挨拶してきたのはシロンだった。
俺の呼び方を変えてくれたらしい。
「この呼び方変か? 嫌なら変えるよ?」
「そんな事ないよ気に入ったよ! ありがとうシロン」
「それでは」
一区切り付けて真顔な護衛戦士の顔に変え
「ナーム様今日の予定を伺います」
「ぷっ! ゴホン! エルフの館に顔を出して技術者の選任状況を聞いてから造船状況の確認とシロンの水泳練習監督です」
「承知しました」
あまりの変わり身の早さに最初吹いてしまったが、毎朝の確認事項は終わる。
館での受付嬢との打ち合わせが予想外に長引き、桟橋に到着したのは昨日と同じ時間だった。
そこには、テトと船大工の棟梁が釣竿を持って待っていた。
「本日はお日柄もよくナー・・・・」
「長い挨拶は私には必要ない! こんにちわだけで構わない!」
強い口調で棟梁の挨拶を中断させ、用件を伺う。
必要以上に敬われるのにはこちらも疲れるし、他人行儀に扱う者ばかりでは俺が寂しい。
「昨晩テトから新しい魚の取り方をナーム様から教えて貰えたと聞きました。 本日は私にも是非にと思いまして・・・」
おっ! 釣り仲間が増えるのは嬉しい。
俺は同じ話題で語り合える関係を街の人と築きたかったのだ。
棟梁の手を無理やり掴み大きく握手をする。
「よし、それでは紙とペンを準備してくれ!」
「魚取りに紙とペンですか?」
「そうだ、昨日はシンプルな竿と仕掛けで釣りをしたが、道具も釣り方もいろいろあるんだよ? 図解入りで聞きたくはないか?」
テトは心得たと頷き、造船小屋へ走って行った。
戻ってきたテトを含めた二人に図を書きながら長々と説明した。
竿の種類や特性、針や擬似餌とルアーなども説明する。
ついでにできるだけ細かく糸を巻き取るリールの仕組みを書いてやった。
見たことも無い物を想像するのは難しいだろうが、彼らは熱心に頷き時には質問もして聞いてくれた。
俺は釣り仲間を増やす事に昔から変な情熱があったなぁ、と懐かしく思いながら熱く語り続けるのだった。
「ナーム様、あの俺の練習は見ていただけないのでしょうか?」
だいぶ時間が経ってからシロンがオズオズと聞いてきた。
釣りの話はもっとしたかったが、優先順位はシロンの水泳だ。
「よし、遅くなってしまったがシロンの練習を始めよう!」
練習を忘れていたことを悟られない様に間髪入れずに立ち上がりシロンに向き直る。
「昨日の続きからだけど、シロンはどの辺まで泳いで戻ってこれると思う?」
「・・・多分向こう岸には着けると思う」
「昨日の今日で? マジか? 無理してないか?」
「試してもいいかな?」
「も、もちろんだ!」
本人に意欲があるのを頭ごなしに拒否してはいけない。
何事もチャレンジのその先、失敗の後に成功はあるのだ。
俺はシロンの安全を確保するために、飛行し空中での監視をする事にした。
とっくに腰巻一丁になっていたシロンは、臆することなく入水し桟橋の中央までゆっくり泳いできた。
俺はモガ服の腰紐を解き、良の手に風の水晶を握り「準備よし!」と合図してやった。
「それじゃぁ、頑張ってやってみるよナー姉ちゃん!」
言葉と一緒にシロンは泳ぎ始めた。
猛烈な早さで!
泳法は犬掻きだ。
上空から見る限り、普通の大人がジョギングする速度くらいは出ている。
俺の記憶にあるオリンピックの自由形選手は100m46秒後半、シロン犬掻きはその数段早かった。
そうだ、俺は忘れていた。
シロンは人外の身体能力を持っていたのだ。
もしかしたらピストルの弾も避けられるし、指先でつまめるかも知れない程の・・・。
80mの対岸には時間にして30秒経たず到着した。
岸にゆっくり上がり方で大きく息をするシロンの横に降り立ち、濡れた肌を乾かしてやる。
「シロンすごいじゃ無いか! ここまで泳げるだけじゃなくてすごく早かったぞ!」
「ナー姉ちゃんに認められる様に、ちょっと頑張ってみた」
荒い息遣いでシロンが答える。
頭を撫でながら「よし、よし」と褒めてやった。
「それじゃぁ同行者は認めてくれるよな?」
「それは向こう岸に着いてからだよ、今のを見てる限りじゃ大丈夫だろうけど、約束は往復だからね」
「うん分かった!」
言い終わるや川へ飛び込み桟橋へ向かって泳いで行ったシロンを俺は空から追いかけた。
桟橋でシロンに同行者を快く認めることを告げて、体をまた乾かして休ませた。
暫く物思いにふけった後、水際まで足を運びシロンを呼んだ。
少し俺を見ている様にと告げ、水深がくるぶしまでのところへ進む。
モガ服の裾を両手でたくし上げてからシロンに向き直る。
片足を膝高さまで持ち上げ、勢いよく下ろす。
当然水は一瞬だけ割れて飛び散りくるぶしを覆う。
側から見ればただ水際で楽しく遊んでいる少女だが、その動作を左右交互に加速していき川の中央に向かって歩き出す。
俺の身体は水に沈み込む事なく、周囲に水飛沫を撒き散らしながら水面を歩いている様に見えるだろう。
そうこれは、水の上を歩く都市伝説!
水に沈む前に足を前に出す究極の水上歩行法!
ゆっくりと10m位進んでから向きを変え岸へ戻る。
驚きの表情をしているシロン顔を見て少しスカッとした。
人外の人間に姉の威厳を思い知らせたかったのだ。
しかし、風の水晶を裾と一緒に握って力を出しているのは内緒だ。
水晶を使わずともエルフの体で全く不可能では無いだろうが、今まで試したことはないしシロンに世界の広さを少しは感じてもらえればいいと思った悪戯だ。
シロンの眼前へ戻り高速に動かしていた足を止めた。
身体は当然沈みこみ膝小僧まで水に浸かった。
洗い呼吸をわざとして見せてにっこり微笑んだ。
「船に乗る戦士は水上でも両手を使って戦える様にならなきゃね」
「どうやったんだナー姉ちゃん、教えてくれよ!」
「簡単だよ、シロンは腕で空気を纏わせ斬撃飛ばせるでしょ? それと同じで空気を足に纏わせ水面を叩く、その足が沈まないうちに反対の足で水面を叩く、これを繰り返すだけ!」
人差し指を立てて小首を傾げウィンクしてやった。
内心のテヘペロは伝わらないはずだ。
太い腕を胸の前に組んで考え始めたシロンに
「船の上でも最強戦士を名乗りたかったらこの位は必要かなぁ? まあ、出来なくても同行者は降ろさないから安心していい」
無言で考え込んでいるシロンをその場に残し俺は桟橋へ向かった。
昨日のメラールが予想以上に旨かったので、今日はオンアへのお土産に最低一匹は釣り上げたかったのだ。
俺の艤装水上歩行術を目の当たりにして驚きが隠せないでいるテトと棟梁と三人で、ウキ釣りの準備を始めるのであった。
次は旅立ちの日




