シャナウとの再会
「たっだいまぁ・・・」
肩を落としたまま懐かしの我が家の布の扉をめくり入室した。
「姉様おかえりぃー!」
「シャナ? たっだいまぁー!」
誰も居ないと思いながら掛けた帰宅の言葉だったのに、不意に返答が有ったのにはビックリした。
胸から熱いものがこみ上げて来た。
立ち上がり迎えてくれたシャナウと長い抱擁をした。
自然と頬を伝う熱いものが流れた。
「姉様がちっこくなっちゃったって本当だったんだ?」
ひとしきりお互いを強く抱きしめた腕を緩めながら、シャナウの柔らかいお腹に埋まっていた俺の顔は解放される。
「ボキア達から聞いたのか?」
「そう、ちっこい姫と一緒に帰って来たってみんな言ってた」
「そうなんだよ・・・、なんか長く寝てたみたいなんだけど小人サイズになっちゃてさ・・・」
「なっかなか帰ってこなかったから、ずぅーっと心配してました。 でもまた逢えてホントよかった!」
「ごめんね、シャナ・・・待たせたみたいだね」
緩めた腕に力をもう一度込めて抱きしめた。
首をめぐらし部屋の中を見渡したが、綺麗に掃除が行き届き俺の記憶と何一つ変わらなかったが少し広くは感じた。
俺が小さくなったせいだろう。
「あっ、そうだモフはどうした?」
「モフも姉様の帰りを待ってたんだけど、あれから10年ぐらいで死んじゃった・・・」
「だよなぁー、240年は流石に長いもんなぁー」
「でもまた逢えますから大丈夫ですよ!」
「? ・・・だな、またどっかで逢えたら良いな・・・」
さほどシャナウが悲しさを感じていなかったのに少し違和感を覚えたが、長く生きているエルフの感覚なのかと納得しておく。
数えきれない程の出会いと別れを繰り返しているのだろうから。
豹柄の座布団毛皮に二人とも腰を下ろし、俺が”雲落ちの巨人”の所で目覚めてからの日々をかいつまんで話した。
「それでシャナ? ゴブリン達の街が出来たって?」
「はい、エルフの森のすぐ近くに出来たんです」
「さっき、ちらっとオンア長老の所で聞いたんだけど、街が出来たってホントは信じられないんだよねー、文明文化は数千年単位で前進するものだから・・・」
「後で行ってみましょうね、とっても楽しいとこだから」
「シャナは時々行ってるの?」
「ほとんど毎日様子見に行ってますよ、今日も午前中顔出して来ましたし♪」
話す素振りはとても楽しそうだ。
「森のお勤めだって有るだろうに毎日行ってるんだ?」
「”捧げ”の他の私のお勤めは街でやってますから」
「エルフが街でお仕事してるの?」
今まで見守るだけで直接接して来なかったエルフが関与してる? オンアは少ない助言と許可だけだと言っていたのに?
「ほとんど椅子に座ってるだけなんですけどね」
「なんか分からんけど、俺が寝てる間の事ちょっと教えてくれるかい?」
「はい! 姉様!」
シャナウは以前と変わらず元気に返事を返してくれた後、240年間の出来事を教えてくれた。
あの年の雨季の後ドキアのゴブリンとドワーフの長達が全員集まり、衣食住の新しい形態と製鉄の技術を共有した。
その後、各地域に合った産品を作る集落が出来た。
製鉄、綿紡績、耕作などが広範囲の樹海の中にあちらこちらで始まった。
それまでの採集生活で常に移動をしていた関係で、地域内にあった資源をあらかた把握していたおかげもあり、鉱石集めが順調だった事もあってか必要な鉄製品を数多く手にすることが出来たそうだ。
耕作で安定した食料供給が可能となり増えた小人達が、木材加工と石材加工にエルフから貸し出されていた水晶をつかわなくても可能となった事で発展は加速した。
古くから森の守り手で英知を持つエルフの里を聖域とし、近くに小人達が集まり始め村が発展した。
その村でシャナウは俺が眠りについて間も無く、ミムナから直接指示されて小人達に技術と知識を伝える役目を担って来たそうだ。
元々敬っていたエルフが神格化され、街に建築された神殿にシャナウは毎日通っているらしい。
ドキアの樹海以外の国とも交易はしているらしいが、ここからは離れた河口に設けられた特別地域でのみ行われているらしい。
大まかな内容だったが身振り手振りで教えてくれた。
「それじゃ姉様、さっそく街へいきましょう!」
「今からか?」
「お疲れですか? 美味しいお茶とお菓子がありますよ?」
「疲れちゃいないが、シャナの午後の務めはいいのか?」
ニンマリ笑みを浮かべて
「私の勤めは神殿でお茶するのが日課なのです♪」
「・・・あ、そう・・・」
とても楽しげなシャナウに背中を押されるままに街へと出掛けるのであった。
エルフの館と呼ばれる神殿は結界のそばに建てられていて、そこを中心として半円に綺麗に整備された道が放射状になっている。
建物は統一された2階建てで高さは綺麗に整っており中世のヨーロッパ風といった感じ。
一階は石造りで2階は木造。
水害に対応した造りなのであろう。
エルフの館の前は広い公園なっていて、懐かしい一本足の傘の東屋があった。
その東屋で俺とシャナウは湯気を上げるコーヒーを前にクッキーを頂いていた。
周りを見れば街を行き交う人の数は多く、大半が緑色の服を着ており忙しくしていた。
「この景色を見れば信じるしかないが、200年そこそこでここまで発展するとは・・・」
「そうなのですか? ドキアの人は熱心にミムナ姫の言葉を伝えた私の話を聞き入れただけなのではないですか?」
懐かしいコーヒーの苦味を喉に通し胃に流し込む。
そして鼻腔から抜ける香りを楽しみながら公園に面した商店に目をやる。
貨幣は流通していないはずの店舗の前で品物を手にした客らしき姿と、応対している店員らしき姿が見えた。
「人の習慣や考え方はそんなに簡単に変わんないと思うんだがな」
「私には安心と安全を小人達は前から求めていたのかなって思いましたけど」
「だって命令したわけじゃないんだろ?」
「そうですね、主だった面々に技術や考え方を簡単なところから伝えたら、小人達が自分達なりにより良い方法を見つける様に頑張っていました。問題が発生した時は私の所へ聞きに来ましたから私もミムナ姫に伺って答えてました」
「ミムナとは仲がいいのか?」
「はいとっても! 直接会ったことはないんですけどね、これで会話ができるんです」
シャナウは耳飾りに手を添えて笑った。
そこには網状の金細工の中に収まった小さな水晶が揺れていた。
通信機みたいな使い方もできるのか? それで近況報告と指示をタイムリーに行っていたわけか。
水晶ってなんでも出来そうだな。
「所でさっきからそこに突っ立っている奴は何なんだ?」
街に入るとすぐに無言で近寄って来て、シャナウの横に付いて来た腰に長剣をぶら下げた青年を指差す。
肩には豹柄の毛皮を巻いていた。
「こいつはエルフの護衛と小間使いをしている下僕のシロンです」
「下僕って・・・」
「いいんです昔からこいつは私達の下僕ですから! ほら姉様に挨拶しなさい!」
「・・・」
「ちっちゃい姉ちゃんお久しぶりです。シロンと言います」
「お久しぶりって・・・、初めて会ったはずだけど? ちっちゃい姉ちゃん?」
シロンと名乗った青年は、俺より頭二つは身長が高く胸板も厚い。
武芸で鍛えているのか格闘家風の肉体に見えた。
「申し遅れましたが、以前はモフとちっちゃい姉ちゃんに呼ばれていました」
「モフ?」
「そうなんです姉様! こいつオンア長老の許可が出て小人になったんです」
「ちょっと意味わからん! 何でこいつがモフなんだ?」
「それは俺自身が直接説明した方が分かりやすいかも知れません」
さっきから後ろ手で待機の姿勢から微動だにしなかったシロンが手振りを交えて説明してくれた。
意識として記憶があるのはシャナウとナームに拾われて一緒に生活始めた頃で、感情のある自我が目覚めたのは二人との深い接触が原因。
その中で獣から人族の思考や感情に自分の意識が傾向したとの事。
モフとしての生涯を終えた時、エルフの里の大きな光る石に意識が吸い込まれ、その後思念でオンア達長老と会話する機会があって、ゴブリンとして転生したらしい。
「ちょっと、まて。 あの頃のモフの記憶を持っているってことか?」
「記憶は当然です。同じ魂を継続して今の姿をしています」
「こいつはシロンを今で3回目なのよ姉様!」
「シロンを3回?」
「一度死んでから次の誕生までは間隔は数年空きますが、強く願えば同じ地域に生まれることが出来ます。そしてちょうど言葉が言える頃それまでの魂の記憶が蘇るのです。 シロンの名前は気に入っているので、ずっと俺はそう呼んでもらっています。」
「名前はモフにしときなさいって何度も言ったんですけど、こいつ案外頑固で!」
横腹をシャナウに突っつかれシロンがよろめいた。
二人で睨めっこする姿勢になって、力みながらシロンがくってかかった。
「もうモフモフのヒョウじゃないんだからそんな猫見たいのは嫌だって! 俺もう人だから!」
「まだ3回目の元猫ちゃんなんだから、モフで充分なのよ!」
姿こそ違うがこのやり取りは以前に何度も目にして来た光景だ。
認めるしかないのかも知れない。
この青年がモフの転生者なのだと。
また取っ組み合いの喧嘩されても困るので間に割って入った。
「シロンその肩に巻いてるのはそれじゃぁ?」
「はい、俺の毛皮です。シャナが思い出にとくれました」
「そうか、シャナはモフの毛皮を大事にし待っておいてくれたんだな・・・」
「あ!それね・・・、モフの毛皮でクッション作った時の余り物だけどね」
「俺の毛皮でクッション? 姉ちゃん毎日それにそのデカイ尻乗せて無いだろうな?」
「私がどんな使い方してようが、私の勝手なの! 下僕は黙ってなさい」
俺に助けを求めるシロンを落ち着かせ、シャナウをなだめるのに少しの時間を要した。
その後魂の転生についてシャナウから詳しく聞くこととなった。
俺なりに要約すると、雲落ちの巨人達は何かの目的があってこの樹海で育った人族達を記憶を持ったままで転生させている。
エルフの思念波を与え続ける事で、光る石は魂の転生に何らかの作用をしているらしいが詳しくはシャナウには判らないとの事。
この地のほとんどの小人族は前世の記憶を数十人分持っていて知識と経験を積み重ねているのだそうだ。
ここに来た時にお茶やお菓子を持って来てくれた幼女はテパの今生の姿だそうだ。
去り際、俺を見つめてから地にひれ伏す姿を不思議に思ったが、ヨモの葉に覆われた昔の姿を思い出し今更ながら納得した。
古くからエルフと接する人族はその任を引き続いていて、俺の知っていた名前の小人族は240年過ぎた今も生存?と言っていいのか判らないが、いるそうだ。
長年小人族達を見守って来たエルフにとって、死は永遠の別れではなく魂の休憩時間。
またいつの日か同じ魂と逢えるから、死は悲しむ出来事では無いらしい。
それでこの街の姿が幾分理解できる気がした。
記憶とは経験の蓄積、死で毎回リセットされるのであれば成功体験も失敗体験も失ってしまう。経験値ゼロから始まる人生では進める歩みも遅いだろうが、何十人分の経験を持って始まる人生は想像はし辛いが『不死』の状態と同じに思えた。
人類の究極の目標は『不死』と聞いた事がある。
逆に『不死』は拷問ともなり得るとも聞く。
永劫に続く時間に人の精神が耐えられなくなり終焉を求める。
俺自身はどうなのだろう?
終焉があった方がいいのか永遠の命があった方がいいのか・・・。
エルフ達は同じ姿で2千年以上存在していて、小人達は生死を繰り返して同じ時間を過ごしている。
前世を知らない俺は50年生の記憶すら曖昧なくらいだ。
それでいて終焉だけは望んでいなかったか?
俺にとってはリセットできない永遠は拷問に思えた。
しかし彼らは生き生きとしている様に見える。
目的を持って生活しているのか瞳が輝いている。
ちなみに幼女姿のテパは機織りのマスターの称号を持ち工員達を指導しながら、お菓子マスターを目指しているらしい。
テトは建築マスターで今は船大工の修行中。
他の連中も選んだ道の最高を求め、転生の度高みを目指しているそうだ。
少なからず失敗がある人生、いや、少ない成功と失敗続きの人生であっても経験として次に活かせる事が出来るのであればそれはカルマを完全に理解しての人生を送れるのでは無いか?
俺がここへ来る時にあの砂浜で願った事が、ここで彼らは実現している。
魂の転生を理解しているからこそ、行動の目的を持っているのかも知れない。
どちらにしても俺には理解できない話だ。
優れた身体能力と数千年生きられるこのエルフの身体だが、俺自身の魂は薄汚れたおっさんの記憶しかないのだ。
「姉様大丈夫?」
少しの間、考えに没頭していて周りが見えていなかった様だ。
幼女が新しい飲み物とパンケーキらしい物を運んできた。
テパだ。
椅子から立ち上がり近寄って抱きしめた。
「さっきは気付かなくてごめんね。テパありがとうね、こんなに綺麗な綿布を沢山織ってくれたんでしょ?」
最初は遠慮したのか小さな手をバタバタさせていたがハグする力を強めたら抵抗を諦めてくれた。
「ナーム様お帰りなさい・・・。 喜んで貰えたのなら私も嬉しいです・・・」
「このコーヒーもお菓子もとっても美味しいよ」
「ありがとうございます」
何度も頭を下げながらお店へと戻っていった。
「シャナごめんね、ちょっと考え込んじゃってたみたいで」
「どうかされましたか?」
「みんなと比べると、俺ってちっぽけな魂だなーて思ってさ・・・。なんか悲しくなって来てさ」
「姉様はちっぽけなんかじゃありません!」
なぜか立ち上がりテーブルを叩きながらシャナウに怒られた。
「シャナは知ってると思うけど、俺って前は50年しか生きていない取り柄もないおっさんだったんだ。 前生の記憶だってないし薄っぺらいなーって」
「薄っぺらくありません! 自分を大事にする心、相手を大事に思う心、そして困難の矢面で前に立つ勇気ある魂です!」
「いや・・そんなもんじゃ・・・」
「ミムナも言ってました。 姉様の魂には膨大な記憶が詰まっていると、今は思い出せていないだけだと」
「そういえば、俺の記憶を見たって言ってたなあいつ・・・、解析できたのは直近だけだと・・・」
以前の俺も幾度も転生していたのか?
その記憶がないだけなのか?
「姉様は悩まず思った通り行動していいのです! それは結果として必然になるのです!」
「それは何か哲学的な話だな・・・」
「・・・そうミムナが言ってました!」
「そうだよな、うん。 悩んでも判らないのだから・・・知識を集める行動をするか!」
少し冷めたパンケーキを口にして苦味の強いコーヒーで飲み込む。
この地に来て以来初めて、食い物らしい食い物にありつけた日、そして新たに指針を決意した日でもあった。
次は出航準備




