目覚めの後の驚愕
光が見えた。
白く輝く光だ。
交差する記憶の闇に差し込む真っ直ぐで暖かい光・・・。
あの時、また死んだのか?
五十年の人生が変な儀式で終わった後・・・。
広大な樹海でエルフの少女で目覚めた後・・・。
リザードマンと戦って・・・、俺は2度死んだのか・・・。
守ろうとした少女の身体を傷つけてしまった・・・、俺は相変わらず救いようのない奴だ・・・。
眼球の上を目蓋が開かれて行く、生身の肉体の感覚。
あまりにも敏感に感じられる。
水面の漣が収まり景色が鮮明さをゆっくりと増して行く。
顕微鏡のつまみを回し対象物がはっきりしてくる感覚。
そうだ、眠りから目覚める感覚だ・・・。
周りの風が揺れる音も聞こえてくる。
風に音など無いはずなのに・・・。
楽しそうな光の声も聞こえてくる。
光に感情なんか無いはずなのに・・・。
歓喜に震えながら風を切る水の声も・・・。
ここが死後の世界なんだろうな・・・、世界は全てに於いて優しく、こんなに俺の心が穏やかなのだから。
「・・」
「・・・」
「・・・そりゃぁー無いっすよ! ミムナ団長!」
「これは本国のタイムスケジュールだ、俺に決定権はない!」
「だって私にはそんな能力ないし、今の私はこんなカラダだし?」
「それはお前の身勝手な行動のせいだろ? ラーラス君?」
「しかしですね団長!」
「しかしもかかしもない! 異論があるなら本国に帰って上申しろ!」
騒がしい・・・。
全てが優しく穏やかな死後の世界なはずなのに・・・、ラーラス?
首筋に悪寒が走り、一気に目が覚めた。
仰向けだった体を一息で起こし周囲を確認する。
俺はベットの上で寝かされていた様だ。
病室なのか狭く感じる白い壁で覆われた部屋には応接セットが置かれ、記憶にない二人の人影があった。
話中だったであろう二人がこちらに首を巡らした。
異質な二人だった。
「予定通りのお目覚めだったね、ナーム?」
白い小さなティーカップを片手にこちらに話しかけたのは、エルフの少女。
年は10才位に見える。 とても知的で優しそうな声音だ。
「ほら! こいつ! こいつのせいで本国が騒乱状態になったんですよ!」
俺を指差し唾を飛ばしながら、少女に食って掛かっている奴の声には聞き覚えがあった。
大仰で人の話を聞かない、キャロルちゃんをけしかけた奴だ。
「ラーラスか? てめーナームの身体に傷を付けやがって!」
ベットから飛び降り殴りかかろうとしたが、足に力が入らずへたり込んでしまった。
少女が近づき立ち上がろうとする俺に手を貸してくれた。
「ナーム、体の感覚が戻るには少しばかりリハビリが必要だよ」
「ほら、団長! 見たでしょ? こんなに野蛮な奴だから私が対処した方法は間違ってなかったですよ!」
また俺に指を差し、のたまった少女の会話相手だった男は、少女の身長の10倍はあろうと思われる巨人だった。
「声がデカすぎる! 少しは静かにしろ! それでも管理者権限の資格持っているのか? ラーラス班長? 今、俺がその資格剥奪してやろうか?」
「いや・・・、団長・・・、資格剥奪とかはちょっと困るんです・・・」
「だったら少し黙っとけ!」
「はい・・・」
語尾が小さくなり応接セットの椅子に浮き上げた腰を戻す巨人。
体格差は子猫とベンガルトラとの差に似ているのに、立場は子猫の方が遥かに上の様だ。
もしかしたら実質的な実力も上なのかもしれない。
俺は少女の手を借りてベットに戻った。
「あなたはどなたですか? 俺はどうなったのですか?」
「まずはゆっくり体を休めなさい、と言っても騒がしくしてしまったのはこっちだったが・・・、すまなかったなナーム。 いや、山上光男さん」
俺を知っている?
ドキアの樹海に来る前の俺の名前を知っている?
誰にも話していない前の人生の俺の名前を?
ベットの上で座ったまま、自分の体を確認する。
白い肌に、細い腕、細い指の掌に包まれた小さく膨らんだ柔らかい胸・・・。
樹海に来てからのエルフのカラダだ。
前の50男の初老の体ではない。
耳を触ってみる。
数ミリ持っていかれたはずの先端はきちんと有る。
指先に触れた髪を目前で眺めた。
俺が来てからは黒髪だったのに今はエルフ村のみんなと一緒の金髪だ。
感じていなかったエルフの鼓動が早鐘を打つ様だ。
パクパクと口が動いているが喉から声が出なかった。
「相当動揺している様だが少し落ち着いてくれ、私たち二人はあなたに危害を加える考えはないし、権限も持たないのだから」
ベットへ腰を下ろし上体だけこちらに向ける少女。
「まずは自己紹介が先だね、私は火星に有る本国からこの領域の管理者として赴任しているミムナだ、階級は団長。 それといくつかの分野の博士の上階級も持ってる」
「・・・」
「どこまで話すんですか? こんな野蛮な奴に!」
「黙っとれと言ったぞラーラス班長! 3度目に聞く時は霧になってるからな!」
巨人は顔から滝の様に汗を流し始め、巨体をソファーに小さくして沈める。
俺は頭が真っ白になり何も言えないまま口だけはパクパクさせていた。
「・・・」
「その体はまだまともに動けないだろうから、ゆっくり考えをまとめる時間は後で作れるだろう。 私の権限で可能な情報開示をこれからするから暫く聞いていなさい」
物腰は柔らかく敵意も害意も感じない。
まして偽りを話そうとしているとも感じなかったので小さく頷き返した。
「まずは、山上光男さん。先に一言謝っておきます。勝手なことをして申し訳ありませんでした。リザードマンの戦闘後ナームを再構築する際にあなたに無断で魂のスキャンをしました。あなたの魂に刻まれた記憶です。その内容は膨大な量だったので、今解析が終わっているのは直近の山上さんの分です。あなたは今から1万8千年未来の地球から、この地へ魂の転移をしてきました。原因は分かっていませんし同じ次元なのかも判明していません」
「・・・」
「・・・」
ラーラスも俺も心境の違いは有るだろうが、口をアングリと開けたままだ。
「あなたが訪れた時、莫大なエネルギーを消費して行う未来視を私は行う予定でした。しかし私の目的は果たせず失敗し霧散したエネルギーの余波で私の魂は体を追われ水晶宮へ一時避難しました。一瞬開いた次元の裂け目からあなたは現れ、一瞬だけ魂の抜け殻になったナームの身体にあなたは入ったのです・・・。いくつもの偶然が集合した事象で誰かの意思の具現化と思いますが今の私にも判断はつきません」
「ではあなたは?」
「そうです、あなたが取り戻したかった元のナームの魂です」
「・・・」
「山上さんが気を病む必要はありません。人形では無い生体には一つの魂しか定着はしません。任意に入れ替えたりは本来不可能なのです。あなたは私にその体を返す事は出来ませんし、その必要もありません」
俺はあの野営地で死んだのだ、多分・・・。
そしてあの戦闘でも死んだのだ、そう思える・・・。
でも今はナームの体で継続した記憶と意識でここにいる・・・。
夢なのか?
死後なのか?
現実なのか?
元のナームに体を返し、俺は消えるのが目的で行動していたのに・・・、これからどうしたらいいんだ?
肌触りの優しいシーツがクシャクシャになるくらい強く握った白い手が一層白くなる。
「あなたはこの地でこれからナームとして生きて行く道と、自ら魂の継続を終わらせる道が選べます」
「この体で自殺しろと?」
「どちらを選んでも構いません、私達は命令はしません。 個人的には可能であれば身体機能の寿命が来るまで大事にその体を使ってもらいたいと私は考えています。私用に特別に準備した体ですし、愛着もあります。なくなるのは寂しいですから・・・」
思考がごちゃごちゃと脳内を駆け巡りパンクしそうだ・・・「急いだり焦ったりしちゃだめ!」シャナウの声が聞こえた気がした。
少し天然が入ったシャナウはエルフの俺の大先輩で、いつも俺に元気をくれた。
オンアが杖で叩いた膝小僧の痛みの記憶も、仲間だと言ってくれた言葉も俺を励ましてくれた。
気遣い、ねぎらってくれたエルフ村の住人。
綿布織に協力してくれたゴブリンのテパ。
耳飾りを作ってくれたドワーフの兄弟達。
柔らかい毛並みで癒してくれたモフ。
短い間だったがいろんな人達に大切にしてもらい助けてもらった。
前の山上光男の時は、目を閉じ、耳を塞いでいて自分から周りの優しさを感じない様に、気づかない様にしていたんだ、それがあの野営地の死顔の原因では無かったのか?
そうだ、夢でも死後の世界でも構わない、今を生きると決めたでは無いか!
無い物は求めないで、ある物を大切にして育てていこう。
今の俺はドキアの森エルフ村のナームなのだ。
股の間で強く握られた手を見つめ、考え込んでいた俺を暫く無言で見つめていたミムナ団長が声をかけてきた。
「少しは落ち着いたかね?」
「はい、落ち着きました有難うございます」
「これからどうするね?」
「わかりません・・・、いえ、あのぉ・・・、わからない事がわかりました」
「ふむ、その返事では私はどうしたらいいか、分からなくなってしまう・・・」
「すみません・・・、知識を得ようと思います。 わからない事が無くなるまで!」
「そうか? まぁ良かろう、その体を大切にしてくれるのであれば私が口出す事は無いしな」
ミムナ団長はベットから立ち上がり応接セットへ戻り座り直した。
ラーラス班長と向き直りお茶を飲んでから
「ラーラス班長! ナームはこれまでと変わらずで情報階級はLv3とする、そして私直属の部下扱いとする、これは私ミムナ団長の名を持って命令とする!」
ラーラスは椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり
「ハッ! ミムナ親衛付のナームは情報階級Lv3、承知しました!」
反抗心丸出しだったラーラスは礼儀正しく一礼した。
「所で団長? さっきLv4の情報が会話に入っていましたが大丈夫でしょうか?」
「心配ない、本国から承諾待ちの暫定処遇だ。すぐにLv4には成る」
「ですが・・・」
「くどい!私付の親衛だ問題が生じれば責任は全て私にある! お前は心配も手出しもするな! 専任であるこの地の守備に精をだせ!」
「ハッ!」
大きな体を翻し退出していった。
今まで狭く感じていた部屋がいきなり広くなった。
落ち着いてゆっくり辺りを見渡すと、それもそのはず、室内はバレーボールが出来るくらいの広さがあった。
ラーラスあいつの体がデカすぎたのだ。
俺に対する態度もあの巨体も俺は今後好きに成る事はなさそうだ。
まったり寛いでいるミムナ団長を何気なく眺めていたら目が合ってしまった。
よく見るととても可愛い顔立ちをしている。
超美少女だった。
俺の感覚で10歳相応の?体型なので上も下も発展途上だ。
ちょっとだけ勝った気がした。
「何かね?ナーム?」
「あぁ!いえですね・・・、さっきの親衛付きとか・・・、Lv4とか・・、何かなぁ?って思いまして・・・」
少し訝しむ表情を一瞬したが教えてくれた。
「ナーム、お前の行動を私以外が制限できない様に私の直属の部下にしてあるだけじゃ、私もお前を制限するつもりはないから、全く自由に魔法少女をして構わないって事だ」
「なんですか?その魔法少女って!」
「お前の記憶にあったぞ? 成ってみたかったのだろ?」
「そんな訳ないですから!」
「まぁ冗談だ。まあ怒るな。お前の解析された記憶の扱いは最高レベルのLv5プラス扱いだ。この地球では私しか取り扱いできないし本国でも数名のものだけだ」
「火星ですか?」
「それな・・・、Lv4だから今後は私以外に話すなよ。 許可が出てLv4になる迄ラーラスがカマかけて来ても口にするなよ霧に成るからな」
「霧に?」
「お前は一度体験しただろ?キャロルちゃんのブラスターまともに喰らって」
頭痛がして来た。
2度目の死に様を思い出したからか?
「すみません体調が優れないので少し横になります」
「おぉそうだなゆっくり休むといい、これからリハビリが大変だろうから、なんせ240年も再生に時間がかかったからな」
なんですとぉぉぉぉ!
俺の意識はまた暗闇に引き込まれていった。
次は、ミムナとリハビリ




