雲落ちの巨人
鳴り出した機械音は耳を塞いでも我慢出来ないくらい大きくなり脳みそを揺さぶる程になった。
激しい頭痛とめまいに襲われその場にひざ立ちになる。
痛みで自然と閉じられた瞼の向こうで強い閃光を感じた瞬間音は聞こえなくなった。
もしかして鼓膜が破れたかな?
と軽く舌打ちしながら近くのシャナウとモフの安全を確認した。
二人とも耳を塞ぐ姿勢をしていたが怪我などをしている様子は無かった。
一安心し発光現象が落ち着いた壁に視線を移す。
道を塞いでいた黒く磨かれた岩壁は姿を消失していた。
そこにはBOSS部屋があった。
俺たちの居る側の洞窟内は異変以前と変わらず、水晶の光と光苔の明かりで壁も床も照らされているが、その先の空間はRPGでよく見かける薄暗いダンジョンの最奥の部屋。
サッカー場が2面は作れる円形の空間の周囲は、照明代わりか松明の炎が100を超える数燃え上がり不均等に室内を照らしている。
「シャナこれが巨人の家の中なのか?」
不安そうに困惑し考えている様子のシャナウに聞く。
「ここは・・・・確か・・・、地階の体育通用教室のようです・・・、はい、見覚えがあります」
眉間に違和感が痛みとなって突き刺さる。
以前もあったがシャナウの発する言葉は耳から入りイメージとして俺は理解できるみたいだが、言霊本質の部分では時々差異が生じ違和感となる。
今回は痛みを伴う位の差異を感じた。
『獣が抱きついてくる』は『強襲!』だったはず。
あの時は妙な気分になっただけだが、今回脳裏に浮かんだのは『誓いの対苦痛痒強室?』マジでヤバそうな同音異語。
「これはもしかして、俺たち地下からの訪問は不味かったんじゃね?」
引けた腰の姿勢で消失した壁の手前まで歩み寄って、ドーム状の教室の全貌が見える所まで移動した。
床は石畳で幾何学模様がうっすら見える。
天井は矢のように鋭い鍾乳石がびっしりと覆っている。
あれはBOSSが一定のダメージを受けると落ちてくるやつだ。
「ここは班長が管理してた部屋でしたから・・・、入っていいか声かけてみますか?」
「班長? それって巨人か?」
「はい、ラーラス班長は教官の巨人です」
「まぁ、せっかく扉が開いたんだから声くらい掛けて聞いてみるのはいいかな? こっから入るのがダメそうなら諦めよう」
後ろのモフを見ると前足で耳と目を覆った姿で伏せのまま身動きしてない。
小刻みに震えているので意識を失っている様子ではなさそうだ。
「この辺最強の名が泣くぞ!」とは言わないでおこう。
俺もかなりビビっているのは確かだから。
「班長ぅ? ラーラス班長? シャナウです。 S プラスでここ通過したシャナウですぅ」
「ちょっと待てシャナ! 巨人の所で育ったって、ここで試験とかしてたのか?」
「ここからエルフ村へ行くには班長の許可が必要ですから、多分村のエルフ全員合格点はもらえてます、当然姉様も!」
予想外、シャナウはモガ服滑空で苦労したはずだ。
ナームに根気よくレクチャーを受けてようやく飛べるように成ったと言っていたはずだ。
それが『Sプラス』の評価?
「飛ぶのに苦労したシャナが? Sプラスって最高評価の意味でしょ?」
「私は運動全般は苦手でした・・・、でも低評価だった科目は村で姉様に教わってそれなりになりましたよ、ただ巨人の所でここの部屋の評価だけは歴代首位です、えっへん!」
「俺なんか嫌な気分になってきた、一度引き返すか? シャナ? 班長とやらの返事もないし・・・」
広く薄暗いままで、見るからにBOSS部屋オーラを滲ませている空間は何も変化がない。
お決まりであれば入室後閉じ込められバトルが始まる。
入らなければイベントは始まらないはず。
自信に溢るオーラを纏ったシャナウはやはりフラグか?
立てたら不味そうな気しかしない。
ヤバそうな雰囲気がバリバリ伝わってくる。
「班長ぅ!」
叫びながら入室しそうに成っているシャナウの腰紐を両手でキツく握り、発生しそうなイベント回避に向けどうしようか思考していた時、回収されてしまった。
空気が揺れた。
洞窟の入り口側から風が奥へと、BOSS部屋へ揺れた。
と思った瞬間、突風が押し寄せモフが飛ばされ俺とシャナウが巻き込まれる形で3名は消失した壁を超えてしまい、扉は閉じられた。
床の上に重なり合って倒れた状態から一番上にいたモフを跳ね飛ばし何とか立ち上がる。
暗がりの中数種の水晶を手に取り中腰で警戒しながら辺りを見渡した。
シャナウは天井に向かって班長とやらに呼び掛けている。
モフはと言うと閉じられてしまった壁を両前足の爪でガリガリ引っかきながら唸り声を発していた。
突風で飛ばされただけではこの3名は怪我をするはずもないが、強制的に入室させられたのには苛立ちを覚えた。
「シャナこの教室とやらは別の部屋へ繋がってるんだろ? 出口はどこなんだ?」
「あそこの松明が集まった所です」
シャナウが指差す方に目を向けると不均等だと感じた松明が1箇所だけ数が多い場所があり、その中央に階段が確認できた。
その脇に何者かの影も確認できた。
「あれ! あそこになんか居る!」
「あぁ、キャロルちゃんだと思います、 教官の助手です」
「話のわかる巨人か?」
「キャロルちゃんは巨人じゃ無いですし話せませんよ、苦痛教練の相手役です」
いつもと変わらぬゆっくりとした足どりで歩き出すシャナウ。 その後を警戒だけは解かず付いていく。
「苦痛教練って何だシャナ? 聞くからには物騒な響きだが?」
「ここを出ると一人でいろんな事に対処する必要あるからって、基本科目が終わってから受ける感覚調整を行う最終科目です」
言霊の変換が正確では無いのが眉間の違和感でわかる。
要約するとこんな感じ。
思考力・判断力・体力が成長したのち、使命を果たすため相手から受けた苦痛に耐え相手を制圧する。
戦闘訓練!
「俺もここで訓練したってことか?」
「はい、姉様はCマイナスで最終科目終了したと聞きました♪」
「何だそれは? 最低評価じゃねえのか?」
「はい、普通は科目終了がもらえない最低評価だったそうですが、総合値でエルフ村への許可を得たと聞いています。 その時からナーム姉様はすごいと思ってました♡」
いつもナームを尊敬し持ち上げてくれるシャナウは、変わらずにナームの最低評価を嬉しそうに話してくれた。
しっくりこない内容だと思いながらも歩みを進めていた俺たちは、キャロルちゃんの姿がはっきり認識できるところまで近付いた。
松明の明かりを背に受けて腕組みして立つ姿は、部屋の雰囲気にマッチした姿だった。
シャナウの3倍の身長のリザードマン。
2足歩行のトカゲだ。
数種類の毛皮を縫い合わせた道着に似たものを羽織っており、腕と足は外皮の鱗が八切れそうな筋肉が幾筋も盛り上がっている。
「キャロルちゃん久しぶりー」
気安く手を振りながら近づくシャナウにキャロルちゃんは無反応だった。
口から2股に分かれた舌がチロチロ見えたので、人形でも石像でもなく生き物の様だ。
俺は20m位の距離をとって立ち止まりシャナウの様子を見る事にした。
「だ、大丈夫なのか?」
「キャロルちゃんは優しんだよー、訓練の後ちゃんと介抱してくれるんだよー!」
キャロルちゃんの目の前まで歩み寄り、身振り手振りで何やら会話をしているみたいだが、俺の背筋のざわめきが治らないままだ。
一度辺りを見渡す。
モフは俺よりかなり距離をとりこちらの様子を伺っている。
俺はゲームや物語の世界でリザードマンの存在は知っているがこの目で見るのは初めてだ。
ましてモフは存在すら知らなかった生き物が目の前にいるのだ、それも強者は間違いない。
野生の感性がない俺ですらさっきから膝がぐらついている。
びびって当然の状態だ獣のモフをとやかくは言えない。
キャロルちゃんとの会話が終わったのかシャナウが俺へ近づいてきた。
「もうすぐ班長が来るから待っててって言ってた♪」
自分の育った所へ帰ってきたのが嬉しいのかシャナウはとても機嫌が良さそうだった。
一度も巨人の所へ帰ってないと言っていたから、500年ぶりだろうか?
長老やナームは時折帰ってたみたいだが、俺にとっては初見の物ばかりだ。
暫くしてキャロルちゃんが近付いてきた。
「ナーちゃん帰ってくるの遅い!」
「ラーラス班長? ただいまぁー、お久しぶりしてましたぁ」
キャロルちゃんの口は動いていない。
声はキャロルちゃんの頭の方から聞こえた。
首輪から声がするみたいだ。
通信機か何かが付いているのだろう。
野太い男の声がシャナウの挨拶を無視して語り出す。
「一時は団長の計画が頓挫したかと思ったが、ナーちゃんは思わぬ機会を私にもたらしてくれたのだ!」
「ナーちゃんって俺のことか?」
「当たり前だナーちゃん! 長老から報告は聞いていたから直ぐに帰って来るものと思って準備して待っていたのに・・・、遅い! 遅い! 来るのが遅いぞぉ! しかし許そう!」
「・・・あのぉ長老から報告って? どの辺まで知って・・・」
「すべて知っている! ナーちゃんの今の魂は別人である些細な事も! しかし許そう! いや感謝する! キャロルちゃんの部屋から帰ってきてくれたのだから! 千載一遇のチャンスをくれた事、お前の魂をこのラーラスの名を持って称賛する!」
変なやつだった。
巨人のイメージは、賢くエルフも人属も動物や植物まで見守り繁栄させてくれる存在なのではと思い始めていたのが根幹から崩されてしまった。
「シャナ? この声の人って本当に雲落ちの巨人の人?」
「はい、間違いなく班長です。 お変わりなく何よりです」
「おーシャナウか? 私の育てた生徒で一番優秀だったな! よくぞ帰ってきた!」
一つ一つ仰々しく話すが、今更シャナウに気付くとは、相手の話は効かない性格っぽい。
苦手なタイプだ。
「それでラーラス班長、今日伺ったのは・・・」
「良い! 何も言わずとも良いのだ! ナーちゃんがこの地に来た事でタイムスケジュールはまた動き出すのだから! ついでに私の長く停止していた趣味のタイムスケジュールも、今、ここで動き出す! 前を見よ! あれが始まりの合図だ!」
上階への階段の上空に巨大な光の時計が出現した。
一本ある赤く光る針が動いている。
「姉様! 一旦離れて!」
緊迫した声でシャナウがキャロルちゃんから距離を取る。
訳わからず俺もキャロルちゃんから離れシャナウの元へと近寄る。
「ラーラス班長! 最終試験はもう終わっています! 何を始める気ですか?」
珍しく怒気のこもった声音のシャナウ。
さっきまでの帰郷して浮かれた雰囲気はどこにも無い。
「ナーちゃんの追試に決まっている! Cマイナスで科目終了は認められない! キャロルちゃんの攻撃を一切受けず、瞬間で蒸発させ・・・、消滅させて試験を終えるなど許されるはずがなかろう?! 団長が認めても、このラーラスは認めん!」
「追試など聞いたことがありません班長!」
「そうだとも、誰にも言っていない! あの時、そうあの時に、霧散したキャロルちゃんを集めながら私の心に、そう私が、私が! 誓った追試なのだ! 再びこの部屋へナーちゃんが来た時実行されるタイムスケジュールなのだから!」
「シャナ? 俺細かい事は分かんないけど戦いになるのか?」
「はい! あの時計の針が一番上を刺した時にキャロルちゃんと戦闘になります。 試験だと針が一周するまでにキャロルちゃんを戦闘不能にしてBプラス以上が合格なのですが、ただ倒すだけではC評価です。 こちらが受けた被害も加点されて高得点になります・・・」
「って事はもしかして、瀕死の状態でキャロルちゃんを制すると高得点? 何じゃそれは?」
「苦境を脱する訓練、痛みや怪我した体を操る訓練なのです・・・」
「じゃぁシャナのSプラスって・・・」
「あの時・・・、残ったのは・・・、左腕だけでした・・・」
あいつ狂ってる。 こんな凶者が雲落ちの巨人だったとは。
ナームは一切怪我しないでキャロルちゃんを戦闘不能にしたのを根に持ってやがったのか?
ってゆうかこんな試験のどこに必要性があるんだ?
虐待だろがぁ!!
さっきまでがくついていた膝はなくなり、湯気が出そうなくらい頭が暑い。
怒りで自分を見失いそうだ!
時計の針は一番下まで達していた。
周り始めてから3分は経っていない。
一周だと5分の戦闘とゆう事になる。
「なーぁ班長?」
「何だねナーちゃん?」
「これは俺の追試なんだよな?」
「当然だ! Cマイナスのナーちゃん!」
「それなら、シャナウと後ろの猫は無関係だよな?」
「参加してもしなくても、どちらでも構わんよ? 参加させるか?」
「じゃぁ追試は俺だけだ、シャナウとモフには手を出すな!」
「姉様! ダメです!」
「参加させた方が加点は多くなるぞ? 猫が消滅したらそれだけで加点は2だよ?」
「ふざけるなぁー! そんなのさせられるかぁー!」
もう怒りで頭が真っ白になりそうだ。
「シャナ! モフと二人で下がっていろ邪魔をするな、これは俺の追試だ!」
キャロルちゃんから目を離さず、脇にいるシャナウに命令した。
二人が遠のく気配をうなじで感じながら、一つ深い深呼吸をした時、時計の針は頂点を示し同時に巨大な鐘の音が鳴った。
次回、追試




