洞窟奥の扉
翌日俺たち3名は光苔が照らす洞窟内を歩いていた。
雨の降る入り口で案内役のガレと別れてからもう2時間位は急な上り坂が続いている。
洞窟内が少し広くなった所に差し掛かったので皆んなに声をかけた。
「この辺で少し休憩しようか?」
「はい姉様」、「ガゥ」(了解、ちっちゃい姉ちゃん)
兄弟の了承も得て背中に担いだ荷物を地面へおろした。
光苔のお陰で使わずに済んでいた光の水晶を取り出し明かりを灯す。
シャナウが準備してくれたピクニックシートに座り、強い水晶の光で照らされた洞窟の壁を観察した。
鍾乳洞や風穴、溶岩洞穴など俺の知識にある自然に出来た洞窟とは雰囲気があきらかに違う。
少し手を伸ばし苔の無い岩肌の感触を確かめて考え込む。
「疲れましたか姉様」
「いや、疲れちゃいないよ。まだまだ全然大丈夫。 この穴はなんなんだろうと思ってね。 自然に出来たものじゃ無い様だ」
壁全体は凹凸が少ない横長の楕円で、肌触りは河原の石のそれに似ている。
「雲落ちの巨人の作った洞窟なんでしょうか?
「そうなのかも知れないね・・・」
曖昧な返事を返してシャナウから受け取った器から水を飲んだ。
「ガゥ」(獣の臭いもないし、コウモリもいないみたいだよ姉ちゃん、こんな洞窟は初めてだ)
辺りを見渡しながらモフがシャナウに話す。
「そうね、獣が巣穴にしない洞窟は珍しいわね・・・」
二人の会話を聞きながら「そんなものか」と思う。
ともかくこの洞窟はシールド工法なんかで掘ったと言うより熱で溶かしたって感じだ。
足元がサラサラした砂状なのは、ガラス化した壁の表面が長い年月で風化し剥がれ落ちたのかも知れない。
高出力レーザーとか宇宙戦艦の艦首から発射される出力120%の波◯砲とかだとこんなのができるかも知れないな。
「まー、今日はピクニックみたいなもんだから、警戒はするけど気楽にいこう。扉とやらを見れたらいいよ。 巨人に会えなかったら帰ればいいだけだし」
「そうですよ、急いだり焦ったりしちゃダメです。雲も少しは薄くなってきましたから、そのうち雨も上がりますよ姉様」
「ガゥ」(僕、雨嫌いだ)
「私も濡れたモジャモジャはイヤよ」
「ガゥ!」(モジャモジャじゃ無い!モフモフだ!)
「あんた濡れるとゴワゴワのモジャモジャになるでしょ?」
「ガゥ??」(なんだと?喧嘩売ってんのか?)
「二人ともやめなさい! せっかくの休憩で疲れたく無いんだけど・・・」
狭く暗い洞窟で警戒していた意識。
この休憩で少しは癒えてきたのかも知れない。
いつもの調子を取り戻した二人を優しくなだめるのだった。
短い休憩の後1時間ほど進むと行き止まりになった。
今までの洞窟の天井は3メートルくらいだったが、最奥のここは10メートルは有りそうだ。
「行き止まりになっちゃいましたが、扉ってどれですかね?」
シャナウが疑問の言葉を出すがそれもそのはず、光の水晶で周辺を照らして見ても扉らしきものは発見できないのだ。
道を塞いでいる壁は黒くツルツルしたものでこれまでの壁とは別のものだがドアノブも無ければ取っ手も無い。
開きそうな隙間も亀裂もない一枚岩に見える。
「ガゥ?」(ここに石が積んであるけど、ガレが言ってた祭壇かな?)
「そうみたいだね」
モフの前にこぶし大の長方形の石をいくつも積み重ねて作られたテーブル状の台があった。
「毛皮とか置いとくと無くなってるって言ってましたね」
注意深く床を調べながら近づくとドワーフらしき足跡とは別の巨大な足跡があった。
大きさを調べると俺の肩から手首まではある。
「この足跡が巨人のものなんだろうね」
顎に手を当て感心する。
同じ人種であれば俺の3倍くらいの大きさ。
身長は5メートルに届くかも知れない。
エルフを育てた『親?』みたいな存在だから敵対することは無いだろうが、身の丈を想像するだけで背筋に冷たいものが走る。
怖気はとりあえず閉じ込めておく。
5分程無言のまま周囲に入口がないか歩き回ったが足跡以外の手掛かりは発見できなかった。
部屋の中央の祭壇に背を預けて座りため息をついているとシャナウが歩み寄りお手上げの仕草をしてから隣に腰を下ろす。
二人が同時に漏らしたため息で小さな笑いが互いに漏れたが打開策は頭に浮かばなかった。
地面に鼻が付きそうなくらいに匂いを嗅ぎながら二人の前にモフが近付いてくる。
両前脚を揃えて目の前に座った。
「ガゥ・・」(ドワーフ達の匂いは残ってるけど、巨人らしき匂いは無いよ)
「あの大きな足跡に匂いは無い?」
「ガゥ」(無い)
モフも不思議だと言いたげに首をかしげる。
入口が有れば匂いが集中している壁が有るのではと期待していたが無理だったようだ。
無駄足だったか?と少し滅入りながら体育座りをあぐらに変えモフの前脚を弄ぶ。
拳大の硬い肉球を一つムニュムニュしながら柔らかい猫毛を撫で癒される。
俺の癒され仕草を無言で見つめていたシャナウが変な声をあげた。
「毛皮!」
「毛皮?」
「ガゥ?」
「そうです姉様! 毛皮です!」
「?」
「この祭壇に毛皮を乗せるんです!」
シャナウが立ち上がり背にしていた石のテーブルを両手でバンバン叩く。
ドワーフが毛皮をお供えしていたら無くなっていたって事は誰かが持ち去ったって事だが荷物の中に毛皮など持って来ていない。
「今から毛皮を取りに行くのか?」
面倒だ・・・を声音に乗せてシャナウに問いかける。
「工房に帰らなくても毛皮は有ります姉様! 目の前に!」
「えっ?」
「ガ?」
「それ脱ぎなさいモフ!」
仄暗い部屋の中でシャナウの双眼が一瞬輝いた。様に見えた。
「ガガゥ!」(無理だから、脱げないから、死んじゃうから!)
「下僕が姉様の役に立てるのですよ? 光栄に思って毛皮を差し出しなさい!」
「ガ!」(やだ!)
両手を広げてモフの首を取ろうとするシャナウ。
弄んでいた肉球が一瞬で消滅。身を翻したモフ。
追いかけるシャナウ。
二人は祭壇を中心にグルグル回る追いかけっこを始めた。
いつもの二人のじゃれ合いを生暖かい目で見ながら立ち上がり祭壇に向き直った。
掌で埃の無い磨かれた石の表面を撫で、手掛かりすら発見出来ないでこのまま帰るより何か試してからでも良いか?と思い必死の
形相でシャナウから逃げるモフを一瞥する。
「二人とも、もうやめなさい!」
少し怒気を込めて大きな声を出した。二人は牽制しながらも追いかけっこの速度を徐々に下げ俺の後ろに隠れる形でモフが立ち止まる。
もちろん俺の後ろにいても樹海の主たる巨体は隠す事はできないのだが。
あれた息が整った二人を交互に見た後
「まぁー、取り敢えず一回試してみよう」
と口にする。俺の言葉に二つの驚愕する意識と同時に発せられる言葉。
「姉様?冗談ですよね?」
「ガゥゥ?」(マジで?)
俺の背後にいたモフはいつの間にかシャナウの背後へ移動している。
狂気を見つめる眼差しを向けられた俺は人間性を疑われた自身の信用の無さに少しだけ鬱になりそうだった。
「この祭壇に何か仕掛けが有るんだったら何か乗せてみようって話だよ。モフの毛皮を剥いでお供えするって事じゃ無いぞ?」
姉に助けを求める毛皮を脱がないと逃げてた弟、弟を守ろうとする毛皮を剥ぎ取ろうと追いかけていた姉がホッとため息を漏らす。
勿論互いに冗談だと知りつつのじゃれ合いの追いかけっこだったのに、俺だけが狂気を疑われていた。
自分はナームの体に居る別人格としてまだまだ浅い付き合いだから仕方ないか?と強制的に自分を納得させモフにお願いした。
「モフ一回この祭壇の上に乗ってくれないか?」
「ガァゥ・・・」(毛皮を脱がなくていいんだよね、ちっちゃい姉ちゃん・・・)
チラッチラッとシャナウに目配せしながらモフがトボトボと近寄って来た。優しく額を撫でてやる。
「もちろんだよモフ! 重力感知とか匂い感知とかで、何か巨人側に知らせる仕組みがあるのかも知れないから一回試してみよう。上に乗っかって変化が無かったら今回は帰って晴れてから山を登ればいい」
まだ何か勘違いしてそうなモフだったが、渋々といった仕草で祭壇に片方の前脚を掛けた。
順番に足を乗せて窮屈そうにシャム猫の置物の姿で祭壇に座る。
緊張しているモフをよそ目に周囲を観察したが変化を見つける事はできなかった。
「ガゥ?」(もう降りてもいい?)
不安そうなモフの声と弟を不憫に思うシャナウの視線を受け自己嫌悪に陥りながら動物虐待を止めようと声をかけた時周囲に異変が生じた。
「モフありが・・・・?」
キュィーーーーン
黒くツルツルした最深部の壁から電車が動き出す時に発せられる音に似た機械音が鳴り出した。
次回 雲落ちの巨人




