傘の広場2
山と積まれた丸太の前で俺は腕を組んでいる。 昨日夕刻までセッセと集めたものだ。 見た目は女子中学生の体だがガテン系の作業に問題はなかった。 森で腕より太い真っ直ぐな倒木を見つけては、現地で持ちやすい長さに切断。紐で縛って引きずり運搬した。 思った以上に軽かったので作業は捗ったが、終わった後に昼寝から目覚めたモフを強引にモフモフしたのは当然の所業だったろう。 朝の“捧げ”は終わらせてあるので日暮れまで綿布織りの小屋を建てるのだ。 テパの集落のゴブリン達はまだ一人も見当たらない。 手伝いは強制していた訳ではないので気にしないで作業を始める。 大きな葉に軽く完成予想図を書いて傍に置き、到着後作っておいた木製のスコップで地面に柱を埋め込む穴を掘る。 建てる柱の数分穴が掘り終えた頃、細い道の奥からざわざわ葉の擦れるざわめきが聞こえて来た。
「ナーム様おはようです」
朝霧が晴れてまだ濡れている地面に草団子が整列する。 16人集まってくれた。
「おはようテパ!来てくれたんだね、ありがとう!」
「村の男半分連れて来た。なんでもお願い聞いてくれる」
「ナーム様、なんでも命じてください」
テトだろう草団子がズリッと前へ進み口にした。
「それではみんなで協力して小屋を建てましょう。 安全第一で、がんばろー!」
片腕を高く上げて一人だけでテンションあげたが皆の反応はなかった。
葉っぱの完成図を前にゴブリン達が輪になり俺の説明を聞く。 リーダーはテトを任命し作業開始だ。 木材加工は長さを調節するだけにして難しい木組みや釘等は使わない建て方を考えていた。 掘った穴に差し込む柱は屋根の高さまで届く長さと、床の高さになる長さの2本を真っ直ぐに並べて埋める。 合計12組の柱を立てる。 俺は水の水晶を使って集積した丸太の山から長さに分けて切り出し、使う位置をテトに指示する係。 数名混じっていた女性のゴブリンは、蔦の皮を剥ぎロープを作ってくれている。 柱が全て立ち終わったのは日時計で10時頃だったので、テトに休憩の指示を出した。 俺の前に整列したゴブリン達に蜂蜜入りの水をみんなに配り、楽な姿勢で休憩するようにと告げる。 最初はその場でざわざわしていたが、そのうち想い想いの休憩姿勢をとってくれた。 テトが近づいて来て足元に平伏す。
「テト、そんなに畏まらなくてもいいんだよ?」
「そんな訳にはいきません。俺らの前に姿を見せてくれるだけで有難い事ですから」
今まで関わり無かったとはいえ、オンアやシャナウも気安く接していたと思っていたが、やはりゴブリン達にとってエルフは崇拝にあたる存在になってるのだろう。
俺の外見は兎も角、魂は中年オヤジなのだからこっちが気疲れしそうだ。 近くの大きな葉を3枚摘んできてテトとの間に置く。 最初の完成予想図は立体式で書いてあったので、正面、横面、上面から見た木材の配置を説明しながら書いていく。 両手で顔の前のヨモの葉をかき分け食い入る様に見ている。 俺の若い頃の仕事ぶりと比較しても、理解力も応用力も俺を確実に凌駕していると思う。 雨が降れば命に危険が迫るここでの生活は、思った以上に一つ一つ真剣に取り組んできたのだろう。
図面を書き終わったので、休憩の時間を終えて作業を再開する。 2本添わせて立てた柱の低い方に梁を渡して縛る。前、中、後ろに縛り終わると、床になる丸太を交差させ並べる。 地面から俺の腰の高さに丸太で床が作られていく。手伝いに参加してくれた男達は皆熱心で、俺の指示を受けたテトを先頭によく動いてくれる。 思った以上の進捗で昨日集めた木材は残り少なくなっていた。 ゴブリンの歩幅に合わせた梯子をつけた時に昼になった。
蔦のロープを編んでいた女のゴブリンに途中からジャガイモを準備してもらっていたので昼ご飯は茹でた芋を食べてもらう。 今日は蜂蜜の他にも岩塩を持って来たので、二つの味で食べてもらった。 ナームの工房で見つけた品だが、ゴブリン達が奪い合う様に食べてくれたので持って来てよかった。 味は好評だった様だ。
「ナーム様、甘いのも美味しいですが、この塩っぱいのもとっても美味しいです」
テパが近寄って来て伝えてくれた。 手伝ってくれた皆に喜んでもらえて俺も満足だ。 食べ終わったゴブリン達は出来上がったばかりの床に上がり、楽しげに会話をしている。 普段は仕事が割り当てられていない男達は、協力して作業する事はなかったのかもしれない。 小屋を建てるには体力のある男達にやってもらう必要があるので、これで雨にも湿気にも強い建物が普及してくれればと思う。 確か高床式住居の利点は水だけでなく蛇やネズミ、虫からも避けれると言っていたから、健康な生活に近づければいいと思った。
午後は壁と屋根に梁を渡し縛って俺の木材切り出し仕事は終わった。 後は壁と屋根に大きな葉を縛っていく作業なので、テト達に任せて女性陣の所へ行く。
傘の東屋で糸紡ぎを始めたテパを三人のゴブリン達が囲んでいる。 糸はもうかなりの量が紡がれていたので、昨日出来上がった綿布に使う道具の使い方を説明することにした。
4人が見つめる前で、縦糸を50本準備し試しで織っていく。くし状の段差に縦糸を沿わせた中木を回すと縦糸が上下逆になるので横糸を隙間に通し中木を回す。 同じ動作を繰り返すと時間はかからずに小指の長さの布が出来上がった。 テパが持っていた石の小刀で両端を切り離しテパに渡す。
「試しですっごく幅の狭い布だけど、肌触りはどうかなテパ?」
受け取ったテパは葉に覆われた顔に布を当てているのか、ゴソゴソ何回か動いていたが、仲間のゴブリンに布を差し出す。
「ナーム様、柔らかくて気持ちがいいです。 これの幅いっぱいに糸を通したら大っきいのできますね!」
テパの肩幅に合わせて作った手織りの道具を抱きしめて楽しげだ。 初の綿布のカケラを手にした他の三人も喜んでくれている様子だったが、何やらテパに告げると東屋から出て行ってしまった。
「あの三人はどうしたの?」
「フワフワ集めに行きました」
自分達も綿布作りに協力する気になったのか綿花集めに出かけた様だ。 早速縦糸を準備し始めたテパに
「ここで始めると風が吹いただけで糸が絡むから、出来たあの小屋の中で始めたらいいよ」
壁も屋根も大きな葉で覆われ完成した小屋を指差す。
綿布道具を二人で抱え小屋へ向かった。 作業が終わったゴブリン達は思い思いの角度から完成した小屋を眺めている。 俺に気がつきテトが近寄って来た。
「ナーム様いかがでしょうか?」
出来栄えを評価してもらいたいのだろう。 小屋の中に入り床と壁天井と見渡す。 広さは10畳程だろう。 床は丸太で隙間はあるしデコボコだ。 壁は風でパタパタ揺れる葉から木漏れ日が差し込む。 天井も小さく光が見えるので雨漏りは確実だ。 しかし上出来だと思った。 今後色々手を入れて自分達で過ごしやすい小屋にすればいいのだから。
「思った以上に良く出来ているよテト。 みんなが手伝ってくれたおかげだ、ありがとう」
部屋の出口に向かうと梯子の下に整列してひれ伏している。
「今日は、いきなりのお願いに集まってくれてありがとう。 みんなが協力してくれたお陰でこんなに立派な小屋が完成しました。 この小屋は柔らかくて肌触りがいい綿布を、雨が降っても作れる場所にします」
さっき試しで織った切れ端を一番前のテトに渡す。
「手伝ってくれたみんなに何かお礼したいのだけれど何がいいかな?」
「何か頂けるのでしたら、これを頂きたいのですが?」
テトは傍に置いていた4枚の葉を恭しく掲げる。 小屋を作る時に書いた図面だ。 図面といっても手書きの線だけで寸法も書かれていない、現場で参考になればと思って書いた落書き程度のものだ。
「俺はもう必要ないので使ってください。 それと・・・、もし自分達で小屋を建てるなら、自分達が使いやすい住みやすいものを考えて作ってください。 床の高さや屋根に形、使う材料と色々工夫して良いのですから」
落書きに忠実に作られても場所や用途に合わないだろう。 まずは湿気の多い地面から居住スタイルを変えるきっかけになれば良いのだ。 もう一度礼を述べてその場を後にした。 部屋の中からは女性ゴブリンの楽しげな会話と糸車の回る音が漏れ始めた。
広場から帰る途中の吊り橋から見えた北の山脈には、昨夜視察から帰って来た長老達から聞いた通り雲がかかっていた。 雨の季節が近づいているのは本当の様だ。 雲落ちの巨人の所へ行くには、山脈を超えた先にある更に高い山へ登らねばならないらしい。 雨の季節に向かうのは難しいとの事だった。 モガ飛行は雨に適さないし雲の中で雷にでも襲われたら、いくらエルフの高機能身体であっても死んでしまうそうだ。 以前失った3名のエルフも原因は雷だったとベイロが悲しげに話していたのが印象的だった。 すぐにでも巨人の元へ行きたかったが、ナームの綺麗な体に傷一つでも付けたくないので焦る思いを飲み込み、雨の晴れ間を見つけて向かうことに決めた。 まずはナームの工房でしばらく様子を見ながら生活し雲の晴れ間を狙う。 シャナウとモフは旅の準備を請け負ってくれたので、今日1日仲良く頑張っているだろう。
サラの集落へ視察に行った結果も聞いたが、詳しい内容は教えてもらえなかった。 ただ、ボキアの樹海以外の人族が何か関与しているのは間違い無いことを教えてくれた。 この地以外にも人族が存在するのを初めて知った。 上空から見たサラの集落のピラミッドの近くに、幅の広い主流と思える川が流れていたので、外地の人族が関与しているのであれば船を使ったのだろうか? 川を登れる船を作れる技術を持つとなると、ボキアの小人族よりかなり進んだ文明を持っている可能性がある。 記憶にある世界史では、文明の差がある種族が出会う時、碌な結果にならなかったのは知っている。 この場合ドキアの小人族が蹂躙されるのは想像に難くない。 オンアには俺の記憶の世界史と、今後ゴブリンとドワーフ達が文明を安定的に発展させる為に必要と思える物事を話して置いた。 俺の話も参考にして小人族の長達が集まるまでに、エルフ達でドキアの樹海が今後向かうべき道を決めるそうだ。
俺から申し出たゴブリン達の生活スタイルを変える話は、長老達がすんなり許可してくれた。 今日の小屋作りは許可を貰う前から進めていた計画だったが反対されなかったので少し安心した。 今後進めて行くのは、押し付ける感じにはなるかも知れないが、衣食住と少しの技術。 弥生土器と木炭、文字と数字だ。 どれも教えられるのは基礎的な概念ぐらいだろうが、俺の知識の中ではきっかけしか作ってやれないだろうと自分を哀れむが仕方あるまい。 俺は碌な人生を歩いてこなかった篭り中年で、専門家ではないのだから。 ただ一つ、知恵の教授で生まれる未来の様々な問題から、責任回避する様な「教えるけど勝手に歩め」とは、俺自身の無知故の傲慢だと言わざるおえないのが悲しい。 少ない知識では自分の道も選べないと失敗続きの人生で知っているはずなのに、取り敢えずは下着が欲しい物欲からは逃れられなかったのだ。 小屋の完成で下着に一歩近付けた気がして嬉しくなるが、この先も人間として魂の成長が出来るのか不安だけが沸き起こる。
ナームに無事な体を返すまで俺の出来る最善を尽くそうと改めて決意しながら帰宅の足を早めた。
再びナームの工房




