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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は空を飛ぶ
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傘の広場1


 影はもうすぐ正午を示す石に届く。 朝霧が晴れて今日もまた快晴となった。

“捧げ”の広場で色々あったが、今は傘の東屋で額に汗して女子力とは無関係な木工作業中だ。 細い綺麗な指で森の中で拾ってきた乾いた枝をひたすら削っている。 頭に描いているのは縦糸の端を結ぶ2本の棒と、縦糸を交互に上下する為の溝を掘った中木。 横糸をスムーズに差し込む笹の葉型の部品を削り出し中だ。 足でパタパタ縦糸を上下させる機織り機を考えたが、まずは吊り下げで織り上げる初歩的な物をテパに渡すことにした。 織り機をランクアップするには俺の技術が上達しなければ難しいのに気付いたからだ。 織り機の前に糸巻き機を作ってみて技術不足を実感したのだ。 糸巻き機は完成してすぐにテパが回している。 手籠にいっぱい入っていた糸を巻き直ししているが、そろそろ糸はなくなりそうだ。 指だけで縒りを作り糸の状態を保つのはとても難しいのにテパは相当苦労したに違いない。


「ナーム様こんなに早く糸が巻かれて行くなんて信じられません」

「テパたくさん糸紡いできてくれてありがとうね、紡いできたの無くなったら道具を使った紡ぎ方やってみようね」


さて、糸巻き機の実演だ。種が取られた棉の入ったカゴから一掴み取り出し優しく揉んで指で縒りをかけて引いて行く。 糸巻き機の軸に巻きつけ鉤爪に引っ掛け輦の方を回す。 縒りを作りながら棉をゆっくり遠去けると糸状になった。 テパは真剣に俺の手元をみてくれている。 社会科のビデオ授業でやってた記憶しかないが、寝ないで見てて良かったと思う。 でも普通は使う機会なんてあるはず無いんだが・・・。 腕いっぱいまで伸びた糸を少し戻してから軸に巻きつけて、そしてまた先端の鍵爪に引っ掛けまた縒りをかけながら手を広げて行く。

同じ動作を数回繰り返し、テパへ渡した。


「このやり方だと紡いだ糸がぐちゃぐちゃにならないから少しは楽でしょ?」


数回でコツを飲み込み猛烈な速さで糸が紡がれていく様は圧巻だ。


「ナーム様この回るのテパにください」

「もちろんだよ、今日作る道具は全部テパにあげるから使ってくれると嬉しいよ。それとゴブリン村のみんなにも使い方教えてくれるかい?」


手は休まず会話ができるテパは職人肌だと感心しながら俺も負けずに木工の手を動かした。


「村のみんなは興味がないみたい・・・」

「そっか、無理に手伝わせちゃかわいそうだからな・・・、まずはテパが皮の服の中に着る綿布を作って、実際に使って気持ちよかったらみんなに勧めよっか。」

「はいナーム様!」


熱心に動かされる手業から猛烈な勢いで糸が軸に巻かれて行く。 それこそ縄文の竪穴住居に暮らしていて、明らかに知能を下に見下していたが全く違った。知能が低いのではない周りに知識が無いのだとわかる。 スポンジが水を吸うようにの表現がまさにこれだろう。 みるみるいっぱいになった軸の糸を抜き、俺の指示なしでも新しい別の軸に糸を巻き取って行く。 この応用力も感心する他はない。 「1を聞いて10を知る」とか昔の職人は言葉にしたが、俺の時代では「10教えても1すらできない」と言われたりもした。 「やろうとする意識とやらされてる意識」の違いなのだろうか。 今はテパと二人で下着作りに情熱を燃やしているのだ。 不可能は無いはずだ。


 樹海の方から猛烈な勢いで近づいてくる足音がする。 4足歩行だ。 またか? との思いと共にモフだと確信できる。 テパは何者かの接近に気がつき、糸巻き機を放り出して俺の陰で草団子に擬態した。 当然の行動だ。 あの猫は相手の事情を考える感情が欠如してそうだ。 やはり前足に焼印押されなきゃダメなのか? 動物虐待を思念から追い出し躾方法について考えた頃到着する。


「モフお座り!」


草団子がざわざわ震えている。 動物好きの俺でも知らない犬には手を出さない、9割は噛みつかれるだろうと知っているから。 テパの身長ならばモフの口に入れば一飲みだ。


「テパ大丈夫だよ。 私の友達だからテパを食べたり襲ったりしないから」


まだ震えは止まらない。 立ち上がりモフの側へ行き撫でてやる姿をテパに見せる。

「ほら、こんなにおとなしいんだよ! 優しいいい子なんだよ! ちょっと大きいけど・・・」


実際かなりデカイ舌に強引に舐められながらなんとかテパにアピールする。 強固に擬態を解かないテパに諦め、モフを追い返そうと両手で横を向かせた。 背中に巾着袋が縛ってあった。 中には湯がいた芋と蜂蜜の瓶、それに水筒が入っていた。 シャナウの差し入れだろう。 彼女は広場での今後の打ち合わせで旅の準備に必要な品を集めてくれている。 夕暮れまでは掛かると言っていた。 そんなに忙しい合間を縫って以前口にした初めての芋のお弁当を作る、甲斐甲斐しいいい嫁さんになるだろう女性なのだ。 顎の下をガシャガシャ撫でてから、傘の下へ戻る。 草の葉で包まれた芋を取り出し小分けして蜂蜜をかけた。


「テパあの猫はお弁当持ってきてくれたんだよ、一緒に食べないか?」

「お弁当?」


甘い蜂蜜の匂いにつられたか、葉っぱの間から顔がのぞく。 擬態の前にそっと置くと手がゆっくり伸びて受け取る。 中で食べ始めたのだろう。


「やっぱりこれ美味しい!」

「モフ、テパも美味しいって。運んでくれてありがとう」


わざわざモフのところへ行って頭を撫でるところをテパに見せる。

そろーり立ち上がり椅子に座り直しテーブルの蜂蜜芋を手に取る。 動きはあくまでもゆっくりだ。


「モフ!思いっきり走ってきたら、みんなびっくりしちゃうぞ!早く渡したいのは分かるけど、気を付けてな」

「ガゥ!」


撫でながら大きな葉っぱを手に取り器の形に折り曲げる。そしてモフ用の水を入れてやった。


「ナーム様本当にその・・・猫、襲ってこないですか?」

「大丈夫!私を信じて!」


大きくない胸を張り自信をアピールしてみた。 俺も芋を一口もらい、大きい塊をモフにもあげた。 どんぐりとは違いしっかり味を確かめれる食べ物は癒される。 食べて落ち着いたテパはソワソワしながらも糸紡ぎを再開し、俺も作業の仕上げに入った。

モフは頭だけ東屋の日陰に突っ込んで、昼寝するのであった。


 作業を続けながら夜のオンア達との話し合いについて考える。 森を移動しての採集生活を定住に変え、穀物を育てる。 口では簡単に言えるが生活様式を一変させるのは簡単な事ではないだろう。 テパの様に綿布に興味を持ってくれて手伝いまでしてくれるのは極めて珍しいそうだ。 エルフからの命令であれば大抵の事はしてくれるだろうが、自主性を奪えば後に反感を買うであろう。 あくまでも発展は、小人達自身の求めと共に進めたほうが良いと考えていた。 自分で事を成し失敗に学んで成長しなければ、自分達で問題を解決する力を奪ってしまう感じがしていた。 企業で言う「改善」が成されてこそ彼らは成長するのではないか? と上から考えてみる。 しかし、何百年も今と同じ生活をしていて変化が生じてこなかったのは何故だろう? 虫や害獣から身を守るヨモの葉擬態と素焼きの鍋以外は原始時代だ。 家だって竪穴式ではこれからの雨の季節は大変だろう。 持って来た綿花が無くなったので手を休めているテパに聞いてみた。


「もうすぐ雨が沢山降る季節だけどテパ達はどうやって過ごしているの?」


記憶を辿っていたのだろう少し時間お開け


「水の上ってこない大きな樹の下で暮らす。いつもの所は水の中」


器にホットレモネードを注ぎ渡してやる。 あの流れが池みたいな川は雨が降っても排水能力は低そうだ。 すぐに低地は水に覆われてしまうだろう。


「食べ物はどうしてるの?」

「みんな壺に入れて樹の下に集まるからそれをみんなで食べる」

「無くなったらどうするの?」

「モゼのピラミッドまで行く。 しまってある」


工房へ向かった時に休憩に使ったピラミッドだ。 ここからだと直線で30km近くある。空ではなく森の移動は大変そうだ。


「あそこまで行くのは大変だねー」


感心しながらも気軽に返事を返す。


「そう、大変だから。年寄りと動けない者は置いて行く」


瞬間作業中の手元が狂い木片を取り落としてしまった。 彼らには命がけの移動なのだ。 森の道は歩きにくいだろうし獣も毒ヘビだっているだろう。 たかがピラミッドまでの移動と考えるのは浅はかだった。 モゼが、雨が遅いと気にしていた理由が今更ながら分かった気がした。 彼らにとっては命の危険が迫る天候の変化なのだ。


「ここはエルフの森が近いからそっちに行ったほうがいいんじゃない? 大きい木だっていっぱい茂ってるし」

「あそこは、入れないの」

「どうして?」

「奥へ向かって歩いても歩いても、前へ進めないから・・・」


森の守りがしてあると言ってたのはその事か。 モフは除外してもらえて昨夜からへ入れたけど、いつもは何かの力に阻害されるのだろう。 会いたくても会えない母親の形見ではしゃぐわけだ。


「そっか、それだと難しいね・・・。 水が上がって来ても濡れない家は建てないの?」

「濡れない家?」

「土に木の柱を立ててその上に部屋を作るんだけど・・・。高床式住居?」


鉄製工具が未だ手元にないゴブリン達は木材加工が行えない。 水晶は光の石の補佐の元でしか使えない、彼らは単独では魂を取り出せないのだ。 少し悩んでしまう。 間も無く雨の季節だが、折角教えた糸紡ぎも綿布織物も雨の中では作業は出来ない。 テパも中断せざるを得ないであろう。 この広場の端に織物工場でも立てるか? 小屋くらいなら俺の知識でも十分だ。 少しやる気が出て来た。 木工作業はあらかた終わったので、テパと向き合いお願いすることにした。


「テトは今何してるの」


テパの村で知っている男のゴブリンの名を出してみた。


「テトは寝てる」

「病気かなんかか?」

「男はいつも村で寝ている」

「いつも?採集とか猟とかしないのか?」

「男は普段は何もしない」


普段は何もしないのだろうが何か役割はありそうだ。


「男も村での役割はあるんだろ?どんな事するの?」

「男達がするのは死ぬこと」


またテパの言葉で体が硬直する。 男の仕事は死ぬ事?


「なんで男が死ぬのか詳しく聞いていいかな・・・」


少し額に浮きだした汗を拭いながら落ち着いて聞き返す。


「村の食べ物が無くなって、モゼのピラミッドの食べ物も無くなると他の集落へ戦いを挑む。 負けると帰ってこない。 私たちも死ぬ。 その為に男達は寝てる」


また大きな見当違いをしていたようだ。 傍目では気楽な縄文生活に思えていたが雨が降っても、食糧難でも彼らの命は奪われるのだ。 ちょっとした自然の変化に命が大きく左右される過酷な生活を彼らは送っていたのだ。 少し言葉に詰まったが小屋作りの話をしてみる。


「テパの村へ続く道の所に雨が降っても濡れない小屋を作ろうと思うんだけど、テト達男のゴブリンは手伝ってくれるかな?」


エルフの命令ではなく手伝いのお願いをしてみる。


「ナーム様のお願いなら絶対テトにやらせる」

「あ、手伝いは命令じゃなくお願いなんだよ・・・、テパにやって貰ってるのと同じなんだけど、一緒に小屋作ったら自分達でも濡れない小屋作れたらいいかなぁーと思ったんだよね」

「テトに絶対手伝わせて、村にも雨に濡れない小屋作らせる!」

「ありがとうねテパ、いつもお願い聞いてくれてほんと助かるよ」


命をかけて戦う男達にとっても、この時代の女性は強い立場なのだろうかと不憫に思った。 翌日の朝から作業の約束をしてテパとは別れた。 俺は小屋に使う手頃で乾いた倒木を森から集め予定地にせっせと運んだ。 夜行性のモフは作業が終わるまで傘の下から出てこなかった。 後で耳の後ろをグリグリ撫でてやろうと額に汗しながら誓うのであった。


次は、傘の広場2

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