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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は空を飛ぶ
23/156

雲の上の筏


 雲海の上に浮かぶ筏の上に俺達は座っていた。 

一人は片膝をつき、一匹はシャム猫の置物を模して。 

俺は背筋を伸ばし正座で身構え、エルフの御歴々の前で3名は畏まっている。 

朝靄が風に流され大河のように下を流れる日の出間もない“捧げ“の広場。 

昨夜の言い付けを守り整列して低頭し沙汰が言い渡されるのを待っていた。 

 星見の台からモフを連れシャナウの部屋へ向かい、眠りに就いた。 

までは良かったが、モフの安眠妨害する尻尾攻撃にはいささか疲れた。 

母親の毛皮を身近にするのは久しぶりだったらしいモフは、夜行性だったのだ。 

眠る事なく母親に頬摺りするは、感情に任せて尻尾を振り回すは朝方までモゾモゾしていた。 

ヒョウ柄のネコ科と言っても彼らは長毛種でモフモフふわふわで、身を捩るたびに静電気が帯電し、なぜか溜まった電気が俺の体を通して放電してしまう。 

ウトウトし始めると”ビリッ“と壁へ流れた。 

木材は電導率が低いはずだが、なぜか俺の指先を通してばかり流れやがった。 

結果、俺は寝不足だ。 

シャナウは見た目と違い寝姿は豪胆で、モフの寝返りにも動じる事なく朝を迎えていた。

広場中央の大きな光る石の前に、ベイロとオンアそしてボキアが並び、向かい合う形で俺達が座る。


「昨夜はおさがわせして、大変申し訳ありませんでした」


まずは先に俺が頭を下げる。 

騒ぎを止めれた俺が、兄弟喧嘩を放置したのが原因だと思ったのだ。


「姉様が謝る必要はありません。 私とモフの悪ふざけが過ぎました。咎められるのは私とモフです」

「ガゥ・・・」


二人が俺をかばう言葉を口にする。

しばしの間を開けてオンア長老が重々しく口にする。


「昨夜は騒がしかったが、ここへ早くに集まってもらったのは別件じゃ」


3名とも叱責を覚悟してきたのに拍子抜けしてしまった。


「夕刻ナームが部屋を退いた後、わしら三人で話し合ったのじゃが、確認しておかねばならぬ事があってな。 この二人に探しに行ってもらったら、お主らが星見の台で騒いでただけじゃ」

「そうです、探しに行ったらあんな時間に大声で騒いでいたから詳しく話しするのも気が失せてしまいましたわ。近くの獣達が皆息を潜めるぐらいあなた達が怒気を撒いていましたから・・・」


お嬢様が取り巻きを足し睨める仕草、口に手をあて冷たい笑みを浮かべる。


「ガゥ・・・」

「おだまり!」ゴチィン!!


モフがシャナウの拳骨をもらっていた。


「私たちのオーラで獣達が四散したかは知りませんが、原因はあなた達の騒ぎなのですよ!」


ベイロがたしなめる。 

察するにモフが口答えしたのだろう。 

自分達よりボキアとベイロの殺気が巨大だったとか何とか・・・。


「もう良い、間も無く村の皆が集まってこよう。 

その前に聞いて決めておかねばならない事があるのじゃ」


少し楽しげだったオンアは表情を真剣な物に変え俺を見る。


「お主の耳飾りもう一度調べさせてくれんかの?」


前日は“金”の耳飾りに特別な反応は示さなかった。 

装飾に使う金属として文明の初期段階に使われるのは承知していたみたいなので、不思議に思って無かったはずだ。 

秘匿する必要も無いので、左耳から外して手渡す。 

手に取ったオンアはそれをボキアに渡し頷き合う。 

両手で恭しく耳飾りを持ち胸の前で何かを念じた。 

金細工の籠に入った水晶が輝きだすと、四方に小さな青い閃光が「バチッバチッ!」と音を出して迸る。 

手のひらに放電を喰らったボキアが、可愛い悲鳴とともに落としそうによろめいたが、手の中にあった耳飾りは床に落とさなかった。


「オンア長老の見立てに間違いないですね・・・」


ボキアが立ち上がり、髪飾りを俺に返し口にする。


「やはり、雷の魂を封じた球であったか」


オンアとベイロは納得の面持ちだ。 

昨晩モフと一緒に寝てたので静電気が耳飾りに溜まっていたのか?


「星見の台で雷鳴が鳴った夜の出来事は、ナームが直接関係していたのは確かなようじゃな」

「あの朝に雲の姿が見えなかったので不思議には思っていたのですが、何かの儀式に使ったのでしょうか?」


ベイロが自問であろう言葉を呟く。


「ともあれ、雷の魂を使ったのじゃから雲落ちの巨人が絡んでいるのは間違いあるまい」


俺達三名は長老たちの話の成り行きを見守っていた。 

電気を使う事と巨人に何か関係があるのか? と疑問は浮かんだが口には出さなかった。


「ナームよ、まだ詳しくこの世の理を理解してはいまいが、雷の魂を封じる水晶は村に存在しなかった。 使うも作るも巨人の英知が必要じゃからな・・・。お主に起こった体の変化は巨人の意思が感じられる。 “定め”を課す以外、我らに口を出してこなかったが・・・、何事かが起きておるのじゃろう」


俺達を交互に見渡しベイロへ目配せをした。


「ナームよ、雲落ちの巨人の所へ行く務めを与える。 お前の“定め”と我らの“導”を聞いてきてくれ。 巨人が口出ししてきたからには、大いなる災いが近ずいてるのかも知らぬからな」

「シャナウとモフよ、記憶戻らぬナームを連れて道案内してはもらえぬか?」


オンアに言われた二人は無言で頭を下げた。 ナームに体を返せる手がかりが掴めるならば俺としても最優先事項だ。 はやる気持ちで聞く。


「ではすぐにでも出発します」

「急ぐでない! 間も無く長雨の時期じゃ、空の道も陸の道も険しくなる。 雨が去ってからでも良いし、雨の中向かうにしても準備が必要じゃ」


先走る思いを諌められ浮き始めた腰を戻す。


「シャナウと相談してからゆっくり決めるが良かろう」

「承知しました」


広場にはエルフ達が“捧げ”の為集まり始めている。 

遠巻きに俺達の様子を伺う姿がちらほら見える。


「雲落ちの巨人の話は終わりじゃ。 あとは小人達が鉄を使い始めたことじゃが・・・、村の皆の考えも聞かねばならないことじゃ、“捧げ”の後にしよう」


全員揃ったのを見て取り、いつもの“捧げ”が始まった。


 今日の務めへ向かおうと動き始めた皆を引き止めて、オンアは皆を見渡せる位置に足を運ぶ。


「皆に意見を聞かねばならぬ事がある」


片膝を付き畏まっていた皆が楽な姿勢をとりオンアを注目する。


「北の峰のドワーフ達が鉄の道具を使い始めたそうじゃ、小人達は永きに渡り歩まなかった道へ進み始めた。 皆も知っておろうが鉄を扱うには大きな炎が必要じゃ。 我らの水晶では足りなくなるのは遠い話ではない。 火を使うため森の木が切られる事になるじゃろう・・・」


木が切られる所で皆にドヨメキが湧く。 

古くから森を育ててきたエルフには一番の関心事のようだ。 

皆が静まるまでしばらく時間をあけオンアは続ける。


「木が少なくなれば、また彼らは食べ物に困り争いを始めるじゃろう。 森と小人を見守る我らは、また滅びゆく姿を待つだけなのか・・・」


永い時を生きてきた彼らは様々な思いを描いているのだろう。 

面持ちは皆暗いものとなっている。 

ベイロがオンアの元へ歩み寄り皆を見据えてオンアの言葉に続ける。


「新たな道を進むたびに小人達は多くの民と森を失った。 我らはただただ見守って来たが使い始めた鉄は我らが与えた知恵による」


広場にいた者が一斉に視線を俺へ向ける。 攻める感情は見て取れない。 張本人を確認しただけなのだろう。


「今まで通り今後も観察者を我らが貫くのであれば、ゴブリンもドワーフ達も我らの与えた知恵で大きく後戻りするであろう・・・。 今我らも道を決めねばならない時だと、昨夜オンア長老とも話し合った」


私語も意見も誰も発しない。 それぞれの思いは俺には解らない、エルフの言霊の力で共有しているのかもしれない。


「皆の思いを聞かせて欲しいのじゃ」

「・・・・」

「・・・・」

長い沈黙があった。

皆を見渡すオンアとベイロは時々頷きながら皆を見渡している。 

言葉に出さない話し合いが続いていたのかもしれない。 

相変わらず俺には内容は解らない。


「では、意見はまとまった。として良いな?」


姿勢を正し全員が長老へ頭を下げた。ゆっくりオンアが頷く。


「それでは今後も協力を頼む、この場の話し合いは以上だ。 各自の務めへ向かっても構わぬ」


集まっていた総勢60名程のエルフ達はそれぞれ広場を去っていった。


元のメーンバーだけはその場に残った。 

話し合いの結果がわかっていない困惑する俺を察したのかオンアは内容を教えてくれた。


「今までこちらからの関与は水晶の貸し出し以外は無かったのじゃが、鉄を使い始めた小人らに我らは道を示す事に決めた。 手を出さず見守る事から、口を出し見守る事とするのじゃ」

「鉄を扱うとはそれ程の事なのですか?」

「昨日お主が申した、この先争いが起きる・・・原因は鉄を扱う事で幾多も生まれ、戦を迎えるじゃろうな・・・。 石を切る。 木を切る。 火を扱う。 全て我らの水晶の力を頼っていたが、鉄は水晶の力の代替となろう。 水晶に頼らない生活が出来るようになればその時から、我らの言葉は届かぬであろう・・・。 道を示せるのは今しか無いのが事実じゃろうて」


オンアが発する言葉は低く思い響きで俺に伝わる。 

良い意味でも悪い意味でもエルフの貸し与える水晶は、小人達の文明発展の足枷になっていたのはエルフ達も心得ていたのだろう。 

敢えて文明の進みを遅くするようにしていたのか? それで小人達が得られるものに何か意義があったのだろうか?


「我らが見守って来た小人達を一つに纏める道に、先程の話し合いで決まった。 各集落へ出向いている同胞に長の招集を命じたので、雨季の後には星見の台へ集まってこよう」


ベイロは陽の光に目を細めながら口にする。


「そこでナームの魂よ、小人を纏める手立てに考えがあれば聞いておこう」


いきなり振られて面食らう。 

人生50年の篭もり中年になんの知恵があろう。

人心を掌握するすべなど持ち合わせていないし、帝王学など学んだ記憶もない。

俺の持ち合わせる知識は非常に小さいものだ。


「長老、俺は・・・、私はここで目覚める前の人生で、なに一つ人に誇れる知識も経験も積んできませんでした。 助言ができる立場ではないと思います・・・」


内心では知識があれば助力できることがあればと考えた。 

俺を信頼し同胞と呼んでくれる彼らの一助になりたいと思った。 

しかし、ない袖は振れないのだ。


「お主の申しておった、仲間を守る為により多く殺す武器を作り使ってしまう話。 今まで食べ物の為だけに争ってきた小人達を見て来たわしらには新しい見方だった。 わしらが知らないお主の元の世界の人族の争いを知っているのであろ? ならば争わないすべも知っているのではと思ったんじゃが。 今の小人族が持たぬ知識を幾つか話しておったな、それを聞かせてくれまいか?」


まさしく一般人の俺には教科書やテレビで見た知識しかないのだ。

薄い知識の記憶の糸を手繰る。

現状のゴブリンは縄文時代によく似ている。 

住んでいる住居、使っている道具、狩猟採集の移動生活。 

その後歴史では弥生時代になった。一番の違いはなんだったか・・・? 土器の様式が変わったのと・・・、定住稲作だったか? そして青銅が使われるようになった、だったか?


「・・・俺がいた世界で人類が歩んだ歴史があります。 その話ならば覚えている限りで伝える事は出来ると思いますが・・・」


自信なく漏れた言葉に長老達はゆっくり頷き話の続きを促す。


「ゴブリン達の今の生活の次には、定住と耕作が行われるでしょう。 移動する危険がなくなり安定した食料を確保出来る様になるからです」

「姉様?あの美味しい芋とかがそれでしょうか?」


シャナウが思い出し口にした。


「芋もそうだが、米や麦、トウモロコシと言った栄養価が高く長期保存が可能な穀物の栽培が盛んになりました。 育てる場所を作る為、森を切り開き土地を耕し、その道具として金属が使われ始めます」

「森から得られる食べ物をやめ、自分達で食べ物を育てるのか?」


少し困惑している様子の長老達だったが話を進める。


「金属は動物も人も殺せる武器になります。 それは持たぬ者と持つ者の力の差となり、より良い土地とより良い武器を奪い合う争いになっていきます」

「昨日お主が申していた話じゃな」


ベイロが頷きながら言葉にする。


「その争いは止まりましたか? それとも全ての人々は滅んだのですか?」


ボキアが俯き加減で呟く。


「争いは長くは続かず収まった筈です」

「それは如何様にしてなされたのじゃ?」

「最上の力ある者が全てを治める形だったと思います。小さい村を纏めて大きな一つの国になったのです」


なぜか皆、浮かない顔をしていた。


「争いが無ければ、大きな纏まりの国にはなれぬのか・・・。 争わず国を作る手立てがあれば、要らぬ犠牲も時間も掛けずに済むのだろうが・・・」


俺の知識は縄文から弥生へと移り変わった日本の歴史だ。 

ドキアの森とは違うのだ。 

根本の違いは縄文には無かったエルフの存在がある。


「今まで表に出なかったエルフが導くのであれば、打てる手はあると思うのですが?」


反応を伺いながら長老達に向け口にした。 

思案中の表情は変えず先を促す。


「エルフの命で小人達の長が集められるのであれば、現状でも一つに纏めていると思うのです。 この数日少ない人数ではありますが小人達と接する機会があり、皆一様にエルフを崇め敬意を持って接してくれました。 この地ではすでにエルフは権威を持つ存在であると感じましたが?」


小人達をただ見守って来た存在として、彼らがエルフに抱く感情に関心が無かったのか、長老達は困惑していた。 

小人達の安寧を願う存在として認知されているとは知らなかったのだろうか?


「エルフが小人達に水晶の貸し出しだけではなく、口も手も出す考えであれば国を作るには時間はあまりかからないと思います」


権威と権力、両方を手に入れて滅んだ国々の歴史は知っている。 

しかしドキアの森にはエルフという権威がすでに存在していて、彼らは権力を行使する欲は一切持っていない。 

見守りの存在に徹している。 

集まった小人達に代表を決めさせ、平和な国の運営を任せれば良いのではないかと思った。 

必要な知識を皆に広める役目を担ってもらえれば全体をまとめる道具にもなろう。


「知識は少ないと申しておったが、周りはよく観察しておるようじゃ。 それに今の話十分参考になったよ。では、詳しく・・・」

「オンアよ、そろそろ向かわねばならない時間ですが」


ベイロが太陽の位置を見ながら話を遮る。


「そうであったな。わしらは様子がおかしかったと聞いたルカの集落へ様子を見に行ってくる。夜にでも続きをしよう」


話はそれで打ち切られ三人は広場の端から空へ飛び立ってしまった。 

なんとも中途半端な話し合いだったが、鉄の出現で小人とエルフの関係は大きく変化する場面に俺は立ち会っているのだろう。 

雲落ちの巨人の所へ赴く予定も新たにできた。 

シャナウとモフの3名で忙しくなりそうな予感を胸に、今後の予定について話し合うのであった。

次は、傘の広場

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