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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は空を飛ぶ
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 太陽は没しても日中の強い日差しを浴びた屋上の床は暖かく、岩盤浴に似た熱を背中に伝えてくれる。 冷えて頬を撫でる樹海の風は、拭われた目尻の跡を心地よいものに変えている。 ここは俺のいた世界とは違い、見える星の数が数倍多い。 いつもの暗い野営地で見えたのは5等星だったと記憶している。空気に多量に混じる微粒子が地上の明かりを受けて、宇宙の彼方から弱く自己主張する星の光を隠しているのだ。 この満天の星空があるのは、輝きを奪う邪悪な人類がいないお陰だ。 いや、「まだいない」の方が正しいのかも知れない。 小人達が金属を使うようになれば瞬く間に広まり、不純物も含む炭素が大量消費され微粒子が空気中に放出されるだろう。 そうなれば弱い自己主張の星は残り少ない命なのかも知れないと思えた。

 空を飛べる様になって高空から見えた景色のおかげで、この大地は球体でできていると実感し安心したのを覚えている。

大きな亀の背中に乗っている台地では無かった。

昼を照らす明かりは太陽の船に積まれた光る玉でもなく、俺が知る宇宙に浮かぶ太陽に見える。

夜空には天の川があり、これも妖精が糸で吊り下げたランプでは無い。

天は東から西へ回っていた。

俺の知っている世界と沢山の共通点があり、そして異質もある世界。

魂を集めて使う魔法具の様な水晶。小さい重力。 1日に団栗一つ口にして2千年生きている生物。


「本当に魔法使いみたいだな、エルフって・・・」


ぼそりと口から言葉が漏れた。 実際に風の水晶だけで重力から切り離されるのだから、超常現象以外何物でも無い。 手から火は出せるは、竜巻も起こせる。 頑張ればライトセーバーも出せるかも? その辺は研究しないと使いこなせないだろうが。 今度ほうきでも作って跨って飛んでみようと考えてみたが、魔法少女まっしぐらになりそうで想像した姿をかき消し即却下! 綿布が出来たら黒く染めて、大きな鍔のトンガリ帽子を作ってシャナウにプレゼントするのはいいかもしれない。 もちろん黒いマントとホウキセットで。 彼女なら絶対に似合う!確信する。 黒猫も必要か?考えたら弟のモフの顔が浮かんだ。 あの大きさではホウキに乗れないので小さい本物の猫探さなきゃと戯言の考えに、さっきまで強張っていた頬が緩む。 考えながら視界に映る明るい星だけ脳内マーキングして、いろいろな線を引いていたら気がついた。 天頂周辺を囲む形で台形が出来た。見覚えがあった。  ペガサス座だ。 その東側にアンドロメダ座。 その星座の東西線の中の星、三つ北に薄っすら小さなモヤまで見える。 間違いないアンドロメダ大星雲だ。 超特急SLの終着駅があるのだ。

 子供の頃見たアニメの終着駅が本当にあるのかと、夜空を飽きずに眺めて見つけた忘れもしないアンドロメダ大星雲。 その横にカシオペアも見つけられた。 記憶にある星達を結ぶ星座の線が天に広がっていく。俺の知る夏の終わりの星座が目の前に現れた。 余りにも見慣れたものを発見して、近くで見ようとしたのか無意識に上体が起きる。

真東を見る形になった俺の正面に、大きく輝く二つの光があった。 瞬いた。

いや、瞬きした。夜の星明りを反射させる輝板を眼球に持つ何者かの瞬き。 フクロウ、犬、猫? 風は背中からの微風で訪問者の風上にあたる。匂いも音も俺に感じさせずに、気配を殺し階段の無い壁を登ってきたのだ。 だが一つ心当たりがあったので声を掛ける。


「モフ、こっちおいで」


返事をしたのかゆっくり瞬きした後近寄ってくる。 頭を俺の真横に置いて「撫でろ!」と言っている。 両手でグシャグシャに首元を撫でてやる。 ネコ科独特の獣臭さと手触りの良い柔らかな毛並み。 小さい時は可愛かったろうがこのデカさでは普通は恐怖感しか湧かないだろう。 さっき瞳を見た時にエルフの互いを分かり合う言霊の能力のお陰で知り合いと分かったのだろうか? 恐怖感は感じず逆に安堵感が湧いたのだ。 猫は3日で恩を忘れると聞いた事はあるけど、大型のネコ科はどうなのだろうか? こんなデカイ猫が懐いても3日で主人を忘れてしまったら、俺は確実に死ねる気がする。 撫でる場所を耳と目の間にある絶頂ポイントに移し、見覚えのある夜空に考えを戻す。 俺が知る地球の夜空と同じだ。 亜熱帯気候のドキアの森は赤道からそう遠くへは離れていまい。 カシオペアが高い位置に見えるのだから北半球なのだろうと思う。 太陽も真南に来た時に影は北へ短く伸びるのを日時計で知っている。樹海の景色からアマゾンを連想していたが、あそこは南半球。この夜空は見れないはずだ。 インド、タイ、北アフリカ、メキシコ・・・。知っている地名を思い描いたが、自分がどこにいるのか今の知識では見当もつかない。 自分が何者かも分かっていないのだから当然か。 分からないことに考えを集中するのはやめて、モフの急所を撫でるのに専念した時二人目の訪問者が現れた。モフの姉ちゃんだ。


「あ!やっぱり私に内緒で二人っきりで・・⭐・︎○・△・□・・」


言葉の後半は聞き取れなかったが、弟のモフに対する小言だろうと感じた。 髭を捕まれ俺から強引に引き剥がされた弟が強烈に撫でられていたから。


「部屋へなかなか帰ってこなかったから心配で・・・、姉様探しましたよ!」

「ごめん、長老の所へ行って、帰りに急に星が見たくなったんだ」

「内緒で二人っきりなんてズルイです!」


膨れているのだろう。暗くて表情は見えないが、声音が物語っていた。


「モフと約束なんかしてないぞ。こいつがいつの間にか居たんだ」


勘違いされて根に持たれるのも面白くないので弁解しておく。


「モフ!あそこのピラミッドから来るのは早すぎるでしょ?」

「ガゥ・・・」


しばらく間を置き。


「何が? 頑張って? 猛ダッシュした? 疲れた? あんた姉ちゃんの言いつけ守るように頑張りなさいな!」


俺を挟んで始まった星空の兄弟喧嘩を止めるつもりはなかったが、ちょうどシャナウに聞きたい事があったので、二人の間に割り込み口に出す。


「シャナ、夜の空に月は出ないのかい?」

「月? ですか?」

「そう、昼の太陽と同じ大きさで、白く光って丸だったり半円だったり、30日で元の丸に変わる地球の衛星なんだけど・・・」


自分で言っていて表現の難しさに戸惑う。満月、新月、半月、三日月どれも分かりきった誰もが知ってるはずの月の姿なのに説明するのが難しい。


「私は見た覚えはないですね。 夜には太陽は昇ってこないですし?」

「無いのか、月は・・・」


見知った星座を見つけたので、もしや同じ地球なのかと思ったが勘違いのようだ。 同じ見た目の別世界なのだろう。 何せ猛獣と会話できる魔法使いが目の前に存在しているのだから。 シャナウが居るであろう気配の方を見て妙に納得してしまった。 ついでにトンガリ帽子とマントも想像で着せてみる。似合ってた。


「シャナ、夜に北を見つけるにはどうするの?」

「ピラミッドの階段の方が西ですから、階段を見て右手の方です」


それは俺も知っていた。初日から。焦らず別な聴き方をする。


「星を見て方角はわかるのかい?」

「それでしたら、あの星ですね」


空に光の線が走り一つの星を示す。 シャナウの手には光の水晶が握られていて先端から細い閃光が放たれている。 思った通り収束させてレーザーポインターとして使える様だ。 これで出力だせれば、魔法使いがスペースオペラに登場して大活躍しそうだ。 示された星にさっき描いた星座を重ねてみる。 白鳥座の尾で明るい星なので“デネブ”だろうと俺の理科の知識が蘇る。 夏の星座だったかな? この世界ではデネブが北極星だと覚えておこう。


「もし夜に迷子になったら、あの星を見つけるよ」

「迷子?」

「どっか遠くへ出かけて帰り道が分からなくなったら、最低でも方角は知っておきたいから」

「姉様、すぐに使える様になります安心してください。それと、遠くへ行くなんて言わないで下さい」


喉に詰まる様な声音だけで何か思い詰めていそうだ。


「何が使える様になるの?」

「村の光る石です。 エルフは光る石は離れていても何処にあるか感じれるんです」


毎朝“捧げ”に参加しているが、あれに何か使い道でもあったのか? 

村への帰巣本能に何か働きかけてくれるのか? 

知らない事がまだまだ沢山あるのだとまた思い知らされた感じだ・・・。 焦るのは今ではない。


「わかった、ありがとうシャナ。これからも色々練習も勉強もするから、諦めないで教えてくれると助かる。よろしくお願いします」


正座に姿勢を整え、シャナウに頭を下げた。 暗くて見えないだろうが電話の相手に頭を下げる日本人の宿命だ。 背中を覆う様に抱きしめられた、と感じたのは間違いで、モフにマウントされた様だ。 モフモフ重くて起き上がれない・・・。 遊んでくれてると勘違いしたに違いない。 多分?。

重苦しかったのは直ぐに解放されたが、横で横腹を後ろ足で必死に撫でるモフの姿が暗がりで見えた。 シャナウの手が淡く光ってたおかげで見えたのだ。ついでに、まさしく鬼の形相になったシャナウの横顔も。 白い光の反対の手が赤く光っているのを目に留め、冷や汗が流れる。マズイ、非常にマズイ!

エルフの村のすぐ横で火の水晶使て間違って火事でも起こしたら、仲良し兄弟と一緒に俺も追放されてしまう!


「シャナ!火はマズイ!それ使っちゃダメだ!」

「大丈夫です姉様! 前足の甲を見る度に思い出す、私の怒りの印を刻むだけです!」


モフはモフで迎撃する気満々で、唸り声を喉に絡ませ攻撃姿勢で威嚇をしている。


「武器を使った兄弟喧嘩はやめなさい!」


武器の有無なしに兄弟喧嘩を止めるべきなんだろうが、とりあえずシャナウの掌の中から火の水晶だけは回収する難行に成功した。 急いで屋上の端へ避難し二人の頭が冷めるまで待つことにした。

暗闇に猛獣の咆哮と可愛い怒声が飛び交う中、床の上に光の収束で作ったポインターを付けて、北極星のデネブへ向ける。 目見当だが角度を調べたかったのだ。 15度から25度くらいだと思えた、正確には今は測れないので大体でよしとする。 想像していた通りの緯度だった。 気候は最初亜熱帯と思っていたが熱帯に近かったのかと考え直す。 違う世界だとしても一つ一つ確かめて、知識を更新しなければならない。 “定め”を探すにも足元の知識は必ず必要になるのだから。

 ひとしきり考えも纏まったのでまだ続いている兄弟喧嘩を止めようと立ち上がった時、兄弟二人の動きも緊急非常停止する。 異変を察知し辺りを見渡した聴覚に階段を昇ってくる足音が二人分聞こえた。

考えに没頭しすぎて騒ぎを止めるのが遅かったと悔やまれる。

階段から現れたのは、ベイロとボキアだった。 長老と巫女だ、それも尋常じゃない光を全身に纏って。 二人とも紫に見える炎の形になった光を纏っている。 俺にでもわかる、忿怒のオーラだ。


「三名とも明日の“捧げ”の前に広場へ来なさい」


ボキアの半目に開かれた瞳が怖い。 いつもの優しい印象は何処にもない。モフと瞬きで会話していたのだろうベイロが


「モフ!村の中にお前だけは入れる様にしておく心配するな」

「わかりましたね!」

「はい!」

「ガォ・・・」

「ハイ」

ボキアの言葉に主犯と共犯者は神妙に返事を返した。 オーラは放たれたまま二人は階段を戻っていった。 本当に心臓が口から出そうになるくらい、すごい威圧だった。


「姉様すみません・・・」


小声で謝って来たシャナウに心配いらないと手で合図する。


「モフあんた逃げる気だったでしょ?」

「ガゥ・・・」

「普段は守りの水晶で村には入れないからって、『僕、人じゃないから行かなくていいですよね?』なんて、そんな言い訳あの二人に通用するわけないでしょ!」


また頭を拳骨で殴られていた。


「まぁまぁ、仲間なんだから、明日一緒に怒られたらいいよ」


シャナウの腰とモフの首を同時に腕に抱え抱き寄せて


「さぁー、帰ろう!」


明日はお説教と分かっていても絆が深まった感じがしてとても心は穏やかだった。 帰り道は一言も交わさず静まり返った村の吊り橋を渡り、シャナウの狭い部屋で二人と一匹は眠りについた。


次は、雲の上の筏

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