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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は空を飛ぶ
21/156

星見の台の夜空


 予定通り日没までには十分余裕を持ってエルフの村へ到着した。

部屋へ直接帰らずに洗面所で埃と汗をシャワーで洗い流す。

なにせ、セクハラゴブリンと砂埃の中挨拶拒否闘争したり、モフに舐められたりで汗はかくは汚れるはで、疲れた気分もサッパリしたかったのだ。

部屋へ帰り荷物の整理と着替えをした後オンアの部屋へ一人で向かった。


「オンア長老、ナームです。お話があります宜しいでしょうか?」

「おやナームか?速い帰りだったな。 ベイロがおるが構わぬなら入っておいで」


ベイロは男性の若い見た目の長老だ。 

最初の5人のうちの一人なのでオンアと同じ2千歳以上だ。 

ただの報告なので同席者がいても俺には問題ない。

布の扉を捲り中へ入る。 

座布団毛皮をベイロの隣に準備し、オンアが席を進めてくれる。

ベイロ長老に軽く会釈し席に座ると、湯気のでる器も差し出してくれた。


「向こうで何か問題でもあったのかな?」

「問題かどうかは私には判断つきませんが、長老達の耳に入れておいた方が良いのではと思う事がありまして」


オンアとベイロが目配せし合い、お互い頷く。 

先を続けろと仕草で促す。


「まずこれを見てください」


左耳に付けていた耳飾りを外しオンアへ差し出す。 

受け取り一通り見てから、ベイロ長老へ渡しても良いかと問われたので頷いて返した。


「この耳飾りはナームがドワーフのガレ達に依頼して作ってもらった品です。私の記憶が混乱していて・・・」

「お主の現状に関してベイロへ気遣いする必要はないぞ。何も気兼ねせず口にするが良い」


ベイロは見終わった耳飾りを俺に渡しながら頷いた。


「それと、製鉄技術も伝えた様で鉄製の道具も手にしていました」

「ワシにはナームは何も言っとらんかったが・・・」

「私の耳にも入っておりません」


オンアもベイロも知らない内容だったらしい。 

ナームの所業をチクった感じになったか? と引け目を感じた。


「鉄と金か・・・。少し速い気もするが、ナームは何か感じておったのかな?」

「“雲落ちの巨人”達の入れ知恵でしょうか?」


お互い床を見つめて深く考え込んでいたが構わず話を続ける。


「工房には色々な鉱物や素材があって、何か目的を持って研究していた様に思うんですが、長老達は何かその目的についてご存知ないでしょうか?」

「原料を集めておる事は承知しているのじゃが、森と小人の見守り役以外の目的は聞いておらぬ。それこそ巨人達の入れ知恵なのかもしれぬな」


金細工の耳飾りについてもっと反応するかと思ったので話を戻す。


「この耳飾りの金属は“金”と言いまして希少で高価なものだと思うのですが」

「金属自体が今のこの森では希少な物だ。“鉄”でも“金”でも同じ事。 精錬と加工のし易さからすれば“金”を身の飾りに使うのは自然だろうよ。 高価の意味はわからんが」


ベイロが首を傾げこちらを見る。 

人類史の金属使用の順番は“金”“銀”“銅”“鉄”だったと世界史の時間に習ったはず。 

高価とは後に希少性の順位が決まって総量の少ない“金”の価値が高くなったのだ。 

使用されるのが早かったのは、キラキラした見た目の違いがはっきりしていたので集めやすく、柔らかい為加工がし易かったのだ。


「私の知ってる世界では“金”の総量が少なかったので身を飾ったり、物品と交換する上位の金属として使われていました」

「金属の用途からすれば“鉄”の方が汎用性が高い。 重要度はそちらが上だと思うのだが?」


俺の頭が混乱してくる。 

価値観の違いだ。

ここへくるまでの世界では“金”は高価だと思っていた。 

買うにしても手放すにしても対価は高額だ。 

そのお金で何日も美味しいご飯が食べれる。 

しかし、この森の生活では“金”を沢山持っていても交換して手に入る物自体がないのだ。 

“金”よりも“鉄”の方が必要だ。 

木を製材するにも加工するにも、布の扉を木製にする為蝶番もあると助かる。 

綺麗に身を飾る用途しかない“金”より色んな使い道のある、価値のある金属だ。


「“鉄”を知っているのですか?」

「もちろん知っている。我らエルフにとっては必要はないが、小人達が先へ進むには手にしなければならない物の一つだと」


ベイロの言葉にオンアもゆっくり頷く。 

またしても俺は相手を侮っていたのかと自滅したくなる。 

見た目の生活で低レベルにレッテルを貼り付け、ゴブリン達だけでは無くエルフに対しても下に思っていたのだ。 

俺の持っている価値観の薄っぺらさに気付かされ、風の水晶でどっか遠くへ飛んで行きたくなった。

多分実年齢2千歳は伊達では無く、俺の計り知れない知恵と知識が彼らにはあるのだ。 

俺を姉様と呼び些細な事に喜んでくれるシャナウも、魂年齢50歳の俺より遥かに長い時を生きている。 

知ったかぶりせず素直に教えを乞うゴブリン達と俺は同じ立場なのだ。


「間違いが有るのを承知で、正直に俺の知識で話させていただきます」


二人はゆっくり頷く。


「先ほどベイロ長老が仰った通り、今の小人達が先に進む事を文明レベルが発展して行く為とするならば、俺が必要だと考える事は、上手に火を使う事、定住して耕作を行う事、家畜を飼う事、金属を使いそれらの効率を上げる事だと思います」


二人は頷きながら俺の話の先を促す。


「素焼きの土鍋を使っているゴブリン達が、道具として青銅を使い出すのがいつになるのかはまったく想像出来ませんが、手にしたその時また戦が起きます」

「なぜ戦が起きると考えるのじゃ?」


眉間に寄る皺を見て、過去のゴブリン達の度重なる戦を思い出しているのだろうと察する。


「家事だけに金属を使っている分には問題ないでしょうが、遅く無く狩猟に使える道具を作るでしょう。 それは人を簡単に殺せる武器になります。 私の知る世界の歴史では、力ある者が生まれ互いに奪い合う人の歴史が何度も繰り返されていました」


床を見つめ又考え込んでる素ぶりの二人。 

オンアは弱い声で呟く。


「この地のゴブリンもその道を辿ると?」

「断言は出来ません。私の知る世界の歴史がこの地のゴブリンやドワーフ達に当てはまるかどうかは分かりませんが、食べ物を奪い合い戦になったのであれば、武器を奪い合い戦いになるかも知れません」

「なぜ武器を奪い合うのじゃ?」

「家族を守る為です。自分の大事な家族が殺され無い様にする為、仲間以外の武器を持つものと奪いあうのです」


床から思案中の視線を動かさずにベイロが聞いてくる。


「では、皆一つの大きな仲間になれば、戦は起きぬのではないか?」


そうだ、その通りだ。今はドキアの森の周辺にいる小人族は1万人に満た無い。

しかし集落は12を超えていて分散している。 

今現在、敵対関係は無く良好だとシャナウは話していた。 

それを一纏めの国へ囲い込めれば、それぞれの争いは抑えられるだろう。


「ベイロ長老のおっしゃる通りだと思います。 金属を手にしてもこのドキアの森の小人達はお互いに戦う事は無いと思います。 しかし、俺はこの森以外の世界を知りません。 ここの小人以外に人族が周辺にいるのであれば、そことの戦はあり得ると思いますが・・・」

「なるほどの。 森の中だけでの小さな戦いは止められても、纏まりが大きくなれば他の地の小人族との大きな戦いになると」

「俺の薄い知識にある世界の歴史なので、ここに当てはまるかは何とも言えません。 しかし“鉄”が使われ始めたのは現実なので長老達には頭の隅に置いておいて頂きたいと思います」

「わかった、遅かれ早かれ移り変わりの時期はくるのじゃ、今がその時なのやも知れぬ。我らも心しておこう」


長老二人はお互い肯き合う。 

言葉以外に言霊が使える彼らは俺が推し量れぬ深い会話をしているのだろう。


「それと別件でもう二つお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ワシらに気兼ねする事はないのじゃぞ、それこそ同じ仲間なのじゃから」


オンアは両手を広げて受け入れる仕草をしてくれる。


「いえ、しかし俺は・・・」

「魂は別人か?」

「・・・・。」


ナームに、オンア達に、なぜか湧き出す罪悪感で言葉が出なかった。 

無知で無能な俺がなぜここにいるのか、誰かに教えてもらいたい気分だ。 

俺はナームに体を返せる機会があれば、すぐにでも返してあげたいと願っているのだ。

俺の魂の命乞いなどしない!


「急ぐな!焦るな!お主には“定め”があるはずじゃ。 ゆっくり見つけるのじゃ。 ワシらには今までとは変わらぬ、正しき道を探し求めるナームの姿に見えておる。 ナームの姿でナームの声でナームの力を、お主の魂が求める物のために使ってかまわぬのじゃ、同胞のワシらの力になってもらう事もあれば、お主の為に我らも力を貸すのじゃ。 エルフはそうやって長い間暮らしてきたのじゃから」


胸に熱い物が込み上げて、目頭が暑くなる。 

目の前にいる二人が霞んで見える。頭を小さくさげた。


「ありがとうございます・・・」


人に受け入れられるとは、これほど胸が熱くなるのか。 

気を取り直し話を戻す。


「今日工房へ行く途中立ち寄ったピラミッドでゴブリンの長のモゼから雨の季節が遅れているのではと聞かれました。 俺には知識がなかったので答えられませんでしたが、長老達は理由をご存知でしょうか?」

「確かに例年よりは遅れておる。 しかし、風は湿り気を増してきておるから只の遅れと考えておるのじゃが?」


顎で見解を求められたベイロが頷きながら肯定する。


「見立てはオンアと変わらない。 そう遅くならずとも雨の季節はやってくる」

「安心しました。豊かな森林であっても乾きが続けば大事になりますから。 それと、帰りに休憩で立ち寄ったピラミッドが少し様子がおかしくて気になった事があります」

「どこのピラミットじゃ?」

「ゴブリン達には会いませんでしたので名前は分かりませんが、工房とエルフの村の丁度中間にありました」

「ルカの集落でしょうか?」


ベイロが小首を傾げ考え込んでいる。


「で?様子がおかしいとはどんな事じゃ?」

「ピラミッドの屋上に乾いた血痕が何箇所もこびりついていまして、日を空けて数回血が飛び散る何事かが行われた感じです。 シャナウも見るのは初めてだと言ってましたし、モフもゴブリン達が最近騒がしいと様子を見にきていました」


二人同時にため息をついた。 なぜだ? 気落ちする話だったのか?


「血痕の跡は今の話だけでは判断つかないから調べは必要じゃろ。 ゴブリン達に口出しはしないが状況はワシらも知っておく必要があるじゃろから。 しかし、またあの猫が首を突っ込んでおるのか?」

「気になって調べていたとシャナウが通訳してくれました」


またため息をひとつつき


「ナームと一緒にシャナウが育てたあの猫は、誰かさんのお節介が映ったのじゃろうが、全く・・・。 森の中で問題あある所にいつも顔を出しよる」


姉ちゃんと弟は同じ性格だったようで、どっちも問題児だったみたいだ。


「ピラミッドの場所に関しては、明日シャナウからも話を聞いてワシらも足を運ぶとしよう」

「よろしくお願いします。 俺の話は以上です。 時間を割いて頂きありがとうございました」

「かまわぬ、気にするでない。 それより教えにきてくれてありがとうよ。 知る事は正しき判断に近づく材料じゃからな。 これからも気兼ねする事なく話してくれると助かる」

「もちろんそうします。 俺も色々勉強させてもらいます」


もう一度頭を下げて部屋を出た。


 蒼から赤紫へグラデーションする空の下、一人部屋への帰り道に足を動かす。 

陽は落ち暗がりが増す樹海の中、足はなぜか星見の台へ向かっていた。 

二人の長老との話で胸が熱くなったのを思い出してしまって、小さな部屋へ帰ると泣き崩れそうだったから・・・。 

人に頼るという事、人に頼られるという事。

今まで忘れていた感覚にいつになく心が熱く満たされていた。 

そして注意深く物事を見つめると決めたはずなのに、まだまだ表面だけで物事を捉え、自分の薄い知識で軽く判断している。 

レッテル貼をして分かった振りをする性根にまた気付かされたのだ。 

もう何度めだろう・・・。

暖かい心と落ち込もうとする心を整理する時間が欲しかった。 

腰紐に結んだ“光”と書かれた皮袋から水晶を取り出し仄かに明かりを灯す。

深い葉のお陰で足を運ぶ度に暗さが増す吊り橋を浮き上がらせてくれる。 

耳をすませばトボトボと聞こえてしまうだろうか? と思っているうちに石の階段へ到着した。

 こっちで生活が始まってもう15日は過ぎたはずだ。 

半月か? と考えていたが、そう言えば夜月が見えた日が無かった事に気がついた。 

大きな木の葉の生い茂るエルフの空中村生活は、空は見えづらいが日が差す日中は明るくなるのだ。 

月が出ても分からない明るい大都会とは違いドキアの樹海は基本地上に明かりはない。 

月が出れば部屋の前の集会場も明るくなるから分からない筈が無い。 

月の事を考えながら登り、屋上へ出た。 

この地で初めて見た星空が天に広がっている。 

西の地平線に少し紫の線が残る宵闇。 

中央へ歩いていき目覚めた時と同じ姿勢で横になる。 

まさしく星が降って来そうなほど瞬いている。 

明かりがない山の小さな野営地に、時折足を運んだのは星を見るためだった。 

見晴らしのいい高原ではなく、狭く黒く迫る山の上に見える狭い視界の星空が好きだった。 

星が動いているのが見えるのが好きだった。

篭り中年唯一の冬の外出。 

この世界に、慣れよう、知ろうと、過ごした半月。急ぎと焦りは確かにあった。 実感もしていた。

自分の立ち位置が不安で仕方なかった。 

でも、今は不安はとても小さく感じる。 

いつも手を貸してくれるシャナウがいる。 

魂が別人なのを知っても同胞だと言ってくれた長老達がいる。 

もう知らない世界で一人ではないと、俺の中の俺が知ったのだ。

飾る必要も、気張る必要も無い。 

信頼には信頼で自分が返せるものを返せばいいのだと思えた。 

星が滲んで見え始めたので両手で目をこする。 

星がとても綺麗だった。

次は、月

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