工房にて3
中腰で構えるシャナウを横目に俺も身構える。 大型の猫科が時々抱き付いてくるらしいので、ナームの体に傷を付ける訳にはいかない。 探知力を上げる為、エルフの耳に最大限の集中力を注ぎ込む。
近づいて来るのは獣のものではなく人の物。 道の先から足音が3人分、石の上の砂が擦れる音がする。
やがて足が生えた岩が視界に現れた。
「あれが山の小人か?」
「そうです危険な相手です!」
「山の小人もエルフは見守る役割なんじゃなかったか?」
定めの事を思い出し、疑問に思った。小人と敵対しているとは考えてもいなかったのだ。 ゆっくり間合いを詰めていた山の小人たち3つの岩は、10mほど手前で歩みを止めた。
「奴らは姉様が目当てです。注意してください!」
「俺?」
真ん中の岩から手が生えて大きく広げられた。
「我らナム殿挨拶支隊3兄弟!」
「今日こそ手にさせて頂きますど!」
「いざ、神妙に我らの挨拶受け取ってもらおうど!」
気迫のこもった大声でそれぞれが叫んだ。
「シャナ?挨拶したいって言ってる様に聞こえるけど?」
「絶対に奴らの挨拶を受けてはダメです!私が許しません!」
シャナウの瞳には殺気が込められ岩を凝視している。
「最善は無傷で確保!不可能であれば、多少傷を付けても無力化!」
「定めは気にしなくても良いのか?」
手の甲は赤い光が漏れ出しているので、火の水晶を握っているのだろう。
「話は後で・・・、来ます!」
眼前の3人は一瞬消えたかと思える速さで3方向へと移動し接近してきた。
視覚で追い切れなかった動きでも、聴覚がそれを補い岩の動きを緩慢なものに変えてくれる。 シャナウに一つ、俺に二つ向かっていた。右手に持つ水の水晶で拳大の水球を作り一つに向けて放った。岩の中心を射抜くはずだった水球は、道の彼方へ飛んでいく。 当たる直前で見切られた。 早い身のこなしだ。前進の速度を削がれなかった一つが眼前に迫る。 武器を持たずに両手を広げる姿のそれを、すくい上げる形で真上へと蹴り上げた。 水球をかわした二つ目が両手を広げリーチ内に入ってきたので、片足で足元を蹴り前方捻り宙返りで岩を上空でかわした。 突進の勢いそのまま進む岩を宙返り途中で片手で掴むのを忘れない。 見事に着地した後、掴んでた岩を空高く放り投げる。
シャナウは何発か小さな火炎を放っていたが、直接当てる気は無いのか動きを封じる手段で放っていた。 二人の攻防も長続きはせず、今は地面に足の裏で押し付けていた。
「姉様!大丈夫ですか?」
岩に足を乗せる姿勢のまま問いかけてきた。
「こっちは無事だよ。風の水晶持ってたら貸してくれる?」
すぐに放ってくれた水晶を受け取り、真上へ向けて開放する。 悲鳴とともに落ちてくる岩を、ストローに空気を送りピンポン球を浮かせる要領で、風の水晶が吹き出す空気がキャッチしてやる。
「姉様すごい!その技も初めて見ました!」
また両手をバタバタさせて喜んでくれたが、宴会芸に過剰反応された感じで照れくさかった。 喚き声をやめない二つの岩を浮かせたままシャナウに近寄り
「コイツらどうするの?」
空中浮遊する回る岩を見つめ喜んでいた顔が真顔になり、足蹴にしている岩を睨む。
「ガレ、どうする?」
「終わりにするど、今日の挨拶は終わりにするだど!」
「上のガルとガリはどうする?」
「終わるど!終わるど!目が回るぅぅぅぅ!」
足を退けて岩を開放してやるシャナウを見て、俺も風の力を弱め優しく地上に二つの岩を下ろしてやった。 目が回ったのかしばらくその場で回っていたが落ち着いたのか、三つの岩が俺とシャナウの前へ整列した。
「ナム殿、シヤナウ殿、正式な挨拶は出来ななんだが御健勝そうで何よりですど」
「エルフには正式な挨拶は要らないと、あれほど言ってるでしょ? ガレ!」
両拳を腰に当て怒気を乗せ言葉に出す。 シャナウは本気で怒ってそうだ。
「我らナム殿挨拶支隊は未だ念願叶っておらぬだど。挨拶叶うまでこちらも引けぬ訳なのだど」
「あんた達と会うたびに、これから始まるのは疲れちゃうんだけど・・・。そのうちあんたら本当に怪我するわよ!」
怒気が諦めの色を含めた声音になって、静観していた俺を見る。
「姉様もなんとか言ってやってください!」
「挨拶だけなら受けても良いんじゃないか?問題でもあるのか?」
「問題大有りですよ。コイツらの挨拶には!特に姉様には!」
「どんな挨拶なのそれ?」
「コイツらの挨拶はお互い向かい合って、抱き合い背中を両手で揉むのです!」
普通に親愛を確認するハグか? と思い別段危険はなさそうだと感じたが頭で想像してみたら背筋がゾッとした。 小人達と俺の身長差が悪かった。 成人した小人は俺の顎下くらいなので、ちょうど胸のあたりに顔がくる。そして背中へ回された手はお尻へ当たる。それを揉むのだ。
「そんな挨拶はセクハラだ!」
小人とのハグを想像して俺の頭へ血が上る。俺のナームのお尻を揉むなど許せん!
「そうです、許せるはずがありません! 私の姉様の可愛いお尻を揉むなど、許せるはずがありません!」
ナームはシャナウの物だったのか?と疑問に思ったが深く考えるのはやめておいた。
「大怪我する前に、姉様への挨拶諦めなさいね!」
強く言い放つシャナウに岩へ擬態している山の小人達は沈黙で返した。
「ところで、ガレ? だったか? 今日は挨拶だけできたのか?」
沈黙を続ける岩へ問いかけた。
「ナム殿より承った品が完成しましたので、お持ちしたのだど」
「何か頼んだのか?」
シャナウの方を見たが、仕草でわからないと返してくれる。 差し出された皮袋の中を見る。 中には金細工が入っていた。この世界で初めて見る金属製の品だ。 手の平に取り出し目の前で調べてみると。 小指くらいの楕円の端に大きめの鎖が3個つけられその端に籠状のものが付いている。
「これは何?」
「ナム殿・・・? それは耳に付ける籠ですが、頼まれたのはナム殿ですど」
「すまんなガレ。 事情があって最近物忘れが激しくてな・・・」
細かい事は言わないでおいた。
「長老様のオンア殿ならいざ知らず、ナム殿のその小さな胸で物忘れなど・・・!」
真ん中にあった岩は道の向こうへ飛んで行った。シャナウの見事な膝が岩のあった場所に出現している。サッカーやったらフォアードポジション間違いなしだ。
「シヤナウ殿の前でナム殿の戯言口にするとは、彼奴もまだまだじゃど」
「そうど、そうど、ガレが愚かど」
二人でゴソゴソ言い合っていたので、二人に聞いた。
「何に使うか聞いてたか?」
「石を入れて耳につけたいとおっしゃっていたど」
「そうど!」
イヤリング? 中年男はイヤリングもピアスも全く興味は無いので使い方が想像できない。話の途中でガレが列に加わった。怪我はしなかったのだろうか?睨みつけるシャナウを片手で制し、戻ったガレに使い方を聞く。
「ナム殿が服の襟に入れている石を籠に入れて、輪に左の耳を通して使うと言っただど」
「襟の石?」
モガ服の襟は丸首で返し縫いがしてあった。指で摘み首元を探ってみたら顎の先に小さな膨らみがあった。 袋状に縫われた隠しポケット状の中から、ビー玉大の水晶玉が出てきた。 折り返しが厚手だったので、今まで全く違和感を感じていなかったのだ。 言われた通り籠の中に水晶を入れ耳に通してみる。耳の付け根にしっかり収まり小さな耳朶が軽く押さえる感じだ。 重さも感じず左右に軽く頭を振っても大きな鎖が邪魔にならない。 興味津々でこっちを伺うシャナウに問いかける。
「こんなの付ける習慣エルフにあるのか?」
「私初めてみました! 姉様似合ってます!」
心からの褒め言葉をもらった。
「ナム殿、付け心地はどうだど?」
「問題ないみたいだけど、これガレが作ったのか?」
「ナム殿が教えてくれたやり方で作っただど。我ら細かい作業が得意だから頼むと言われたど」
「そうなのか、作ってくれてありがとう」
訳は分からなかったが、ナームが頼んでいた仕事をこなしてくれたらしいので礼を言っておく。
「それでは、代わりの品を渡して頂きたいど」
何かを交換する約束で仕事を依頼したらしい。エルフから小人へ渡しているのは火の水晶だったので話を合わせる。
「火の水晶だったね?」
「そうである、ナム殿特製の火の石ですど!」
特性と言われ少し引っかかった。 もともとナームの込めた火の水晶は高出力と分かっていたが、その上に“特“が付くみたいだ。 水晶が入っている荷物は現場事務所の2階に置いたままなので、挨拶支隊3名を建物へ案内する。 俺には種類は見分けられないのでシャナウに高出力が出そうな火の水晶の選別を任せた。
擬態外装を脱ぐ様に促す。 見た目は岩の服を壁ぎわに置いて、テーブルでホットレモネードを啜る。 彼らは浅黒い肌に革製のベストと7部丈のズボン、髪はボサボサ、逞しい髭を蓄えている。 筋肉は引き締まりボディービルダー顔負けだ。 山岳で狩猟生活している山の小人達ならではの体格だろう。 一際目に付いたのは腰に差してあった鉄製の道具。 見た目はピッケルだった。
「腰に差してあるそれ見せてくれるかな?」
器から手を離さず無言でガレが差し出してくれる。 手に取り隅々まで見てみたがピッケル以外何物でもない。 山歩きではかなり助けになる道具だ。 杖にもなるし、急斜面では手すりにもなる。
「この枝の先に付いてるのは鉄だと思うんだけど、自分たちで作ったのか?」
「そうである。ナム殿が教えてくれた通りに、石の鍋に黒い砂を入れて作ったど。我らの仲間にまだまだ足りぬ故、ナム殿特製の火の石がもっともっといるだど」
思うに坩堝で砂鉄を溶解し製錬したのだろう。 でも、砂鉄はただ加熱しても鉄にはならなかったはず。 昔の日本でやってた踏鞴を踏む製鉄は木炭が必要だったし、理科の知識だと砂鉄にアルミの粉末と炭素を混ぜて溶融させるテルミット法で製鉄が可能だったが・・・、と少ない記憶を辿る。とりあえず鉄があれば色んな物が作れる。 鉄を扱う山の小人か・・・、ドワーフと呼んでもいいよな。
シャナウの選別が終わったのか、水晶を持ってテーブルまでやって来た。3個の水晶をテーブルに並べる。 手を伸ばし受け取ろうとしたガレが届かないように手で壁を作る。
「シヤナウ殿?何するだど?」
「ガレ!私にも姉様と同じの作りなさい!」
「時間が掛かるど?」
「簡単に申すなガレよ! 黄色い粉はもう無いど・・・」
ガルが口を挟む。シャナウは気落ちした顔で俺を見つめる。
「あそこの瓶に原料はあるけど、渡してもいいのか?」
「ここにある物は全て姉様も物ですから、姉様が決めて大丈夫です」
「なら大丈夫だ」
瓶が並ぶ棚から砂金の入った瓶を手に取りガレに渡す。
「これに砂金が入ってるから足りるだろ?」
「大丈夫・・・だと思うど」
瓶を手に取り量を確認している。
「この砂金どこから集めたか知ってるか?ガレ?」
「場所は知らないが、ゴブリンが集めたって前にナム殿が言ったでは無いか?やはりその小さ・・・」
水晶の壁になっていたシャナウの手が、きつく握られるのを見て取り言葉に詰まる。 部屋がめちゃくちゃになる前に、このセクハラドワーフにはお引き取り願おう。 水晶と砂金の瓶を皮袋に入れてやりガレに渡す。
「火の水晶は、何日でなくなるんだ?次はいつ必要になる?」
「一つで5日は使えるど」
「わかった。じゃぁ、シャナの耳飾りもよろしく頼むよ」
「承知したナム殿!」
床にひれ伏す姿勢で答えてくれた。同じテーブルで和気藹々の会話と思っていたが、お互いの立場には何か大きな隔たりがあるのだろう。
「シヤナウ殿、飾りの大きさ決める。耳を見せて貰いたいど」
耳飾りを作ってもらえるのが嬉しいのか、笑顔で3人の所へ行きしゃがみこむ。小人に囲まれるシャナウを見てると、有名な御伽噺のお姫様みたいだ。
「こら!変なとこ触るな!」
「大きさ決めるのに、指当てないと分からんど」
「耳に息ふきかけるんじゃ無い!ガレ!」
「我ら息止めたら死んでしまうど。無理言わんで下されシヤナウ殿!」
しばらく、セクハラドワーフとシャナウの格闘があった後、ドワーフ達は帰っていった。
復路




