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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は空を飛ぶ
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工房にて2


 眼前に高くそびえる峰々が迫ってきた。目的地である工房が近い事が分かる。途中モゼの集落のピラミッドの他にも、休憩で立ち寄ったピラミッドではゴブリン達を見かける事は無かった。中を見て回ったが、管理が行き届いているのに再度感心した。飛行途中で一番危惧していた『鳳』との遭遇は幸いな事に一度も無く無事に到着できそうだ。

 草木が生えていないむき出しの岩山下に工房はあった。石材で建てられているそれは、工事現場で見られる2階建てのプレハブ事務所に似ていた。シャナウの後に続いて屋上に降り立つ。


「やっと着いたな」

「姉様、体調は大丈夫ですか? 初めての長距離で疲れてませんか?」


3回に及んだ滑空での往路は直線距離で80km位だと感じていた。今の時間が正午前だと太陽の位置で分かるので、出発から約3時間で到着した事になる。長めの休憩を入れた高速道路を使った移動と同じ疲労感だった。


「シャナの方こそずっと俺の先を飛んでたから疲れただろ? 山に近づいて風も少し冷たくなったし」

「私は全く大丈夫です。 いつもよりゆっくり休憩してきましたから」


俺は飛行中シャナウが作ってくれる圧縮された気流を体に受ける、渡り鳥達が行う追従飛行をしていたので、かなり負担は少なくなっているはずだ。 俺の荷物を受け取り、屋上から下階へ続く階段へ歩いて行く彼女を追いながら、周囲の岩肌を見る。 直線で階段状になった表面は、明らかに人の手が加わっている。 石切場だった。今まで見てきたピラミッドと同じ岩石に見えるので、ここで切り出した石材を、各地へ何らかの手段を使い運んだのであろう。 階段を下りながら確認してみる。


「ここは昔石切場だったんだね?」

「そうです、大火の後ゴブリン達がピラミッドを作るときに使っていたそうです。この工房も当時の物です」


見た目通りの現場事務所だったて事だ。


「石材の切り出しが終わってから使われていなかったのですが、姉様が長老の許可を貰って、ここで水晶の研究をする様になったと聞いています」


布の扉をめくり2階の室内に入る。 中は窓が少ないので薄暗いが明かりを灯す程の暗さではない。 壁には木材の板で作られた棚が数段備え付けられていて、大小の瓶がずらりと並んでいる。 内容物が見える透明な入れ物なので人工水晶を加工したものなのだろうか? ガラス製と言っていいのだろうか? ひとまずは、研究用のテーブル横に置かれた丸太の椅子に腰を落ち着けて休む。シャナウは別のテーブルにお茶の準備をしてくれている。 室内でテーブルと椅子のある空間は、この世界へ来て初めてだ。 こうして休憩しているとタバコに火を付けたくなるのは、長年魂に焼きついた習慣。 パブロフの犬的な条件反射なのだろうと思いながら、指でテーブルを叩きながら室内の景色を呆然と見つめる。 甲斐甲斐しくナームの世話を焼くシャナウを見て「いい嫁さんになるだろうな」と勝手な想像をしていた。以前エルフ村に小さい子供が見当たらないのを不思議に思い、シャナウに聞いた事があった。 その答えは「エルフは子供を作る習慣は無いの」だった。 男女間での結婚も恋愛も事象として無いのだそうだ。 見た目はスタイル抜群イケメンと美女。 たくさん子供を作っても良さそうなものだが、長寿の為か種保存の本能は働かないのだろう。 思えばイケメンのエルフが近くにいても俺の心もナームの体も何も反応はしなかった。 いや、中年男の魂は美形の男に嫉妬はしたかもしれないが、“キュン“とか表現される心情は一切湧いてこなかった。

 今まで活動停止したエルフは3名で、“雲落ちの巨人”の所へ連れて行ったそうだ。その度にしばらくして別のエルフが仲間として現れる。成人した姿で。 “雲落ちの巨人”に関しての疑問は当初から増大していたが、誰も明確な回答をしてくれなかった。巨人の元で生活していた時期は短く、知識として無いのだそうだ。

機会があったらその“雲落ちの巨人”とやらに会ってみたいものだ。 幾度も感じた雲落ちの巨人への疑問と、シャナウの花嫁姿を脳裏から追い出し、少し蜂蜜が多く入った甘めのホットレモネードを啜る。 一息ついたので、工房内の散策を始めた。

 室内には俺が求めていた、工具や器具的な文明を感じさせてくれる物は見当たらない。有ったのは石で作られた器や、透明な小皿、天秤計りだ。 瓶に入っている物を調合する為の器具。 理科の実験室で使われる中でも初歩的なものだ。 テパに約束した、糸を反物にする織り機を作れる木工工具があればと思っていたのだが仕方がない。 未だ金属製品を一つも目にしていないのだから。 瓶の中身をよく見ようと、手を伸ばす。すると、伸ばした手の先に光の幕が浮かんだ。


「シャナ、なんか光ってる?」

「どうしたんですか? 姉様」


お茶の準備をしてあったテーブルの椅子に座って休んでいたシャナウが小走りで来てくれる。


「瓶を取ろうとしたら、いきなり光ってるんだけど?」


俺の手とその先の瓶を見て胸の下で腕を組む。


「私には光は見えませんね。今も光ってますか?」


俺には手と瓶の間に今もうっすら光の幕が見える。熱も感じない光だが。 危険な感覚がしなかったので、そのまま瓶に手を近づけた。 瓶に触れる直前光の中に何やら文様が浮かび上がり、崩れて型を変え文字になった。

それは漢字で『銅』と読めた。


「文字が浮かんでる!」

「なんですか?文字?」

「・・・、物を表す印とか記号みたいなもんかな?」


そう言えば、エルフもゴブリンも文字を使う習慣は見てい無い。 知らなくて当然か。


「雲落ちの巨人達がそんなの使ってた気がしますが・・・」

「でも、今見えてるのは俺が知ってる日本の文字で・・・、多分、瓶の中身の意味だと思うんだけど」

「じゃぁその瓶、姉様が作った魂記の瓶なのかも」

「魂記の瓶?」

「自分の思いを水晶に刻み付ける事が出来るのだけれど。その水晶の精錬はとっても時間が掛かるから、普段私達は使わないの。 姉様はそれで作ったのかもしれない。 刻んだ本人しか取り出す事が出来ないから私には何も見えないのかも」

「でも、俺が知ってる文字で、俺が読めるなんて・・・」

「魂記は思いを封じてるから、読み取る時は思いが理解されるように現れるのかしら?」

「そうなのか?」

「よく分かんないです」


筆記用具がなくても記録が残せるのは便利だと感じたが、他人が利用できないのであれば共同研究など難しそうだ。 ラベルに記入して貼っておけば、助手も分かりやすいだろうし作業が捗るだろう。 瓶に手が触れた瞬間、光も文字も霧散する。 手に取り中身を確認すると緑色の粘土の塊が数個入っていた。 棚に戻して、魂の水晶を見分ける「あんた誰?」と同じやり方を試してみた。手をかざし瓶を横なでにすると、それぞれの瓶に光の幕が浮かび文字が浮かび出す。 砂鉄、金、鉛と一般的な金属の他に、石炭、原油、岩塩など液体も混じって入っていた。


「これナームが一人で集めたのか?」

「時々ゴブリンや山の小人が珍しいからと持ち込むのはあったと思ったけど、殆どは姉様だと思う」


一際大きな瓶は『石英』と反応があった。一般的にはガラスの原料だが水晶も同じ原料だったはず。 溶かして固まると透明な個体になって、内部が結晶化した物を水晶と呼ぶと本で読んだことがある。 普段使っていた魂の水晶の原料だろう。 俺にある科学の知識は精々中学生レベルだ。 この原料から何かを作れる感じは一切しなかったので、工房への遠出は無駄足だったと滅入る気分になった。 鉄と石炭があったので、今後製鉄を試みるにはしても、少ない知識では如何ともしがたい。 鉄製工具を手にするには何十年も掛かる。 テパが紡いだ糸の山で埋もれてしまう姿を想像して一段と落ち込む。 そこでもう一度室内を見渡し気付いたことがあった。 木製の棚である。真っ直ぐで平らな板を組み合わせてあった。 エルフの村でも踊り場は丸太ではなく木の板が敷かれていたのを思い出す。


「これって、木を平らに加工してあるけど、どうやって製材したか分かる?」

「魂の水晶でできます姉様」

「魂の水晶でできるのか? どの魂使うの?」


前のめりになりシャナウに詰め寄る。当然の事をなぜ聞くのかと不思議な表情だったが丁寧に答えてくれる。


「水の水晶を使って簡単にできますよ。解放をものすごく勢いあげて、ほっそくするの!」


手洗いと水筒での用途しか思いつかなかったけど。高圧水流でコンクリート切るアレか? 水に人口ダイヤの粉末入れたりしてた気もしたが・・・、石の切り出しも木の加工もできるのか。 それじゃ、光の収束で高出力レーザーも可能だって事だ。魂の水晶万能じゃねえか! 巾着袋から「水」と書かれた皮袋を取り出し一つ手に握る。


「外でちょっと試してくるよ!」


シャナウに告げ部屋から出た。山肌の向かいにある林から腕の太さの枝を拾って工房前まで移動した。 右手に水の水晶を握り先端を枝に向ける。


「まずは切ってみるか」


車を洗うときにコイン洗車場で使うウォーターガンをイメージしてみる。 

バシュ! 

と音がして水が出た。 枝は切れた、と言うか折れた。 断面はギザギザのボロボロ。勢いは問題なさそうだが細さに課題がありそうだ。 しかし大工道具を用意しなくても、木材を思った形に加工が可能なのは分かった。飛行術と同じで練習は必要そうだ。 部屋から追いかけてきたシャナウが近寄ってきたので声をかける。


「シャナありがとう、練習すればなんとかなりそうだ」

「姉様ならすぐにマスターできますよ」


にっこり笑って、持ち上げられたが悪い気はしなかった。


「姉様! 気をつけて!」


緊迫した口調で隣へ近づく。 顔は今まで見た事がないくらい真剣で岩山と林の間にある道の先を睨みつけていた。


工房にて3

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