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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
154/156

元旦


 湖を御神体としている神社は東に短い参道がある。

山に囲まれて陽が当たるのが遅い場所でもあるが、厚い冬の雲が空を覆っている事もあって薄暗い。

宵宮の屋台に似た出店では神社の氏子達が、正月を祝う提灯明かりで手元を照らし、甘酒とおしるこを寒さで震えている参拝者たちに無料で振る舞っている。

初詣に来ている人間の参拝者は、さほど多くはないが異形の影は数え切れないほど感じられた。


「クソガキの嫁ちゃんも頑張った様で何よりじゃな、ふぉっ、ふぉっ、ふぉ、ふぉ!」


一行の最後尾を歩く花柄の着物を纏った小さな老婆が笑い声を響かせる。

先頭を進む巫女姿の絵里恵の後ろを亮介とポリーナが仲睦まじく手を繋いで歩いている。

巫女は器用に人間と異形の影を避けるように本殿へ向かって二人を案内しているのは、後ろに続く二人が影達を認識できなくなったのを知っているからであろう。


「大女将、変な言い方しないで下さいね。 それに大きな声で話すとあの子達に聞こえてしまいます」

「クソガキは子供の頃に戻って、嫁ちゃんは己の器に縛りをかけて人間の道を選んだのじゃ、婆婆は嬉しくてたまらんのじゃぞ美沙! それにじゃ、昨晩一晩で三つ子を身も御るとは・・・。 あの嫁ちゃんはしっかり者じゃな、ふぉっ、ふぉっ、ふぉ、ふぉ!」


人の靴で雪が踏み固められた滑りやすい参道をゆっくり進む列から、真希と美沙とダミニが顔をずらし、前を進むポリーナの腰の辺りに熱い視線を向けた。


「あら?」

「まぁー!」

「GJシロクマ!」

「なんじゃ、お主ら気付いておらなんじゃったか? あのポロアの今生の嫁ちゃんなんじゃぞ、少しは気にしてやらんか!」

「ナーム様は昨晩から知ってた様だぜ? 除夜の鐘が鳴ってる時にいきなり笑い出して、それから機嫌が妙に良かったのはそのせいだろ? なぁ、ナー姉ちゃん?」


栗磯の問いに小さく頷いたナームの顔はフードに隠れて見えないが、「初孫が・・・三つ子w」 と小さく呟いた声からニマニマ顔が想像できた。


 俺は彼らの少し上空を飛びながら本殿を目指す。

いつもの“ちっちゃいおじさん“姿は羽織袴姿にしていて隣を飛ぶ三郎とおそろいだ。

二人の手には鎖が握られていて、数歩後ろにある水色の石鹸箱が拘束してあった。

今の時間軸に辿り着く為に悪魔と呼ばれる存在になった四郎は、願った存在の消滅はナームによって不可能となった。

自己消滅を不可能にするナームお手製の石鹸箱に閉じ込められてからも逃走を試み、結果として兄弟二人で監視する事を命令されたのが昨晩の大晦日大宴会。

ナームが目覚めて最初の宴会に間に合わなかった連中、闇の勢力を一掃したナーム軍遠征の勝利を祝う為に集まってきた連中と飲み明かした。

数百年ぶりに地球侵略隊長のレッドも顔を出していて、今は隊の名前は火星移民計画連合隊だと言っていた。

俺たち3人の小人が企んだ時間軸固定の話を再度宴の席で皆に話して聞かせて、そしてナームは頭を下げていた。

皆思うところはあったのだろうが


「ふんっ! ただ一つの道を定めたからといって、傲るな元預言者! 母星に帰って高みに登る我らの道具に過ぎんのだからな!」


レッドのこの一言であの場のいじられ役が決定し、ペルーの有力資産家の残り少ない髪の毛が地這い妖怪達にむしられる結果となった。

宴の最後に四郎を全員に紹介した時、漏れ出す黒い気配に一同注意を向けたが、石鹸箱を両手にしたナームの慈愛の表情に全員が納得した面持ちだった。

皆この宇宙の時間軸ははナームが作ったと皆知っている。

そして、ナームの宇宙でナームと一緒の時間を過ごしたいと選んで転生を繰り返してきた己の事も知っているのだ。

未だ俺たちですら四郎と意思疎通は叶っていないが、ナームから離れたい気持ちが鎖の先の石鹸箱から微振動で伝わってきて、不憫にも思うが諦めてもらうしかない。

俺たち3人はナームのジンジロゲ。

意識が分かれたにしてもナームの宇宙から逃れることは出来ないのだから・・・。

 一般参拝客の列の脇を通り社殿横の階段を登って室内に入る。

反射式の石油ストーブが数個置かれた室内は外よりはマシな程には暖かいが冷気を完全除去するには至っていない。

ご祈祷者様に設けられた椅子にそれぞれ座ると絵里恵は「宮司を呼んで参ります」と一礼して退出していった。

外の賑やかさが届かない室内に、新しく夫婦になる二人の囁く声が聞こえ始めた。


「リョウ、これから神事が始まるのですから上着を脱がなくては私の女神様に失礼ではありませんか!」

「そ、そうか? じゃぁ」


厚手のロングコートを畳むポリーナの横で亮介もダウンジャケットを脱いだ。


「ポリちゃんだめ! あなたは体を冷やしちゃダメなのよ! さっ、さぁー、私のも羽織って!」


美沙がポリーナにかけ寄り脱いだコートを着せてその上に自分の羽織を掛けてやる。


「リョウの母親さん、別に脱いでも寒くはないのですけど?」

「そうだだよ母さん、そんなに寒くはないし、ご祈祷が始まるし」

「リョウくんは黙ってなさい! 女性に冷えは大敵なんですよ! 大事な時期は特に! それにポリちゃん、もう義母と呼んでくれて構わないのですし女の先輩の話は聞くものですよ!」

「母さん姑風吹かすのはまだ早いんじゃないか? まだ結婚したわけじゃないんだし・・・」

「男は黙って責任取ればいいんです! お嫁さんには優しくして、稼いでいればいいの。 私はポリちゃんの姑として、お嫁さんを大事に大事にするんだから。 リョウくんよりも大事にするんですからね!」

「まだ付き合い始めたばかりで、結婚だってまだするかどうか分からないのに・・・」

「結婚しなかったら、母さん許しませんからね!」

「こほん!」


いつの間にか本殿に入ってきた宮司の咳払いで武藤家の会話は終了した。

ポリーナがしっかり上着を羽織ったのを再び確かめてから美沙は元の席に戻っていった。

宮司は湖に一礼してから向き直りナームに向かって深く2礼し、ナームに向かって祝詞を読み上げる。

要約すると、昨年まで平穏な世界が続いたことへの感謝と、今日から一年の家内安全、縁あり結ばれる二人を祝い、安産を祈願する内容だった。

古い日本の言い回しと聞き慣れない符牒で亮介達は内容が分からなかったみたいだが、始終賞賛を漏らしていたナームが、安産祈願の時は盛大に賞賛をぽリーナに向かって放っていた。

それに気付いた栗磯が吹き出し笑い声を漏らしてしまいナームと美沙から叱責の視線を向けられる一幕もあった。

年始のご祈祷も終わり宮司が入ってきた扉へ姿を消した。

座ったままのナームの前に絵里恵が深く一礼してから跪き、膝に置かれたナームの手に優しく手を添え「必ず、必ず私も参ります・・・」と小さく呟くとポリーナと亮介二人に声を掛け本殿を出ていった。


「さてと、テラミス。 お主は外苑の結界じゃ、ワシは湖を覆うとしようかの」

「リンよ、良いのだな?」

「神狼様よ、ワシは今生のポロアの子供の先も見たいと思っとるのじゃ、ダメじゃろうか?」

「時間の流れに身を置く者の意思は尊い。 永遠の別れとは成らぬ理り。 彼奴らの事任せた」

「委細承知じゃ」

「あのぉー、私抜きで何やらこれからの予定が決定されている様ですけど?」


お上代行の和服姿からエジブトの壁画にありそうな司祭の出立ちに姿が変わったテラミスが微笑みをナームに向けると、その場で姿が掻き消える。

“とうせんぼのりん“の姿になった大女将もナームに向かって笑って見せると姿を消した。


「俺ら3人は同行するのは決定済みだよナー姉ちゃん」

「一人にしちゃダメ! です!」

「私の魂は常にナーム様と共にあります!」


白銀の狼が撫でろとナームに額を向けて近寄る。

黒豹が細い腰に首筋を擦る。

三尾の管狐が肩に乗り頬を舐めた。


「仕方ないよナーム。 連れてってやれよ3人とも」

「二郎はこれからの事分かってて言ってるのかしら?」

「ナームがこれからどうなるか? さっぱり分からんね。 だけどな、あのドキアの樹海で目覚めた1万8000年前。 あの時決意した生きる目的の二つの内、一つはこの現代に帰ってくる事。 それは強引な手法であったが達成された。 もう一つの、決意。 それは、ナームの体をナームに返す事。 だよな?」

「私はこのナームの身体に宿り、ガイアの魂と同化できた事でこの世界の全てを知ったわ。 “至る者“の存在も知り後はその高みへ旅立つだけ・・・。 だけど、この体は借り物だから元の持ち主ミムナに返さなければなりません」

「俺らはナー姉ちゃんの魂の向かう先どこでも付いてくぜ、置いて行くなんて言ったら許さないからな!」

「道に悩んだら楽しそうなのを選ぶって教えてくれたのはナーム様なんですからね!」

「そうよ、マスコットの黒猫置いてけぼりは、絶対反対なんですから!」

「ナームはその体を脱いで旅立つ決意なのであるな? なれどそれは今のナームであっても簡単な事では無いのであるな」

「そのエルフの身体はミムナの特別製だ、魂が抜ける事はその体の死を意味する。 だからさっきミムナにお伺いのメールしておいた。 『死にたがってるエルフが地球に居ますがどうしますか?』ってね」

「あのね二郎、私死にたい訳じゃないのよ、勝手に変なメール火星に送らないでくれるかしら!」


ナームの言葉が終わらぬうちに一瞬空気が震えた。


「あの二人、手際がいいな。 結界を張るのが遅れたらここ一体平野に成る所だったな・・・」


銀狼が鼻先を向けた神社の御神体である湖中央に赤黒い靄が集まりだしていた。

ナームは身にまとわりつく三匹の獣妖怪を腕で庇う仕草をして瞬間移動した。

俺らジンジロゲもナームの気配を追って飛ぶ。

鏡の様に穏やかな湖面にナーム達が浮かび霧を凝視していた。

俺らはその少し後ろの上空だ。

四郎が悪魔として事態化した時と同じ様に、赤黒い霧は異形の形を成していった。

サイの鎧に似た大きな鱗を歪に貼り付け、巨大な翼竜の翼を背負ったドラゴン。

ティラノサウルス似の西洋の竜の姿に。


「相当お怒りの様だな、あのドラゴンさん」

「視線は四郎を射抜いておるな、流石のわしも身が縮むほど恐ろしいのである」


俺は四郎を庇う位置に立ち強烈な怒気を含んだ視線に抗うように微笑みかけて虚勢を張ってみせた。

大型のリザードマンよりは二回りは大きい10mを超す体格。

ゴジ⚪︎よりは遥かに小さいが、放つ闘気は核爆発の直撃に近いものがある。


「悪いエルフは居ねがぁー! 隠れてるエルフは居ねがー! 言うこと聞かぬエルフは居ねがー!」


聞き取りずらいがドラゴンの喉が震え、声としてそこに居合わせた皆に聞こえた。

握られた両拳を胸の前で上下に揺らし、ファイティングポーズをとっているようだ。

発せられた言葉か、その似合わない仕草にか、水面近くに居る4人は吹き出し笑いを漏らしている。

矛先を向けられている俺達にはそんな余裕は微塵も生まれない。

相手の正体が分かっているから尚更だ。


「ナーム様ここは私が先に行かせてもらいます」


ナームの肩に乗っていた管狐がナームの静止も聞かず宙に浮き、巨大化しながらドラゴンに向かって突進していく。

周囲に数百の氷の矢を出現させ、加速度を増しながらドラゴンの正面に激突。

全ての氷の矢が直撃し砕け散った破片が白い霧となった。

氷の粉末が湖面へ吸い込まれ、姿を現したドラゴンは無傷のまま、眉間で管狐の鋭利な氷槍となった3本の尾を受け止めていた。


「硬いですわね、今の私で・・・」


管狐の言葉はドラゴンの顎が閉じると遮られてしまった。

一瞬で首を捻ったドラゴンが眉間で止まったままの管狐を喰らったのである。

閉じられた口が獲物を咀嚼する様に動き、喉がそれを嚥下した。

攻防を見守っていたナーム達が緊張に包まれたのを感じ、俺は乾いた唾を飲み込んだ。

不適な笑みにも見える様に口角を上げ、凶悪さを隠さない奥歯の隙間から何かがこぼれ湖面へ落ちた。

水音が聞こえ広まった波紋が消えると、中心に白い塊が浮かんできた。

ナームの人差し指が、ピクッ、と動いたのが見えた。

水面に浮かんでいるのは、白い管狐の背中。

事切れているのは明らかだった。

無表情のままドラゴンへ歩みを向けたナームの前に黒豹が立ちはだかる。


「次は私の番ですナーム様! 私は昔からナーム様の盾、手出しは無しですよ!」

「盾は前にでちゃダメだろサラ?」

「うるさいシロン!」


黒豹の言葉に困った表情を浮かべたナームは、ゆっくり頷き承諾の意を示した。

傍の銀狼はナームにゲンコツをもらっていた。

そして俺らを仰ぎ見て叱咤の視線を送ってくるナーム。

背筋を凍らせながら俺はシカトしてやった。

ばれた、マジでヤバい。

火星から来たドラゴンを着込んだ彼女よりも怖い。

今朝方まで続いた宴会の席でナームには内密にと彼らに相談された。

ナームがこの時間軸で進もうとする未来と共に過ごしたいと願ったシロン達に、俺は火星行きの手段を入知恵したのだった。

 猫のしなやかさで左右に進路を変えながら水面を駆けていく黒豹。

後ろ足で蹴られた水面が盛り上がり、3本の太い大蛇となってドラゴンの頭上から襲いかかる。

水大蛇を防ごうとしたドラゴンは顎を開き上空へ咆哮を放った。

超音波だろうそれは安安と蛇達を水滴と変えてしまう。

しかしその攻撃の合間を突いて黒豹はドラゴンの背後に回る事ができた。

黒豹の気配を察して振り返るドラゴンは降り注ぐ大蛇だった水滴でずぶ濡れとなっていた。

今度は黒豹が獣の咆哮を発すると、長い髭が震え黒い雷がドラゴンに向かって迸った。

濡れた鱗が水面の波紋のようにうねり動きを止めたドラゴンを追撃すべく動いた黒豹は頭上から雷を放つ姿勢をとった。

電撃に耐え全身の痙攣から解放されたドラゴンの尾の付け根が膨らんで、その先が細い蛇の頭に変わった。

一瞬で黒豹の背後から近接し上を取った。

気配を察したか雷撃攻撃から回避へと姿勢を変えたが間に合わず、光速の鞭と化した蛇の頭に叩かれた。

落ちた先にはドラゴンが大口を開けて待ち受けていた。

閉じられる口、咀嚼する顎、嚥下する喉。

そして奥歯の隙間から黒い塊が湖面へこぼれ落ちる。

そして流れ落ちる俺の冷や汗。

ナームが俺に向けてくる軽蔑の眼差しの光が眩しくなる。

勝ち誇った咆哮を放つドラゴンの前に、ナームの傍にいたはずのドラゴンと比べると小さすぎる銀狼の姿があった。

湖面に浮かんだ黒と白の獣の背中を見つめ小さく吠えた。

銀狼の髭から光の糸が現れて二つの遺骸を掬うと湖畔の神社へ運んで行った。

正面に現れた銀狼をただ見つめ二つの影をドラゴンは動かず見送った。

銀狼はゆっくりドラゴンに背を向けて湖面を歩み、直接攻撃の間合いを外した位置で再度ドラゴンと対峙する。

しばらくして目に見えるほどの闘気を鼻先で膨らませ、その塊をドラゴンへ向かって放った。

ゆっくりと宙を飛んだそれが身構えるドラゴンの胸に吸い込まれる。

その瞬間、ドラゴンの絶叫が湖面を波立たせた。

痛みに身悶えしながら見開かれた視線は銀狼を射抜いていて、正気を喪失した闘牛の眼孔のように血走っていた。


「俺の大切な女神様も見てるし、俺の育てた弟子たちも応援してくれてるのでね、少しだけ本気を出させてもらうよ、エルフ狩りのレッドドラゴンさん」

「ぐおおおおおおぉー」


銀狼が視線だけ背後のナームと神社に向いた。

社殿の方に俺も注意を向けると、数えきれない獣妖怪達が屋根に壁にと張り付き観戦しているのが見えた。

ドラゴンの咆哮で戦闘が開始され間合いが瞬間で縮まる。

直進した銀狼に右の爪を縦に振るい切りつけたドラゴンをしなやかな身のこなしで交わした。

空中で回転している銀狼の腹めがけて、翼竜の翼にある鉤爪を体を回転させながら横払い、前足で受け流す銀狼。

その脳天を光速の鞭と化した蛇が貫いたように見えたが、銀狼の姿はかき消えて最初に闘気を放った場所へ現れた。

勝利を確信したであろうドラゴンが怒りの咆哮を放った。

音波攻撃だったであろう波を軽く首を振ることで銀狼は消し去ってしまった。

再度間合いを詰めようと始めて自分で突進を始めたドラゴン。

その歩みはすぐに止まってしまった。

右肩、左肩、尾の付け根、そこに3匹の銀狼の姿が現れ秒で姿が消える。

元の位置に現れ小さく「ワンッ」と吠えた。

ドラゴンの両腕と尾が身体から切り離され、重力に引かれて湖面へ吸い込まれるようにゆっくりと落ちていった。

事態を察したドラゴンが再び咆哮を放つ。


「俺は昔っから強かったんだぜ」


銀狼はゆっくりとドラゴンへ歩み寄った。

その姿は徐々に人の姿へと変わっていく。


「今までで俺が本気で戦って負けたのは世界の理を知らず弱かった頃にルーゾンと闘った時だけなんだぜ」


歩む姿はドキア時代の騎士の姿になったシロンが腰に手をあて、怒りに歪んだ凶悪な面持ちになったドラゴンを見上げる。


「ナーム様にもシャナウ様にも、毎回負けてやってたんだ。 知ってただろ?」


ドラゴンの濡れた鱗が陽炎のように歪んでいく。

そして赤い霧となって上空へ登っていった。


「そんな事ないわ、私がいつもしっかり勝ってたわ。 連戦連勝だったのよ」

「勝たせてあげてたんだよ、シャナウ様」


赤霧が晴れたドラゴンが立っていた湖面には銀色のモガ服に身を包んだエルフが佇んでいた。


「今回は俺たちのわがままに付き合わせて悪かったと思ってるよ。 ヤナ役回りさせたね」

「そうよ、姉様が眠りから覚めたって連絡もらったのはいいけど、ここ来る途中にジンジロゲが変な事させようとするんだから!」


成熟した女性の身体を持つ妖艶な美女エルフとなったシャナウが右腕をあげ人差し指で俺を射抜いた。

やはり俺の事怒ってる、恐ろしくて股の間が痛い。


「小さき御仁に懇願したのは俺らだから、怒らないでやってくれよ」

「生き物を殺すのは気分がいいものじゃないんですからね! わかってるでしょシロン」


俺へ向けていたシャナウの人差し指がシロンの方へ向いた時、突然シロンが突進した。


「今回もシャー姉ちゃんの勝ちでいいよ」


そう言葉にしたシロンの額の中央に、シャナウの人差し指が深く沈んでいた。


「俺、二人の弟で本当に良かったと思ってるんだ。 だからこれからもずっと一緒にいたいんだ、またすぐに会おうね、姉ちゃん達・・・」


最後の言葉は細くなり、そしてドキア時代の騎士の姿が中年の栗磯姿に徐々に変容していった。


「手段は色々あったでしょうに・・・、おバカな弟役を辞める気はまだ無かった様ね」


少し陰った笑みで栗磯を見つめその体を抱きしめながら視線はナームを向いた。

数千年ぶりの再会であったろうに二人の笑みは悲しさを帯びていた。

ナームと見つめあったシャナウは小さく頷き、湖面を滑るように進んで栗磯の身体を抱いたまま社殿へ向かっていった。

 そして俺の前には胸の前で腕組みし睨みつけてくるナームの姿。

怖い。

でも逃げられない。

俺は彼らをこの場で見送る義務があるのだ。


「この状況を作ったのはアンタでしょ!」

「・・・はい、その通りでございます」


直立不動の姿勢で激おこエルフに答える。


「他のやり方もあったでしょうに!」

「はい、時間の猶予がありますれば、いくつか方法はありました」

「そうよね。 私に相談しなかった理由を教えなさい」

「シロンにサラにテパ。 彼らの固い決意をナームに判って欲しかった、からであります」

「時間ならいくらでもあるのよ? わかってる?」

「ナームの後ろ髪は短いからであるのである」

「何それ、昔は短かったけど今は長いわよ! 寝てる間に伸びたんですから」

「幸運の女神には前髪しかない、そうであります。 期を逃すな、の意味であるのであるな。 ナームは思考し行動するのが早すぎるから、側近の我らとしては先を読んだのであるな」

「うちの女神様は突然居なくなるから、皆んな心配なんだよ。 今だってそうだろ? 俺らにだって内緒にしてピピタちゃん呼びつけたじゃないか。 今日火星に行く気なんだろ? ミムナにその体返しに行くんだろ?」


女神の怒りが薄れ視線が中を泳ぐ。

俺は地球に生を受けて昇華した意識が地球を離れることの難しさを語った。


「この地球にいる生命は他の星では生きていけない。 でも、魂は別なんだよな。 ナームが火星に行った時だってそうだっただろ? ガイア地球が育む宇宙と火星が育んだ宇宙とでは生命の根源が違いすぎるだ、魂が星と星の海を渡るにはその星の体を脱がなくてはいけない俗に言えば死ななくてはいけない。 それも記憶を忘れ彷徨う魂になる自死じゃない方法でだ。 それで敵役をシャナウに無理やり頼んだんです。 彼らの今生を終わらせてもらいたくて」

「そんな酷いことシャナに頼むなんて、アンタら最低ね!」

「三人共自分の今生を終わらせてくれる相手は強者のエルフであるシャナウ様しかいないって・・・」

「だからって、今回のあの子達の今生を終わらせなくったって・・・」

言葉途中でナームは戻ってきたシャナウに強く強く抱きつかれた。

そして俺たち3兄弟は湖奥深くへと叩き落とされた。

日本でも指折りの水深を誇る固定で、シャナウの拳でひしゃげた顔を撫でながら癒してやる。

三郎はくの字に背中側に折れた背骨と顎の下まで潰された右肩を湖底の岩肌にぶつけて直しておた。

ナームの封印が施された石鹸箱は無傷なのには少し苛立ちを覚える。


「折檻は今ので終わってくれたであるかな・・・?」

「わからんね。 俺らはともかく、シャナウの怒りの矛先は四郎だったからな」

「・・・」

「まぁ、何はともあれ、追撃覚悟で浮上せねばならぬのであるな」

「そう、こじれた関係は時間が解決するとかって嘘だからな。 謝るのは早いに越したことはない。 事から逃げれば修復不可能な事態になりかねんからな」


固定での石確認は短い時間で終わり、暗い水中を上へと向かって浮上し始めたのだった。

次は、元旦の午後

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