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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
152/156

黒く黒く暗く、そして消える



白熊に羽交い締めされた亮介が寿の間から退出していった。

風呂から上がって間もなく帰ってきたナーム達3人と、美沙親子3人、大女将と女将にダミニとポリーナは家族用の囲炉裏2つを囲んで夕膳を食しながら雑談に花を咲かせていたが、自分の膳を早々に平らげたポリーナは

「本番前の予行練習に付き合えゾウリムシ兄貴!」

と少し赤く染めた頬で言い放つと白熊に姿を変えて亮介を拉致していったのだ。

「婚前交渉はダメ!」

腰を浮かせた絵里恵を隣の美沙が裾をつまんで引き止める。

「二人共おとななのよ、わかってあげなさい絵里ちゃん」

周囲に視線を走らせ賛同者を得れなかった絵里恵はストンと腰を下ろす。

「三ツ岩の爺さん連中から孫がほしいと命令されたとは聞いていたが、二人共まんざら嫌い合ってる風ではないではないか」

冷酒をグラスで煽り黒磯が豪快に笑う。

「ポリーナさんの言動は粗野な所はあるみたいですけど、聡明な女性なのです。 しっかり見定めれば亮介さんは優良物件ですわ」

「母さん本当にいいの兄貴達の事?」

「若いけど責任が取れる大人同士なのですよ、心配しなくて大丈夫ですよ」

「そうじゃ、クソガキ達のしとね話しなんぞはどうでもよい。 それよりナームよ説明してくれるのじゃろ? あの“黒石”の件? この場に残った連中には気兼ねすることもなかろう?」

眼前に在る膳の皿に載った素焼きのクッキーを一口かじり、顎を動かしながら時間をかけて飲み込むナーム。

「“暗黒石”の話の前に・・・、これまで一緒に歩んで下さった皆さんに感謝と謝意を」

ナームは自分の座布団をずらし畳の上へ正座すると、深々と頭を下げた。

「感謝も称賛も気持ちよく受け取るが、謝意とは? それは受け取れんぞ! ナー姉ちゃんはワシらに謝ることなど何一つして無いではないか!」

「そうですわナーム様! 謝られる必要などありませんわ!」

「ナーム様頭を上げてください。 そんなナーム様の姿見たくありません」

ダミニは駆け寄り背と肩に手をかけ起こそうとするが腰は折られたままで動かない。

ナームの頭上から小さな光点が現れ襖に移動すると弾けた。

光量が減り窄めた瞼を開けた居合わせた全員の目に写ったのは奥行きのある3D映像だった。

手を伸ばせば触れられそうな世界がそこにはあった。

リザードマンの軍勢と妖怪連合が酷寒のシベリアで死闘を繰り広げる景色。

甲冑と騎馬隊の軍勢通しがぶつかり合い血飛沫に怒声と悲鳴が鳴り響く。

高位な聖職者の前に並び立つ十字架に掛けられた女性達の足元に火が付けられ号泣の中焼かれていく。

手足に鉄輪が嵌められ鞭打たれ苦悶の中働かされる男達。

狭い部屋に押し込まれ有毒ガスで息絶える人間。

飢えのために自分の親を殺め笑みを浮かべながら四体の入った鍋をかき回す子供達。

その後も、戦争や疫病そして自然災害と凄惨な場面が映っては消えを繰り返した。

それを見せられていた一同は眉をひそめる者も目を背ける者も無く、無言のまま見続けた。

ナームが投影した3Dは消え皆の視線がナームの所へ戻っても、ナームは低頭したままだった。

「ナー姉ちゃんは何が言いたいんだ? 今見たのはここの全員が知ってる出来事だぜ、今更見せられても別に驚くほどのことじゃねえし。 まして、ナー姉ちゃんが頭を下げる事でもなかろう?」

同意の意味で頷く一同。

「あの凄惨な所業は全て私が原因なのです」

「いや、待ってくれナー姉ちゃん。 あれは鱗族の連中が仕掛けた悪行だぜ? なんでナー姉ちゃんのせいなんだ? それに親玉の“邪神”だって一昨日ナー姉ちゃん自ら粛清してやったじゃねえか?」

「・・・“邪神”は私なのです」

「そんな事在るわけねえだろ? 意味分かんねえぞナー姉ちゃん!」

「そうだナーム。 その説明だとみんなに分かってもらえねえぞ」

ナームの頭の先に緑のジャージ姿のジローとサブローが姿を現した。

「この事は張本人の俺らから説明しよう。 まず・・・」

サブローが小さな光の粒と化しナームの時と同様に襖を白く光らせた。

「ナームが謝りたい気持ちになっているのは今の時間軸を自分が創ったと思っているからだ。 ただ、正解であり誤りでもある」

光のスクリーンには“進化の樹”に似た姿が現れる。

「俺らの現在を示すのは、ここ」

木の中央の先端に赤い光点が現れ点滅する。

「そして、ナームがドキアの樹海で目覚めたのはここだ」

幹が最初に枝分かれする部分に光点が現れた。

「さて、ここに居るみんなは“解脱”しているから、この樹が一本でないのは知っている通りだな」

映像の樹がブレて2本になって、そして又ブレ増え続け林が森になっていく。

「これがガイア地球でガイア宇宙だ」

美沙と絵里恵だけは手を取り合って真剣に見入っているが、他の連中は軽く頷くだけ。

暗かった森の画像が薄れ一本の樹になる。

そして、黄色い光点が先端に一つ点滅していた。

「あれは山上光夫。 もちろん過去のドキアに行かない宇宙もあり、時間の幹に飲み込まれ消えるただの一生を送っていただろう。 その場合は火星や銀星の侵略もなく、不思議な力が使えない俺達の様な存在が無い世界」

黄色い光点から下に向かって赤い帯が伸びて最初の幹の枝まで達した。

「それでも山上の記憶には、さっきみんなが見た凄惨な光景の歴史があった」

 重なるようにもう一本の樹が現れ山上の黄色い光点横に新たに現れた赤い光点が動いて、もう一本の幹の最初の枝まで移動する。

「あのドキアの樹海で目覚めたナームは、元の体の持ち主に体を返すことと、みんなと楽しく暮らすことを強く望んだんだ。 もう元の時代へ戻ることを諦めるくらいには・・・」

新たな樹へ移動した光から赤い帯が枝先へ向かって伸びていく。

「火星から帰ってきたこの辺りで俺がナームの意識からこぼれ落ちたんだ」

「日本で死んで狼に生まれ変わったワシに会いに来た時だな?」

「そう、そしてアトラへ出掛け、アレクの街でサブローが誕生し片腕を失ったナームはドキアヘ帰った」

未だ頭をあげないナームの浴衣の袖が動き、袖口から何かが飛び出し部屋の中央に落ちる。

それは呪文らしき文字が書かれた帯が幾重にも巻かれた水色の石鹸箱だった。

瞬時にダミニは黒豹の姿に変わりナームをかばう位置に立ち、真希は鉄扇を広げ氷の壁を出現させ石鹸箱を取り囲み、栗磯は抜身の長剣シリウスを寸止めで突きつけた。

大女将は黒竜の姿で美沙と絵里恵の前に出て青い炎を牙の隙間から漏らしながら威嚇する。

居合わせた者が瞬時に戦闘行動とるほどに、その石鹸箱からは邪悪な意識が漏れていたのだ。

「その続きは“和多志”が語ろう」

石鹸箱の上に小さな黒い炎が灯り言葉を発する。

「腕を切り飛ばされたナームを見た“和多志”は恐怖したのだ。 あのドキア時代に転移する山上光夫が誕生することを確認せずナームが死ぬことはあってはならないと。 そして、ナームに知られぬように“和多志”は鉄星の地球侵略の拠点である月へと旅立った。 目的は山上光夫へ時間軸を繋げる為だった。 しかし、そこで知った銀星と火星の計画は“和多志”の求める起点への帰着には至らぬ悍ましい物だった」

邪気からは敵意が発せられていないと知ると、周囲の戦闘態勢は少しずつ軟化していく。

「昇華された100億の魂を一度に喰らう事で奴らは神に成ろうとしていたのだ・・・」

「ぐぬうぬぅー。 我らが禁じた他力に頼った到達者になる道・・・。 なんと、解脱して尚、短略的な思考に至る魂だったのか、異星の連中は・・・」

つぶやく栗磯はスクリーンに視線を移し、映る樹が逆さとなり、地中に入って根に変わる所に巨大な一つ目が在るのを見て苦悶する。

「さしもの火星の民も銀星による母星の攻撃によって、地球の100億の魂を喰らう計画は断念し別の道を模索することと成った。 ナームと言う旧知の魂に到達者が現れたのだからな」

「ナーム様がガイア地球と同化されて眠りに入った後、ミムナ様はじめエルフ属が火星へ帰られたのは、新たな道が見つかったからなのですね」

真希の広げられた鉄扇は閉じられ、合点が行ったとばかりに腿に当てられ小気味好い音を響かせた。

「されど月にあって、その道を押し進めるシルフ総督は地球周回軌道へ投入後時期を待って眠りについた。 高位の魂を持つ人間

100億人に達するその日に向けて」

石鹸箱を取り囲んでいた戦意を解いた者は各々元の席へ戻ったが、ダミニだけは人の姿に戻ってもナームの前からは位置を変えなかった。

「火星から地球に生まれ変わった魂たちも、リザードマン率いる人間たちも自勢力増大のため小競り合いはあっても増え続ける人間たち。 そして山上の記憶にあってこの時間軸に無かった悪魔に“和多志”は成ったのだ。 人の数が100億に至っていなかった、山上の記憶にある悲劇を“和多志”のこの手で起こしシルフに地球の民を奪われないように、そして出発点へ帰る為に」

腕組みし考え込む栗磯。

真希はナームの傍で片膝をつき「お気持ち察することが出来ず申し訳ありませんでした」と涙ぐみながら背をさすっている。

「ナーム様は頭を下げる必要なんてないわ! 私達を助けた他にもっともっと沢山、銀星と火星の迷惑な戦争で怪我した地球だって救ってくれたじゃないですか」

絵里恵は盛大に泣きながら叫んでいる。

「目的の時間に帰着して、あの洞窟で“和多志”は消滅するはずだったのだが、自滅の手段もこの印で奪われてしまった。 ナームの盟友の方々後生である、“和多志”を滅してはくれまいか」

「シローを月へ向かわせたのは、俺が立案したことだ、俺も一緒にお願いする」

「一切承知で同胞を騙していた私も同罪なのである、よろしく頼み申す」

ジローとサブローが石鹸箱の両脇で頭を下げて首を差し出す姿勢で固まる。

栗磯は首をめぐらし一人ひとりの表情を探るが、この場の打開策を思案している様子は無く皆困惑している。

妙案が浮かばないまま気まずい空気だけが続いた。

「あぁーつまらん!」

いきなり大女将が叫んで炭火の岩魚を貪った。

「旨い酒の席で酒の不味くなる話を永遠と続けおって、ほれみろ、岩魚がカラッカラに乾いてしもうたじゃないか! ほれ皆落ち着いて座って飯を食え。 あのナームが困って助けを求めておるのじゃ、皆で知恵絞らんでどうするのじゃ? 受けた恩を返す又とない機会なのじゃぞ!」

「小さきお方よ! 儂らはお主らを咎める気は持ち合わせてはおらん、ナーム様に対しても敬う気持ち以外持ちようがない。 そうだなナー姉ちゃんの気持ちを晴らして恩を返せるなら、皆よ知恵を絞ろうではないか! 酒だ酒だ、野口も咲夜も呼んで追加の酒とつまみを持ってこさせろ!」

大女将の一言で宴会モードに急変した寿の間。

畳に向けられていたナームの視線も次第に上がり、こわばった表情がへににょっと緩んだ。

「みんな、私のわがままが今の時間軸を固定させてしまったのですよ、みんなを苦しませたのですよ?」

自分を攻め咎めるように懇願する瞳が潤んでいる。

ジロー達は微動だにしていない。

「幸せな時間を、充実した人生を、数え切れないくらい頂いたのは儂らの方だぜ? ナー姉ちゃんのわがままの一つや二つ、悪魔の眷属を数万飼ってたって嫌いになったりする訳ないんだ。 なんてたって、俺の大好きな姉ちゃんなんだからな!」

ナームは大粒の涙で頬を濡らした。

ドキアの民の見守り役。

魔法少女に扮しての数多の冒険。

甲冑銀柱を着込んで戦場を駆け抜けた戦乙女。

神の領域に到達しても、エルフに受肉した己は常に孤独感に押しつぶされそうだった。

なので、詫びた。

元の時間に帰る為に大罪を周囲に背負わせてしまったことを。

正確には、山上光夫は誕生していても、全く違う宇宙を創造してしまったことを。


■■■


『エル体』をお読みくださりありがとうございます

しばらく投稿期間が空いてしまいましたが、作者が脳内で構想する終盤パートです

もう数話お付き合い頂ければ嬉しく思います


暇つぶしに成った方、高評価頂ければとても励みになりますので、よろしくおねがいします


次は、大晦日

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