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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
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露天風呂の前に


 重機によって除雪された雪が小さな壁を歩道に小山を作る幹線道路、絵里恵を助手席に乗せた俺の国産SUVは左にウィンカーを点滅させいつもの自動販売機の前で停車した。

「後ろに車居ないから急がなくていいぞ絵里」

「はいよ!」

妹は車から下りて小走りで自動販売機に向かって行った。

幹線道路とは言っても道幅の狭くなった雪国の道路では、飲み物を買う為の一時停止であっても迷惑に成るので気を使う。

特に仕事が役所務めとあって、小心者の俺は近隣住人の目を気にしてしまう。

大きい街ではないので生活道路に走行車線を塞ぐ形で停車して、後ろを走行していた車が対向車を交わすため通り過ぎるまで待つような事態が発生すれば『公務員が職権乱用して渋滞を発生させている!』と町民相談窓口に電話してくる。

暇な主婦なら部屋で韓国ドラマでも見てればいいのに、気忙しく周辺を観察してへりくだる役所の窓口に不正を見つけたとばかりに電話してくれる。

一時期のマスク警察とかワクチン監視員なんかの時は、暇な主婦ばかりではなく、暇な年金生活自宅警備員まで相談窓口にモラル違反通報してきて窓口担当の派遣のおばさんが軽い鬱病になってしまった。

テレビが醸し出す今の常識に踊らされているのが分からない可愛そうな人達だとはいえ、住民の納税があって運営されている役所は下手に出るしか無い。

「自分の常識は非常識、他者に強要してはならない!か・・・。 だれの言葉だったっけか?」

「はいよ!」「サンキュ!」

ドアが開けられホットのブラック缶コーヒーが宙を舞って俺の両手に収まる。

「なに独り言いってんのキモオタ兄貴?」

「うっせぇわ」

妹がシートベルトを装着したのをインパネのベルト警告灯が消えた事で確認しアクセルを踏み込む。

後続車が近づいていたので制限速度まで限界の加速をさせた。

圧雪路面でも電子制御のミッションは四輪を空転させること無く力強いトルクを伝える夏場に近い軽快な走り。

「キモッ!」

俺の頼もしい友であるSUVに向けた微笑み、に対する妹の感想に無言を貫いた。

年の瀬も迫った12月30日、俺は目的の白湯に向けて車を走らせる。

 流行り病の症状が出た為、自主休暇を願い出たのが乗る予定ではなかったあの飛行機の離陸した直後の機内。

あれから役所は休み続けて年末の休日と連結され今日に至る。

あの旅の出来事は俺の常識ではあり得ないことの連続だった。

夢か幻であって欲しかったが、体感したことは現実だったと俺自身の心が認めている。

帰りの機内で俺の疑問を解消しようとしたが、乗客のほとんどが爆睡しており、唯一起きていたポリーナに至っては「ナーム様のお世話の邪魔をするなら、殺す!」と真顔で言われてしまい断念せざるをえなかった。

結果、誰とも口をきかぬまま日本を出発した時と同じ空港に到着、妹以外の同行者とはそこで解散、二人だけで自宅のアパートに帰ったのが昨日の夕方であった。

しつこく付き纏っていたジローとか言う餓鬼も姿を見せていない。

妹絵里恵に至っては「キモイ・うざい」を筆頭とする罵詈雑言、そしてさっきの「はいよ」以外会話は成立していない。

今朝母さんからの電話があって「年末は昔みたいに白湯で過ごしましょう」と誘われたからの兄妹のドライブ。

小心者の俺の胃に穴が空くんじゃないだろうかと心配しながらブラックコーヒーで喉を潤した。

「なぁ絵里、ちょっと聞きたいことあんだけど?」

「私に?」

「そう」

「昨日までの事?」

「そうそう」

「無理!」

「なんでだよ! 少しは教えてくれたっていいじゃないか!」

「それじゃぁー、十五夜にお団子とススキを供えて愛でるものってなぁーんだ?」

「小学生のなぞなぞかよ?」

「いいから答えて」

「お月様だろ」

「そう大正解!」

「バカにしてんのか絵里?」

「お月様はね、12000年前に地球侵略しに来た宇宙人の宇宙船なんだよ! しってた?」

チラ見した妹の顔はいたって真面目な顔である。

「ネットの都市伝説とかSF小説とかではそんな話も在るのは知ってる」

「あれ、マジ!」

「マジか? マジなのか? いや、まさか・・・。 ちょっとそれは信じられん。 50年以上前にアポロは月の石持ち帰って研究してるし、ここ最近日本のJAXSAだって調査衛生飛ばしてホームページに写真載せてたりするけど、異星人の宇宙船で地球侵略とかは物語の中だけなんじゃないか」

「そう・・・、だから無理・・・。 この前の事で兄貴とは話はしない」

頬を膨らませているが目がとても悲しそうに見えた。

その後機嫌を戻そうと何度も話しかけたが、目的地に到着するまで視線すら合わせてくれなくなった。

俺の胃よ頑張って耐えてくれ! と願いながら安全運転に心がけた。


▲■▲


 宿に到着し車寄せで妹を降ろして少し離れた従業員用の駐車スペースに停車させた。

いつものお風呂セットと着替えが入った小さなバッグを手にし俺も玄関に向かった。

利用客用の駐車スペースには片手で足りるくらいの台数を見かけ、お昼過ぎの入浴利用客としては少ないと感じた。

「地元客は正月前で忙しいだろうから、年越し宿泊客は今日の夕方からかな?」

綺麗に除雪された道をぶらぶら歩いて渓流に掛かる小さな橋まで到着して歩みを止める。

秋に葉の色を変えて冬には枝だけに成る秘境温泉宿の山々は、白と黒の水墨画を鑑賞してる感じがしてとても気に入っている。

特にこの橋から上流を望むアングルは格別だ。

渓流が左右に流れを変えて細く山に解けて、先にある陽の光で輝く雪と峰が絶妙な影を作り出し青空へ登る白竜に見えるのだ。

それもこの年末の時期の昼過ぎだけにしか見れない、大女将からこっそり教わった絶景スポット。

「亮介さんも『昇り白龍』知ってたのね」

「あ、ここへ来てすぐの頃、大女将に教えてもらったんですよ。 女将、また年越ししに来ちゃいました、お世話になります」

玄関から歩いてきたのであろう女将の真希さんに声をかけられた。

「ここの宿は亮介さんの家なのだから、ただいま。 でしょ?」

散歩の時に持ち歩いている細身の杖をクルクル回しながら笑みを浮かべている。

「ただいま」

「おかえりなさい亮介さん。 ところで絵里ちゃんと喧嘩でもしたの? 盛大に廊下の床踏み鳴らしてお風呂へ歩いて行くのを見たわよ?」

「喧嘩と言うか、あの旅行からずっとまともな会話ができてないんですよ」

「そうなのね・・・。 亮介さんはナーム様が宿に来たあの夜からの出来事をどう思ってるのかしら?」

「・・・今までは考えもしなかった事が、現実として身の回りにあった。 実体験したいろんな不思議は認めなければならないのですけど、どうしたら良いか自分でも分からないのです。 だから真実を知りたくて妹に聞こうとしたのですが拒否られまして」

「そうだったのですか。 イベント盛りだくさんで、濃厚キャラ総出演みたいな日々だったでしょうから、兄妹の会話が弾んでも良さそうな感じでしょうにね」

少し困った表情をしながら杖先をクルクル回している。

「妹と仲良くしたい訳ではないんです、二人でアパートぐらしなんでこの先険悪な関係にだけは成りたくないので、この前の事を自分なりに納得したいだけなんですけど」

回る杖が指し示す俺の後ろで物音が聞こえたので何気に振り返って見たら、小さな旋風が駐車場を除雪していた。

器用に舗装された駐車場の敷地を舐め回し集められた雪が一本の柱に成って橋の下流へ飛ばされていく。

まるで透明なロータリー除雪機が作業してるかのようだ。

「真希女将・・・、あれは・・・?」

「昨夜降った雪の除雪してるのよ。 冬場の除雪と秋の枯葉のお掃除は私の担当なのは知ってるでしょう亮介さん?」

「そ、そうでしたか・・・、でも、やってる所見るのは、初めてな、気が、します・・・」

「そうかしら? でも、除雪中に私が作った雪ダルマちゃんとここで鬼ごっこしたのは?」

小学校の低学年の記憶に雪降駐車場で妹と友達と鬼ごっこや雪合戦をした記憶はうっすら在る。

真希女将が近くに居て・・・、妹が居て、他に遊んだ友達・・・、顔がどうしても思い出せない。

「雪合戦も、しましたっけ?」

「そう、してたわね。 雪玉が絵里ちゃんにぶつかって盛大に泣いちゃって、投げた雪ダルマちゃんと亮くん取っ組み合いの喧嘩に成っちゃって、ここの宿に来て初めての冬だったかしらね」

「あははは、あの時は幼かったですからね」

乾いた笑いしか出せなかった。

少しずつ思い出してきたあの頃の記憶。

この秘境温泉には普通に妖怪が居たのを俺は知っていたではないか、なぜ今まで思い出せなかったのだろう?

俺は先日の出来事の訳を妹に聞くばかりで、自分の記憶を掘り起こすこともせず今の自分の常識で妹の話を都市伝説やSFと断じたのだ。

会話を続ける努力をしていなかったのは俺の方らしい。

あとでしっかり謝らねば。

「おいクソガキ! そんなとこで真希の仕事のジャマせんと、こっちこんか!」

宿の玄関先から大女将の叫び声が聞こえた。

「俺のことクソガキよぶんじゃねえよクソババァー!」

条件反射で俺も叫び返す。

「炭火で炙った猪肉が炭になっちまうじゃろ! 早くこっちこんかぁー!」

片方の手を大きく振ってまた叫ぶ。

「大女将無事に帰ってきた亮介さんにとても会いたがっていたのよ。 昼から亮介さんのために、お肉炙って、お酒お燗したり、岩魚に焼串さしたり、ふふふ!」

「女将、クソババァの大声で雪崩がおきたらまずいんで行きますね」

「そうね、早く行ってあげて。 あとさっきの兄妹喧嘩の話、美沙さんにちゃんと相談しなさいね。 それとナーム様なら良い知恵をお貸しくださるかもよ」

「真希女将にまで心配させてしまったみたいで、すみません」

俺は大女将が又大声を張り上げないように小走りで宿の玄関へ向かった。


▲■▲


 炭火の網の上で炙られたイノシシ肉で香ばしい匂いが充満した囲炉裏がある寿の間。

前回の大宴会場スタイルとは違って俺が昔から知っている家族用に狭く仕切られた部屋。

大女将に強制的に連れ込まれ、湯呑に注がれた熱燗におつまみは猪肉を粗塩とハーブ。

夕食の入浴前なのに二人だけで酒盛りしていた。

下処理はされていて歯応えがあり、味わい深いと言えば聞こえは良いが、固くて癖のある肉である。

だけど俺は小さい頃からとても好きな肉料理だった。

なにせ飲み込むのに普通の倍以上咀嚼しなければならないまで固めに炙った肉なのだから、これを食べている間は会話をしなくて済む。

宴会場を静かにさせる蟹一杯、みたいな存在を大女将と向かい合って貪っていた。

「婆ちゃん母さんは?」

「年越しの予約客が来るでな、仕事中じゃ」

「あそう。 で婆ちゃんは仕事しないで俺と酒飲んでていいのか?」

「クソガキはこの年寄りに仕事させる気か? 年寄りこき使ったら山から青鬼が下りてくるぞ! まったく、最近の若い奴は!」

硬い肉を口に入れて熱燗を口に含む。

そしてゆっくり口の中で混ぜて肉を柔らかくし、細かくなった肉汁と混ざった酒を喉を通してやる。

「久しぶりだけど、うまいよ婆ちゃん」

「そうじゃろ、晩飯前にこうして隠れて喰うのがうまいんじゃ」

なんだ、やっぱりサボってやがったのかと思ったが追求するのは辞めておいた。

「そう言えば、この間絵里が体調崩したとき青鬼さんにお世話に成ったんでお礼言いたいんだけど、婆ちゃん青鬼さん知ってるか?」

「あぁ知ってる。 今仕事中だから晩飯の後でも構わんじゃろ?」

「仕事中?」

「クソガキが言うとるのは青鬼の森田じゃろ? 今晩来る客の夕食の仕込み中じゃよ」

昔から知ってるここの板前さんの森田さん。

細身でいつも優しくて、長い刺身包丁を黙々と砥石で研いでる真面目な職人さんだ。

さっきの真希女将の日常も俺は認識して居なかったが、俺の知っている世界はなんて狭く、そして奥深いものだったのだろう。

見えていたはずの世界を俺は一部分しか認識していなかった様だ。

口休めにたくあんをかじりお茶をすすってしばし思案する。

そうだ、俺の事態を急変させた中心人物を今日は確認していない。

「ナームさんはどうしてるの?」

「用事があると言って、今朝早くに出掛けて行ったわい。 晩飯前には帰って来るじゃろ。 飯には煩い栗磯が一緒じゃからな」

大女将に生返事で返し一連の説明をナームさんに聴くことを決めた。

周囲から情報を集めて俺が道筋を想像するより、本筋の中央を進む本人に確認したほうが間違いないと思った。

あとは、踏み込んだ話を俺が聞ける立場かどうかの問題だ。

今のもやもやを吹き飛ばしてくれるナームさんの返答を期待する俺であった。


次は、露天風呂

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