ジャガイモ
ゴブリン村の採集生活は、毎日村人が森での栗拾いをしていると言っていたので、布織りで人を取られたら生活に支障が出そうだ。 顎に人差し指を当て解決策がないか考えてみる。
一つだけだが思い浮かんだ。
「テパちょっとついて来てもらって良いかな?」
草団子が立ち上がりガサガサ答える。 後ろをテパが付いて来るのを時折振り返りながらゆっくり歩き、一つの草の前で足を止める。
「テパこの草なんだか知ってる?」
「この広場でよく見かける白くて小さな花を咲かせるただの草です」
「じゃあよく見てて」
草をテパと囲む様にしゃがみ込み、茎の根元を掴み上へ引きぬく。 柔らかい地面が盛り上がり丸々としたジャガイモが連なり姿を現す。
「ナーム様これは何なのでしょうか?」
「これ芋なんだけどテパ達は食べた事無いのかい?」
「土の中の物腐っているから食べた事無いです。 食べれるのでしょうか?」
表情は見て取れないが困惑している様子は感じる。 木の実や果物の食生活で地中の根物は口にした事は無いのであろう。
「よし! 試してみようか」
茎に芋をぶら下げたまま東屋へ向かう途中で、固そうな大きな葉を3枚摘む。テーブルに葉を敷き根から外したジャガイモを並べる。 皮袋から水の水晶を取り出し、蛇口から流れる太さで水を出し土を洗い流して一つをテパへさしたす。
「このまま食べちゃダメだからね。 お腹痛くなっちゃうから」
洗い終わったジャガイモを器状にした葉の中に入れて水を浸るぐらいに注ぐ。 水がこぼれない様に気を使いながら紐の端で縛り東屋の梁へ結んだ。 俺の膝高さで揺れる膨らんだ葉の下に火の水晶を置き手をかざす。 葉が燃えない様に熱風のイメージで体温を送り込み簡易の鍋に湯を沸かす。 横に立っていたテパは興味に我慢しきれなかったのか、頭の部分の葉を手でかき分けて整った小さな顔を出す。 生の手にしたジャガイモと湯気が登って来た葉の鍋を交互に見ていた。 茹で上がるには少し時間がかかるので説明する。
「これはジャガイモって言って土の中に出来る食べ物なんだ。 食べるには綺麗に洗って熱を通さないとダメなんだけど、とっても栄養があって美味しいんだよ。 ただ塩をかけても良いけど、バターをつけると最高なんだ! どっちも無いとは思うけど・・・」
テパは不思議そうな顔をしただけで何も言わなかった。 水晶の使い方は飛行術の休憩時間に試行錯誤し色々な使い方が出来るまで上達している。 こんな実演販売的な茹でジャガで使用するとは思っていなかったが、スキルを増やしておいて良かったと思った。
湯気が少なくなったので、かざしていた手を離しテパに向き直る。
「ジャガイモは柔らかい土がある所だとどこでもよく育つんだけど・・・」
言いかけてやめる。 ゴブリン達は移動して採集生活している。定住しての耕作はしていないので余分な知識は邪魔になると思い伝えることを限定することにする。
「さっき抜いて沢山採れたけど、一番大きなのを一個は土に返して欲しいんだ。 テパがいつも食べている栗は木の上から落ちて来るよね。 でも木を切っちゃうと栗はもう落ちてこなくなっちゃう。 ジャガイモは草なんだけど抜いちゃって全部食べちゃうともうジャガイモはそこに無くなっちゃうんだ。 いっぱい採れたうちの一個だけ土に返せばまた草が生えて同じだけ採れる。 それをずっと繰り返せるよ」
真剣に聞いている顔をしているがどこまで理解しているかは全く不明だ。 とりあえず、ジャガイモの根絶だけは避ける説明をしておく。
「そろそろ食べられるかな?」
縛った紐を外しテーブルに置いて広げてみる。 テパは興味津々で覗き込んできた。 湯気と一緒に茹でジャガの匂いが鼻に届いた。 ただのジャガイモの素茹でにこれほど食欲をそそられるのは普段の質素すぎる総合栄養サプリどんぐりのおかげだ。
「姉様—!」
空から聞こえるシャナウの声。 午前で終わる予定の務めを終わらせてきたのであろう。 完璧な動作で滑空から上体を起こしフワリと両足で間近に着地する。 彼女も毎日顔を出し飛行術上達の手助けをしてくれていた。
「テパ?」
葉の塊を見つけ声を掛ける。 不思議な事に、シャナウには何故か葉の塊を見分けることが出来た。 相手を分かろうとするエルフの力なのだろうが、俺には外見では全く区別がつかない、本当に不思議だ。 テパは一歩退き草団子の姿勢になる。
「シャナウ様」
「テパは栗拾いの途中休憩? お疲れ様。 姉様もお疲れ様」
「シャナも午前中のお勤めお疲れ様。 一緒に休憩しよう」
「姉様この葉っぱの上にある暖かい石ころなんですか?」
湯気をあげる茹でジャガを人差し指でツンツンしながら聞いてきた。 硬い草の葉を水で洗い、ジャガイモを切れるか試してみたら、中まで柔らかくなったらしくすんなり切れた。 この地で初の調理? なので他人に勧める前に自分で口にする。
「本当に食えるか、最初に味見するね」
小分けして人差し指の大きさになった茹でジャガを口に運び味を確認する。
ジャガイモだ。 茹でただけの味が何も染み込んでいないただのジャガイモ。 心に感動とか特別な感情は一切湧いてこなかった。 ちゃんと食えそう、くらいか?
「二人とも食べてみてもいいよ」
話の途中から参加したシャナウは、俺とテパを交互に見返し困惑の表情。 テパは手に取り口に運んだ。しばらく咀嚼し、二口目に手を伸ばす。
「ホクホクでモソモソ」
俺と同じ感想だ味覚は一緒らしい。 テパを観察していたシャナウも手に取り口に運ぶ。
「ホクホクでモソモソ」
テパと同じ感想で内心笑った。
「このジャガイモは、栄養は沢山あるけどそのまま食べると味覚としてはちょっと物足りないかもな。 でも食べ終わった後に口の中がふんわり甘くなるんだよね」
「モソモソ感を飲み込んだ後に口の中に甘さが残ります。 姉様これ意外と美味しいかも」
お世辞も含んだだろうシャナウの味レポにテパも頷いている。
「塩味とか甘味を加えるととっても美味しくなるんだけど、今持ってないんだよね。 テパに試食してもらうのに茹でただけだから」
低い評価に弁解気味に口にした。 いきなり目の前に水晶の小瓶が現れる。
「姉様! 今日の務めで分けてもらった蜂蜜があります! 使ってもいいですか?」
「かけたら美味しくなると思うけど、大事なシャナの蜂蜜使って大丈夫?」
樹海ではとても蜂蜜は貴重な甘味だ。 皆大切にしているのは知っている。
「大丈夫です! 分けてもらったのすぐに使ってしまって、毎回自分で調達しに行ってますから! 無くなっても大丈夫です!」
そんなに食い意地はってる様に見えなかったシャナウも甘いものは好きだったらしい。 少しかけるだけでいいと教えてやり、残りの茹でジャガを小分けしてやる。 全体に薄く蜂蜜を垂らしてからシャナウが口へ運んだ。
「姉様! ホクホクでウマウマになりました!」
胸を小脇にかえ小刻みに横揺れしてるシャナウを見てからテパに薦める。 口に入れたのかシャナウと同じ変な動きをしだした。 俺も一つ摘み口にしてみる。 最初のモサモサ感が、口の中で蜂蜜の甘味に反応して溢れる唾液と混ざり合い甘さを増す。 スイートポテトってこれに近い味だったか? などと思いながら美味さは格段に増したなと感じた。 回し飲みする感じになったが、同じ器で二人に飲み物を勧める。 あっという間に蜂蜜茹でジャガは無くなった。
「テパどうだった? 食べれそうか?」
聞くまでもなかったが、葉っぱの塊がコクコク頷く。 一つだけテーブルに置かれた茹でる前のジャガイモを手に取り、忘れる前に一つだけ忠告しておく。
「テパ、シャナも一緒に聞いて。 ここに少し凹んだ所あるよね?」
ジャガイモの表面の窪みを指差す。
「ここに小さな角が出来るんだけど、それは絶対に食べないでね! 他の人にジャガイモ教える時は必ずこれだけは教えて頂戴! 約束してね!」
二人の反応はない。特にシャナウは食あたりの経験は無いのだろうから。
「角が生えて周りが緑になった所を食べるとお腹を痛くするから」
テパは理解してくれた様だ。
「あと、土からジャガイモ掘り出したら」
「大きいの一個土に帰してあげます」
テパは話をよく聞き理解できる娘だと思った。 シャナウは話の途中から参加したのでキョトンとしていたが、基本団栗以外をエルフは食べないので細かく説明しないでおいた。
ゴブリン村への戻りを告げてきたテパに、糸紡ぎのお願いを再度し別れの挨拶を交わした。 少し長くなった昼休憩を終え、午後の練習科目ドッグファイトのイメトレをしようとしたらシャナウが糸の話に喰いついて来た。
「姉様! テパに話ししてた糸の話詳しく私にも教えて下さい。 テパと二人だけで美味しい食べ物する話!」
顔は今までに見たことがない真剣な面持ちで気圧される。 食べ物で仲間外れにされていたと勘違いしているのか、責められている感じがする。 隠し事をシャナウにするつもりはないのでテパとの話を最初から教えてやった。
なんども頷き、自分の胸とナームの胸を見比べ終いに両手で自分の胸を揉み始めた。
「シャナも欲しい、それ!」
激しい運動は不利に思えるシャナウの大きな胸には、当然ブラジャーを付けた方が動きやすいと中年男の視線で思うのだが切望されるとは思わなかった。分かったからと手で合図しながら練習空域を目指す。 籠り中年男だった俺には女性下着を着ける趣味も幸いなかったのでつけ心地は想像つかないが、今はナームの可愛い低反発保護が最優先のブラジャー作成へ向け決意を固くした。
次は、帝都アトラ




