闇の祭壇
闇の祭壇
先を進む4人とはぐれまいと足は限界を超す歩幅を繰り出し歩みを進めている。
小屋の扉をくぐった先に地下迷宮へ続くゲームでよく見た階段があり、躊躇なく進んだナーム達を俺の足も追いかけた。
入口から下って数十メートル進むと、後方から届く光は失われ周囲は闇に変わってしまった。
天井も壁も床も見えないが前方を進む4人はなぜだかぼんやり認識できた。
足元は硬く平らな石畳なのは感覚でわかる。
何度か進む角度が変わったので、もしかしたら分かれ道があったのかも知れないが、先頭を歩く栗磯の歩みには迷いがなく10分ほど経過した後に通路内をも照らす灯りが前方に現れた。
灯りに近づくにつれこれまで通って来た通路が円形にできているのが分かった。
壁は滑らかで継ぎはぎの無い一枚岩をくり抜いた感じ、役所の仕事関係で様々な土木工事を資料として知っているが、どのトンネル工事の施工方法とも違う気がする。
俺はLV5.0の自動運転と化した身体の頭の中で余計な事を考えていた。
未知なる工法のトンネルを抜けると一行は広い場所に出た。
視界に入ってきたのは高校の修学旅行で一度行った覚えのある、東京ドームを越すだろうと思える地下空間。
天井には太い鍾乳石が垂れ下がり、先端に球体の照明が輝いている。
床は磨かれた大理石が天井の灯りを反射して白く輝き、闇になれた目を細めなければならない程だ。
少し楕円の空間なのか左右の壁より正面が遠く感じられ、最奥には対象的に灯る六個の灯りがあり、4人はその場所へ進んで行く。
俺もついて行こうと思ったが、足は動かない。
・おい亮介、お前はここで待機だ
・はぁ? また、何言ってんだ勝手に?
肩に乗ったジローが俺の体の自由を奪っているのでイラついて大声で怒鳴る。
小屋に入った時も俺は絵里恵の所へ戻りたい気持ちもあったのだが、ジローに操られていた体はナーム達に追従し、さんざん抗ったのはついさっきの話だ。
・ここから先へ行けば、お前の今生はここで終わるぞ、確実に!
・勝手にここまで連れてきておいて何言ってやがる。 お前が守るってほざいてたじゃないか、このクソ餓鬼が!
・黙ってろ。 この場を離れてあそこの連中に混ざれば、俺でさえお前を守れなくなるんだよ。 今から始まるのはナームが歩んできた永き永き時間のケジメだ。 お前はナームが未来を選ぶ今この瞬間を自分の目で見たかったからこの時代へ来たのだろう? ポロア?
・ポロア、ポロアしつこいんだよ! 俺は亮介なんだよ! 勝手に察して俺を操ってんじゃねえぞ、許さんからなクソ餓鬼!
・自分で科した記憶喪失で駄々を捏ねるのもいいがよ、ポロアよ! 俺もナームが選ぶ道が気になってんだ。 近くに行って見たいから黙ってここに居ろ、いいな!
ジローの小さくなる声を脳裏で聞いていたが、突如視界が暗くなった。
▲▲
地下空間の中央を過ぎたころ巨大な銀狼の後ろでナームがつぶやく。
「祭壇があるみたいだけど、お供え物でも持って来た方がよかったのかしら? 」
「ナー姉ちゃんはトカゲ連中と同じ信者じゃ無いんだ、必要ないんじゃないか?」
「あの奥の像気持ち悪いですナーム様」
「模写した絵画では見た事はありましたけど、生命を冒涜してますわね」
「そうね、欲しい物すべて一つにして創造すると、命の営みを汚していますね」
俺はナーム達の直上にいて、4人と祭壇を挟んで向かい合う大きな像を見下ろしている。
今の俺は幽体離脱なのか最初にイギリスへ向かう飛行機で、ナームが水晶に俺を入れた感覚に酷似していた。
また勝手に俺を操りやがってと思ったが、俺は普通の人間なのだ、バケモノに抵抗する術はない。
さっきから心の中で、ジローに何度も文句を念じたが、一向に返事すら返さなくなってしまった。
意識の中で振り返ると、遠く離れたドームの入り口に人影が一つある。
あれは俺の身体で立ったまま微動だにしていない、意識だけまた何らかの形で飛ばされているのだろう、諦めるしか無さそうだ。
「この部屋へ入ったらすぐに攻撃してくるかと身構えていましたから、少し残念ですわ」
真希の言葉で祭壇下まで近づいた全員が見上げるように顎を上げる。
視線の先には、神殿を模した黄金の柱に囲まれた祭壇があり、ひな壇最上部の椅子に座る灰色の石像があった。
蹄に長い黒毛に覆われたウシ科ヤギ属の両足。
腰から首まで淫靡な人間の女。
太く逞しい仁王像に似た両腕。
ヤギ頭から生えた曲がった角が己の瞼を貫きそうに迫り、張り出した鼻の下には鰐の口が人の足を咥えている。
「世界を裏で操る人間達が神と崇めるリザードマン。その彼らの神の姿。 数千年の間に何人の生贄を捧げたのやら・・・。 消えぬ糞尿と臓物の匂い、反吐が出るぜ」
「ナーム様、ここは最奥の部屋、邪神の像と祭壇だけで目的の神とやらは見当たりませんね」
ダミニは臭気を避けるために腕で鼻を覆いながら周囲を見渡している。
「こんな時はあれね、そうだわ、モフの出番だわ。 さぁ、あの祭壇の上に載りなさい!」
「おいおい、何言ってるの? その流れ既視感半端ないぜ、ナー姉ちゃん?」
銀狼の背中を両手で押し始めたナームは今まで見せたことがない笑顔になっている。
「やめろって、押すなって! こんな時に何はしゃいでるんだよ?」
「だって、このシチュエーション。 昔の事を思いだしちゃったんだもん。 さぁ、早く毛皮脱ぎなさいな!」
尻尾の先を掴んで祭壇に向かおうとするナームと床に爪を喰い込ませ抵抗する銀狼。
和んだ空気の中、その横で目を閉じ胸の前で合掌していた真希が左前方に覇気と一緒に両手を突き出す。
空気が凍てつく音が轟き、15mほど先の床から氷柱が数本突き出し壁を形成した。
「私の大好きだった頃のナーム様の話し方。 とっても、とっても懐かしいですが、邪神とやらが現れましたわよ」
真希が防壁として出現させた氷塊が赤黒く染まり始め秒で水蒸気と化し小さくなっていく。
強烈な邪を発する液体が壁際にあった幾つもの壺から溢れ出し、床を波打つように一か所に集まり隆起し始める。
「さて、驚いて様子を見てるところが定番だろうが、俺は敵意を向けてきた相手には油断なんかしないぜ!」
未だ尻尾を掴んだままのナームを庇う位置に立った銀狼は、威圧を込めた咆哮を発すると両前足で光の斬撃を繰り出した。
銀狼の隣には一回り大きな黒豹が出現し、ネコ科の低い攻撃態勢で眉間から火炎の矢で追撃する。
斬撃で幾筋も分断された液状の邪気が、床の大理石も焦がす火炎で焼かれていく。
両手を天井に向けて4人を囲む光の幕を展開したナームの後ろには、巨大な三尾を躍らせる白銀の管狐が宙に浮かんでいた。
首は祭壇と邪神像に向けられていて、怒りで吊り上がった口元に見える牙の隙間から冷気がこぼれ空気すら凍らせていく。
「隠れていても無駄ですわ、我が女神の前に姿を現せ邪神よ!」
低く響く真希の声と同時に3本の尾から針状の氷の矢が数千と放たれ、祭壇と邪神像が粉砕され粉塵が辺りに舞う。
光の斬撃と火炎が止んだ床に焼けただれ黒さを増した液状は、幾分小さくなった感じだが敵意も質量も消滅してはいなかった。
その蠢く邪気が粒となり、像のあった粉塵の中心へ飛翔する。
膨れ上がりつつある邪気に銀狼と黒豹は、液体と塵が集結するひな壇へ向け威力を増加させた攻撃を再度放ち始めた。
管狐も氷塊を飛ばし攻撃に加わったが、塵を飲み込みアメーバー化し盛り上がる邪気が暗い霧を纏うと、それに阻まれ3人の攻撃は届かなくなった。
「みんな少し待って。 邪神が話せる相手だったら話をしてみたいから」
「ナーム様、あ奴には敵意しか感じませんわ。 座して形を成す前に、無力化せねば危険ですわ」
「そうねテパ。 でも敵意であっても意思はあるみたいだし、私なら大丈夫だから」
「承服はしかねるが、ナー姉ちゃんがそうしたいなら、しかたないか。 サラ、テパ、一旦下がる!」
銀狼の言葉に繰り出されていた攻撃は止み、白い薄い光る膜がナームを包む。
続いて赤と青の光る薄い膜が覆った。
「我らはナーム様の背中をお守りするぞ!」
銀狼と黒豹はナームの後方へ移動し管狐と並んだ。
「ありがとうみんな」
会話の最中も蠢いていた邪気が邪神像の形を成していく。
粉砕前は灰色だった表皮は浅黒い肌に脈動する血管が浮き上がり、長く伸びた下半身の体毛は微かな空気に揺れて、濡れた様な全身が艷やかに光る。
呼吸と共に開閉し始めた口から、汚水の匂いそうな唾液が顎を伝い床へと落ちていく。
そして、閉じられていた瞼が見開かれ、縦に割れた瞳孔に赤い光が灯った。
眼前の訪問者が敵なのを認識したのか、身を震わせ深く息を吸うと4人に向かって空間を震わせる咆哮が襲いかかった。
「この次元に受肉して最初にする行動が離魂の咆哮とはね。 それも私達に向かって・・・」
自然界の動物が例外なく死に至る邪神の攻撃なのがなぜか分かり俺は困惑した。
平然と正面から受け続けるナームは小首を少し傾けただけ。
彼らの周囲を囲む光の膜が、咆哮が強さを増すに応じて光量を増し、邪神の意思に抗っている様だ。
咆哮を受けて銀狼・黒豹・管狐の姿が陽炎のごとく歪むと、それぞれ素の人の容姿に変容していく。
「ナーム様!」
「私の事より自分の身を優先しなさい! そして邪魔になるから下がりなさい。 油断ならない相手だわ、この邪神」
「テパ、サラ下がるぞ!」
3人は地下空間の中央へ瞬間的に移動しナームと邪神に距離をとった。
肉体と魂を切り離す咆哮が効果が無いと知ったか声量を落としひな壇を下り始めた。
その手には幅の広い大きく湾曲した長剣がいつの間にか握られている。
「リサイズ前のエルフよりは少しは大きいかしら? でも火星の王女よりはかなり小さいわね」
ナームは腰に手をあて普段と変わらぬ表情で間合いを縮めてくる邪神を観察する。
ひな壇上部で20mはあったであろう邪神との距離は徐々に縮まる速度も増す。
走り出し振り上げられる長剣。
「その人間の肉と骨を断ち切る為の姿の剣は、私は好きじゃないわ!」
ナームが伸ばした手に三叉の槍が宙から出現し握られる。
「巨体にしては動きは早いけど、そんなスピードじゃ羽虫も狩れないんじゃないかしら? 邪神さん?」
「・・・ぎぃ・だぁ・びぃ。 ぎぃだぁびぃぼぉーーーー」
長剣の間合いに入ったか背中まで振りかぶった腕が膨れ、そして振り下ろされる。
直線的な緩慢な剣技を受け流そうと、片手で槍を構えたナーム。
槍が剣を受ける瞬間、眼前の巨体が姿を消した。
予想した剣の重さが無かった為、引いていた左足が一歩前へ出て大理石の床を踏む。
「ちょっと、なにそれ?」
呟いて振り返ったナームの目に映ったのは、受け技で日本刀を構える栗磯が弾かれ宙を舞っている姿だった。
栗磯の正面には振り下ろした剣で大理石の床を砕いた姿勢の邪神。
そして、刺突剣を両手に構えたダミニと鉄扇と懐刀を胸の前でクロスする真希が左右へ距離をとっていた。
栗磯の後ろにナームが出現する。
「いきなり目の前に現れましたぞ?」
重そうに床から長剣を持ち上げ、今度は真希へ向かって横に剣を振るう。
剣先から弧を描いた黒い斬撃が襲った。
鉄扇を胸の前で広げ受ける構えをしたが、黒い斬撃は眼前で消失し、離れた場所にいたダミニの苦悶の声がした。
「サラ!」
「大丈夫ですナーム様、少し腕が痺れただけです」
ダミニは斬撃を受けたであろう刺突剣を握った手首を軽く擦って言った。
その後も邪神は真希に対して連続攻撃を繰り出しているが、インパクトの瞬間に栗磯とダミニの直前に斬撃が出現して3人は防御態勢を解けないでいた。
言葉になっていなかった邪神の呻きが意味を成していく。
「ぎぃたみぼぉー! もっと、いたみぼぉー! よ・ご・せぇー!」
栗磯の後ろにいたナームは位置を変え、4人で邪神を囲む形をとる。
邪神の繰り出す攻撃は依然3人にだけ向けられておりナームには及ばない。
「もっとー、もっとー! いたみを、よこせー!」
「なんで私を無視するの?」
瞬間移動しながら栗磯達にフェイント攻撃を放つ邪神を視線で追いながらつぶやく。
数秒攻防を観察し栗磯達に命じた。
「少しそのまま耐えててね!」
「早くしてくれナー姉ちゃん、もうこちらからも手を出さねば受けきれないぜ!」
「女神の鉾一位とか言ってなかったかしら、情けないですわね栗磯!」
「そうです! 猫より犬の方が強いとか言ってたの覚えてる」
栗磯の言葉を弱音と取った両翼の二人が負け犬に向ける侮蔑の視線を贈る。
「鉾は攻撃に出て防備するの知ってて言ってるだろお前ら! 俺は盾役でも壁役でも無いんですけど?」
三人の攻防が続居ている中、ナームの周囲に小さな光の粒が一つまた一つと出現し、見る見る光る粒に覆われ姿を確認できなくなる。
眩しさに耐えられなくなったが、今の俺は瞼を閉じることも掌で眼前を覆うこともできず、視線を光の反対の位置に居る自分の肉体の方へ向けた。
俺の抜け殻となっている体の隣に白熊の背にまたがった絵里恵の姿があったのが視界に入ってきた。
・ソリュンも間に合ったようだな。 ポロア、お前は向こうで一緒に居てやれ!
ジローの言葉が届いた瞬間、軽い目眩と共に見ていた世界が急変し絵里恵の隣に立つ自分の肉体へと俺は戻っていた。
「絵里お前無事か? 怪我はしてないか?」
心配で絵里恵の下に行き足首を掴んで問いただす。
「あ、兄貴。 そんな事よりあれ! あれ見て!」
驚愕の表情をする絵里恵が俺の腕を蹴り返しスルリと白熊の背中から下りてきた。
邪神とナーム達の攻防の事だろう、それより俺は絵里恵の身体の方が心配で両肩を掴んで軽く揺すって問いただす。
「あーぁナーム様・・・。 なんと神々しいいお姿・・・。 私は今幸せで死にそうです・・・」
白熊から美人秘書長の姿になったポリーナは、床に両膝を付き胸の前で手を合わせ、涙を流しながら地下空間の中央を仰ぎ見ていた。
「終わりましたわね・・・」
「えぇー」
「永き旅路、二人共付き合ってくれてありがとう、感謝するぞ。 テパ、サラ」
すぐ隣で栗磯・真希・ダミニの声がした。
「私の魂はこれまでの時間ナーム様と共に在ることを望み、そしてこれからも共に居たいと望みますわ」
「私もよテパ! 一人に成りたいって言っても、絶対、ぜぇーったい付いて行くんだから! ねぇテパ!」
そこに居た全ての視線が中央に向けられていたので俺も視線を絵里恵から外し、さっきまで俺の意識が居たであろう方を見た。
地下空間中央に太陽があった。
いや、太陽の様に眩しく輝くナームが居た。
そうではない、数え切れない輝くナーム達で形成された巨大な球がそこにはあったのだ。
時間がどれくらい経過したのかは定かではない。
一瞬だったかもしれないし数時間だったかもしれない。
トンネルの出口に佇んだ6人は、眩しく暖かな光が小さく縮み始めるまで見守っていた。
▲■▲
数百人はいたナームが数を減らし一人に成った。
長剣を振り回し雄叫びをあげていた邪神の姿はどこにもなく消え失せていて、最奥の祭壇の天井が崩れ始めていた。
そして眩しさも和らぎ、ただのエルフ姿に戻ったナームは、俺たちの方へ歩いてきた。
「皆待たせちゃったかしら? もう用事は済んだから帰りましょう」
自販機で飲み物でも買ってきた時と変わらぬ表情に声音。
世界を裏で操る組織の頂点との戦いを終わらせたばかりだとはとても思えない。
「さて、ここの空間も閉じるから、私の周りに集まって頂戴ね」
俺たちは言葉発せず頷きだけして歩み寄ると、雪積もる小屋の前が眼前に現れ、秒で空港の小さな待合室にいた。
次は、露天風呂の前に




