森の小屋2
滑走路に併設してある小さな建物に入ったのは、一行で常に人の姿だった者ばかり。
モナコを離陸した時には搭乗していた騒がしい異形の連中は着陸前にもポリーナに怒鳴られていたはずなのに、飛行機から降りる時には姿がなかった。
小さな待合室らしい部屋で木製のベンチに腰掛けた真希さんに小声で問いかける。
「すみません、他の皆さん達はどうしたんですか?」
ゆっくりとこちらを向き口元に見せる笑み。
「昨晩の食事の席でナーム様がお許しを下さったので、機内で自由行動になったのですよ」
俺には聞こえない会話が飛び交っているだろう事は感じていた。
温泉の宴会席からずっと、俺には急変する状況に感じられる出来事に皆が示し合わせた行動をするのだ、事前に打ち合わせがあると思うのが当然。
それは俺がいる場所でなされているのだ。
「・・・出来れば、これからの予定とか教えて貰ってもいいですか? 絵里恵はあんなんで真希さんに聞くしかないんです」
ナームに引っ付いて腕組みしている妹を視線で示す。
「亮くんは絵里ちゃんがここへ来た理由は、知ってるわよね?」
「はい。 ナーム様の護衛ですよね?」
「そうね、でもナーム様には護衛は誰一人として必要ないのよ。 最強の女神戦乙女ですもの。 ・・・結末を見たい、 ただそれだけ。 栗磯もダミニも、私もその思いは一緒なのよ」
「こいつには俺が説明してやるよ! テパは色々と準備があるだろ?」
肩を叩かれ振り向くと、ちっちゃい餓鬼の二郎が俺の肩に座っていた。
「そうね、二郎さんにお願いしましょうかしら。 じゃぁね亮くん宿で待ってるからね」
「宿で? どこの宿?」
立ち上がった真希さんはナームの前まで行くと深く頭を下げて部屋を出ていった。
「なんだよお前、飛行機の中じゃ何も答えてくれなかったじゃないか!」
「仕方ないだろ、ブリーフィング中だったんだから! 話が聞こえないお前が悪い!」
3箇所目に向かう不安から機内で席の周りに座った相手に、先の予定を色々聞いたのだが完全無視されたのだ。
念話とかで何かしらの打ち合わせがなされていただろうとは思ったが、誰も俺に説明してくれる人はいなく孤独感が半端なかった。
絵里恵は早朝にホテルロビーで顔を見た時から、頬を膨らませたむくれっ面で視線すら合わせてくれていない。
「俺が悪いのかもしれないが、原因はお前が絵里恵の奴に変なこと言ったせいだろが!」
「朝一でソリュンに無視されたのは、ありゃぁ笑ったわ。 ずっと一緒で仲良かったからなお前達。 でもあれだ、ソリュンも腹を立ててる訳じゃないと思うぞ、お前が先に行くのが嬉しくて、そして寂しいんだろうさ」
「・・・俺が超越者って言う話か?」
「そうさ、全能の神様ってやつ」
「くだらない・・・」
「今生の肉体に囚われたお前にとっちゃくだらない話だろうよ。 眉唾物の都市伝説で夢の世界、それでいい。 まぁ聞け亮介。 俺はなナームと1万5千年は一緒にいるんだ。 そしてな、俺の記憶で最初に超越者になったのは、あのナームだ」
「ナームさんは超越者なの? 神様? 女神様・・・」
言われた俺は離れた席のナームを見る。
絵里恵に片腕を取られ困り気味に寄せられた眉で優しく絵里恵を見ている。
美しさで言えば俺の知るセレブや銀幕のヒロインを超越しているが、言葉や仕草はちょっと変な外国人女性。
「なぁ、面白いだろ? あんな女の子が太陽を隠したり、星を動かしたりできるんだぜ。 お前みたいに時間を渡ったりは面倒だからってしないって言ってたけどな」
「はぁ?」
それ以上言葉が出なかった。
ナームが星を動かすとかはどうでもいい、俺が時間を渡る? 何言ってるんだこいつ!
「マカボとテトそしてポロアその後に3人が高みに至ってるって俺は知ってるぞ、みんなはナームのお供だったからな」
何度か聞いた俺を呼ぶ名が語られる。
「・・・ポロア」
「そう、最後の呼び名はゴータマ・シッダールタだな。 今生を終えたお前が次に呼ばれる名前」
俺が死んで、次に生まれる? 転生する先の名前を言う餓鬼。
「信じられっかよ、そんな話!」
揶揄われた思いが猛烈に湧き上がり、肩に乗った邪鬼をつかもうとした手は空を切る。
「それでいい、それで。 亮介はそのままでいてくれ。 小さい頃の頑固で意固地なままでな」
「俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ! 小さい頃とか知った風な事言ってんじゃねえよ!」
勢いよく立ち上がろうと浮かした腰が脳天に乗せられた重みでベンチに押し付けられた。
静かな部屋に俺の声だけが響く感覚。
思わず動きを止めて周囲を見て狭い部屋の全員と目が合った。
腕組みして俯いた顔に細められた瞼の栗磯。
俺の頭から掌を放し腰に手をあて仁王立ちで見下す瞳のポリーナ。
ジト目の絵里恵とイタズラ子猫の顔になったナーム。
「シロンとテパ、そしてサラはもう超越者の域になってる、あとは旅立ちの決意だけ。 さぁ、亮介。 無駄話はこの辺でナームの決意を見極めようぜ! お前はこの先の観察者になって黙ってナーム達について行けばいい!」
数瞬間静寂がありナームが立ち上がる。
「亮介さん、大丈夫ですか? 無理に私達に同行しなくてもいいのですよ」
「そうよ、ボッチ兄貴はここで待ってればいいんだわ!」
今日初めて俺に向けられ発せられた絵里恵のきつい言葉。
足手まといの弱者と言われても俺は絵里恵を守ると決めてここへ来た。
「ナーム、俺が亮介と一緒にいてやるから、なんも心配しなくていいぞ。 ナームはナームの思うままでいい」
俺は頭を二郎に小突かれ立ち上がり「連れてってください」と頭を下げた。
「頃合いにもなったぜ、ナーム様!」
「えぇー、そのようですね栗磯、それでは行きましょうか。 みなさん私の近くへ」
絵里恵以外離れていた3人と一匹、部屋の中央に立つナームの元へ集まった。
手を伸ばせば絵里恵に触れれるまで歩み寄ると、高質なコンクリートが一瞬だけ柔らかくなったのを感じ足元を見る。
黒の革靴が半分雪の中に埋まっており、はっ!として顔を上げると周囲の景色が一変していた。
ドーム球場のマウンドの中央に立つとこんな感じだろうか、周囲を背の高い杉が取り囲みそれぞれが樹氷を片側に纏いマウンドを囲む檻のようなすり鉢を形成していた。
甲子園のマウンドに立つとこんな感じなのだろうか?
上空は白色の明るい雲が渦を巻き天井を形成しているかのようだ。
理由を聞こうと開いた口は言葉を紡げず酸欠の金魚のように開閉を繰り返す。
気付くと体も自由に動かない、焦りが胸を込み上げる。
「亮介、今回のお前は観客な! 何も言わず何もするな、ただただ、ナームを見てればいい」
白黒のストライプの一角に小さいが建物らしき影がありナームはそこへ向かって歩き出す。
俺の意思では動かない体もそれに続く。
建物は木造の洋風な納屋に似ている、大きな両開きのドアは太い丸太が横に通され侵入者を簡単には通さない意思を放っていた。
その扉の前にあった黒い塊が動き出し人の形を成す。
「待っていたよ、古の黒の調教師!」
頭を覆ったマントを片手でずらし、両手を広げ扉の前に立ち塞がる金髪の子供。
最初に訪れた地下施設の主人、サン・ジェ・ルマンの姿がそこにあった。
「寒いのに外で待っていたのルマン君? 小屋の中の方がよかったでしょうに? 寒くないの? それとも真希さんの氷漬けで寒さに無効とか耐性が付いたの?」
「うるさい! 黙れ! あの時は油断したが今度は一味違うぞ! 我が神が力をお貸しになったのだぁー、お前らはここで終わりだぁー。 聖なる場所に、薄汚れた獣を差し向けた罪を命で償ってもらうぞぉー!」
垂れたマントの内側に幾つもの光が灯ったと思った瞬間、先頭を歩くナームの前に光の壁が現れてルマンから放たれた光の束は霧散していく。
意に介さず歩きを止めないナーム。
真希さんが雪上を滑るようにナームの前へ進み出た。
「私の永劫の氷解を溶かしてくれたのは、どのトカゲさんかしら? 後でお話をお伺いしに行かないといけませんわね」
ナームを一歩後ろの立ち位置で真希が片手を振ると、天空から拳大の氷の矢が落下しルマンを氷に閉じ込めた。
しかし氷塊の中の光は光量を増し霧に変えてしまった。
「同じ手は喰わないのさ、馬鹿なのか結界の雪女!」
「私の事を昔の名で呼ぶのね、お勉強したのね。 でしたら知っているのでしょ? 子供が抗っても無駄なのよ? 大人しく閉じ込められていたら、死なずに済んだのに残念ね、ルマンくん」
「僕は不死身の人間を超えた超越者だ! お前ら如き獣憑きごときに殺せるはずはないんだよぉ!」
「私のナーム様にいつまでそんなチンケなレーザー当ててんだ、この糞チビがぁー!」
俺の隣にいたはずのポリーナが瞬き一つでルマンの直前に位置を変え、横殴りの一撃を食らわせる時には巨大な白熊の姿になっていた。
ルマンはガードするために体を丸める余裕はあったのか、無邪気な笑い声と一緒に真横へ飛ばされる。
サッカーボールを追いかける犬の如く白熊は雪煙を巻き上げ突進していく。
「美沙の娘。 あれと一緒に行け」
「はい!」
栗磯に言われ絵里恵がルマンを追撃する白熊の跡を追って駆け出した。
「あの坊主も、もう少し氷塊に閉じ込められておれば長生きできただろうに。 ワシらの目的の邪魔を小飼の人間にさせる、これがトカゲの連中の真意なのか?」
「それは無いと思うわよ。 救助したのは彼らでしょうけど、私達にぶつけるには小粒。 高慢な独裁者にありがちな保身なのだと思うわ」
「物質界しか認識できない囚われた魂の性か、中途半端に力を持つと今生は短くなる」
「絵里恵ちゃんのちょうど良い相手が居て助かりましたわね真希さん」
「そうね、この先に進むのはあの娘達には難しいものね」
「ナーム様、ここ一帯に潜んでいた守り手は片付いたようだぜ、残った小僧はあいつらに任せて大丈夫だぜ」
ナームは小屋から視線を離すことなく栗磯に向かって小さく頷く。
「先に里へ帰ったのは82匹か・・・。 先の大戦以上の数を失うとは、少々戦力を見誤っておったか?」
「トカゲの親衛隊がかなり腕を上げていたようですね。 あの男の子よりも戦力は高い者もいたようです。 アスラン武教の残党でしょうね」
「懐かしいなその名前・・・、よき友の時代もあったのだがな」
ダミニの言葉に少し栗磯が空を仰いだ。
「でも、ルマンくん、持ち場を離れて戻ってこないって事は、そんなにここを大事には思っていないみたいですわね?」
「暇がないんだろうさ、あの二人は妙に呼吸が合ってる。 良い戦士になれる・・・、これから必要かどうかはわからんが。 さぁー、我らもナーム様の後に続くぞ!」
栗磯達の会話に気を取られていたが、いつの間にか先へ進んでいたナームは小屋の扉を押し広げ中に入っていくところだった。
次は、闇の祭壇




