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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
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森の小屋1



 ディナー初盤の騒動はコース料理が進むにつれて収まり、昨夜の戦闘の活躍自慢や前回の戦争の英雄談などが各テーブルで囁かれて和やかな食事となった。

デザートの後ナームが立ち上がり昨夜を労う言葉と明日の出発時間を告げると退席していった。

それを認めた絵里恵は俊足で近づきナームの腕に抱きついて「絶対に離さないんだから!」と駄々っ子になって一緒にレストラン室内へと姿を消していった。

観光と称して闇の組織に乗り込んで行ったナームに置いて行かれる形になったのだ、次は絶対置いて行かれないように夜通し一緒にいるつもりなのだろう。

支配人が各テーブルに準備が終わった部屋の鍵を渡して回ると、食事を終えた同席者は割り振られた自室へと向かっていった。

俺はホットコーヒーを追加で頼みテラス席で暗くなった空に浮かぶ半月を眺めていた。

「亮介、お前も物好きな性格だよな。 知ってたけど」

「俺はお前のこと知らないぞ! 馴れ馴れしく話しかけんなよ!」

ナプキンを起用に折り畳んで作ったソファーに座る餓鬼が話しかけてくる。

「律儀に強固な縛りまで魂にかけてこの時代の山上の息子で生まれてくるとか、ナーム好きの極みだな」

「訳わかんないやつだな、本当に! 絵里恵の使い魔なら絵里恵についてきゃいいだろ? なんで俺んとこに残ってんだよ。 俺は一人で頭整理したいんだよ! あっち行けよ!」

「今の亮介と居るのが面白そうだからに決まってるだろ? 悩んだって分からない、けどなぜか見届けなきゃならない強い気持ちに翻弄されてる力無い男の、お・ま・え・を・な! がははははぁー」

殴りたくなる衝動が沸々と湧き上がってくるが、ポリーナ渾身の振り下ろしに耐えたのだ、俺の拳が役に立つわけはない。

「おい餓鬼、さっきここのホテルの場所はなんたらって言ってたよな?」

「あぁー、昔話な!」

「それ詳しく教えろよ」

「なんでだ?」

「絵里恵の奴泣いてたからな、あいつを泣かせる奴は俺が許さない。 辛い思い出なら一緒に背負ってやらなきゃな、二人兄妹なんだよ」

「ふーん。いいけど、それなら聞き耳立ててる了見狭い美人さんにも聞いてもらいたいな」

俺の席から少し離れたテラスの柵にもたれかかって夜景を眺めているポリーナを親指で指す。

「聞き耳なんか立ててないわよ。 風に乗って聞こえてただけよ、ゾウリムシ君とバグの軟弱な話がね」

「寝物語だと思って聞いときなよ、今夜は月がとっても綺麗な夜だからさぁ」

ポリーナの項垂れた背筋が伸びて、まっすぐこちらに向き直る。

「それ本気で言ってる?」

「ああ、亮介がおまえに向かって言ってたぜ、なぁ、お月さまが綺麗だよな、亮介?」

「そうだな、今夜の月は綺麗だな。 一緒に座ってバグの話でも聞かないかポリーナさん?」

「ふんっ! ミジンコには昇格させてあげるわ」

すかさずハンドベルを鳴らしてウェイターを呼ぶとホットミルクティーを注文する餓鬼。

綺麗な足運びで俺の隣の席に座ると餓鬼は話し始めた。

「俺の名前はジロー、神 ジローだ。 これからは餓鬼でもバグでもなくジローと呼んでくれ」

「バグの呼び名なぞこっちが勝手に決める、おまえの指図は受けん」

「あっそ」

簡単に諦めたジローと名乗る餓鬼に似たちっちゃいおじさんは、ナームがこのモナコの地に来た15000年前から語り出した。

古代都市の王と謁見して奴隷を買い闘技場で王暴れしたのち、陸路でインドのジャングルまで向かうキャラバンの冒険談。

軽い話し方に身振り手振りに食器を叩いての効果音。

昔吟遊詩人がいた地域だと思うと、話は楽しく聞けた。

食前酒のシャンパンがちょうど血行を良くする時間だったのかもしれない。

どちらかとゆうと、ポリーナの方が内容にのめり込んで、一行の主人公であるナームの一挙手一動に頷き質問を投げかけ「さすがはナーム様!」を連呼していた。

かいつまんだ話は混浴でナームと一緒だった時に聞かされた話だったが、違う視点で細かく語部から聞かされると臨場感が増してキャラが生き生き感じられた。

この餓鬼も相当ナームに心酔しているようで、なぜか悪い気にはならなかった。

話がひと段落したが続きをせがむポリーナを、明日の作戦に差し支えると説得して先に自室に追いやった。

その後餓鬼に「今夜は月が綺麗ですね」の裏の意味を告げられ、グーで殴りつけて突き指したのは誰にも言わないでおこう、ポリーナ自身がその裏の意味に気がついていない事を祈って自室の高級羽毛布団に包まって寝た。



 日の出前に目が覚めてしまった。

多分、食べ慣れない時間をかけたコース料理のディナーは、一気に胃袋へ押し込むタイプの俺には物足りなかったようだ。

軽くシャワーを浴びて常夜灯だけの薄暗い部屋のソファーに項垂れ座る。

暗い天井をぼんやり見つめながら自分の置かれている状況を考え、自分を笑う声が漏れる。

周囲の空気に流される生き方にはこれまで逆らって来たつもりだ。

だから同年代には自己中とかワガママと思われていたと思う。

集団行動は避けて一人の時間を過ごす方を選択していた。

なのに人ではない連中と一緒に戦場へ赴き、リゾートでクルージングして高級ホテルで晩餐など2ヶ月前では考えられない変化だ。

あの不思議な女性、ナームが気になってならない。

小娘みたいな時もあれば女帝に似た威圧感を放つ存在。

ナームからもジローと名乗った餓鬼からも1万6000年前からの出来事を話してもらったが、俺が知る歴史とはかけ離れている。

否定したいが異形の存在が、現実として周囲に存在していて会話ができて触れ合うこともできてしまう。

「妙な話だよな亮介」

耳元で名前を呼ばれ振り向くと、背もたれの上に座るジローが居た。

「なんだよおまえ! 飼い主のナームの所へ行ったんじゃなかったのか?」

「亮介が話し相手が欲しそうだったから遊びに来てやったんだ。 ナームの護衛はテパとサラが居れば十分だしな・・・。 それに俺が寝顔を見てたの知ったら、あいつ怒るんだぜ?」

「自分の使い魔が側にいて当たり前だろに」

「そうなんだよ、普通はそう思うよな? 俺もとりあえず弱くはないし寝ないでいいから護身用には役立つと思うんだけどよ俺も。 肉体に魂が囚われる感覚はとうの昔に卒業したはずなんだけどな。 妙な話だろ?」

「妙なのは俺の方だよ。 お前みたいな餓鬼と朝から平然と話をしてる今の自分がな! それより、絵里恵が晩飯の時に大泣きしてたのはお前のせいだよな、俺がどうのこうのってお前が話したらナームの所へ行って泣いたぞ」

「あぁ、盛大に泣いてたなソリュン。 俺もあの後ナームにゲンコツもらって泣いたけどな」

「俺の何を話したんだ絵里恵に?」

「お前の魂はもう“真空“に上がる途中なんだよ」

「“真空“? なんだよそれ。 空気が無い?」

「そうだよな、普通の人間の解答はそれだよな・・・。 今のお前は普通の人間としてこれからの人生を終える。 妹やロシア系のべっぴんさんが使った変な能力なんかも一切使えないで終わるんだ。 お前は今生をただの傍観者として生きてるんだが超越者なんだよ」

ソファー前のテーブルに位置を変えた餓鬼は小皿の上のクッキーを手に取り貪り食う。

口の端から溢れるかけらを気にせず左手を数度振ると、俺の前に湯気を上げるコーヒーカップが宙をとんできた。

驚愕の連日で麻痺してるのか自分でも不思議なくらい当たり前に受け取り濃厚なコーヒーの香りを嗅いでから口にする。

いや、空飛ぶコーヒーカップに見とれて、餓鬼に返す言葉に詰まったのが事実だ。

「お前が宗教について詳しいかどうかは知らんが、如来又は創造神ってところかな?」

「・・・俺が神様になる? ばかかお前!」

「その反応好きだわぁー。 俺のこの姿で今の話を聞いてくれる、ただの人間いなかったから新鮮で楽しいわぁー」

「からかってるのかお前!」

「何言ってるんだ亮介、お前が聞いたんだろ? 何を信じるかはお前次第だが、俺は正直に真実を話しているぞ? 知恵の探求者が行き着く場所は“真空“そして“無と無限“、空と色とも例えた識者もいたかな?」

「・・・」

「その反応は当然。 今のお前は分からなくて生きていいんだ。 ポロアが“真空“の境地に達して師匠だったナームの生き様を見る為だけに今の人生があるんだから。 お祭りは今日が最終日。 日本へ帰ればこれまでと何も変わらない日常へ戻るんだから、楽しいお祭りの記憶は薄れ俺との会話も思い出せなくなる・・・。 それが肉体に宿る普通の魂にかけられた呪縛なんだから」

この小さな餓鬼はやはり悪鬼なのだろうか、俺をたぶらかして何かに利用しようとしているのだろうか?

思考には疑念しか浮かんでこない、目の前で空とぶ人間や異形の妖怪たちの次に神様だと? それも俺が神様になる途中だと? 馬鹿にするにも程がある。

「朝から騒がしいと思えば、ミジンコに式神じゃないか。 三番目の目的地に向かう前に仲良く敵前逃亡の相談でもしてたのか?」

ポリーナがバスローブを羽織ってリビングに姿を表す。

このホテルの部屋は一室にベットルームが4室あるので、ディナーのテーブルが部屋の割り振りも兼ねていた。

「敵前逃亡? 俺が逃げるわけないだろ! 強くなくったって妹を守る為なら闘う覚悟ぐらいあるんだぞ!」

「大事なものを守るには敵より勝ってなければ無理なの! 弱者の強がりほど迷惑なものはなくってよ?」

「ほっといてくれ!」

「ふんっ! くれぐれもナーム様の足手纏いにはならないでね! あ、それと。 今月の31日の夜は開けておきなさいね」

立ち上がり自室へ戻りながら瞬間立ち止まり背中で言う。

「大晦日? 一緒に年越しでもするのか?」

「世間の行事なんて興味はないわ! ・・・私の排卵日なのよ、お父様達が逝かれる前に孫を見せてあげたいの。 それまでミジンコは死んではダメですからね」

「お、おい!」

俺の返事を聞かず閉じられた扉。

取り付く島もなく泳いだ視線で餓鬼と視線が合って何かを言おうとしたので掌でやめさせてから両手で頭を抱えた。


▲△▲


 自室のモニターに映し出された地図にあった3箇所のバツ印。

イギリス、イタリアにて目的は達成したので搭乗している飛行機は現在、最後に残された印の場所スイスへ向かって飛行している。

俺の浅い陰謀論に関する知識では、スイスに暗躍する組織や団体の名前は記憶に無い。

永世中立国である3国の一つで有名、雲に届くブランコがあるアルプス山脈を南に望む綺麗で平和な国。

機長アナウンスが左翼下にマッターホルンの頂きが観望可能と告げるとポリーナが姿を現しマイクを取った。

「これより当機は私設空港への着陸態勢に入ります。 アルプス山脈の麓となりますので乱気流が予想されます。皆様シートベルトをしっかり閉め背もたれを元の位置に戻して着席したままお待ちください」

ナームに深く会釈してから通路を機体後方へ向けて歩いて行った。

遠くで聞こえるポリーナの怒声は指示に従っていなかった乗員に向けられたもの。

言葉遣いはともかく優しい性格なのかもしれない。

機体が高度を下げたのか数度エアーポケットに入って、後ろからピーナッツと燻製肉が膝の上へ宙を舞って落ちてきた以外は問題なく無事小さな空港へ着陸した。 

次は、森の小屋2

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