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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
144/156

一番目の城4



 大型車両がすれ違える広さのトンネル、妹は一団の先頭を疾走している。 集団が人間以外の化け物達で妹は最弱と表される存在なのだが、己の戦士としての立ち位置はナームの前とし譲らず、俺が辞めさせようと再三語りかけたが、高揚した戦意のせいか思考に割り込めていない様で俺の声は届かなかった。 辿り着いた広い駐車場らしき場所から迷わず金属製の扉を選び、抜身の刀で両断すると狭くなった中世ヨーロッパ風な廊下が視界に入った。

「伏兵は、無し・・・。 ですねナーム様」

「自動迎撃機銃とかレーザー銃とかの罠の気配も感じないぜ? 無用心じゃないか」

妹が振り返り発した言葉に栗磯が答える。

「奥の部屋に気配は一つ。 何か策略があるのかも知れません、お気を付け下さいましナーム様」

「そうですね、私達がここへ到着してから動いていないみたいですから用心して進みましょ」

妹は左手に抜かれたままの剣を正面に構え、鞘を左手に進める足の膝先を守る位置に構える。 両側には派手な額縁の風景画で閉塞感を緩和させているが、天井から等間隔で吊るされたシャンデリアはガス灯なのか照度が足りず揺れる炎で足元の影も滲んでいる。 身長の2倍はある飾り彫が施された大きな扉の前まで進むと、後続を手で制したエリが扉に手を掛けた。 少し開いた隙間から室内を覗こうとした俺の視界は一気に霞んで天井のシャンデリアに変わった。 勢いよく開け放たれた重厚な扉に当身を喰らわされ、背後の壁に激突して倒されたのだと理解した。

「あははは、女の子が吹っ飛んで行っちゃった。 外の連中があっと言う間に片付けられたから、どんなネズミが来たかと思えば、ハエもハエ、小蝿ではないか」

「うぐぐぐぐぅ・・・」

・エリ大丈夫か? 怪我してないか?

「ちょっと油断しただけ、大丈夫!」

俺の声が届いたか返事を返し廊下に肘をついて起き上がる。 開け放たれた扉の部屋の奥。 王族が執務用に使う高価そうな机が一つだけ置かれ、そこに座る人影があった。

「エリちゃん怪我とかしてない?」

歩み寄り差し伸ばされた手をとって妹は立ち上がり身体を確認した。

「わたしナーム様の戦士なのにゴメンなさい」

「うんうん。 怪我が無ければ大丈夫。 今ので怪我しなかった丈夫なエリちゃんは戦士合格!」

「君たちは小蝿とは違う様だね」

室内の人影は俺達を遮る位置でたたずむ三名に向けられた子供と思われる声。

「おめぇがここの主人でいいのかい?」

「お! ワンちゃんが喋った。 人語を喋る獣がいるとか伝承にあったけど、本当だったんだ! ねえぇ、僕のペットにならない? ねえぇ?」

「もう一度聞く。 主人はお前か?」

「失礼なワンちゃんだね! 勝手に上の門番潰して、僕の部屋のドア許可無く開けて。 躾がなって無いね。 僕が調教し直してあげなきゃね」

「それには及びません」

抑揚の無い口調で話しながら狼とダミニの横をすり抜け、ナームが部屋に入って行った。 その後に三名が続き、妹も背中を追いかけ部屋に入る。 学校の教室ぐらいの部屋で双方の距離は10mも無い。

「私の事はご存知あるかどうかは存じませんが、まずもって、名乗っておきましょう。 私はナーム。 ドキアのナーム。 あなたとは初めてお目にかかりますが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ずいぶん妙な名前を騙るね。 伝説に出て来る名だよ? 語り部が、存在不確かな噂として酒場で語ったって、僕が所蔵してる古書に載ってる名前だよ? 山を動かし海を干え上がらせる魔術を使い、三叉の槍を持つ蛮族の戦鬼。 数多の獣を使役する黒汚の調教師。 天地割りの大罪者。 だったかな?」

机にのせた両腕の先にある、両掌で支えた首が少しだけ傾いた。 自分の記憶の引き出しを検索しているのだろう。

「わたしの所業全て否定はしませんが、自分の名を問われて、別の問いで返すとは、あなたのお里が知れますわね」

「・・・」

しばし沈黙の後、そう広くは無い室内が変化した。 急激に空気濃厚が2度激変するのを、なぜか俺も体感する。 妹が両膝を床に付けて荒い息遣いになっていた。

・エリどうした? 大丈夫か!

「なぁ〜んだ。 弱いのは女の子だけか? あ、僕の名前だったよね。 僕はこの地球の裏の支配者。 サン・ジェ・ルマン。 こう見えても長生きなんだよ、114歳なんだ、それに最強で僕に勝てる人間は僕の地球に一人もいないんだ」

椅子から飛び降りて執務机の前で斜に構えて立つ姿は、金髪に病的に白い肌、黄色い瞳を輝かせた小学生高学年。 美少年と呼べる容姿に3ピースの高級スーツ。

「サン・ジェ・ルマンさんですか。 確か壮年の伯爵で不死者の貴公子の異名持ちですナーム様」

ダミニがナームの後ろで告げる。 それを少し振り返って頷き答えて、狼に指で何かの合図をした。

「そうですか、裏の支配者役のルマン・・・」

「支配者役? 僕をバカにしてるのか黒帽子? 僕がこの地球を支配し管理してるんだぞ! 門番始末してここに来れたからって、君達は僕には勝てない。 僕の近くに護衛が無いのは必要ないからなんだよ、わかる? 残念だったね」

狼は膝をついたままの妹を前足で器用に背中に上らせルマンから守る立ち位置につく。

「何の目的でここへ来たかは知らないけど、騒動を起こして仕事中の僕の手を止めさせた代償は、君達の命で払ってもらうからね」

「あなたの事情を考慮に入れずここを訪ねた目的は、労いの言葉を送るためです」

「労う? 僕をお前が?」

ニヒルな笑みを浮かべ会話していたルマンの表情が、凶悪なものに変わる。

「何様のつもりだぁ〜!」

右手を突き出し一本だけ伸ばされた人差し指を天井から床へと素早く動かした。 突如上から強風が叩きつけられ床へ吸い込まれていく。 その現象は俺たちがいる場所だけに発生し、ルマンの金髪は揺れる事はなかった。 10秒ほど滝の様な風が狼の毛とナーム達の裾を荒ぶらせたが、ルマンの指の動きで元の無風状態になる。

「あれぇ? おっかしいなぁ〜。 何で君たち倒れないの?」

小首を傾げ見た目相応のあどけない不思議な現象を見た表情を作る。

「じゃぁこれは?」

今度は人差し指を床から天井へ向けて素早く動かした。 今度はさっきとは逆で下から強風が吹上がり衣服を持ち上げたが2秒と経たず無風になる。

「あれ? おっかしいな?」

困惑した表情で指先をいろいろな方向に素早く動かすが、何一つ部屋に変化は起きない。

「無駄な事は辞めるが良い、小さな支配者。 この部屋に仕込んである仕掛けは全て無力化したからな、ガハハハ」

「無力化しただと? そんな事ができる訳ないじゃないか! くっそ、故障か? この前点検したやつ手抜きしやがったな! 後で罰金取ってやる! ・・・じゃぁ仕方がない」

右腕をゆっくりと下げる動作と対照的に上げられた左手には見慣れぬ形をした銃が握られていた。 銃身の短い照明弾を発射する銃に似ている。

「これで君達お邪魔虫とはお別れだよ」

言葉の途中で引き金は引かれ、筒から霧の様なものが発射された。 広角に拡散して飛翔して来る霧は小さな針だった。 部屋の幅一杯に広がり飛んでくる針を防ぐそぶりも見せず対峙するナーム達。 無数の針は彼女達の体に傷をつける事なく擦り抜け、後方の床や天井そして壁にスパンコール模様を作った。

「気はすみましたか? ルマン。 金融を操る者の頂点としてあなたは戦争の種を撒き続ける忙しい日々だったのでしょう? 今日までご苦労様でした。 これからはゆっくり休んでください」

自分の放った攻撃が全く効かなかった訪問者に驚愕したと言わんばかりに見開かれた瞳。

「ば、バカな! このニードルガンは象いや竜人すら一撃で倒される猛毒が仕込んであるんだぞ! お前らみたいな人間や犬っころなんか一瞬で即死しなきゃおかしいだろ!」

子供の様に何度も床を踏みつけるルマン。 ナームはそれを見て興味を失ったか入ってきた扉に向きを変えて歩き出す。

「一瞬で即死とは、とても速そうな死に方ですわね。 ナーム様、労いの言葉意外に彼に用事はおありですか?」

真希の問いに小さく左右に首を振り答えた。

「こら待て戦鬼の名を騙る小娘! 僕は人類最強なんだぞ! 小細工や武器が効かなくったって僕が直接代償を払わせてやる!」

ルマンが姿勢を低くしてナームに突進した。 人の域を超えた踏み込みで間合いを詰めるその両手には、いつ握られたのかアーミーナイフが鈍く光を反射していた。 瞬き一つ分でナームの背中に辿り着いたがナイフは背中のマントの前に広げられた真希の扇子によって阻まれた。

「最強? 刃物で背中に襲いかかる卑怯者が、自負して良いものではありませんわ。 ナーム様のご用がお済みであれば、後の始末はわたくしとダミニにお任せください」

「お前! お前ぇ〜! 何者だぁ〜! 僕の必殺縮地間合いに割り込んで、そんな棒っきれで・・・。 片手で僕を止めるだとぉ〜!」

「後は任せます。 栗磯、急ぎ絵里恵さんを連れて上へ行って新鮮な空気を吸わせてあげてください。 私は少し寄り道しながら上へ向かいますから」

「ナーム様、私は、体は大丈夫です。 兄貴が幕を張ってくれましたから」

「戦士は引き際を誤らず、守る者の願いも聞き届け、可能な限り命を大事にしなくてはなりません。 勝利は生きていてこそ味わえるものなのですから。 栗磯行きなさい」

「了解だ、ナー姉ちゃん。 真希、ダミニ、後は任せた!」

「俺様の了解なしに、何勝手なことしてんだ! こら黒帽子!」

後方に飛んで真希との間合をあけながら空中で地団駄を踏む姿が俺の視界に入っていたが、絵里恵を乗せた栗磯が部屋を後にして瞬足で地上を目指した為、ルマンと対峙した二人のその後を知る事はできなくなった。

「神狼様、・・・私、私ナーム様を、ナーム様の前で守れなかった・・・」

・何を言ってるかソリュン、ナーム様の前を歩き初撃をその身で受けて守ったではないか。 その覚悟、ナーム様が嬉しく思ってないはずがなかろう?

「でも・・・。 最後まで立ってたかった」

・気配も発せぬ機械が吹き出した毒の霧、戦の場数を踏んでいても対応は難しい。あの場で死ななかったお前は戦士だよ、これから強く成れるから外へ出るまで静かにしておれ。

「はい、ありがとうございます神狼様。そして兄貴もありがとう」

浅い息だった絵里恵は気を失ったのか体から力が抜けてしまう。 狼は背から落とさぬように器用に走り続け暗闇の雪原へと向かった。


 周囲を警戒する2本角の青鬼の前に横たえられた絵里恵は手印の後のかしわ手で目覚めた。何かの術を施してくれた鬼に深く頭を下げてテヘペロするあたり、死ぬ寸前だった自分の所業に反省の色は伺えない。目覚めてから小言を含んだ文句を絵里恵に向かって念じているのだが、届いていない様子でずっと無視されている。 火の手が消えて白い煙が星空に上る地上に出てから3分、絵里恵が目覚めてから5分の時間が経過してから地下への入り口がある建物に3人の人影が現れた。

「さぁ皆さん、自由時間は終わりですよ!」

中央の一番小さな影からナームの声が聞こえた。 そしてポラリスが青白く強力な輝きを発する。

「状況終了! 全個帰投する!」

狼が空に向かって栗磯の声で咆哮した。

散開警戒をしていたのだろう異形の連中が狼の周囲へ集結し始め、歩み始めたナームの後ろに列となる。

「ポリーナさんが見当たりませんね?」

真紀さんが左右に小さく顔をむけて呟いた。 不意に左前方の丘の稜線が闇の地平に浮かび上がり、遅れて爆発音と微かな風が絵里恵の髪を揺らした。

「この地の防空施設の最後ですかね? 張り切るのもいいけど帰って来ないんなら置いてっちゃうんだから、ねぇーナーム様!」

「置いては行きませんよダミニ。 全員で帰るのが楽しい思い出の遠足なんですから。 今帰るって伝えましたから飛行機に向かったでしょう」

ダミニを嗜め雪上を滑るように進むナームの後ろを肩を落としてついていく絵里恵。 話しかけても伝わっていないので周囲を観察すると、強襲をかけたロッジ群は後方で静まり帰った闇に溶け込んでしまったが、目測で半径5km、周囲を取り囲む様に20箇所以上の火の手が見えた。 この重要施設中心への侵入を阻む防空施設だったのであろう。

「あの人の強さ、どう判断します栗磯?」

「あの人だけでは分からんだろ真紀、白熊か? 引きこもりの坊主か?」

「二人とも、ですわね」

「体術だけで言えば、三ツ岩ん処の嬢ちゃんはシロン1,5だな、あの坊主は1を越したくらいかな? 魂の修練だと、坊主は見た目通りでお粗末な厨二。 嬢ちゃんはリンと同じ匂いがしたな」

「私は・・・、私は二人と比べてどうでしょか」

栗磯と真紀の話に我慢できなかった絵里恵が申し訳なさそうに割り込む。

「体術、魂修練共に坊主には遥かに優っているが、三ツ岩には及ばんなぁー」

「そうですか・・・」

「栗磯、絵里恵さんをいじめないで!」

歩みは緩めず振り返ったナームの目は細いジト目になっていた。

「怖い顔しないでもらえるかナーム様。 いじめてはおらんぞ。 それに二人に勝る強さを娘さんは持っとるしの!」

「違う強さを私が持ってる?」

先頭の背中を見つめるだけだった絵里恵が顔を上げた。

「そうだとも、お前は日本へ来た頃のテパのような念の強さを持ってるよ。 それは三ツ岩の嬢ちゃんより遥かに強いぞ」

「体術とも魂気とも違う念の強さ・・・」

「ナーム様のお側に居れば自然と身につくものです精進しなさい」

真紀さんが絵里恵を諭す様な眼差しに乗せて言葉にした。

俯いていた顔を上げた先には旅客機の機影が見えてきた。 上空から風切り音が聞こえると一行の前方に大きな雪煙が立ち上り喜声が聞こえた。

「私のナーム様! 周囲は沈黙させました、この国の空軍も沈黙させますか?」

視界が収まった中に佇む獣は煤にまみれてヒグマの見た目になった白熊だった。

大変間隔が空きました、申し訳ありません。

MacBook Proがお亡くなりになったり、家族が要介護5になったり、その他も周辺が様変わりしました。

不定期投稿これからもしますので、暇つぶしてお立ち寄りください。


次は、海辺のホテル

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