一番目の城2
次は、一番目の城3
乗り込んだ機内は想像以上に狭く感じた。 通路を挟んで左右に2席づつ。 50列は無さそうで先に乗り込んでいたのだろう乗客で半分程埋まっていた。 搭乗最後だった俺は栗磯に指示され最前列の通路側に座りシートベルトを締める。 隣の窓際はエリで通路を挟んでナームと真希が座ってダミニと栗磯はその後ろだ。
「それでは搭乗者の皆さん、これから当機は離陸体制に入ります。 各自シートベルトの確認をお願いします」
斜め目の前の通路に立ったポリーナがマイクを片手に機体後方に向かって話し終わるとハッチとコックピットの間にある接客ユニットだろう部屋に姿を消した。
「兄貴なんで隣座ってんの? 一緒に行かないって言ってたじゃん」
「さっきの車椅子の爺さん達がお前は死ぬって言ってたから心配になったんだよ。 そんな危ない所に行くんなら、この飛行機が目的地に到着したらお前を絶対この飛行機から下ろさない!」
翼のターボジェットが金属音を発し次第に高音域に達する。 エリ越しに見える小さな窓の景色が前方に流れ始め飛行機は駐機場から滑走路へ向かって移動を開始た。 行先に妹の危険が待っているのであれば移動中に説得して思い止まらせるのが兄としての役目。 この旅行の目的を詳細に聞いて力づくでも止める。 そんな覚悟で膝の上にのせた両手拳に力を入れた。 一段と金属音が高くなると背中が背もたれに押し付けられる加速Gを感じ雪上を車輪が転がる振動が伝わってくる。
「そんなの無理だわ・・・」
エリの言葉で振動が止み機体は滑らかな空気の坂を掛け登っていく。
「まずもって、お前が何をしに行くのか、ここに集まった連中は何者なのか、ちゃんと教えてくれよ。 俺は・・・、あの化け物の宴会の夜から何が起きてるのかさっぱり分からないんだ。 なあエリ、俺達兄妹、家族じゃないか!」
電子音が鳴って頭上で点灯していたシートベルトの赤いランプが消える。 雲を抜けたのか小さな窓から青空が見えた。
「当機は巡航高度に到達し順調に目的地に向かって飛行しております。 航路予定の気象は安定していますが揺れる場合がありますので席をお立ちの際は十分ご注意ください。 お食事とお飲み物が必要なお客様は頭上の呼び出しボタンを押してください。 私ポリーナがお席まで伺います」
マイクを置いたポリーナがナームの席の横まで近寄り姿勢を低くする。
「ナーム様って本当にお綺麗ですわね。 お父様達が教えてくれた美しさを例えた言葉では足りませんわ。 お手に触れてもよろしいでしょうか?」
「え、構わないですけど。 ポリーナさんも綺麗ですよとっても。 透き通る赤い髪に翡翠色の瞳、とても魅力的ですよ」
「あぁー、もったいないお言葉。 それにスベスベなお肌・・・。 空調の温度調節致しましょうか? それともブランケットでもお持ちしますか。 それともお食事とかお飲み物とか?」
「お気遣いありがとうポリーナさん」
ポォーン
「少々お待ちくださいませナーム様」
機体後方席で呼び出しボタンを押した乗客が居たのか深く会釈してナームの横から姿を消した。
「すみませんナームさん、この一行の本当の目的俺に教えて下さい。 お願いします」
「兄貴恥ずかしいからやめて! 勝手について来てナーパ様に迷惑かけないで! そんな事するなら・・・」
「ナーム様のお相手してる時に呼ぶんじゃねぇよ! この山猿がぁ〜! 水が飲みたきゃテメェで便所の水でも汲んで飲みやがれ!」
離れた所からポリーナの声が聞こえた。 エリも俺への責めをやめて目を丸くしている。 声の主はすぐに戻って来て元の位置で膝をついてまたナームの手を撫で始める。
「お待たせしましたナーム様。 何か私にご要望が有りましたらなんでも伺います」
「・・・ポリーナさんあの三人のお爺さんに私の事何て聞いていまして?」
「至高の存在で絶対無限の美と愛を司る地上に舞い降りた女神様・・・。 いえ、その言葉では足りないとお会いして実感しましたわ。 あぁー、実際は私がずっと想像していたより気高くお美しいお方でした」
「まったく・・・、あのドワーフ三人組はいつまで経っても直さないんだから・・・。 私を褒めてくれてとっても嬉しく思いますよ。 でも、私はあなたと同じ魂を持った地上人なのですから、お友達として接して下さいな」
「あぁー、もったいないお言葉・・・」
ポォーン
「大事な話をしてる時に私をだのは誰だぁ〜コラぁ〜! あ、ナーム様の前ではしたない言葉遣いを・・・。 大変失礼しました」
「ふふっ、私はさっきの話し方の方が好きですよ、可愛らしいではありませんか」
ポリーナの顔は見る見る赤く染まってしまう。 ナームはそんなポリーナの耳元に顔を近づけ何やら耳打ちした。
「かしこまりましたナーム様。 客室は私に任せて下さいまし」
ポリーナの二面性とナームとのやり取りに呆気にとられていた俺をナームは見つめてきた。
「亮介さん、私はしなければならない事が有りますから、先ほどの話は絵里恵さんから聞いて下さい。 ごめんなさいね」
「はい分かりました」
「エリちゃん兄妹喧嘩は程々にね」
「はいナーパ様!」
話終わるとポリーナのエスコートで席を立ち通路に出るとコクピットの扉の向こうへ姿を消した。
「はぁー、なんとお優しい方・・・。 オラァテメェら、ナーム様からのお願いだからしっかり面倒みてやんよ! 誰だっけぇ? さっき読んだやつはぁー!」
ポリーナは後方席の呼び出しランプに向かっていなくなった。
「面白い娘」
「あの爺さん連中に育てられたからのあの性格か?」
「あの若さで実力者、かなり厳しかったのでしょうね」
通路を挟んだ三人はそんな事を口にしていた。 俺は有能秘書の皮を被ったやさぐれ美女のポリーナを目で追って緩んだ顔のままエリの方を見た。 エリも微笑んでいたので二人で小さく声を出して笑った。 不意に後席からどよめきと感嘆のささやきが聞こえエンジンの騒音が小さくなったのを感じた。 最新鋭の日本の航空技術なのか高空を飛んでいる不安感を生んでいた小さな振動も無くなり快適性が向上した。
今向かっている所は世界の金融を裏で操っているピラミッド頂点の組織なのだとエリは正面に顔を向けたまま話はじめた。 400年くらい前から貨幣システムを利用して世界中の人類を奴隷化する計画を進めてきた存在らしい。 人が生きていくうえでお金を必要不可欠な聖水とし、最低限しか得れないように巧みにばら撒きそして搾取する。 常に喉が渇いた際限なき物欲状態。 彼らは飴と鞭を巧みに使い達成できない幸福を植えつけ、それは格差を生み出し恨み妬み嫉みと成り、人間が人間を憎悪する感情を芽生えさせる。 聖水を得るため人生の大半の時間を消費させ、幸福共感を奪い孤独にさせる。 最近インターネットの掲示板で囁かれるディープな陰謀論を俺は数年前から知ってはいたが、そんな現実離れした話に興味を示さなかったエリが淡々と口にすることに驚いた。 女神であるナームは奴隷人間を解放する為に永劫の眠りから目覚めた存在。 湖畔の神社は眠りを見守る聖域であり、氏子達は女神の式神。 そして巫女のエリは女神の鉾なのだと満足げに語った。 奴隷を解放する女神? あのモジモジ電波エルフ美女が? そんなのは嘘だ。 数日アパートで一緒に生活したがそんなのは微塵も感じなかった。 一緒に晩酌してトランプゲームして三人麻雀して・・・、ちょっとは変わっているが文化が違う外国育ちならば許容範囲。 女神などの片鱗も感じた事はない。 普通の女性に思っていた。
「ユキメ様、ナーム様のお席少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
「構わないと思いますわ。 でもその私の呼び名はやめて頂けますか?」
「承知致しました真希様。 少しお伺いしたいのですが、なんでこんなミジンコ男の同行を許可されたのですか?」
機内サービスが一段楽したのかポリーナが真希の隣のナームの席に腰を下ろす。 タイトスカートを少しめくりあげ、俺に見せ付けるように綺麗な足を組む。 通路を挟んだ彼女をゆっくり観察するとナームが肘を置いていた肘掛けをゆっくりと撫で恍惚な表情。 残念ロシア系美女。
「あなたのお爺さん達が誘って、ナーム様が許可して、亮介さんが選んだ。 ただそれだけですわ」
「死ぬ順番最上位の小娘の上にミジンコ男を乗せた真意をお伺いしたいのですが」
「あのぉ〜、俺の悪口しっかり聞こえてるんですが・・・」
「なんですか最弱ミジンコ男。 虫けらでも聞こえるように言っているのですから当然だわ」
「兄貴ここで喧嘩とか買わないでね、ポリーナさんは真実を言ってるの。 私が力不足なのは私が一番知ってるから・・・、あの時おじいさん達は私が危険に晒されるからって止めてくれたの。 でも、ナーム様ともう離れたくない・・・」
「弱者を守ろうとする弱者、なんと滑稽な。 あの時の成り行きも理解してない弱者、ミジンコ以下のゾウリムシなのであったか、私の理解及ばず失礼しました」
俺を侮蔑の表情で見るポリーナに不思議と悪感情は湧き上がってこなかった。 言葉が真実なのだろうと俺はなぜかわかってしまった。 俺はこの一行で最弱な存在。 ドラマや映画じゃ悪の組織には私設軍隊が配備されてて銃弾・大砲・ミサイルだってあるだろう。 俺に対抗手段なんてある訳ない。 ただの地方公務員のオタクだ。 今飛行機に乗っている連中は女神の式神で、あの宴会に集まった人では無い連中。 膝の上に置かれ握られて拳はいつの間にか血の気を失い白くなっていた。 見つめていた拳に陰りを感じ顔を上げると通路にナームが立っていた。 席を譲ろうと腰を浮かしたポリーナを手で制し機内マイクを手に取る。
「こほん。 えぇ〜、当機は目的地に到着しました。 これより皆さん自由行動に成りますが注意事項があります、しっかり聞いて下さい。 まず、帰りは全員が揃って無ければこの飛行機は出発しませんので隣や前後の人をきちんと覚えておいて下さい。 自由行動中迷子になってここへ戻って来ないことは私が許しません。 これは最優先事項です。 私の自由行動の目的はこの地の組織壊滅と世界金融ネットワーク崩壊です。 それは近い将来混乱と共にお金の奴隷になった人達の解放へと導く道になります。 私の用事が済んだ後が出発時間になるのでポラリスを気に留めおいて下さい。 では、この場解散!」
「うおぉぉぉぉぉ! 」
猛々しい雄叫びが機内を満たし俺の凍ついた心を揺さぶる。
「亮介、あなたはどうしたいの?」
座ったまま固まった俺をナームは見下ろし問いかけてきた。
「エリを妹を行かせたくない。 いえ、死なせたくない・・・。 でも・・・」
「そうね、今の亮介では役に立つどころか足でまとい。 自由時間の最優先事項を守るのは無理」
「失いたく無いんです、家族を・・・、妹を・・・」
「そうですか。 それでは条件付きで同行できる力を貸しましょう」
「本当ですかナームさん、妹を死なせない、守れる力を貸してくれるのですか?」
ナームの可愛く握られた手が目の前に迫ってきて、ゆっくりと小指から開かれていくのを注視していた。




