一番目の城1
エスカレーターから降りた出発ゲートがあるフロアーは人で溢れていた。 地方空港でも年末ともなると混雑するのだと実感する。 俺は一行を先導するダミニさんから離れない様に人混みを避けながら足を早める。 privateと書かれ布テープで仕切られた20席はあるフロアーの一角に入った。
「ナーム様はこちらへ」
ダミニは俺の後ろを歩いていた彼女に待機者用の長椅子を勧め座らせた。
「おお来たかナー姉ちゃん。ダミニも真希も随伴苦労!」
「栗磯声がデカイ! 隣に座ってるのだからそんなに大きな声で言わなくてもちゃんと聞こえますよ」
「すまん、すまん。 仕事柄こんな声になってしまった。 ガハハハハ!」
「それに何ですかこのprivateの席。 元大臣だからって職権濫用とか感心しませんよ、今は一般人なのでしょ?」
ナームさんは元徴税大臣の栗磯を少しだけ目を細め睨みつける。 ダミニと真希は二人を挟む位置に座った。 俺とエリはその向かいに腰を下ろす。
「ワシは頼んでおらん。 奴らが気を利かせたんだろうさ。 一般人が俺たちの妖気に当たったら可哀想だからな!」
「妖気を漏らしてるのは栗磯さんだけですよ。 少しは自重なさっては如何です?」
「人心掌握には注目を浴びて遠ざける。 処世術よな! それにお前らみたいなベッピンさんがこんだけ集まりゃ近寄ってくる虫はいるからな、少ない方が手間が省けるってもんだ真希」
栗磯が話す通りこの一角に集まった女性陣はファッション雑誌の表紙を飾れる美貌とスタイルの持ち主ばかり。 テープの外からこちらを伺う人達は男女問わず礼儀を逸した視線を向けてくる。 誰もが知るであろう政界の重鎮が美女を侍らせ空港の出発ロビーに居るのだ。 興味を持つなと言う方が難しいであろう。
「それで栗磯さん、移動手段は任せろって言ってましたけど、ここから飛行機で向かうのですか?」
「おう、そうだぜダミニ」
「ここから国際線の空港へ向かって目的地ですか? ナーム様の時間の無駄では?」
「ワシがそんな事する訳なかろう? ほら来た、時間通りだ」
栗磯の言葉が終わらぬうちに見送りゲートからどよめきとシャッター音が聞こえ始めた。
ガラスにへばり付いたカメラ小僧達が狙っていたのは降雪で白くなった滑走路に降りてくる細身の旅客機だった。 尾翼に赤い丸が大きく描かれその中に黒い三角が三つ書かれていた。
「そう言う事ですか」
「そう言う事だ」
二人の会話の間で「何でみんなは戦闘狂なのかしら」と肩を窄めて小さく呟いたナームの声は俺には聞こえた。
「兄貴あの飛行機初めて見る」
「俺も実物は初めて見るけど、ネットニュースに一年前に出てたな、純国産ジェット旅客機だって。 三ツ岩重工業製だったはずだけど、まだ何処の航空会社も就航させていなかったと思ったけど」
「あ、おんなじのもう一個きた」
エリの言葉通り2機目が着陸して並んでエプロンに到着すると、ボーディングブリッジを通って数名の人影が俺達の所へ近づいてきた。
「おう、爺さん達元気にしてたか?」
出迎えるために立ち上がって近づき声をかける栗磯。
「お前はあっち行ってろ! ナーム様がお前のデカイ図体で見えんではないか! おぉぉぉぉぉ! ナーム様じゃぁー! お久しゅう御座います〜!」
真希さんが立ち上がり右手を天井に向けてゆっくりと息を吐き出す。
「手間をかけさせてすまんな真希」
「おぉぉぉぉぉ! 真希嬢お主にも会いたかったぞ! それと今の隠匿の術助かるぞぃ」
俺達のところへ近付いてきたのは電動車椅子に乗った3名の老人と介助者だった。
「久しぶりね、三人とも。 元気、じゃないみたいだけど達者そうで何よりね」
「何言っとる、こう見えても現役じゃぞ! ほれ、あれは俺が作ったんじゃぞ!」
自力で歩けそうには全く見えない要介護者の老人が震える腕で背後の旅客機を示す。
「ワシが金出した」
「ワシが設計した」
「全てを手配したのは私ですからね! お父様達はもう100歳越した隠居の身なのですから大人しくしていて下さい! もぉう、お願いしますから!」
紺色のスーツ姿の秘書風な介助者が老人の毛のない頭をペタペタ叩いて嗜める。
「あなたは?」
「はい、ナーム様お初にお目に掛かります。 私の名はポリーナ・三ツ岩と申します。 三ツ岩グループの秘書長をして・・・」
「ワシらの孫? ひ孫枠じゃったか?」
「幼女の時、養女にしたんじゃったか?」
「シベリアで拾ったんじゃなかったか?」
「何ボケた事言ってるんですか! 歳はひひ孫枠でもあなた達の娘ですから! 病院から一時退院の許可取るの大変だったんですよ!」
「わざわざそんな事までして私に会いに・・・、こんな所まで来てくれたのですね」
「当然じゃろ、我らが姫の目覚めた姿をこの目にしなくて、今生を終わらせる訳にはいくまいて」
中央の老人が車椅子のステップから足を外し床につけ、手摺りを握りしめ震える腕で立ち上がる。 老斑が散らばった顔に笑みを浮かべて両手を広げて見せた。 それを見てか両脇の老人も同じ姿勢になる。
「はいはい。 わかりました。 挨拶と賞賛ですね・・・。 みんなありがとうね、ちゃんと帰ってくるから、その時ゆっくり昔話しでもしましょうね」
それぞれと3名と抱擁を交わして離れたところで秘書長が目にも止まらぬ速さでナームに抱きついた。
「あぁぁー。 これで一回! ゼロ娘脱却! 見ましたかお父様達! まだ死んでないですよね! 見ましたよね!」
「一回娘」
「まだ一回」
「ナーム様が背中に手を回してなかったから、ノーカウントじゃな」
「えぇえぇ〜!」
「こんな所でいつまで戯言を続けておる。 お前達の話が終わったなら早く搭乗するぞ」
栗磯が間に割って入って出発の催促をした。
「そうじゃったな、長居してこの光景ゴシップに取り上げられてもつまらんしな。 して、ここから乗るのは全部で6人か?」
少しの沈黙の後、視線が俺に集中。
「俺? 俺はここまでみんなを車で送って来ただけなので、見送ったら家へ帰りますけど?」
そして再びの沈黙。
「死ぬな!」
「間違いないな!」
「若いのにかわいそうにな!」
車椅子に座り直した老人達はエリを見て口々に声にした。 エリは表情なく俺を見る。 ナームも真希もダミニも小雪が舞う滑走路に視線を向けて身動きしない。 行けばエリが死ぬ? ナームはちょっとしたお出掛けと言っていた。 エリは旅行先でナームの前で少し剣を振るうだけと言っていた。 俺はただ頼まれてここへ彼女達を送って来ただけ。 あの搭乗ゲートを越した先は死線を渡った場所だと言うのか?
「妹も守れぬ腰抜けが倅とは、男で弱いとは情けないものですね。 私は当然ここからナーム様とご一緒しますわよ、お父様達」
「あぁ、そうするが良い。 ワシらの葬式までには帰ってこい」
「数日お父様達が死ぬのを我慢すれば大丈夫ですわ」
「ナーム様うちの娘は役に立ちますからワシらの代わりに同行させてやって下さい」
小さく頷きだけ返してゆっくり歩き始める。
「未来は自分で選ぶ物だわ」
立ち竦む俺を振り返らずナームは俺に向かって言った。 搭乗ゲートを通る前、エリは少しだけ振り返り俺を見て小さく手を振った。 心臓が高鳴り頭に血が登ってくる。 額から汗が噴き出して顎先から滴り落ちる。 どうしたらいいかわからない。 妹が何をしにいくのか何も知らない。 このまま見送って、何も知らないままでもしも取り返しの効かない未来になったら俺は俺を許せるのか? 否 怪しい連中と一緒に妹がいなくなってしまって俺は俺を許せるのか? 否! そう思った時には足は勝手にゲートに向かって駆け出していた。
「俺も行きます。 俺もみんなの飛行機に乗せて下さい!」
俺は最後尾を歩いていた栗磯の腕に手をかけた。
「そうか、自分で決めたら、あとは自分の足で歩け」
振り払われた訳ではなく自分で腕から手を離し栗磯の大きな最中を追いかけて搭乗ゲートを潜り抜けた。
次は、一番目の城2




