ブラジャーへの道
傘先端の影が正午の石を示す。 上空から目に留め、旋回姿勢から降下姿勢に入った。 一本足の東屋があるこの広場で飛行術の練習を続けて四日目になった。 練習に集中し過ぎない様、日時計がわりに地面に石を並べ適度な休憩の目安にしていた。 エルフの体は空腹も疲れも感じないので、どこまで無理をしているのか分からない。 負荷の限界を試してみたいがナームの体を壊すわけにはいかないので休憩は忘れず取る。 目標にした傘東屋の真横に両足で着陸し日陰へ入る。
片手でお腹をさすりながら、蔓の籠に手を伸ばす。
「しょっぱい塩鮭の握り飯食いてぇなー、たくあんに麦茶すすりながら・・・」
普通であればここでお弁当の楽しみが待っているのに、木苺水の入った水筒とどんぐりを取り出し口にする。 喉を流れ落ちるどんぐりの感覚を、頭の中で握り飯に置き換えて
「ごちそうさまでした。 くそっ!」
呪いの文句と一緒に短過ぎる昼食時間に愚痴が漏れてしまう。
少女の外見でこんな言葉使っちゃいかん! と内心で己を戒め、地面の影を見やり訓練再開の時間を決める。 胃袋の満足感は無いが、空腹感を感じていないのも事実。 精神的疲労感が癒されないまま廂に隠れる雲を眺めていた。
朝夕濃い霧が立ち込める日はあったが、こっちで目覚めてまだ一回も曇りの日や雨の日を経験していない。 亜熱帯気候であれば雨が連日降り続く雨期があるだろうから、今はその時期から外れているのだろう。 季節がはっきりしていた日本では、旬の美味しい物があったが亜熱帯には時期的に美味しい物があったりするのだろうか?
それとも年中無休で美味しい食いもんあるのかな?
等と堂々巡りで食に落ち込む思いを引き戻す為、午前中の復習をする。
樹上からの滑空、そして足からの着地。 吊り橋から吊り橋への滑空渡り。 風水晶の消費を抑えたモガ併用飛行、繰り返し繰り返し練習したおかげで安定した着陸の成功率は格段に向上した。 これでナームの体を傷つける心配は少なくなった。 残る練習は空中回避だけだ。 エルフの村以外でのモガ飛行で注意しなければならないのは『鳳』らしい。 肉食性の『鳳』は動くもの何でも襲ってくるらしく、飛行中に「いきなり抱きついてくる!」のだそうだ。
前にもシャナウは守護石の外では獣が「襲ってくる!」ではなく「抱きついてくる!」の表現だったので、俺の脳内では「抱きついてくる!」は「襲ってくる!!」に変換してある。 殺すのは簡単だが、森の動物達は傷付けたくないらしくエルフは皆逃げの一手を打つらしい。 ピラミッドの階段から仰ぎ見たあの巨大な『鳳』からどうやって逃げるのかイメージしてみるが、空中戦は経験がないので全く頭に浮かばなかった。 何もない目の前の空に空想の自分の姿と『鳳』を浮かべ、ドッグファイトを想像していると背にしている柱の後ろから呼ばれる声があった。
「ナーム様今日もここいた!」
ゴブリン村のテパの声。 あの火の水晶事件から毎日聞いてる声だ。 彼女は日中の仕事が採集なので担当している傘の東屋広場へ毎日来ていて挨拶してくれる。 草の葉で編まれた籠を手に持ち緑の葉の塊が東屋へ入ってきた。
ゴブリン達の主食は栗なので今日も栗拾いだと思ったが聞いてみる。
「こんにちは、テパ。 今日は何を採集してるの?」
「フワフワ集めです」
なんかとっても美味しそうな響きにテパの手にした籠の中を覗く。 中には白く丸い塊が沢山入っていた。
「ちょっと見ていいかな?」
目の前で籠の口を開いてくれたので遠慮勝ちに一つつまみ出す。 ナームの親指大のフワフワな細く白い毛で覆われた中に小さな塊がある。 種なのだろう。
「これどうやって食べるの?」
「フワフワ食べないです夜この上で寝ると気持ちいいのです!」
敷布団に使うのか毛皮よりは暖かそうだ。 良く見ると社会の教科書で挿絵にあった綿の実に見える。 綿花だ。 綿の端を摘み捻りながら引っ張ってみた。 細い糸状になる。 指の先に視線を感じると思ったら緑の葉っぱが間近に迫っていた。
「テパ、ゴメンね。 一個形壊しちゃったね」
「ナーム様・・・、これどうやったんですか?」
摘んだ糸になった先で揺れる綿花を指差し聞いてきた。
「これでを布団にするんでしょ? この糸で布を作って綿を入れて?」
「お布団って何ですか?」
お互い質問に質問で話が噛み合わないので、順立てて俺の布団を説明することにする。
「この綿を捻りながら引いて紡いでいくと細い糸になるんだ。 それをテパが持ってる籠編みにするとこんな感じの布になる。」
着ているモガ服をつまんでテパに向ける。 葉がモガ服に触れるのも構わずに近づき食い入る様に見ている感じだ。 モガ服は知らない繊維で荒く織られた布。 硬くゴワゴワしていて、ついでに肌にチクチクする着心地の良いものでは無かった。
「この服の糸より綿の糸が細いでしょ? するととっても肌触りが良くて気持ちのいい布になるんだ。 それで袋を作って綿を詰め込めばあったか布団の出来上がり。 俺も毛皮じゃなくてお布団で寝たいけどエルフの村では使ってないんだ」
いつの間にか地べたに座り綿花から糸を紡ぐ作業に没頭している。
「テパの村では体調崩した仲間が寝るときに寝床にこれを撒くだけなのです」
呟きながらも手は止めない。
「ゴブリン村では布は無いの?」
「ありません。 さっき初めて間近で見せてもらいました」
見守り役のエルフは、ゴブリンと接点はあっても深く交流を交わしていなっかったと聞いていた。 技術も知識も与えていなかったのだから、全てゴブリン達自身が発見と発明をしなければならない。 それには途方もない時間が必要だろうと思う。 しかしその自然発生的な発展をオンアは見守ると言っていた。 度重なる戦いで沢山ゴブリン達の命が犠牲になっても助言はしなかったのだから。もし、戦いの原因だった飢えに、栄養価の高い芋が地面の下にあるのを知ったら当座の戦いは回避できただろう。 ただの時間稼ぎかも知れないが稼げた時間で新しい発見をするかも知れない。 俺が教えていいのだろうか? 籠り中年だった頃の高卒一般常識レベルの知識で自慢できるものでは無いが、教えられることは沢山ありそうだ。 越権行為になるのでは無いだろうか?
テパは器用に籠の中の綿をもう半分は糸にしていて地面に盛り上げている。
欲求が胸に込み上げてくる。 これがあれば欲していた物が作れる。 俺の物欲の為にゴブリンを利用しても良いのだろうか?
思慮深さ・・・
そうだ俺の思慮深き選択の最上級優先順位はナームにある。 ナームの為になる事を実行するには躊躇はしない。
「テパ、その糸で柔らかい布ができたらお布団よりも気持ちいい物が作れるんだけど興味ある?」
下心丸出しの言い方だが、気負いせず問いかける。
「気持ちいいものですか?」
「そう、気持ちいいもの! 柔らかい布で体を優しく包むととっても気持ちがいいの!」
自分の物言いに気色悪さを感じたが表に出さず、その場で立ち上がりモガ服を脱ぐ。 目の前に居るのは緑の葉の塊なのだから恥ずかしさは無い。 全裸になった俺を見て葉が擦れるざわざわ音が激しくするが、両手を胸の膨らみに当て覆う。
「柔らかい布でこんな感じで胸を覆うととっても気持ちがいいの。 それと上着と擦れて痛くならなくなるんだよ! あと、こっちも覆うと完璧かも!」
後ろを向きかわいいお尻の低反発も手の平で隠してみせる。 ざわざわは激しさを増す。 小さくジャンプし少ししか揺れなかった胸をテパに見てもらい。
「激しく動くと揺れて痛いし邪魔じゃ無い? テパの胸も大きかったからいつも大変でしょ?」
言いながらモガ服を着込む。 ざわざわの上がコクコクと肯く。
「もし柔らかい布を私に作ってくれるなら、早く編める道具を作ってあげるんだけど、どうかな? テパ?」
葉の塊は少し後ろに下がり草団子の様に丸くなる。 中で平伏してる様だ。
「ナーム様の仰せのままに!」
仰々しい言い回しでこっちが困惑してしまう。 ここ数日この場所で会話を交わし友達になれた気分だったので気軽に話ししていたのだが、テパの受け取り方は俺の認識と少し違うのか?
「あっ、テパ! 何も畏まらなくてもいいんだよ! 今のは命令じゃなく相談なんだけど・・・。 俺より器用なテパに布を作る道具と交換で綿布を織ってもらいたいだけなんだけど」
地面にこんもり盛り上がりまで紡がれた糸を手に取り、感心しながら見つめる。エルフとゴブリンの体格差のせいで最初に俺の紡いだ糸よりかなり細い。 これが布になれば、さぞかし肌触りが良いだろう。 頭に描くブラジャーの形は裁縫知識が全く無い俺には作れないが、反物でサラシを巻く様にすれば当初のナームの低反発保護の目的は達成されるはず。
「テパ、もう一度言うけどこれ命令してるんじゃ無いからね」
一応は念を押しておく。 それと道具を渡すと言ったが手元には木を加工する道具すら無いのだ、渡せるまで時間はかかるだろう。
次回、ジャガイモ




