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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
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奉納舞



 訳も分からず状況に流されるまま浮き掛けた腰を下ろし、また酒を飲み始めた俺。 さくやとこのはなが持ってきた数種類の串に刺された肉。 数本皿からつまみ炭火で炙り義務感に急かされるまま口に運び咀嚼した。 

「良いから黙って食ってろ」

大婆女将に言われ、隣の母さんに酌されては逃げるわけにはいかなかった。 熱燗から宿自家製の山ぶどう酒ソーダ割に飲み物が変わった頃周囲の異変に気が付く。 大勢が宴会場にいてざわめきに変化はないが会話がほとんど聞こえなかった。 笑い声や頷き返す声は時々耳に届くが、その話す内容が聞こえないのだ。 囲炉裏席を囲む連中を注意して見ていると大婆女将はひたすら肉を食っているかと思えばいきなり笑い出したり表情だけがコロコロ変わる。 栗磯元大臣も骨酒を飲みながら視線と表情が変わるのみで言葉は口から発せられない。 この宴会は長期療養中だったナームとやらが復帰してきた快気祝いと聞かされていなければ、お通夜の席と言われてもこの状況だけを見れば誰しもが信じるだろう。 どう考えてもこの場にそぐわない俺はさりげなく退散する方法を思案し始めた。

シャン・シャン・シャン・シャン・・・

鈴の音が耳に届いた。 庭園に面した縁側のある襖の方から聞こえる。

「余興の舞か。 ちょうど良い頃合いだ。 祝いの席に食いもんと酒だけでは物足りんと思っておったところだ。 東の守り衆、場を整えろ」

栗磯元大臣の言葉に氏子達の数人が立ち上がり縁側と宴会場を隔てる襖を全て戸袋に収納していく。 提灯に照らされた広くはない庭に降り続ける雪。 屋外とを隔てる格子のガラス戸も開けられた。

「時ここに至って、もう隠匿も必要なく思うぞ真希」

「仰る通りですね・・・、それでは今宵、世界に知らしめましょう、戦乙女ここに在りと」

隔てるものが無くなった庭からではなく、真希さんから感じた冷気に背筋に悪寒が走る。 鳴り続けていた鈴の音にもの悲しげな弦の響きが加わり語り掛けてくるかに篳篥と竜笛が重なる。

奉納舞で聞き覚えのある音色だが曲調が初めて耳にするものだ。 左側から鈴の音を纏った演者が滑る様に姿を表した。 薄い緑の千早に赤い緋袴、右手に抜身の長剣と左手に三番叟鈴。 太鼓の音に合わせて歩みを止めて鈴が鳴り、右膝が高くあげられ小さく一歩を進む。 雪舞台の中央まで演者が進むと、男の語部が謡始め長剣が激しく宙を舞い始める。 時に緩やかに、時に激しく。 神社の奉納舞では見た事のない舞楽。 数分の激しい舞が篳篥の小さく消えいる音と共に緩やかになりしゃがみ込む演者。 切先の峰を左手の甲にあて長剣を献上するかの如く頭上水平に掲げて伏せていた顔をあげた。 妹の絵里恵がやり切った感の笑みを浮かべたのが見て取れた。 少し泳いだ視線が宴会場の主賓を捉えたのかニンマリ顔になったのがわかった。

「キャッ!」

小さく押し殺された悲鳴を発したかと思ったら、床が抜けて緋袴が隠れるまで雪に埋まってしまった。 太鼓が一つ鳴り篳篥が続く。 緩やかに立ち上がった絵里恵がバツの悪そうな表情で膝まで雪に埋まりながら左側へ退場していった。

「あの時の戦を思い出すのぉ。 しかしもって、最後の最後で気を抜くとは。 今生の修行厳しくせにゃのぉ」

「宜しく頼みます大婆女将」

母さんと大婆女将との会話は耳に届いてはいたが俺の視線は最後に藪をかき分け残された道に釘付けだった。 新雪の雪の舞台。 演舞中は絵里恵の草履は沈む事なく足跡一つ残していない。 氷上の様に人間の体重を支えるのは無理なのに、なぜ足を取られず雪の上で舞えたのだろう。 それに寒くない。 開け放たれた宴会場はもう屋外と同じと言っていいはずなのに気温の変化がないのだ。 俺は相当酔っているのかもしれない。 意識ははっきりしていると思っているだけで眼前の景色は全て虚像なのかもしれない。 縁側を数名の人影が歩いて来たのに気付いた。 奉納舞を担当した一団の先頭に演舞衣装のままの妹がいた。 場内中央で歩みを止めて氏子達に向き直り全員が深くお辞儀をした。 暖かい拍手が労を労うなかテヘペロしている妹であった。 拍手が収まると妹だけ小走りにこちらへ近づき主賓と囲炉裏を挟んだ正面に座り平伏する。 鞘に収まった長剣を演舞最後の姿勢で掲げた。 束の間会話は何一つなされないままだったが剣は下ろされ伏せていた妹の頭が上がった。 涙を浮かべた満面の笑みがそこにあった。

「大婆女将最後失敗しちゃいました」

「どうせ、姫を見つけて静の気を喜の気が飲み込んだのであろう? 分からんでもないが未熟よのぉ。 その宝剣に身合う武人は遥かなる高み。 姫から直に託されたのじゃ、今生で成せる様精進して見せよ」

「うん、頑張ってみる!」

妹は深く頭を下げてそのまま後ろへ退き右手に剣を携え回り込で俺の隣に座る。

「お母さん、応援してくれたのにごめんなさい」

「最後、あれはあれで可愛かったから、とっても良かったわよ。 エリちゃんらしくて」

「ふふふっふ、もらっちゃった。 3本目のシリウス」

「その剣、持ち主の責任は重大よ」

「姫がさっき教えてくれた場所、私も行って見たいわ」

湯呑みに手酌で冷めた熱燗を注ぐと一気に飲み干して「美味い!」と呟き、なぜか笑い出す妹。 未成年の娘の飲酒に帯剣を許す母親。 断片だけが交わされる会話。 ここはやはり俺の居場所じゃないと感じて妖怪氏子が集まる宴会場から誰にも悟られない様に退出した。


 湯煙と月明かりで星は少ないが澄み切った快晴の下、飲み疲れているはずなのに一度目覚めて二度寝に失敗し訪れた露天風呂。 20分ほど浸かっているが放射冷却で下がった気温のためか凍てつく寒さが頭を冷やし出るに出れなくなっていた。 宴会場で体験した事を頭で整理しようとしてみたが、結果は俺の気が狂れた意外に思いあたらない。 現実ではあってはならない光景を目の当たりにしたのだ。 狐に憑かれたか、雪女にでも見初められたか? それもまた現実離れしていると想いあたり自分を鼻で笑った。

「しっかしあの金髪さん、スッゲェ美人さんだったなぁ〜」

「あら、ありがと亮君」

間近で声がし顔を向けると金髪の美人さんが真隣にいた。

「ヒィー!」

吸い込んだ息が悲鳴となって口から溢れる。

「面白い反応ね、今回の返しは合格!」

「いきなり何ですか! ちょっと離れてください」

「いきなりじゃないわ、ずっと隣で一緒にお月さん見てたじゃない」

そんな訳はない、夕方の失態を繰り返さない様女性側に誰も居ないのを慎重に確認してリア充エリアに来たのだ。

「嘘です。 誰も居なかったですよ! 確認したんですから!」

「私は最初から沈んでいたわ。 お湯の中に」

「お湯の中に? 沈んで? ・・・潜ってた?」

「そう、潜ってたわ」

白濁しているお湯は透明度はほぼ無い。 掌を少し沈めるだけで見えなくなるのだから潜っている人影に気付ける訳が無い。 それよりも逃げなければ!

「何で逃げるの? 混浴露天風呂なんだから裸の美女の体を舐める様にみても警察に捕まったりしないわよ、犯罪にもならない」

「そんな舐める様にみるなんて、そんな事しません!」

「なら気にしなくて大丈夫じゃない。 ゆっくりお話ししましょ亮君」

「何で俺の名前を・・・? それより宴会場では体調悪くて話もしてなかったのに今はおしゃべりまでして大丈夫なんですか?」

「さっきよりは少し回復してきた? まだまだ本調子じゃ無いけどね」

「はぁ、そうなんですか。 では、失礼します」

「こらこら、さりげなく逃げない!」

「腕掴まないで下さい!」

「逃げない?」

「・・・」

「逃げない?」

「・・・わかりました! 逃げません!」

「良かった」

肩が触れそうだった距離を少しだけ広げ深呼吸をすると少し落ち着いてきた。 横と水面から月明かりが照らす彼女を見て改めて超絶美人だなと思う。 でも敬遠したくなる綺麗さではなく親しみのある懐かしさを感じる美しさ。

「仕事は何をしているの?」

「俺ですか?」

「そうよ」

「この山の麓の町役場に勤める地方公務員ですが」

「硬そうでつまらなそうな職業ね、仕事楽しいい?」

「仕事は楽しいとかは感じた事ないですけど、まぁ、仕事ですから」

「そんなもんよね。 生きるためにはお金が必要で、お金を貰うには仕事が必要。 将来設計を考えれば冒険よりは安定。 そんなとこかしら?」

「えぇまぁ〜」

「子供が目標の仕事に就けて親御さんも安心ね」

「母さんはどう思ってるか分かりませんが、文句言われてないんで」

「立派なお母さんね、公務員の長男に国体出場の長刀達人の妹さん。 ほんと立派なお母さん。 それでお父さんは?」

「知りません幼い頃に離婚しましたから、今どこで何やっているのやら」

「あら、冷たいお父さんね。 自分の子供がこんなに立派に成長してるのに、あっちこっちブラブラしてるなんて」

「父と母との間に思うところがないと言えば嘘になるけど、人生いろいろ・・・って感じですかね。 今更どうにもなりませんから」

「そうね、経験した過去をやり直すとか狭界の理に反するもんね」

「何ですかそれ?」

「何でもない独り言よ!」

「失礼でなければあなたの事を聞いても良いですか」

「どうぞ、名前はナームね。 宴会で聞いたでしょ?」

「ええ、姫とか戦乙女とかと呼んでる声も覚えてます。 ナームさんは何者なんですか?」

「そうね〜、私は・・・。 火星の超技術で生まれた長寿命の美人エルフで、歳は18000歳を超えたかしらね」

「ちょっとそんな冗談みたいな話しされてからかっても信じませんよ!」

揶揄われているのだと思った。 見るからに外人の美女が流暢な日本語を話し、自分の出所は火星だと言う。 SFにファンタジー混ぜてんじゃねえよ、とツッコミを入れたくなった。 どんな顔して話してるのか気になって顔を覗き込んだ。 表情にはおちゃらけた雰囲気は無く至って真剣。 お湯に浸からないよう巻き上げ結んだ金髪の上に置かれて手拭い。 長く尖った両耳に揺れるイヤリング? ゲームやアニメでよく見るエルフが目の前に居た。

「あぁ、信じなくて良いのよ。 電波な金髪美女が考えた妄想の類か都市伝説だと思ってもらって良いのよ。 私の身の上話、続けて大丈夫?」

「・・・ど、どうぞ続けてください・・・」

「いいわ、ちょっと色々有り過ぎて長くなるから掻い摘んで話すわね」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 日の出が遅いこの時期の空が朝焼けに染まる頃まで話は続いた。 露天風呂には入れ替わり立ち代わり男女の入浴者があったが、俺はおとぎ話に夢中になって聞き役に徹した。

次は、表皮の意識

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