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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの少女は全てを愛する
135/156

露天風呂と宴会場1



 『大露天風呂 男』と書かれた大きなのれんを潜り脱衣所に入った。 小さな石油ストーブが暖をとる傍で速攻で裸になり衣服をカゴに放り込む。 『浴場』の扉を開けると硫黄の香りと冷気が襲いかかってきた。 懐かしい感覚。 子供の頃これが嫌で風呂に入らない時期があって母さんと妹に嫌味を言われたのを思い出す。 今ではこの冷気の後にあったか極楽に浸れるのを知っているので、これこそがロマンだと思えてる年になったのだ。 がしかし、辺りの気配を探った。 ここの露天風呂は脱衣所は男女別となっているが浴場自体は混浴になっている。 とは言っても中央に竹で出来た仕切りが2/3まで男女を隔てており、ガキか相当なスケベオヤジじゃないと女の裸体見たさに仕切りの先に行く奴はいない。 仕切りの先へ行けば渓流を眺める絶景を得るが女が竹柵の向こう側に一人でも居た日にゃ、迫害の日々を得る事ができる。しかるに、俺は女性客が居ないのを確認してからじゃないと行けないチキン野郎なのだ。 女性客含めて中居さん連中にでも見つかったら後で妹に何言われるかわかった物じゃない。 男用は見た目で人影は無く、耳を澄ませた感じだと女性用にも気配は感じない。 珍しく客が沢山いるはずだがもう宴会が始まっているのかもしれない。 手持ちのお風呂セットを棚に置いてケロリンと手拭い片手に浴槽の縁に座り汲んだお湯を頭から被った。 再度汲んだお湯に手拭いを浸し一通り体を洗い流す。 ここの温泉は石鹸は泡立たないのでいつもあったまった後に気休めで使うぐらいがちょうどいい。 温泉成分を洗い流さず湯上がりに仄かに硫黄の香りが残るのがいいのだ。 入浴マナーを守り白濁した水面にゆっくり足を入れていく。 熱く感じるのは体が冷えているせいだ、心配ない。 じきに極楽がやってくるのだ。 手拭いを頭に乗せて顎まで浸かると自然と口から漏れる言葉。

「あぁ〜極楽極楽♪」

薄暗い男性側の浴場内から渓流側を見ると庭木に吊るされた白い提灯が見えた。 静寂の中降り続ける親指大もある牡丹雪。 妹に無理やり送らされて来たが、このお湯に浸かってしまえばもう俺の口から文句は言えないな。 微かに耳に届いたせせらぎに誘われて渓流が見える縁までお湯から肩を出さないようにゆっくり移動した。

「こんばんわ」

いきなり声を掛けられ心臓が縮み上がり口から出そうになる。 仕切りを通り越した先の女性側に三人の人影があった。

「あ、すみません。 誰もいないと思ってました」

条件反射で誤り背を向けて戻ろうとすると再び声を掛けられた。

「何を謝っているのですか? ここは男女が一緒に入っても良い温泉でしょ?」

「ですが・・・」

「冷たい風に降り続ける雪、このお湯を冷水に変えるのには幾ら時間が必要かしら」

俺の弁明を遮り発せられた不思議な問い。

「ここの温泉は源泉掛け流しですから、冷水にはならないかと・・・」

「つまらない答え。 綺麗な景色を見に来たのでしょ? 私達は気にしないでこちらへいらしてはいかがですか?」

「しかし・・・」

「あなたが私たちに気兼ねしてこの温泉を堪能できないのであれば、私達が中座しなければ成らなくなります。 これも何かの縁です。 さぁ、こちらへ」

角が立たない断り文句が頭に浮かんでこない。 今日ここへ来ているのは下の神社関係者の集まりだろうから絶対妹の耳には入るはず、どっちから逃げたらいいのかと考えながらも俺の体は物腰の柔らかい女性の声に逆えず渓流が望める縁まで移動した。

視線だけは女性達に向けないようにしながら景色だけに集中する。

「亮介さんと一緒にお風呂に入るのは何年ぶりかしらね」

名前を呼ばれて恐る恐る視線だけ声のする方へ向けると見知った顔があった。 大婆女将の娘で母さんより10歳は年上の旧知の女性だった。

「大女将! お久しぶりです。 ご無沙汰しておりました」

かなり上ずったが返事を返し直ぐに視線は眼下の渓流へ戻す。 

「何も緊張しなくてもいいではありませんか。 背中を流しあった仲なのですから」

「あ、あの頃は俺も子供でしたから、この年になると恥ずかしいですし、他の方もいらっしゃいますし」

「二人とも私の古くからの知り合いですの。 亮介さんは私の息子同然なのですよダミニさん」

「前に何度かお話ししてくれた方でしたか」

ダミニと呼ばれた女性が俺に最初声を掛けてくれたのだと分かった。 視線の端に微かに見える姿は長い黒髪にミルクティー色の肌、彫りの深い日本人離れした美人さん。 年は俺と同じくらいだろうか。 外人は成長が早いと言うからもしかしたら年下かもしれない。 大女将こと真希さんは俺がここへ来た時から一切老けを感じさせない黒髪色白の艶やかな女性だ。 60歳は超えているはずなのに40代と言われても誰も疑わないだろう。 若作りの母親と並んで同級生と言われても納得するほど若々しいが、病弱なのかあまり宿の仕事には就けないらしくその代わりに母が女将代行となっていた。

 その二人の間に少し背の低そうな金髪の女性がいた。 湯煙ではっきり見て取れないが体調が優れないのか浅い呼吸音だけ感じられた。

「あなたは自由なのですから何も気兼ねする事なく過ごして良いのです。 でも、必然か偶然か・・・、ここで会えてよかったですね」

「はぁ」

ダミニさんの妙な言い回しにどう返答したら良いかわからず中途半端な声を出す。 居心地悪さを感じながらも降り続く雪を暫くの間ぼんやり眺めていたが真希さんとダミニさんの俺を見る視線に耐えられなくなって先に出る決意を決める。

「おれ、私はだいぶ温まりましたからお先に失礼します」

「あら、まだ来たばかりではないですか? もう少しお話しましょ」

「亮介さんは昔からカラスのなんとかさんでしたから 引き止めてはダメよダミニさん」

真希さんの気遣いの言葉に心で両手を合わせてゆっくり脱衣所へ向かって移動する。

「それではお先に失礼します。 皆さんはゆっくり温まってください」

「亮介さんこの後鶴の間で絵里恵さんの舞とご飯が出ますから顔を出して行ってくださいね」

大女将の誘いを断る勇気は俺には無かったので、すぐさま快諾の意思を表し浴場を後にした。 真希大女将に叱られた経験は無いが、怒らせたり敵にしたら不味い事だけは子供の頃から感じていた。 時々細められる目蓋の奥の瞳が鈍く光るのに恐怖を感じた事が幾度もあったのだ。

 充分とは言えなかったが体は芯まであったまったので自分を納得させる。 あの渓流を望める場所は夫婦とかカップルとかのリア充が陣取る場所だ。 俺の様な『にぶちんシングル男子』が見知らぬ女性といていい場所では無い。 まぁ、大女将は知り合いではあるが、もう一緒に風呂に入ってはいけない年齢に俺はなったのだ。 って事で尻尾を巻いて逃げ込んだ喫茶室で缶ビールを一気飲みする。 泊まるか帰るか悩んでいたが、あんな近くに裸の女性がいたのは彼女がいた大学生以来だ。 のぼせた頭を冷やすにはこれしか思いつかなかった。 今日は帰るのは諦めてここへ泊まって行こう。 母さんの部屋は広いから布団三組は楽に敷ける。 たまには昔みたいに寝るのもいいだろう。 2本目を自販機から取り出しプルタブを開けて今度は三者三様の美女の面影を脳裏から追い出す様に、除雪の苦情で四苦八苦する串田の顔を思い浮かべながらチビチビ喉を通してやった。


 喫煙室に移動してナッツをかじりながら3本目を飲んでいると配膳用の大きなカートを押した野口さんが通りかかった。

「あら亮ちゃん、もう飲んでるのね。 お母さんと会って話したのね」

「あ、まだ母さんとは会ってないですけどお風呂が気持ち良すぎたんで帰るの諦めました。 外はまだ雪降ってますし、これから帰っても部屋寒いですし」

「そうよね、ならここで一人で飲んでないで鶴の間に来なさいな。 囲炉裏に刺してる岩魚ももう焼けて食べ頃になってるはずよ」

「囲炉裏があるのって寿の間じゃ無かったでしたか?」

「今日は全部襖を外して大宴会場スタイルにしてるのよ。 さ、一緒にいきましょ。 亮ちゃんはシャイだから最初は入りづらいでしょ?」

「もう、お子様じゃないですからそんな事はないですけど、一緒に行かせてください」

「はいはい、大人になった亮ちゃんは素直でかわいいわね」

母さんと年が近かったはずだが、ここに住んでた頃は歳の離れたお姉さん的な存在で話やすくとても可愛がってくれた。 そしてさりげないこんな気遣いもしてくれる。 なんの集まりかは知らないが、お言葉に甘えて今日はご馳走になろう。 カートを押す手伝いをしながら鶴の間へ向かうと大勢の気配が感じられた。 最大に広げた宴会場は今まで記憶にはないが、建物の構造を考えると畳300枚の長方形の部屋になっているはずだ。 お膳の配置にもよるが150人は余裕で入るだろうが人数分の器や膳の数がそれ程用意されていた記憶はない。 有っても100セットぐらいのはずだ。 それに中居さんの数だって一時期よりは減っていて野口さん他二人の顔しか頭し浮かばなかった。

「野口さん今日は忙しくて大変そうですね。 なんなら配膳とかの裏方手伝いますよ」

「あら、ありがと。 でもこのカートで最後だし。 今回は大量なお料理は出さなくていい予定だし、お酒とか飲み物は好みの物をお客さんが自分で持ち込んでるのよ。 亮ちゃんのは別に用意してあるから心配しないでいいからね、だから囲炉裏を囲んでゆっくり食べてって。 お母さんはもうほとんど仕事は終わったはずだし、この後囲炉裏担当だから親子でゆっくりしてなさい」

「なんだかすみません。 お邪魔しちゃって」

「何言ってるのよ! 亮ちゃんはここの子同然なんだから、変な気使わないの!」

問答してる間に入り口に到着した。 野口さんは中居さんの顔になり襖の前で両膝を付き両手でゆっくり開けて軽く室内に頭を下げる。

「お客様、これより追加の配膳をさせて戴きます」

「お、のっこちゃんまだ仕事させられてたんか? そんなのうちの若い奴らにやらせっから一緒に座って飲もうぜ!」

「私の仕事取ったりするのはやめてね! 終わってからゆっくりお付き合いしますからねぇ〜。 あと美沙女将代行の息子さんも同席させてやってね。 今日集まった皆さん顔馴染みでしょ?」

野口さんの口添えにそんな事はないはずと思ったが、野口さんの隣に並び膝を付き、昔教えられた挨拶をする。

「宴会同席のお話頂きありがとうございます。 武藤亮介です。 今日はご馳走になります」

室内に向けて下げた頭の先の賑わいが一瞬止み、こちらに全員の視線が集まったのが分かった。 両肩を剛腕に押され背筋に冷たい物が流れる初めて感じる気配。 一瞬時が止まったかの錯覚の後、宴会場は先刻と変わらぬ賑わいを取り戻し両肩の圧力からも解放される。 膝立ちで頭を下げたまま室内に入り立ち上がって周りを見渡す。 俺の体と思考はそこで固まってしまった。 宴会場内には異形な獣達がひしめき合っていたのだ。


 熱燗の入ったおちょうしからお猪口に手酌でそそぎ一気に煽り岩魚の塩焼きを貪る。 さっきからこの繰り返しをしているが、一向に酔いが回ってくる気配がしない。 それも当然、囲炉裏の赤く燃える炭から恐怖で顔を上げる事ができないのだ。 入室して固まった俺に気づき呆れた微笑みを浮かべながら母さんが肩を抱いてくれてこの席に座らせてくれた。 俺は一言も発せられず目の前に置かれた酒と肴をひたすら口にする事しか出来なかった。 ハロウィンはもう終わっているのに宴会場は超リアルすぎる妖怪のコスプレ集団が騒いでいるのだ。 巨大な猿が腰巻一つであぐらをかいて一升杯で酒を飲んでいたり、首から上が狐の和服女性が見慣れぬ弦楽器を鳴らしていたり、スネ毛の一本足の上が傘とか妖怪図鑑から飛び出してきた連中がウジャウジャいるのだ。 隣に座った母さんはそれを楽しげに眺めていて、喚き散らして問い質そうにも俺の肝はもう縮こまったままで飲み食い以外言葉が出せない。 炭火の炎に集中して思案する。 俺は何処から夢の世界に入ったのだろう。 一本目のビールの後か? それとも浴場で湯当たりでもして昏倒したのか? いや、帰宅して自分の部屋で酔い潰れたのだろうか? まさかこんな光景が現実な訳はない。 コスプレ宴会が氏子の集まりにしても目の前の存在は人がかたちどり動かせる限界を超えている。 夢だ、悪い夢に決まっている。 もう何本おちょうしを空にしただろうか・・・。

「はいはい! 皆さん静かにして! 自分のお席に一回戻ってください!」

野口さんの良く通る声が響いて場内は静かになった。 向い合う膳の数が60、三本演台と直角に並んでいるので、配膳された数は180名分。 囲炉裏前に数席空きはあるがその他には人の姿が半分と妖怪姿が半分、囲炉裏があるここの向かいに舞台が有るのでここは下座になる。 少しだけ緊張が解けた気がした。 これだと中座しても誰にも気づかれないで済みそうだ。 かしこまった正座で飲み続けた血流が滞った足が痺れてなければの話だが。

「もう少しで準備ができますから、これから大婆様を呼びに行きます。 酔って絡んだりしない様に! 食べられても私は責任持ちませんから。 お冷やが欲しい人は千代さんに頼んでくださいね」

野口さんは静まり返って行儀よく全員澄まし顔を向けるのを確認してから微笑んで宴会場から出て行った。 こそこそと小声で話す声は耳に届くが、さっきまでの賑やかさは無い。 囲炉裏に座った俺に注意を向ける姿も無く、ぎこちない動きで正座からあぐら座に足を組み替えて脹脛をマッサージしてやる。 この痺れる感覚、軽く押すだけで走る激痛、夢がこれ程リアルなわけはない。 

「随分と姿勢が良かったけど、もう限界よね。 無理せず崩しなさいってあれほど言ったのに、ほんと誰ににて頑固になったのかしら」

俺の膝を優しく撫でながら母さんが囁く。

「あ、の、母さん?」

「何? トイレでも行きたくなったの?」

眼前の集団に気圧されるでもなくいつもと同じ口調で話す母さん。

「俺、夢でも、見てるのかな? それとも、頭がどうにかなちゃったのかな?」

「どうして? 亮ちゃんが好きな日本酒飲み放題と、岩魚の塩焼き食べ放題だから?」

「何言ってんの? 目の前に居る連中だよ。 あれ人間じゃない様に俺には見えるからさぁ・・・」

「だって人間じゃない氏子も今日は集まっているのよ。 懐かしい顔ぶれが居るのは当然よ」

「母さんはなんで平気なの? 怖くないの?」

火箸で炭火を少し弄り俺に向き直る。

「あなたは、アレだけど今日はみんなと一緒に居て同じ祝いの席を楽しんでもいいんじゃない? 悪さをする様な悪鬼はここには来てないわ。 安心してここに座ってていいのよ」

「俺がアレって何? 今日同じ様な事何回か言われたんだけど・・・」

「いいの、何も気にしないで美味しいお酒飲んで、美味しいおつまみ食べて眠くなったら母さんの部屋へ行って眠りなさい」

「ちょっと、母さん! ちゃんと答えてよ!」

膝に添えられた母さんの手首を力一杯握り問い詰めようとしたところに襖が勢いよく開く音がして入ってくる気配に顔を向ける。 野口さんの胸の辺りの身長しかない着物姿の老婆姿があった。

次は、宴会場2

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