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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの魂は仲間に甘い
133/156

時間は足早に進む



 俺が奉仕している女達はいつもの様に日没後間も無く、各自の布団に潜り込んだ。

誰もいなくなったリビングと炊事場をせっせと掃除して俺も日課を終える。

そしてニルに天気予報を聞いた。


・今夜も行くけど雲量はいくらくらいかなニル?

・最寄りの星見の台の地域で良いかジン?

・あぁ、いつものナーム天文台を中心で頼むよ

・それでは・・・、次の日の出まで降水確率は0%、雲量は現時刻北西仰角15度に2ですが宙域にはいつものガスが10ですが?

・宙域は数千年は晴れないから仕方ないだろ。 でも、今日も観測日和だな、そんじゃぁ行ってくるよ


 家政夫に適した人型を解除し玉の姿に戻って窓の外に身を投げる。

流星が飛び交う見慣れた夜空を星明かりを頼りに北に向かって飛ぶと目的地のドーム型シルエットが闇に浮かんだ。

ドキアから来た人間達は自分の住居は布張りのテントのままの移住直後、この大陸で最初に建造したのは星見のピラミッドだった。

この大陸に招いたエルフに持つ敬う思いと自分達の安寧に欠かせない食物貯蔵庫建築を最優先したのだ。

一年待たずに完成したピラミッドの屋上に土木工事の空き時間でナームは望遠鏡とドーム型の天文台を設置した。

俺の記憶にも残っている実家の押入れで眠っているタカハシのFCシリーズを真似た逸品。

150mmフローライトの対物2玉レンズを500mmの短焦点距離に仕上げてF値性能を高くした。広い視野で暗い星を観察するにはハイレベルなスペックだったが、接眼レンズを覗いたナームは『ダメね』と呟きそれ以降興味を無くして使う事がなかった。

理由は自作した望遠鏡性能ではなく銀星の塵で宇宙空間が白く濁っているせいだった。

その時俺も覗いてみて少しがっかりしたのだが、俺の想定以上にクリアーな視界だったのでナームに頼んで今の管理者は俺だ。

飛行速度はそのままで天文台壁の緩衝材に突っ込んで速度をゼロにする。

体(玉)を自由落下させ直下の2本の棒に当身をしてヘソに吸い込まれる。

これは俺専用の入り口でパチンコのスタートチャッカーを意識した仕掛けだ。

室内の導く樋を転がり難関を潜り抜け終点の照明スイッチを押して自作ピタゴラが完了。

今日は釘がわりの棒に弾かれてもヘソに飛び込んだし、自力の軌道修正なしで全観測準備完了したので自分に100点をつけてあげよう。

俺もこのくらいの遊び心を取り入れる時間の余裕が出来たって事だ。


「平和だな・・・、次郎」

・? 誰だ!


不意な呼びかけに水晶の本体に体を纏いつつ叫ぶ。

観測用の波長が長い赤い光に照らされる室内の中央に望遠鏡を覗く俺サイズの後ろ姿があった。


「中心は綺麗に見えるけど、隅は星像が滲んでるな、デジタル写真には耐えられないが肉眼での観測には十分か? 良い出来と言っていいのだろうな、かつて望ん出たんだよな、星空をつまみに酒を呑むこんな暗闇。 地球から見る月は遠くでも綺麗だな」

「四郎・・・か? 月から帰って来たのか?」

「シ・ロ・ー、そうだな。 和多志の狭界での呼び名は四郎だったな。 ・・・いかにも、帰って来たよ山上光男の次郎」


望遠鏡を覗いた姿勢のままで答えた四郎に床を蹴って空中を飛び近づいた。

普通サイズの人間が5人も入ればいっぱいの観測所、俺が入って来た場所から中心の望遠鏡までは2メートルも無いはずなのに近づけない。

間違いなく飛んでいて前進しているのに・・・。


「おい、四郎! なんか空間が変になってる、もしかしてお前の仕業か?」

「ん? 和多志が何かしたか? あぁ、狭界の理、だな。 お前との接触は道を外れているらしい」

「狭界の理? 道を外れる? 何の事だ! お前は月まで行けたのか? 何かを知ったのか?」

「地球から見る小さき綺麗な月。 強欲な孤高の指導者ただ一人乗る悲しき宇宙船・・・。 そうだなお前の問いだな。 月には行けたさ、そして全て知ったさ、和多志のこれから歩む道もな」


再度意識を集中して飛ぶが近づけない。

風防が付いた薄手のロングコートが微かな風になびいて赤色灯に縁取られた姿がふわりと振り返る。

俺に向けられた暗闇に四郎の顔が見えた。

髑髏に張り付いたシワだらけの表皮。

窪んだ双眼に眼球は無く表情は窺えない。


「四郎どうしたその体、大丈夫なのか? ミムナに、すぐにミムナに連絡をとって診てもらおう!」


会話をしていた相手がミイラの姿だった事に恐怖を感じたが、即座にメインサーバーに通信を送りミムナに連絡を入れようとした。


「ミムナか、懐かしい名だ・・・が、連絡は阻止したよ。 鱗の指導者シルフと同じ和多志の敵だからな・・・。 残された時間は短い次郎、心して和多志の言葉に耳を傾けろ。 月が地球に到着しても奴は地上に攻め込んでこない、火星の王もまたしかり、地上を制圧するには至らない。 なぜならば、地上は収穫時期には至って無いからだ。 この時代にナームが来たのは収穫を早める為にシルフとミムナ双方が企てた時間移動。 慈愛の狂気であるキョウコをこの時代に解き放ち早熟させた地球を喰らい尽くす為。 計画は順調だったがナームからこぼれ落ちたジンジロ毛で奴らが描いた未来軸が変わった。 シルフもミムナも現状のそれに気がついてはいまい。 ナームのジンジロ毛玉はナームをあの時代に帰す為に生まれた唯一の道。 それを望んだのはこの狭界の意志。 狭界はナームと共に在る事を望みそして我らがこぼれ落ち出発の時間へ帰ることが使命となったのだ。 ・・・この気配? ミムナに察知されてしまったか・・・。 次郎、もうお前と言葉交わす事は無いだろうから最後の言葉だ。 ナームを守ってやってくれ!」

「ちょっと待て四郎! 全然意味わかんねえよ! 狭界とかミムナが敵とか何だよそれ!」


小さな人影が薄れ中の水晶玉が現れて透明なそれが一瞬で白く変色した。

遅々として前へ進めなかった体の呪縛が消え四郎に秒で近づく。

観測用の椅子に置かれた白い水晶に手で触れると砂糖菓子が水に溶ける感じで崩れ落ち姿を消した。


「何だよ! 何なんだよ! せっかく月まで行って帰って来たってゆうのに! 半端な説明で砕けやがって!」


ドーム内に反響する俺の声に誰も答えてはくれなかった。

いきなり目の前に訪れて、話も途中で砕けた四郎だった白い砂を見下ろす。

狭界の意志に収穫? それに魂のタイムトラベルが火星と銀星の企み?

動揺しすぎて震えた手を拳を強く握ることで何とか止める。

四郎だった砂を集めて近くにあった接眼レンズケースに入れてやる。

椅子に腰掛けて深呼吸しさっきの会話を整理する。

俺の知らない狭界の件を除けば要は、ナームの中のキョウコを解放させないことを改めて俺に釘を指しにきたのだろうと思う。

エルフの少女に宿ったナームの魂には幾つもの精神が混在し攻めぎ合っているのは感じている。

今となっては俺とナームは別人で新たな精神となった彼女がそれらを抑えて統括できている。

あの時代へ帰る為に俺らはナームから別れたと言っていたから、これから起こる出来事に俺らが干渉しなければ収穫とやらの時期が来てあの時代への道は閉ざされてしまうってことだろう。

以前ミムナは俺らの来た時代へ道は繋がったと言っていたから、深く考えずに時間さえ過ぎれば帰れると簡単に考え行動していたがそれは間違だったのか?

しかし日々行われる行動の選択で岐路を見極めるのは不可能にも思える。

正解を知るのは14500年後の遥か未来なのだ。

側のケースを拳で叩いて恨み節を一言つぶやいてから望遠鏡を除いた。

さっき集めた四郎の砂粒みたいな月が白く霞む宇宙にポツンと浮かんでいた。



△△△


 直上で止まった木槌が日差しとミムナの直視を遮っていて少し心地よい。

この身の終焉に対しての恐怖心も生まれてはいないので、在る意味俺は悟りの境地に至れているようだ。

短時間の四郎との邂逅の内容で火星と銀星が地球の敵の部分を省いてミムナに話した。


・話せる事は以上ですよミムナ。 砕けた四郎はナーム天文台の小さな箱の中に入ってますから、そのうち暇な時にでも日本に行った時土に埋めて墓でも作ってやるつもりです。

「水晶玉が砕けて意識も消失し霧散したとな、月の内部の話も信用しがたいが己の死を前にしても私に伝えられない事をお前が知ったとはな・・・。 ナーム以外には話せぬ内容か? それは興味が湧くなぁ〜」


幼女の細められた目寝付ける視線は水晶の表皮に穴を穿ちそうだったが必死に耐えてみせる。


・昨夜の話はナームに言えるわけないではないですか。 四郎が単独月の偵察に行った事すら内緒にしてるのですから

「そんな事、この場で私が伝えてやるよ!」

・いや、待て! お願いだから待ってミムナ。 ナームはキレると怖いからホント、それだけは勘弁して。 エルフ少女に傾向しているの、あれ、演技ですから! マジで後生ですから!

「必死だな?」

・当然でしょ! 今のナームにとって俺は虫ケラ以下の存在なんですよ! 何とか付かず離れずの関係を保っているのに・・・


ミムナの視線は俺から外されスイカ割りに興じるナーム達に向けられている。


「自分の置かれた現状を下げて他人に話すのは、感心しないな・・・。 私を馬鹿にしているのか? 数万年の時を生きて、火星の王と呼ばれているのだよ? 私は。」

・あ、いえ。 ミムナを馬鹿にしているとかは全く無いです。 俺の、この身の、小さな水晶玉の、できる事は少なくてですね・・・

「お前が思ってるよりナームはお前に頼っていると私からは見えとる。 ホントはとっても仲良しだろ? シャナウよりもな!」

・? まっさかぁ〜

「それでは交換条件だ」

・はへぇ? 何の話?

「四郎の件をナームに話さない。 お主と私との秘事にする為の条件だよ。 どうかな?」


過酷であったろう宇宙旅行を果たした四郎は、火星も銀星も敵と断じた。

ナームはこの時代で目覚めてからミムナ含めた火星陣営に保護されてきたし恩を感じている。

俺が敵の可能性に関して話ても説得する事は難しい。

昨夜砕け消えてしまった四郎の話をしても都市伝説的な内容で俺はエビデンスを何一つ示せない。

しかし、ミムナは膨大なデータベースに蓄積された映像も含めた観測データを比の打ち所なく示すだろうから俺の弁解は戯言と笑い飛ばされるがオチだ。

ナームを見守る為に離れる訳にはいかない俺の選択肢は狭い。


・火星の王との間の秘事は個人的に魅力を感じますが、四郎との全ての会話の公開の話はですね、とっても微妙って、言うか、ナームにも話せないって言うか・・・

「煮え切らない男だね! まぁ知ってたけど。 四郎の計画は元はお前が立案した件だったね? 内密にして協力したのは私だけど、嘘をつかれナームはどちらを許さないと思う? 異星人の私か双子同然のお前か?」


この地でナームから拒絶される恐怖が水晶玉のこの身を芯まで凍てつかせ、俺はミムナに敗北宣言をした。

ミムナが提示した条件は簡単な内容だった。

これまでナームの動向報告は簡潔に纏めたレポートを年に数度ミムナにメールで送っていたが、これからは俺の視覚聴覚データを全てデータベースに保存させる内容だった。

データは高度に暗号化され閲覧にはミムナ含む情報レベル5プラスが可能とするものであった。

理由を尋ねたが、因果律とか永劫回帰分岐何とかとか訳わからん呪文が飛び出したので諦めた。

俺自身でデータ消去は出来ないが、整理は出来そうなので将来SNSとかにアップする素材がギガ無制限で溜め込めるのには魅力を感じた。


・ミムナはナームをどうしたいんだ?

「その問いの意味がわからん。 個となった魂が歩む先はその中に生まれた意識が自ら決めるのだよ。 魂は完全なる自由を与えられているのだから。 私がナームをどうにかしたくてもそれが出来ないのがこの世界だ。 ただの暇つぶしの面白い観察対象だな。 あ、お前も面白いがな」


皿から焼き鳥を一串摘んで小さな口で食べ始める。

向けられた視線の先、砂浜で夏の海に興じるナーム達。

小さな砂山の麓に頭だけ出したレッドが何か大声で喚いているが砂風呂の刑で身動きが取れないらしい。

その周りを女達が変な歌と変な踊りで回り何か儀式を始めていた。


「今よ! みんな逃げてぇ〜!」


ナームの叫びで砂山から遠ざかる女達。

波間に水柱が盛り上がり砂浜の小山目がけて襲いかかった。

レッドの絶叫と海竜に似た柱状の津波の破ぜる音が辺りに響き、黄色い歓声がそれに続いた。

波が引いた後儀式の場所に戻ったナームがボロ雑巾のようにしな垂れたレッドを両手で砂から引っこ抜きケラケラ笑いながらみんなと戻ってきた。


「はぁ〜、楽しかった! 久々に笑ったわ。 ジローなんか飲み物頂戴!」


レッドをシャナウに向けて放ってから、冷やしてあったレモンティーを受け取り立ったまま飲み干す。

その間レッドは製水洗浄と温風乾燥されレジャーシートに寝かされた。


「おいナーム、叔父上をあまりイジメんでくれ。 歳は取っているが地球ではまだ子供なのだから」

「レッドが言ったのよ、地球の夏の浜辺の楽しみ方を教えてくれって。 こんな可愛い水着美女に囲まれてスイカ割りに砂風呂なんて極上な体験、望んだって簡単には出来ないんだから。 ねえ次郎!」

「男にとっては夢のような時間ですな」

「ほら、これが夏の海での男女の楽しみかたの真髄よ!」

「・・・今度からは男だけで夏の海に遊びに来る事にするよ」

レッドにはトラウマになったのか小さく呟くのが聞こえた。



▲▲▲



 強い日差しと潮騒に浸された遠い過去の夏の浜辺。

俺の中で一番楽しかった思い出の映像がレイヤーの透明度が下がる如く薄くなって消えていく。

あの後ミムナに怪我の完治を宣言されてナームはサラと一緒に世界を旅した。

太古の日本で獣の姿のテパと再開したり、アトラの銀星連中に嫌がらせを仕掛けたり、カインで音楽活動もしたっけ・・・・。

その後、地球人の大きな戦いに続いて火星と銀星の破滅的な戦争。

その結果がこれ。

東北山脈の中央に在るこの湖。

宇宙規模の戦闘の影響を受けたガイアは大地崩壊危機を回避するため、同類の強力な魂の持ち主を求めた。

俺はナームをこの地に導き偽りの説明で説得しガイアに捕縛させ、周囲に強力な結界を張ってあらゆる探索網からのナームの隠匿を謀った。

言い訳は幾つも頭に浮かぶ。

地球の為、人類の為、ナームの為、あの時代に帰る為。

知識も与えずゆっくり状況判断させる時間を奪いガイアと繋がる判断を急いだのは俺の目的達成の為に過ぎない、ナームの気持ちを無視した強行だった。

映像を映した水中スクリーンの客席側に金色の繭が湖底に佇んでいる。

強力な二つの勢力に翻弄されながらも俺がナームの帰還のために選んだ道。

8000年の眠りに導いた俺をナームは許せるのだろうか・・・

目覚めに設定した時間が迫っても俺の回答は未だ見出せていない。

愚策に怒りナームがこの体を砕く姿を何度も想像し何度も砕かれた。

湧き上がる感情に従えばそれは正しい行い。

目覚めの日まで後一年。

それは、俺が幸福になる為の儀式をしたあの日だ。

今回で過去のお話はとりあえずおしまいになります。続きはからは現代の話になります。長く筆が止まってしまい申し訳ありませんでした。更新を気にしてくださっていた皆さんありがとうございます。

次は、秘境温泉宿

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