新たな大地1
大きなテラスに設けられた物干し台で3人の美女が洗濯物を干している。
籠から取り出す係、シワを伸ばす係、ハンガーに掛け吊るしていく係。
楽しげな会話と笑い声を聞きながら俺はソファーに体を深く沈め休日の午前を過ごしていた。
雲一つ無い深い青い空のおかげで、大きな窓は青いスクリーンと成って美女達の引き立て役。
ブルーバックに映し出された美しい影絵を見ている様だ。
表情が見えないのが実にいい。
特に時折振り返る取り出す係のナームが、俺に向ける疑った視線が和らぐから・・・。
大物のシーツやシャツが終わり小さなシルエットを取り出す度に俺をチラ見する。
我ながら元は同じ意識だったのが信じられないくらいナームはJ Kに近づいた感じがする。
あの年頃の女の子に対する俺の固定概念が今のナームを作ってしまったとするならば頭が痛い。
流行りの飲み物とパフェを手に繁華街を徘徊する少女が父親見付けて送る生ゴミを見る視線とか、一緒の洗濯機で下着を洗わないとか理不尽な生態は聞いた事はあったが実体験は無い。
山上時代に子供は居た。
別れた妻と一緒に幼い子供達は家から姿を消し俺は親には成れなかった。
だから父親に反抗する年頃の娘を演じて俺をからかっているのかも知れない。
ナームは共通認識がある俺を利用し心の奥底で懺悔しているのかも知れない。
「二郎、下着ばっかり見てないで気の利いた音楽でもかけなさいな!」
自分用の小さな胸当てをチラチラ振って見せながら注文してきた。
ソファーの背もたれの隙間に押し込められ身動きの取れない水晶玉の俺は、夏のリゾートに似合うトロピカルな曲を選んで室内に流した。
満足したのか少しだけ笑みになった気がして俺も胸を撫で下ろす。
不機嫌な娘の側は非常に居心地が悪いのだ。
朝夕と強い風が吹く地上50階のこの部屋は昼前の時間だけ南側のテラスに洗濯物が干せる。
仕事がある普段は部屋干しなので晴れた休日だけ、お日様の下にパンティーとブラジャーが微風に揺れる。
なんとも穏やかで心和む景色。
作業が終わってお日様に両手を伸ばし背伸びしたナームが、右腕を三角筋に収めながら部屋へ入ってきた。
空になった籠をシャナウとサラがそれぞれ一つぶら下げて水場へ運んで行った。
「今日はこれから何するんだ、ナーム?」
「みんなで海水浴!」
「昨日まで海岸で仕事してただろ? それなのに海?」
「やっと昨日完成したのよ、白い砂浜。 今日は仕事じゃなくて遊びにいくの。 レジャーシート持って、パラソル持って、水着着て! スイカもいい感じになってきたし」
隙間に指を突っ込んで俺を摘むとイヤリングの鎖の中に納める。
銀星の管理地から帰ってきて間も無く60年になる。
徐々に海に飲み込まれ始めた樹海の住民の避難誘導や、新しくエルフの里へやってきた5人の赤ちゃんの世話、浮上してきた大陸の緑地化や土木工事 等々・・・。
忙しい日々を送ってきたが、ここ一年でやっと7日に1日ゆっくりする時間を作れる様になった。
「こんな晴れた日曜日を洗濯で終わらせたら、もったいないでしょ? 新しい水着も手に入れたしね」
「そんじゃ、俺は留守番だな。 日焼けと虫には気つけてね」
「何言ってるのよ、あんたも行くのよ!」
「え! 俺もついってっていいのか? みんなで水着着てキャッキャするんだろ? 俺が居ちゃダメそうな感じだけど?」
「あんたにはパラソルにぶら下がってBGM流してもらわなきゃ。 白い砂浜に青い空、澄み切った海の潮騒。 そして気の利いたBGM」
「なんか責任重大そうな役目」
「つべこべ言わずに再生リストでも作っときなさいな」
映画やドラマ、アニメなんかで多用される男を喜ばせる為だけのお色気シーン。
サービスの水着回と一瞬思ったら俺はBGMだけでの強制参加らしい。
この部屋で美女3人と生活してて、下着姿も一糸纏わぬ姿もいつも拝見させてもらっているのだが、その都度ナームに怒られている。
性の違いに周囲は無頓着だが50年の山上時代に刷り込まれた常識はなかなか抜けない。
それはナームも俺も同じ。
その感覚は忘れてはいけないものの様な感じがしているからこそ、俺につっかかり懐かしんでいるのだろうと無理矢理納得させていた。
「姉様、準備できましたよ。 サラは荷物持って先に下へ行きましたから、さっさ! 行きましょ!」
「よし、行こう!」
「あ、また来た! ジョナサン!」
シャナウの声にテラスに視線を向けると、一羽のカモメが物干し竿の上で羽を休めていた。
浜風に変わる昼頃に時々やってくる奴で、ナームが安直な名前を付けてそう呼ばれている。
見た目は可愛く無害そうなのだがシャナウの天敵だ。
手にした荷物を床に置き走り出すと、ジョナサンはシャナウに気付いて翼を広げて威嚇して見せ飛び立つ。
「こら待て! ジョナサン! あぁぁぁ〜、 またやられた! なんでいつも私のばっか!」
シャナウの手には大きいサイズのピンクのブラジャーが握られている。
昔から大切にしている赤と金糸で花柄が刺繍されたテパ特性品にジョナサンの糞が付けられている。
「・・・任せるシャナ、私はもうジョナサンを弁護しないから・・・」
「今日は浜辺でスイカと焼き鳥に決めます姉様!」
言い終わらないうちにテラスを飛び出しカモメを討伐すべく姿を消す。
「ごめんジョナサン。 その命、美味しく頂かせていただきます」
窓辺に向かって手を合わせるナーム。
「だから光物が付いた洗濯物は外に干しちゃダメだって、この前シャナウに教えたのに・・・」
「なんでか鳥は光る物に興味持つもんね。 私のは被害に遭わなくて大丈夫そうだけど。 何よ! サイズが小さいから、かわいい刺繍ができる布の面積がないですって?」
「言ってない、言ってない! そんな恐ろしい事言ってないから!」
「ふん! 口に出さなくても心で思ったでしょ! まぁ、いいわ。 とりあえず私達も下へ行きましょ、サラも待ってるでしょうから」
シャナウの放置した荷物を小さな竜巻で持ち上げ窓へ向けて飛ばすとナームも窓から身を投げた。
50階高層マンションの最上階はワンフロアー全てナームの部屋だ。
この建物を成長させたのはナームなので全体と言ってもいいのだが、階下の部屋は全て人間に与え管理させている。
大陸の治水工事が一区切りついて本格的な都市計画が実行になった時、レッドから賞賛とともに渡された火星植物の種。
根付く可能性は低いと言われたが、毎日自分の水晶から水を与え言葉をかけて世話をした。
火星で見たミムナの屋敷や都市にあったトウモロコシ型の建物へ成長するのに10年を要し人間サイズの植物の高層マンションとなった。
未だ成長途中らしく家事を手伝ってくれる蔓は今後生えてくるとレッドに聞いて、今でも水やりと声掛けは欠かしていない。
モガ服で小さく円を描きながらエントランスまで降りるとシャナウが満面の笑みで佇んでいた。
その手に握られたのは生き絶えたジョナサン。
「これで洗濯物の糞被害と無くなる事件は起きませんね。 全部の犯人はこいつでしたから」
「・・・そうね。 何度も注意したのに再犯重ねたジョナサンが悪いわね。 今後模倣犯が現れない様に対策もしましょ」
この辺の鳥類が全部焼き鳥になってしまっては可哀想だ。
「サラはどうしたの? 先に行ったの?」
「ジョナサンのこと話したら調味料と焼き串取りに行きました」
「あ、そう・・・」
素早い行動で何よりである。
程なくサラを頭に乗せた大柄の虎が姿を表す。
「バーベキューセットもナーム様のスイカも準備しましたわ。 出発準備OKですわ」
麦わら帽子と小さなポシェットを身に付けると虎の背に乗り3人は海へと向かった。
次は、新たな大地2




