ナームの部屋で思う事
小さな部屋の壁に置いてある光る石に両手をかざす。 ここに来て以来只の常夜灯と思っていた光る石は、れっきとした照明になる。 手の平から体温を渡すイメージを脳裏に描くと光量は増し60ワットくらいの明るさになった。 日が暮れた深い樹海の夜の部屋で、作業する手元を照らすには十分な明るさだ。 備え付けのテーブルの横に水晶が詰め込まれた壺を置き座布団毛皮に腰を下ろす。 中身を見ずに手に触れたものから順にテーブルに並べていく。 今日たった1日だったが、風・火・光と水晶を扱うことが出来たが使い熟すまでには当然到らず、知識不足を実感させられる結果だった。 広場からの帰路でシャナウから水晶の見分けかたのコツを教えて貰ったので、訓練も兼ねて選別しておこうと思ったのだ。 一見、見た目では判断はつかないが、手をかざし「貴方は誰?」と問いかければ答えてくれると言うので、シャナウ先生のコツを試してみる。 部屋の光る石に向けた体温を渡すイメージに「あんた誰?」を混ぜる。 横一列に並べられた水晶を触れずに横撫でにした。 水晶は順に反応を返す。 端から赤・赤・青・無・黄・青・緑・・・。 自分のイメージする魂の色に光るらしく俺の場合は、火・火・水・カラ・水・風・・・、と言った感じだ。 残量は光量で分かるらしいが今の俺では判断はつかなかった。 慣れると「あんた誰?」と思いながら見るだけで答えてくれるそうだ。 反応を返した性質を忘れる前にグループ分けしておく。 壺には無造作に入れられた水晶が50個以上は入っていた為、取り出しては「あんた誰?」を繰り返しながらシャナウとの帰りの会話を思い返してみる。
小人達と見守りのこの村の住人は長く接点は無かったはずなのに意思疎通が可能だったことが引っかかっていた。 ついでに俺はこの地で目覚めてからずっと日本語を話している。 なぜ普通に小人達とも会話が成立したのか、此の期に及んで不思議でならなかったのだ。
シャナウが言うには、
「空中集落に住む“雲落ちの巨人”の所から来た私達は、耳に届く音としての言葉は重要では無いの。 会話相手の言霊をここで受けるの」
眉間を人差し指で刺し、相手の思いと同じものを眉間で受け取るのだそうだ。 それを耳にして背筋が凍る!
「相手の考えが丸分かりなのか?」
と驚愕して聞き返してしまった。 目覚めてから俺が出会ったこの森の住民に、俺の思考が駄々漏れだったとしたら。 ナームが別人と入れ替わっているのがバレバレだったって事だ。
「相手の言葉を音で聞いてもっと知りたいって強く思うと、ボワっと頭の中に風景や感情が湧き出すって感じ? かな?」
思わず吊り橋で立ち止まり、上目遣いでシャナウを見やり
「じゃあシャナウは俺の秘密の事全部知っているのか?」
「何となくね・・・、でも姉様が完全に居なくなった感じもしないの・・・」
「そっか・・・。 ナームの事大切に思ってるシャナウをずっと俺騙してたね。 ごめんね、正直に話さなくて」
「大丈夫だよ姉様! 今までの姉様には何か考えがあって、別の姉様になったんだと思う。 良く分かんないけどシャナは何があっても姉様とずっと一緒だから!」
頭を両腕で胸の谷間に抱き締められて息が苦しかったが、泣きそうなシャナウが落ち着くまで体を任せた。
「俺、本物のナームに体返せる様に頑張るよシャナウ!」
「姉様、今まで通りシャナだけでいい。 それと、急いだり焦ったりしちゃダメ! くふっ!」
落ち着いたのか腕の力を弱めてくれた。 暗くて見えないだろうが頬を伝う涙は目に入らぬ様に顔を見ずに振り返り止まっていた足を帰路に戻す。
細い光で照らされ闇に浮き上がる吊り橋を慎重に進みながら、新たに浮かんだ疑問をこの際にとシャナウに聞いてみた。
「声で出す言葉の意味と相手に伝わる言霊の内容は違ったりするの?」
「うーん、それちょっと意味わかんない・・・」
「そうだなー、例えると・・・俺が手のひらの中にカエルを見えない様に握ってシャナに団栗あげる!って言ったとするとどうなるの?」
「姉様がどれだけ強く団栗と思い込むかと、私がどれだけ姉様を疑うかの勝負かな? でも間違いなく姉様の勝ち! 私姉様の言葉疑った事ないよ! 駄々漏れの考え以外は。 くふっ!」
「はい、今後気をつけます・・・、って事は・・・・『エルフ』とか『ゴブリン』 て言葉はシャナにはどんな意味で聞こえてるの?」
「『エルフ』は私たちの村の人達で『ゴブリン』はテパ達の村の人かな? 姉様合ってる?」
「大正解! 言葉は違っても伝えたい事は正確に伝わるんだ・・・。 それと、シャナの伝えたいと思った言葉が俺の耳には響としても変換されるのか・・・」
「何だかややこしくて難しいです姉様!」
「うん、俺も頭がこんがらがって来た・・・。 でも、嘘を伝えようとしない限り思った事を声に出せば相手に伝わるって事だ。 難しく考えないで俺の知る言葉で会話して大丈夫って事だ」
肩の筋肉が緩んで温かい血流を感じた。 慣れない世界の生活で、見る物、聞く事、覚える事が多すぎてずっと緊張していたのだろう。 気持ちが少し楽になった。
長かったゴブリン村からの帰路もようやく終わり俺の部屋の前まで帰って来た。 シャナウから借りていた水晶を手渡し
「シャナ、今日は本当にありがとう。 それと俺、頑張るから、時間が掛かってもシャナのナームを取り返す様に頑張るから!」
シャナウは微笑んで手を振ってくれた。
「姉様また明日ね! お休みなさい」
俺も小さく手を振って見送り部屋へ入った。
選別が終わった水晶を小分けした袋に詰めていく。 袋は革製なので木の葉を潰して染み出した汁を枝の先に付け、漢字で魂の種別を書いておく。 簡単に見分けが付くまでは、直ぐに使いたい水晶を取り出せる様にしたかったからだ。
片付けが終わり光る石を元の常夜灯の明るさへ戻す。 薄暗くなった部屋の中央で長い毛皮に包まりシャナウと交わした約束の事を考える。 気軽にその場しのぎの約束のつもりは毛頭ない。 元のナームがこの身体に戻って来るって事は、当然俺がナームから出て行くって事だ。
消えるのだ。
どんな意味があって俺がナームとして今を生きているかは分からないが、数日過ごしただけで分かる。 本来のナームはエルフの村に必要な大事な存在だった。 オンアもシャナウも俺ではないナームをだ。 誰にも必要とされていない中年オヤジが必要とされていたナームと入れ替わってしまったのだ。 俺ですら認めたくない話だ。
今は知識が足りなくても、この世界の現実として起こった事象ならばもう一度起こせるはず。 思慮深さの優先順位の一番に『ナームを呼び戻す』と心に刻み睡魔に身を委ねた。
次は、ブラジャーへの道




