ミムナの計画
「シロンお前今日はナーム様と一緒じゃ無いのか?」
・朝早くから雲落の巨人のところへ行った
「そうか・・・、今日のうちに帰ってくるかな?」
・どうした? ナーム様に急用かガレ?
テパのお菓子屋さんのテラス席で子犬に話しかける青年は少しだけ困った表情になる。
無人の東屋に視線を一度向けて席に座る。
少年が駆け寄りガレの注文を聞こうと笑顔を向けた。
「キミが、ポロア君?」
「はいそうです。 ちょっと前からこちらにお世話になってます。 よろしくお願いします」
少年らしく快活に返事をするポロアをつま先から頭の上までじっくり視線を走らせる。
「ふむ、いいんじゃないこの子で」
・何がいいんだよガレ?
「とりあえず、俺に冷たいソーダ水頂戴、食いもんはいいわ」
ポロアは返事を返してから店の奥へ姿を消す。
「長老達が話してたドキアの王様選出の件だよ。 今巷で話題沸騰中だぜ?」
「待て待て、王様選出? このドキアでか?」
子犬から人間の姿に変化して向かいの席に座ったシロンが驚きの声をあげる。
「ここは人間の取り纏めは長老会だろ? 何でわざわざ王なんか選ぶんだよ、必要無いだろ?」
「それな。 簡単に言えばドキアの王には長老会とエルフとの間に入って調整とか連絡とかしてもらう役割らしいよ」
「それなら長老長が居るだろ?」
「逸材が現れたんだ、長老会は長老長制を廃止したいんだろよ、年寄りの中でエルフとの面談は体に負担が大きいと前から意見が出てたんだ。 特に一番エルフと仲がいいお前が居なくなってからな」
「だからって王制とるとか、それをポロアに任せるとかって」
「ナーム様とチュ〜したんだろポロア君は?」
「チュー?」
「唇と唇をくっつけ・・・」
「そんなの知ってるよ!」
「お前がテパが亡くなる前に話したんだろ? 死んだポロア君をナーム様がチューして生き返らせた話」
「姉ちゃんは人工呼吸って言ってたぞ。 心肺停止した人間を蘇生させるやり方だって。 テパにはしっかり説明したんだけどな・・・」
「ああ、詳しくはそうだろうけど、エルフが人間と唇と唇を重ねて一度止まった心臓を動かしたんだ。 今まで聞いた事無いだろ? ポロア君が特別視されて白羽の矢が立つのは仕方がないさ。 今回帰ってきたシロンが又セトへ出発するって知って、この前の長老会で満場一致で決まった話だよ」
「あの子はまだ子供だし、お菓子屋の見習いに成ったばかりだぞ? それを勝手に王様に祭り建てるのか?」
「だから言ったろ? 連絡と調整役だって。 エルフにお茶とお菓子を運ぶのはここの店の仕事なんだ、王様ってのはここの店員にくっ付いたただの役職の一つさ」
店の奥からソーダ水の入ったグラスをトレイに乗せたポロアがやってきた。
ガレは片手で受け取りポロアの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「このぉー、羨ましいすぎるぞポロア君! 賞賛の抱擁を越してナーム様とチューしたなんて!」
「チュー? ですか?」
突然のガレの言動に助けを求めてシロンを見る。
「そうさ。 俺は抱擁の上位者だけど、唇は一回も重ねた事は無いぞ。 羨ましいぞ、このぉー」
「ガレ、ポロアを揶揄うのはよさないか。 まだ子供なんだぞ!」
「僕が・・・一度死んで、ナーム様が生き返らせてくれた話はシロン様から聞いて知ってますけど・・・。 チューしたとかは覚えてないんです。 すみません」
「ほらみろ! ポロアが困ってるじゃないか。 ヤキモチ焼きのコイツの言葉なんか気にするな、ポロアは店の手伝いに戻っていいぞ」
シロンはポロアの両肩を掴んで回れ右をさせると厨房入り口に向かってお尻を軽く叩いてやった。
「ナーム様の前で俺の心臓が止まったら、チューしてくれるかな? 今度ナーム様の前で俺の心臓止めてくれよシロン!」
「俺に変な事させるなガレ! そんな事したら姉ちゃんに俺の心臓が止められちゃうだろ!」
「アハ、冗談だよ。 冗談!」
ピーヒョロロー、ピィー
上空から聞こえた鳳の鳴き声にシロンは日除けから顔を出し空を見上げる。
巨大な翼を広げ高空をゆく鳳と並んで飛ぶ小さな人影が二つ見えた。
「噂をすれば何とやらか・・・、帰ってきたみたいだぜ、ガレ。 ポロアを王様にする話ナーム様にしたかったんだろ」
「いや、その話は長老会が進めてるから俺からは辞めとく。 別件でちょっとな」
「そうか、そんじゃ俺はサラと門まで迎えに行くよ」
「おう、後で見かけたら顔を出すからさナーム様に俺が話があるとだけ伝えておいてくれよ」
「ああ、わかったよ」
席を立って門へと向かうシロンの後ろ姿をガレは笑みで見送った。
昼食時間も過ぎて人の姿が増えた街中に鐘の音が響く。
ゆっくり3回、間合いを空けてまた3回。
エルフの館へ長老達を召集する合図。
これまでのドキアで一度も響いた事の無い合図だ。
穀物倉庫で作業をしている時にそれを聞いた長老長は帳簿を係の者へ渡し急ぎ水で身を清め、濡れた髪もそのままで足早に館へ向かった。
先に集まった4名と合流し長老達は扉の前で互いの身なりを確認して頷き合う。
長老長が意を決した表情でノッカーを叩くと中から女性の返答があり館の扉は開かれた。
案内された部屋へ入るとすぐさま目に飛び込んで来たのは、一段高く成った床に設けてある純白の大理石で出来た椅子に座ったオンア様と居並ぶシャナウ様とナーム様。
「命によりこの街の長老が5名全員参集致しました」
横一列に並んで全員が平伏姿勢を終えたのを確認し長老長が口にする。
「頭を上げるのじゃ、ドキアの長老達よ。 ほら、椅子を用意して座らせてあげなさい」
オンア様の言葉で部屋の中にいたサラとシロンが木製の椅子を準備した。
恐る恐るエルフの顔色を窺いながら勧められた椅子に腰掛ける。
いつも笑みが絶えないナーム様が一際厳しい表情なのに気づいた長老長は身を硬くして言葉を待った。
「この度急ぎ集まって貰った分けはこの樹海が海に沈む話なんじゃが、なにぶんわしもさっきナームから概略を聞かされたばかりじゃ、この場で詳しく教えてくれるのじゃろナーム」
話を振られたナーム様は深くうなづき一歩前へ出る。
小さく手を上げたシロンをめざとく見つけ小さな顎で発言の許可を出した。
「エルフの方々は以前から『この先海の水が増えてこの地では暮らせなくなる』と教えて頂き準備は進んでいますが、4千年以上先の話だと記憶しています」
「はい、それとは別件で差し迫った海水面上昇の兆しを確認しました。 それは遠い将来ではなくこの先30年間で80%の確率で起こります。 予想海面はエルフの里の巨木の根が水に浸ります。 よってこの街はそれより低い場所ですから2階の屋根が水面へ顔を出すだけでしょう。 皆さんも気付いているでしょうけど、ここ最近の地震はその前兆と言えます」
緊張感を込めてドキアの樹海が置かれた緊急事態を説明したナーム様だったが長老達には動揺の色はなかった。
長老長が手を挙げてナーム様から発言の許可を受け立ち上がり一礼する。
「山の街は既に完成しており少しずつ移り住んでおります。 ナーム様のお話ですと海は樹海の半分を沈めると理解して宜しいでしょうか?」
長老達の冷静さに不安そうな表情を一瞬浮かべたが、ナーム様は元の緊張感を貼り付けた。
「今回の海面上昇は最終的にその高さになると予想していますが、徐々に海が迫ってくるか樹海の木々の高さの壁となって一気に押し寄せるか今はわからないのです。 地震の原因となっている南方の海底が一気に持ち上がれば大津波となってこの樹海を飲み込んで石切場も一時は水に浸かるかもしれません」
「それじゃと、エルフの空中集落も水に流されるか?」
「はい、その可能性を考慮してこれから急ぎ備えが必要です」
「それを承知でミムナはあの赤ん坊を里へよこしたのか?」
「ミムナじゃなくレッドが・・・。 大事なイベントだから連れてけって・・・、反対したんですよ私。 落ち着いてからでいいでしょって。 でも、わんわん泣くし暴れるし仕方なくって」
口調が変わり何やら言い訳らしいことを口にし出したナーム様に長老長が発言の許可を求める。
「はい、長老長!」
「急いで山の街へ移り住む様他の街にも知らせを出しましょう。 サラには全ての獣達へ周知をお願いします。 水の壁が押し寄せて来るのであれば人も動物も飲み込まれ、苦しんで命を終えてしまう。 知ってさえいれば、苦しみだけは避けられる。 ナーム様お教え頂き感謝いたします」
「一人の死者も出ない様にしっかり備えてください。 それとシロン。 海面上昇と津波はセトにも影響が出ます。 向こうのエルフが人間達に伝える手はずですが知っての通り殆ど交流は無く話すら聞いてもらえない可能性もあります。 貴方が行って人間も獣も守って見せなさい」
シロンは深く一礼して見せた。
「さて、ドキアに迫っておる命を脅かす話はここまでじゃ。 わしからはその先の話をしようかの。 ナームが話た南方に出来る島じゃがこの樹海より大きなものになりそうじゃ。 そこには新しくエルフの里を作る予定じゃ。 新たな大地にわしらの手で種子を蒔き100年で下草が茂るじゃろう、木々の苗を植えて300年で緑豊かな大地になろう。 その時に人間達よ集ってくれまいか?」
「我らドキアの民は常に見守りのエルフと共にあります。 水難が落ち着き新たな大地が現れましたら、種を蒔く時からご一緒させて頂きます」
「そうか、よろしく頼むぞ」
会談の終わりをナーム様が告げると長老達は各々エルフに向かって平伏姿勢をし部屋を後にした。
「姉様あのこと言わなくて良かったんですか?」
「あの事?」
「火星人地球侵略の件です」
空になった椅子を片付けるシロンとサラが居るのを気にせず二人は話を続ける。
「それね、ミムナは大真面目に地球侵略って言ってたけど、私の感覚とだいぶ違うのよね」
「だって、火星人の魂が人間の赤ちゃんでいっぱい生まれて来るんですよ? 火星人の人間がいっぱい増えちゃうのは侵略で間違いないでしょ姉様? まあ、人間に教えても何も出来ないでしょうけど・・・」
「その火星人の魂を持って生まれて来る人間が、元から居た地球由来の魂を絶滅させるとかだったら私は反対意見だし長老達にも教えてあげたかもしれないけど。 それは無いってミムナは明言してたから、地球で生まれた人間はどんな魂が起源でも地球人でいいんじゃね? って思えて仕方がないんだよね。 もしトカゲ連中の醜悪な魂を持った赤ちゃんが人間に生まれても、それも地球人なのかもって」
「多分魂の色や輝きは違うと思いますよ?」
「そうなのかも知れないけど、魂の違いを知って上下や優劣で格差が生まれると人間同しで争いが生まれるんじゃないかなって思うんだよね。 いろんな種類の魂でも大きな意味で地球生まれの人間は、うん。 地球人だと思う。 シャナはどう思う」
「私は人間がどっちでも構わないわ、興味がないから。 でも姉様は侵略ってミムナから聞いてた時納得してなさそうだったから」
「ゆっくり考えたら、人間を区別しようとしたらキリが無いかなって。 地球生まれの人間は地球人。 それでいいかなって。 深く考えると眠れなくなるしね」
「だそうじゃよテパ。 心配しなくてよさそうじゃな?」
部屋の中央に居る私に向けてオンア長老様が語りかけて来た。
「オンア長老テパがここに居るの?」
「あーそうじゃよ、ナームの事が心配で様子を見に来たんじゃろ」
「テパどこに居るの? 私に見えない! 姿見せて! お別れも言ってなかったんだから!」
ナーム様は涙を浮かべながらキョロキョロ辺りを見渡して私を探してくれている。
「モフよ、わしからもよろしく頼むぞ、テパの案内役」
「必ずやテパの目的の地へ案内すると約束致します」
・私も強くて大きなナーム様に近づけるようにがんばります、また必ずお側へ参ります
強く念じた言葉が届いたのか何度も頷いてくれた。
そして私は東の果ての地へ旅立った。
次は、新たな大地




