にぎわうドキア
ドキアにあるエルフの里で行われる毎日の日課である`お務め`も終わり、広場の清掃作業に精を出す。
部屋に置いていた予備の竹箒を風の魂を使い遠隔操作で床をはいていく。
戻って来てから右腕を使えない不自由な生活を送る羽目になっているが、さまざまな魂を使って生活自体かなり改善してきた。
「シャナこれいつ取って良いのかな? ミムナは何も教えてくれないんだけど何か聞いてたりする?」
「私は何も聞いていないですけど、強化訓練で私が怪我をした時は完治まで50年はかかったかな?」
「ご、50年? なんじゃそりゃ! 人間なら骨折は1ヶ月ぐらいで治るし欠損部位結合だってリハビリ入れても半年だと思うんだけど・・・」
「そうですね、人間とエルフは見た目は似ていても細胞素材が根本から違うみたいですから、長生きできる分身体の自己治癒は時間が掛かるのかも知れませんね。 姉様の場合は切れちゃいましたから100年は右腕は使っちゃダメかも知れませんね?」
何故かニコニコ嬉しそうなシャナウは小さな竜巻を使って集めたゴミを集積場へ運んでいる。
怪我人の監視役をミムナから命じられたシャナウはこの状況が続く限り私と行動を共にできるので三角巾が早く取れて欲しく無いと思っているのだろう。
腕が治ったら速攻で報復しにいく計画をしていたのに、それが100年後になるかも知れないと思うと気が遠くなる。
「そっか、100年か。 それからリハビリだと150年は必要かもな?」
掃除された広場の床で腹筋したり腕立て伏せをしているジャージ姿の二郎がつぶやく。
「何のんきなこと言ってんのよ! って言うか、そんな格好でエルフの里をうろちょろするのやめてくんない? 恥ずかしすぎるんだけど!」
私の連絡用A Iイヤリングはここ最近薄魂体を纏えるようになって勝手な行動が目立って来ている。
A Iなのに薄魂体? ミムナは突然変異? 的な現象で原因不明で検証不可能と言っていた。
研究素材に欲しいのでと頼まれて3日安静をした時にまた水晶を分裂させて置いてきた。
研究室のテーブル上で小さなおっさん二人が向かい合ってメンチを切っている姿はなんとも言えず穴があったら入りたかった。
双方どっちが二郎でどっちが四郎で揉めていたようだが、呆れていたミムナが片方を鷲掴みにして検査装置に放り込んだ事で四郎が確定した。
「右腕が使えないからって体を動かさないと、それこそ体が鈍ってしまうかも知れないよナーム。 俺は、ほら、こうして、運動して、いざ! って時のために鍛えてるんだよ」
「何が鍛えるよ? あんたは私の通信機の役割をしっかり果たせば良いだけなのよ! そんな格好で私の周りでウロチョロされると、見てるだけで気分が悪くなるわ!」
「ふふ〜ん、なら! この姿だったら?」
緑色のジャージーを着込んだ小人の周りに陽炎がまとわり付いて空中に水晶玉が浮いているのが見えた。
薄くなった体の線がハッキリし出し陽炎が消えた時には目を疑う姿があった。
「妖精!?」
「どうだ! これならナームの周りで飛んでてもおかしく無いだろ? いや、むしろナームのお供にマッチしてるでしょ?」
トンボの羽をつけたレオタード姿のシャナウ似の小人。
シャナウが以前にセトの洞窟の部屋で見せてくれた薄魂体を思い出す。
「わぉ〜、二郎ちゃんもう真似で来るようになったのね! すごいじゃない!」
羽を小さく動かして飛び立つとシャナウの周りをゆっくり回る。
空いた口だ塞がらない私の前で止まって自慢げに全身を見せる。
「俺も日々を浪費していたわけでは無いのだよ。 体を鍛える事は精神も鍛えると言う事。 AIとは言え自我と意識がある俺は成長できるのだよ! この姿の俺はチャムと呼んでくれ!」
「それは、ちょっと琴線に触れるかも知れないけど・・・、いや、ダメ! 私の中のチャムはそんなおっさんの声じゃ無いわ!」
見た目は可愛いのだが妖精が発した声は山上のもの。
一瞬受け入れそうになった思いを振り払い手のひらで押しのける。
可愛く頬を膨らませるとまた陽炎を纏い元のおっさんの姿になった。
「少し時間ができたんだ、薄魂体を習得する機会と前向きに捉えて鍛えてみたら?」
「あんたに言われなくったってね、完治までの時間が長いってんなら私だって計画を立て直すわよ! まったく!」
心のメモ帳に書き留めておいたナームが取るべき優先順位を再度見直す羽目になるとは・・・、ここ数日寝る前に組み立てたスケジュールが無駄になってしまった。
「あ、ナーム三郎から連絡があって、今朝アレクを出発したってさ」
「はへぇ? 今朝出発? 私達と別れてから20日は経ってるでしょ? 今まで何してたのよ」
「俺も細かくは聞いちゃいないんだ。 定時連絡はいつも『異常なし!』だったから」
「誰か怪我人が出たとか病気になったとかじゃ無いのね?」
「それは大丈夫、キャラバンの誰かがそんな目にあったら直ぐに報告しろって言ってあったから」
獣妖怪2匹を入れても20名ちょっと、大金を所持しているので食事や宿泊には問題な意だろうけど、船を調達するのに時間がかかったのだろうか?
「人間の足だとここまで来るには50日は掛かるかな? 紅海かペルシャ湾で船に乗れれば30日ぐらいでドキアに着くはずだけど」
「ルートは聞いた?」
「未定だって」
「なんで?」
「ヨウがゆっくり観光しながら旅したいらしいって」
私の目的だったトラップ解除は完遂されていないが、今は手出しができない。
気持ちは焦るもナームの体が大幅な待機を余儀なくされている。
彼ら一行が急いでここへ来なければならない理由も無い事を考えれば、私がとやかく言う問題ではない。
とりあえず彼らが無事であれば良い。
「ヨウがそう言うなら任せるしかないわね。 無事な旅を祈ってるって伝えておいて」
「承知」
「さて、掃除も終わったしテパのお菓子を食べに行きましょ」
近くにいたエルフの仲間たちに挨拶をして私とシャナウは勤務地の東屋へ向かった。
何事も集中していると時間経過は短く感じるもので1日1日はあっと言う間に過ぎ去ってヨウ達がドキアの街に到着したと連絡が入った。
アレク出発の連絡を受けてから60日以上は経過していた。
その間私は魂の使い方強化に専念し飛行も含めた移動速度を向上させ、防御も飛躍的に強靭にする事ができた。
サラの様に薄魂体を対外に出して行動させる事もシロンの様に変化する事も出来てはいないが、自分の魂を皮膚表面に纏わせ物理攻撃や熱攻撃を軽減させる事が出来るようになったのだ。
人間だった私が過去へ転生してエルフの少女になってしまったのだが、これで薄魂体を使って変化できる様になってしまえば妖怪の仲間入りだ、それはなんか違う気がして躊躇している自分が居る。
シロンは思考は現実化出来ると話すがイマイチ納得できない。
飛んだり水を出したりするのは水晶を介した魂の力だし、掌で水晶を作れるのはいつも私の体の周りに纏わり付いてるのを集めているだけだ。
他人から教わったり本を読んだりしていても、感覚を実感できない知識を集めても実践は難しい。
東屋横の芝生の上で瞑想しながら精神力向上に向けた意識の集中訓練に精を出す。
周囲の黄金に輝く魂達の中にある自分の魂を見つめ一心に力を込める。
輝きを増した状態でそれを維持する。
何度目かを繰り返した時に港の方から懐かしい魂の色が広場へ近寄って来るのを感じた。
・ナーム腹へったぞ、うまいもん喰わせろ!
「リンちゃん長旅お疲れ様」
・食いもん、食いもん! ナーム早く!」
「はいはい、来るって知ってたからちゃんと用意してあるわよ。 ほら、あそこのお店にポロアが用意してくれてるからちゃんと手を洗ってから食べなさい」
・おぉ、ポロアが居るのか!
返事もそこそこで子狸リンはテパのお菓子屋さんへ走っていった。
服についた草を手で払い除けながら立ち上がると、迎えに行ったのであろうシロンを先頭にキャラバンで旅した懐かしい面々が広場に入ってきた。
纏った服はボロボロで長旅の過酷さを想像させたが全員の顔は晴々としたものだった。
「みなさん、あちらに休憩所を用意してありますから、ゆっくり食事して体を休めてください。 落ち着いたらこれからの生活の相談をしましょう」
一旦私の前に整列し平伏姿勢をした後笑顔でポロアの所へ向かっていった。
一行を見送ったヨウが歩み寄ってきて軽く会釈する。
「お久しぶりですナーム様。 お約束通り全員をこちらへ案内する事ができました」
「お疲れ様でしたヨウ。 あなたも大変だったでしょうゆっくりここで体を休めてください。 本当なら私もみんなと一緒に旅を続ける予定だったのだけれど、あなただけに任せる事になってごめんなさい」
「私がこれまで経験のした事がないものを数多く知る事ができました。 この旅はとても有意義なものとなりました。 神狼様時間を頂き有り難うございました」
シロンは微笑んで頷きだけ返し休憩所へ向かって背中を押してやった。
「ひと回り大きくなった、いや、厚みが増したか・・・」
「そうね、雰囲気は柔らかくなった感じね」
ヨウを見送ったシロンが呟いたので私も感じた印象を口にする。
「爪で切り裂き牙で噛み切る、そんな力ばかり求めていたが。 違う力を知ったのかも知れません」
「違う力?」
「助け合う力です。 ナーム様にも早く知って貰いたいものです・・・」
「なぁにシロン。 私に友達や仲間がいないって言いたいの?」
繰り出した肘鉄を軽く掌で受けて苦笑する。
「ナーム様はいつでも一人で悩んで一人でもがいてませんか?」
「何言ってるのよシロン、この前犬の手を借りにセトまでお願いしに行ったでしょ? 私もちゃんと成長してるのよ!」
「そうでした、そうでした。 俺も力だけではなくてもっと頼られるに値する存在を目指さねばなりませんね」
「そんな叶ってる事を目標にする前に、その口調で話すのやめなさいな首筋が痒くなってくるわよ」
店の前でポロアと抱き合うリンや食事の美味さに上がる歓声に町の住民が集まってきて遠巻きに見ている。
生活様式も違えば常識も違う。
この街に入ってきた初めての集団。
早く馴染めるように考えねば、いや、みんなと話し合う場所を作る予定を私の行動計画に書き足しておいた。
次は、四郎の企み




