遺跡の地下2
・一旦この部屋を出よう
無手で駆け出しそうになった私をオオカミ少年の手が強引に引き戻す。
「なんで止めるのシロン! ナームの体に傷付けやがったあのトカゲ野郎ミンチにしてやるんだから!」
・姉ちゃんの気持ちは分かるし俺も絶対あいつは許さないけど、ここじゃダメだって!
「何言ってんの! その手離しなさいな!」
凶悪な顔つきになっているのを承知で振り返ると、一回り大きくなったオオカミ青年が鋼鉄でできた拘束具さながら私の手を握って離そうとしない。
ポロアの身の安全を守る使命の自分はこの場での戦闘を絶対に回避したいと進言してきた。
広くはないこの部屋での戦闘は距離をとっての魂を使った攻撃も、スピードに頼った回避も制限されてしまう、不利な戦場は避けるべきだと。
怒りに任せての行動は否定はしないけど俺に与えたポロアの命が消えそうなんだと言ってくる。
「はへぇ? 命が消える?」
・さっきから呼吸をしていないんだ・・・
高ぶった感情を抑える為に大きく深呼吸をした。
重い空気が肺の中いっぱいに吸い込まれて脳に新鮮な酸素が供給される。
なるべくこの場の空気は吸わない様にしてきたが冷静な判断を下すために速やかに酸素が必要だったのだと自分を納得させる。
眉間が痛いほどに高ぶっていた怒りが一瞬で消えて仲間が死にそうな事に背筋に冷たいものが走った。
感情に任せた行動は動物の本能で他者が入り込む余地はなく、行った結果を自分は受け入れる。
独りよがりな私が嫌いな言葉。
全ての責任は自分が背負えばいいが、そこには己の信念がなければならず確固たる優先順位の最上位に今の湧き上がっている感情がなければ後悔が残る。
反省は良いが後悔はしたくない!
この状況での優先順位はなんだ?
私達3名の無事な帰還、その中でも最弱のポロアは必ず無事に目的地に送り届ける事が最上位。
次にシロン次いで私。
行動目的のブービートラップ解除はその下だ。
なら、今ナームの腕を切り落とされた激情は・・・?
視線を正面にに向けるとリザードマンが立ち位置を少しずつ変えているのに気がついた。
四面の壁にある扉が1箇所開いていて、そこから遠ざかり私達の道線を作っている様。
ここから出て行ってもらいたいのか、扉の向こうに策を講じているのかは分からないがポロアの身の安全を最優先するには、まずは外へ出なければならない。
それを今私が選択しなければ後で後悔してしまうと理解した。
激怒のオーラは垂れ流したまま痛みに慣れてきた体に鞭打って進言に承諾した私は、狼青年と一緒に扉へ歩みを進めた。
リザードマンは威嚇の咆哮を繰り返すも扉へと位置取りを変える私達に攻撃を仕掛けてくる素振りを見せないまま睨み続けた。
唯一開かれたままの扉の外には2匹のリザードマンが両側に立っていて一瞬罠だったか?と思ったが冷たい視線だけ向けて来ただけで門番の置き物ごとく戦意を向けては来なかった。
色々準備していたが拍子抜けする感じで2匹の目の前を通り過ぎ広い空間に出た。
さっきまでいた部屋とは違い空気はごく普通で呼吸も楽にできたが、薄暗い中にぼんやり視界に入って来たのは銀色に輝く巨大なダンゴムシ。
形状がそれに似ていただけで虫ではない、大型バス2台分の大きさの明らかに宇宙船と思える物だった。
「これがブービートラップ・・・、あ! 扉が・・・、開いてる・・・」
意識せず声に出してしまったが、ミムナは確か宇宙船の扉を開けると起動スイッチがONになるとかと言っていた気がする。
そして船内のメインジェネレーターを稼働させると即座に銀河中央から文明殲滅隊が到着するのだと。
・姉ちゃん背中乗って! 急いで!
「あ、うん・・・」
茫然自失してしまった私はシロンに促されるまま狼の背に跨った。
その後は視界に飛ぶように流れる洞窟の壁がしばらく続き唐突に青空が見えた。
数十メートル上空の空を駆ける狼の背中から出口を振り返ると小さな丘が見えた。
上空からだと洞窟の入り口は確認できない。
少し後ろに一番大きなクフ王のピラミッドがあったので位置的にはスフィンクスがある辺りなのかもしれないとぼんやり思った。
シロンは追っ手が来ていないのを数度確認してから高度を下げて小さな池の傍に降り立ち仔犬の姿になった。
私は分離して仰向けに横たえたポロアの眼前に頬を近づける。
あの部屋でシロンが言ってった通り息をしていないのに愕然とするが、体内時計であの場から2分ちょっとの経過時間だと判断する。
まだ間に合う!
血の気の失せた頬を数度叩き肩を大きく揺すりながら声を掛ける。
「ポロア! ポロア! 私の声聞こえてる? こんなところで寝ちゃダメだからね!」
首の後ろに切り飛ばされて途中から無くなった右腕を痛みを堪えてねじ込み顎を上げさせ気道を広げる。
左手で鼻をつまみ口から私の吸い込んだ空気を強引に吹き込む。
「ちゃんと帰って来なさい! 呼んだらちゃんと返事できるいい子でしょ?」
ポロアの小さな胸が膨らむのを確認しながら何度か空気を流し込む。
子犬は何も言わず傍で見守っている。
首に差し込んだ右手を抜いて姿勢を起こし左の手で心臓の上を何度も押す。
声をかけながらまたポロアの肺に空気を送り、そして心臓を何度も押す。
子供だからと言って押す力は妥協しない。
肋骨は最初の段階で数本折れた感触はしたが押す力は弱くするより逆に強くした。
かつての職場で救命講習があった時質問した事があった。
心臓マッサージの押す力はどのくらいがいいのか? と救急隊員に聞くと「自分の体重をかけて力強く!」と返答してきた。
女性や子供じゃ肋骨とか折れたりしたら後で問題になりませんか? の問いには「死んでしまったら文句は返せませんからね、文句言わせる為にも力を抜かず諦めずに続けてください」と返された。
人工呼吸や心臓マッサージを自分がやる事はあるはずが無いとその時は思っていたが、人間の短い人生では訪れなくてもエルフとして長生きしてればあってもおかしくは無いかもと冷静な自分が頭の片隅で呟く。
そうだ、あの講習の時A E D(自動体外式除細動器)も人形相手にやったんだったな。
あれは蓋を開けると電子音声が操作種順を教えてくれて電極を2箇所貼りつけると自動で電気が流れてたけど・・・、少し電気流してみるか。
人工呼吸を初めてもう10分は経過している。
でも諦めない!
「ポロア! ドキアの街にはほっぺたが落っこちるくらいの美味しいお菓子も有るのよ! 早く起きなさい! 遠くへ行かないで、ここへ帰って来なさい!」
・姉ちゃん・・・。 もういいよ、やめたげてよ
「何言ってるのシロン! 絶対戻して見せるんだから!」
・だって、痛いって言ってるよポロアが?
「え? ポロアが?」
胸に置いた手をゆっくり離しポロアの顔を見ると唇が微かに動いている。
「ナー・・ム・・さま、い・・たい・・・」
微かだが声が聞こえた。
胸に耳を押し付けると小さな心臓の音が聞こえた。
「はぁ〜。 よかった・・・。 ほんとに、よかった。 お帰りポロア、よく帰ってきたね!」
どっと疲れが両肩を押しその場にへたり込む。
額に浮いた汗を腕で拭って右腕の先が無いことに意識が向いた。
途端に湧き上がる激情。
胃の腑から私をせせら笑うキョウコの意識を感じたが気にせず立ち上がりシロンに命じる。
「シロン私のロッドをよこして! あんたはここでポロアを、守ってなさい!」
・どうすんのさ?
「あいつをミンチにしてくるわ! 私の大事なナームの腕を切り飛ばすとか、ミムナが許しても私は、ぜぇ〜ったいに! 許さないんだからっ!」
・姉ちゃんがそんなに行きたいなら、もう反対はしないけど・・・、そんなボロボロな体で大丈夫なのか?
両前足の間にしてある私の右手が握ったロッドを鼻先でこちらに押してよこす。
事ここに至っての優先順位は感情に従った行動が繰り上がって最上位だ。
この想い晴らさずにここから離れるわけにはいかない!
「行く! 誰がなっつってもあのトカゲやろうミンチにしに行く!」
「あと5秒なんでナームは行けませんね」
いきなり耳元で二郎の声がした。
「あんたばっかじゃないの? 私が行くったら行くのよ! 邪魔すんならあんたここに居なさいな!」
「3・・・、2・・・、1・・・」
唐突に地面を踏みしめていた感覚がなくなり体が空中に浮き始めた。
空中で溺れるようにもがくと子犬とポロアの体も淡い光に包まれて浮き上がっているのが見える。
「二郎何をしたの!」
「お迎えのご到着です」
「お迎えぇ〜?」
なんとか姿勢をずらして上空に視線を向けると青空の中にニルヴァーの船体が浮かんでいた。
風の魂を使って抗おうとしたが効果は発揮されず、程なく私達はアブダクションされ見慣れた船室の中に吸い込まれた。
次は、強制送還




