遺跡6
昼食にはまだかなり早い時間帯だが少しは胃袋に食べ物を入れておいた方が良いかもしれないとポロアの体調を考えて焚き火の準備を始めた。
ナー姉ちゃんは「ちょっと待っててね!」といつもの説明不足の文句を残して一人で勝手に飛んでいってしまった。
姉ちゃんの身の安全に関しては過度に心配する必要はないのだが、なんかいつも事態は重大局面を引き寄せる悪癖があるので今回もそんなことにならない様にと祈るばかりだ。
「ナーム様が行ってしまわれました・・・。 ごめんなさい神狼様。 僕が、僕が・・・」
半ベソを描きながらへたり込んで地面を見つめているポロアがさっきからウジウジとうるさい。
自分が俺達の足手纏いになってしまったと落ち込んでいる様だが、ただの人間が俺とかエルフとかと身体能力も精神能力も一緒なはずがないのだ、ましてや姉ちゃんの隠してるつもりの抑えきれてない魂の高圧波動に接しても正気を保っているドキア以外では珍しい人間を誇っていいのだと教えてあげたいくらいだ。
ヨウが集めた奴隷人間は無秩序に揃えた訳ではなく、姉ちゃんの波動に耐えられる存在なのが初見で分かった。
俺が知るエルフは皆身体に叡智の波動を纏っていて不用意に近づけば、羞恥に精神が焼かれてしまう。
長老のオンア達の前では視線を交える事すら恐怖したものだ。
物心ついたモフ時代はあまりに近すぎ慣れすぎていて分からなかったが、人間として過ごした日々でモフ時代は虎穴で愛でられていたと知った。
だからこそ、俺は彼らの側に居れる為の力を欲したのだ。
近くにあった頭の大きさくらいの玉石をサクッと爪でくり抜き石鍋にして火に掛ける。
姉ちゃんが「自由に使っていいから」と置いていった魂の水晶が入った袋から水の水晶を取り出し、一緒に入っていた小さな光る石の力を借りて熱くなった鍋に注ぐと水蒸気がモクモク立ち上がった。
ウジウジ少年の向けてるくる視線に構わず持って来た干し肉と近くで見つけた野菜を放り込み煮えるのを待つ。
「神狼様も僕の事・・・」
「怒ってると思ってるのかポロア?」
「だって、ナーム様は・・・、だから・・・」
「ポロアはナーム様のことは好きか?」
「はい! でも・・・」
「ナーム様のどんなところが好きなんだ?」
木の枝で湯気を上げ始めた石鍋を混ぜながら横目でポロアを見ると、少年らしいモジモジソワソワと水溜りに入ってしまったミミズみたいな変な体の動きになっている。
「・・・笑った。 顔。 かな?」
「そうだな、俺もナーム様の笑った時の顔は大好きだよ。 さっき飛んでいったナーム様はどんな顔してたっけか? ちゃんと見てたかポロア」
クネクネが止まり背筋に芯が戻った真顔で
「とってもニコニコ笑ってた!」
「そうだな、とっても楽しそうな顔して飛んでいったよな。 ナーム様はポロアを怒ってた顔じゃなかったし、俺の顔はどうだ? 今ポロアを怒ってる不機嫌な顔してるか?」
「そんなことはないです・・・、でも・・・」
石の器を作り水で洗ってから出来上がった熱いスープをよそいポロアへ差し出す。
さっきは一瞬伸びた背筋が前へ傾き視線が足元へと戻っている。
子供には少し重いだろう石の器を両手でしっかりと受け取ると顔は立ち上る湯気の中に隠れてしまう。
「ポロアがここへ来たのはナーム様が無理やり連れて来たのだったか? それとも自分で来るのを決めたのだったかな?」
「自分で、僕がナーム様と一緒に行きたいと言いました!」
「そうだったな、あの時元気いっぱいでポロア自信が決めたんだったな。 今のそのウジウジした気持ちは誰のせいなのかな、ナーム様か? それとも俺か? それともあの三角のせいか?」
年長者としては少し遠回りで意地悪い言い方とは承知の上で言葉にした。
彼の生きようとする力と知恵を欲する力を俺は知っていたから。
「僕はまだ子供で、弱くて小さくて・・・、ナーム様も神狼様も強くて大きくて・・・、自分で思って・・・、今の僕の気持ちを決めたのは・・・」
俺の器の入った熱々のスープが程よく冷めた頃、少年の俯いてた顔が俺を向き交わった視線に強い意志が込められていた。
「僕が、僕の気持ちを決めてます!」
「そうか、ならナーム様も俺も笑っている時は、ポロアも笑っていろ。 もし、ナーム様も俺も泣いてる時が有ってもポロアが笑っていれば元気がもらえてみんなが笑顔になる」
刻々と変わる周辺状況下で自分が置かれる環境は著しく変化していくが、それを認知しどう感じるかを決めるのは友人知人親兄弟でもなければ鏡に映った自分でもない、己だ。
モフの頃ナームの部屋でうたた寝してた時にテーブルの上に立っていたドングリが一個風で揺れて倒れた。
それを見ていたナームが突如笑い出し俺は意味が分からず困惑して、笑いきのこが風に乗って部屋に入って来たのかと思って探してしまった。
その時の俺の問いにナームが答えた真意は2度目の人間になるまで理解できなかった内容だ。
「かわいいドングリが転がったんだよ! モフもさっき見てただろ? いつもは2回しか回らなかったのに今のは5回も回った? 面白さも倍、んにゃ二乗で指数関数的に右肩上がりだ! ふふっふ、ハハッフ、キャハハハハハ・・・」
まぁ彼女の思考を全て理解したとは言えないが、己の気持ちは己の意識が決めるって事を教わったのだ。
温かい食べ物を摂って体調も良くなって来たのかいつものポロアの笑顔が戻って来た。
これでいつ姉ちゃんが戻って来てもすんなり次の行動に移せるだろう。
器ごと粉砕して自然に戻してやり食後の後片付けを簡単に終わらせるとポロアの方から話しかけて来た。
「神狼様少し聞きたい事があるのですが?」
「どうした?」
「あのぅ、ナーム様の肩にいる小さな男の人って誰ですか?」
地面の焚き火を足で散らしている時に言われた妙な内容にタタラを踏んでしまい少しだけ肉球に火傷を負ってしまった。
「ポロアには水晶玉のジローが小さな男が見えるのか? いつから見えてたんだ?」
「初めてナーム様にあった時からですけど、昨日の朝二人になってびっくりしちゃって」
ナームは”雲落ちの巨人”の所と連絡を取れる水晶玉だと言ってたけれど、俺の目には緑色に燃える小さな魂の炎に見えていた。
俺を探しに2度目にセトを訪れた時から気がついてはいたが、普通の魂の色とは違うのでミムナのアイテムだからと考えるのをやめていたのだが小さな男?
「俺はちょっと視力が悪いからよく見えてなたったから、ポロアの見た男の人の事詳しく教えてくれるかい?」
ポロアの感性で見えているものを俺の知識で上書きしてしまわない様に嘘も含めて言葉を選んだ。
これはあれだ、水晶玉を分離させた件の次に思考の現実化をナームの表層意識に定着させる良い機会になるかもしれない。
ナームは自分の潜在能力に枷を嵌めていて自分で可能な事を狭めている。
だからミムナは黒い変な服を着せて魔法少女とかを強いておちょくってるフリをしながらも高みへ連れて行こうとしている様に感じる。
俺にとってナームの強さが目標なのだから、さらに強く成ってもらえれば俄然俺のやる気が増す。
ポロアの説明を聞いて、俺はナームの魂の色が激変したあの時身体へ入った未来人だった頃の男の姿だと直感した。
次は、遺跡7(ちっちゃいおじさん)




