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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの魂は仲間に甘い
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遺跡3(自問自答)



 光の筋が流れる度に闇に紛れた小さな雲が輪郭を顕にし儚い自己主張をしている。

髪を揺らす風は豊かな東南の緑地帯から光合成をやめた植物が排出する二酸化炭素を鼻腔に届けてくれる。

小さなテーブルの上には自分で温めたミルクが素焼きの器に入れられ水晶の明かりで微かな湯気を上げて風に流されるのをしばし眺めていた。

日中の埃にまみれた体をシャワーで洗い流した上に着込んだ寝巻き替りのモガ服、膝の上には決して離れないと駄々をこねた灰色の子犬が小さな寝息を立てている。

荷車置き場からさっきまで聞こえていた肉泥棒志願者の悲鳴は今は聞こえてこないのを感じ、そろそろヨウとリンもゆっくり休めるのではと少しだけ労いの念を送っておく。

ここはアレクへ来て自分に起こった体調の異変についてジン・ジローとじっくり話をしなくてはならない為屋上に特別に設けた席だ。


「さて、ジン。 あんたの知ってる事洗いざらい話してもらうからね!」


私の声は至って穏やかで囁く感じ、AIとの会話は自問自答みたいな物だから他人には聞いて貰いたくはない。


・ナーム言っておくけど俺は隠し事とかはしてないからな! 客観的な視点で感じた事を助言したつもりだから

「ふんっ! どうだか。 私の知らない所でミムナと連絡とってるんだろうから、悪口とか陰口とか二人で好き勝手言ってたりするんじゃ無いの?」

・そんな、被害妄想に陥らなくてもいいでしょうに・・・

「だって、闘技場じゃ私の胸の話で盛り上がってたんでしょ? AとかBとか!」

・あれは俺がちゃんと計算して弾き出した数値にミムナが言いがかりをつけてきただけで、正直にナームに教えた俺が二人から怒られるって、訳わかんない立場にされたんだよ? どっちかっつうと俺が同情されたっていい状況だった

「ふんっ! それで? さっきはどうしてあんなこと言ったの! 私はあの言葉嫌いだって知ってるでしょ!」

・ナームが突然壊れてしまわないように自重を促したかったんだけど藪から蛇が顔を出してこっちも焦ってしまった

「私が壊れる? 自重させる? あんた何様のつもりよ!」

・俺はナームの耳元でここまでの旅をずっと見ていたんだ。 呼吸も表情も体温の変化も心拍数も・・・。 疎ましく懐かしいこの銀星管理地の体勢は良くも悪くも山上が知る社会。 あの従順な奴隷達に自分を重ねてやし無いか心配だったんだ。 そして・・・


口籠るAIにまた苛立ちを覚え水晶玉を人差し指で軽く弾く。


「何よ! 続けなさいな!」

・そして、自分の来た時代に帰る為には、あの時感じた絶望をリアルタイムで見なければならないと・・・


山上時代に心に深く刻み込まれた絶望、それは嘘で築き上げられた井戸の底にいる自分を発見した時の事だろう。

人間の人生だ 全てが順風満帆に進むなどと甘い考えはさすがに持っていなかったが、挫折による挫折で孤独になって読み耽った歴史の本、戦争、宗教、思想、哲学・・・。

ネット時代になって眉唾を含む陰謀論、都市伝説、情報を集めれば集める程に社会の不条理が解ってしまう。

そして、感じた己の無力さ。

たどり着いた虚空の井戸の底を知るのが遅すぎた。

どうせなら、知らない方が幸せだった。

宗教は2千年の時を費やし幾つもの戦争を経ても地球全体を統一出来なかったし、肌の色目の色、言葉の違い争い事の種は尽きず、罠を仕掛け陥れて戦争の火種を作った歴史。

個別の戦術も非武装弱者を大量虐殺した事は必要悪とされ許されてしまう社会。

古くからのお金の流れを調べるにつれて分かってきた食糧不足やエネルギー不足から切り離された場所に住む”運営”の影。

疑心に囚われて心閉じた中年男。

この旅で正直私は奴隷達を自分に重ねて哀れみの目で見ていただろう。

彼らの立場から見れば上は限りないが、自分より悪烈な扱いを見て己の幸せを感じている。

私の知る歴史では今の地球の痕跡は後世には残っていない。

隕石や洪水で別の地球になってしまうのだろうが、銀星の連中が構築した社会構造は継承され数多くの悲劇を積み重ねるのだ。

それは支配者も継承されていると考えられる。

グローズ率いる連中か、それともミムナ達なのだろうか?

ジンはそれを見続ける私の心が壊れる事を心配してくれている。

奥底のキョウコは未来へ続く階段を灰塵に化して別の未来を作ろうとしたのでは無いか?


『感情のまま行動するのは動物の生存本能で善悪は無い、結果を受け入れるだけで良い』


法律や常識を無視したこの言葉、個人が感情に従い行動すれば秩序は乱れ社会構造は崩壊してしまう。

しかし、知ることが出来ない指導者上層部は自分達の感情のままに社会を操り本能のまま人間をゴミ屑のように扱っていた。

同じ人間のはずなのに、生じている差。

魚と哺乳類。

昆虫と植物。

人間と猿に至っても差別ではなく区別だと思っていた。

人間の中に感情のまま行動してはいけない存在と許される存在が区別される、ドキアで繰り広げられている安穏とした生活が送れない世界。

ジンの言う通り私は凄惨な歴史を辿るこれからの世界を静観して居れるのだろうか?

正気を保って手を出さずに入れるのだろうか?

今の私が振るえる人外の強大なエルフの力ならば、人々も悪しき慣習もリザードマンですらも地上から消してしまえるかもしれないが、その所業は私が私を許せる行動なのだろうか。


・そろそろ夜が明けるけど考えはまとまったかいナーム


背もたれに後頭部を預けて虚に映る流れ星を見ながら随分と長い時間考え込んでいたようだ。

姿勢は変えずに暖かい膝の上のシロンの背を撫でてやる。


「その時にならなきゃ・・・わからない、かな? 目の前で知り合いが理不尽をされそうなら・・・、我慢できないかなぁ〜」

・俺はそれでいいと思う。 ナームは自分の感情に素直に従って自分を壊さないでくれたら俺はうれしいよ


すっかり冷えたミルクを手の中で温めて乾燥した喉を湿らせた。

紫色から水色へとグラデェーションが広がり出した東の空に顔を向けると子犬が胸を這い上がってきて唇を舐め回す。


「こらシロン! 子犬の姿だからって女の子の鼻の周りを舐め回すんじゃありません!」

・姉ちゃんの鼻の頭にミルクの薄皮が付いてたんだよ、取ってあげただけだよぉ〜!


子犬を手荒に掴んで階下へ放ると落下途中の鳴き声が辺りに響く。

地上で護衛しているヨウが多分受け止めてくれるだろう。

何はともあれジンが言いたいのは、行動には結果が伴い責任は自分にあるって事だ。

そして、判断材料になる知識も多い方が良いって事。

エルフの少女になって良いと思える事は、深く考えてもわからないものは分からないのだから楽しい方を選んだ方がいいに決まってるって思える事だ。

だってナームには笑った顔が似合うのだから。

次は、遺跡4

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