キャラバン2
朝の身支度を整えてから食堂で人間3人に軽く食事をとらせ宿を後にした。
匂いはキツいが雲一つない、青空気分はすこぶるいい。
ポロアがリンを抱え女の子のソリュンがシロンを抱え、人間姿のヨウに続き一番通りを東門に向かって歩く。
早朝ではないが朝が遅いアトラの街は人通りが少なく一行に浴びせる視線は多くなかった。
私の隣を歩くスケスケモガ服の美女テラミスに向ける視線が熱いが、手の甲の奴隷の刻印を見つけると皆視線を逸らした。
先行くヨウの持ち物と認識して興味を無くすのだろう。
途中で服屋があったらベストと腰巻くらいは買って着せた方が要らぬ問題を起こさないで住むかもしれないと子供達の後ろを歩きながら思った。
昨夜部屋から出て行った奴隷達はその後一切顔も出さず、出迎えもなかったのでもう顔を合わせることはないだろうと諦めて3人に必要な雑貨や食料を少しばかり出店から買い揃えながら歩いた。
「テラミスはどこから連れて来られたの?」
ジンのスケべ丸出しの口笛が出ない程には恥ずかしいところを隠した世話好きの女性に話しかける。
「私は北の、湖を超えた先にある村で育ちました。 少し前に荒らし屋が現れて・・・」
「ふーん、暴力が一番力を持ってるのかな? お金が一番なのかな?」
「・・・お金は分かりませんが、逆らった村の人間は殺されてしまいましたから・・・」
近々の出来事だったのかうっすら目尻に涙が浮かぶ。
嫌な事を思い出させてしまったみたいだ。
奴隷の制度などの知識がない私には簡単に想像もできない。
屈辱的な立場を覆す事は簡単では無いだろうし、刻印一つで人間扱いを一生されなくなりただの道具とされるのだ、それを受け入れなければ死。
なぜそんな酷い事が同じ人間にできるのだろうか?
・人間が所有の概念を持つ様になって格差が生まれ、相反し文明文化が発展したと言う歴史学者も居ましたよナーム
「そうなんだよね、みんなで仲良くってのは、ほんと手の届かない理想な気がするわ。 私が来たあの時代は資本主義や自由主義とか言ってて社会主義を否定してた人がいっぱい居たけど、ドキアを見てると両方ともゴミみたいな制度だもんね」
・結局は集めて配る奴らがどっちも権力と暴力を持って底辺の人間から搾取してたもんな。 格差を更に広げてゲームの運営みたいに見えない所で旨い汁を啜るいやらしい社会。 ドキアは共産主義システムに近い感じがするけど、なんでうまくいってるんだろうか?
「余分に欲しがる人がいない、からかしら? 倉庫にはいっぱい穀物とか鉱物とか集まって来るけど、権利とか義務とか言う人今まで一人も見たことなかったわね」
・生きていくだけなら豊かな森にいくらでも食べ物があるから占有しなくていいとか?
「個人所有の概念の有無って何なのかな? 生きれる位に食べれて、暑さ寒さが凌げれば楽しく生きれそうだけど、占有したいって気持ち?」
・ナームがシャナウみたいな胸を欲しがるのと同じだとか?
「何よジン! また喧嘩でも売ってるの? 昨日のルーゾンみたいになりたいの?」
二本の指先で耳にぶら下がる水晶玉を挟んでみる。
・違います、違いますって! 物事に優劣をつけて優位を所有するって考え方のこと。 優劣を決めず自然体のあるがままがいいって話です!
知識と経験からくる自分が定める善悪、そのものが持つ特性を評価し価値を与えるのは自分だけで良いはずなのだが他人と競い合い、欲し、妬み、奪い合う。
個人所有、それが人間が掛け違えたボタンなのだろうか?
私の独り言を不思議そうにテラミスは見つめていたが先頭が止めた足にならって歩みを止めた。
ちょうどアトラの街の東外れまで歩いてきた様だ。
街を囲む塀に門が設けられ外側に大勢の人影が見えた。
ポロアが駆け出し人混みに消えて少ししてから戻ってきた。
「みんなが来るのを待ってたって、一緒に行こうって!」
集団に向かって歩いて行くと闘技場で見た顔、宿屋で見た顔、見知らぬ鉄の首輪を付けた顔の薄汚れた連中が地に両膝を突き私たちを出迎えた。
昨夜部屋で別れた奴隷達は大金を手にして逃げもせず、一晩かけて旅の準備を行ってここで待っていたのだろう。
「旦那様お待ちしておりました。 この様な準備しか出来ず申し訳ありません。 お許しください。 さっさ、こちらの椅子へ御掛けになって下さい」
手で示された方に椅子が3脚置かれていて近寄ると半ば強引にヨウは椅子に座らせられる。
少しは小綺麗な首輪が嵌められたままの女性が二人現れシロンとリンを子供達の手から奪い椅子の上にのせた。
男の指笛を合図に椅子が地面から浮き上がり宙を進み始めた。
椅子の脚に縦横に通され結ばれた棒をそれぞれ4人の男達が肩に担いで歩く。
DIYで作ったお神輿みたいだ。
感心して見入っているとシロンが椅子から振り返って私を見て「どうするよ?」と聞いてきたので「ちょっとしばらく我慢して乗ってて」と伝えてやる。
東門には奴隷達の集まりを何事が始まるのかと興味津々の野次馬が大勢集まっていて、折角の準備を台無しにするのは憚られる空気だったのだ。
私の椅子が無いのは少し不満を覚えたが、強者の風格を現した3匹の獣妖怪と世話係の少女ぐらいの認識だろう。
詳しく説明して要らぬトラブルを呼び込むよりは知らない方が幸せな事もある。
野次馬達は有名な調教師が他の街の闘技場へ向かう一団と勘違いもしてくれていたので願ったりだ。
総勢40人と増えた人間達と一緒にアトラの街を後にした。
草原を2時間ぐらい進むとちらほらと木々の姿が見えてきた。
人が多く住んでいるアトラの周囲の木は燃料か建材に使われて切り倒されてしまったのだろう。
数少ない草も伸びる先から角の大きな牛に似た家畜に食われて弱々しく砂漠化が進んでいる様だった。
整備された道など在る訳もなし、昼をすぎた日光は容赦無く照り続け一行の体力を奪って行く。
この時代の旅行なんてこんなものだと私は知っていたが、椅子に座らされていた3人は我慢の限界がきた様だ。
・ガァー! もうだめ! 我慢できない! 姉ちゃん水! 水かけて!
毛皮を着込んで直射日光にさらされ我慢大会の椅子の上に座らされていたシロンが一番最初に音をあげた。
ポロア達と並んで最後尾を歩いていた私の前でお腹を見せて寝転がると水を掛けろと催促してくる。
「はいはい、待てね〜、今かけたげるね〜」
水晶から冷たい水をかけてやると熱したフライパンに水を入れた時と同じ音がして水蒸気がモクモク上がる。
「随分我慢したわねぇ〜、偉いねぇ〜」
・こうなるって知ってて、我慢してろって言ってたのか!
眼前で水に濡れた毛を振り払って私に仕返ししてきた。
「街から離れる時監視してる視線があったから様子を見てたのよ。 もう監視者とはだいぶ離れたからあそこの木下で少し休みましょ」
ヨウは涼しげな面持ちで現れて抱えたリンを差し出してきた。
だらりと垂れた舌、白目が勝った瞳、今にも旅立ちそうな狸の剥製になっている。
大量の冷水を掛け強風で気化熱を奪い首から下は氷塊にしてポロアに預けた。
「さすが風使いの妖狐ね、この程度の暑さでは音を上げないのね!」
と褒めてやると、冷気を含む風が一団を包み奴隷達の吹き出た汗を飛ばしてくれる。
言って見るものである、誰でも褒められれば嬉しいのだ、それは妖怪だって同じだった。
今後はもっともっと褒めて力を貸してもらおう。
不思議な現象に辺りを見渡しながら一団は微かな木陰に集まって休憩するのであった。
リンがポロアと遊び始めたのを見てから一行の様子を見に行く。
数は男が23人、女が15人皆若く体力がありそうだ。
なぜか増えた首輪の奴隷を観察しながら鉄の輪を切り落として行く。
そして旅用に準備した品物に目を通して心配になる。
アトラからスフィンクスがある場所まで2000キロは越すし、ドキアまではもう2000キロ。
奴隷達は欠けた車輪の手押し車1台に水樽二つに干し肉の塊が3個数枚の毛皮とボロ切れだけが積まれていた。
銭袋を預けた男に話を聞くと奴隷が買い付けできる品は粗悪品ばかりで、石銭か精々銅貨で買えるものしか手に入れられなかったらしい。
金貨は奴隷商で見つけた同郷の連中を買い付けるのに数枚使って残りはそのまま袋に入れられたままだった。
少し痛んだ眉間に手を当て考える。
当初の私の思惑は、奴隷が金を持ち逃げると思っていたので、子供二人と世話焼き少女だけを手分けして空を運べば二日と掛からず次の目的地につけると踏んでいた。
まさか東門で待ってるとは思っていなかった一団も旅の準備は万全に整えているだろうと思っていたのだ。
私自身この時代の旅の過酷さを甘くは考えていなかったが、奴隷制度の習慣も知識として無さ過ぎた。
このままでは次の村までたどり着けないのでは無いかとさえ思えた。
「この中で東へ向かう道に詳しいものはいるかしら?」
座ったままの男が数名小さく手をあげる。
「アトラから東に向かって最初の村にはどのぐらいで到着するかわかる?」
「オイラが運ばれた奴隷の荷車は5人押しで2日半、だった」
他に手を上げた連中も小さく頷く。
「移動したのは昼だけ? それとも昼夜?」
「明け方から昼前と、夕方から夜になってしばらく動いてた」
速度は想像できないが荷物無しで徒歩で一日半ってとこかしら? 距離にして40キロくらいかな? 話だけ聞いていても正確な所は自分で見るしかあるまい、判断を誤れば目の前にいる人間達は全員死んでしまうのだ。
そう思った時私はもう大陸を見下ろす高さに達していた。
北にある湖に沿って細い道が林をうねり東に続いており聞いた通り30キロの所に村落らしい場所が見えてその先も民家が集中する場所が点在していた。
目的地までの距離と1日に進める距離を割り算して目の前が暗くなる。
最終目的地に到着するまで十分な休みの日も入れれば半年はかかる道のりだ。
船で遠回りしたのと同じ日数でこっちは荷物は人力で運ばなきゃならないから体力が消耗するし、山賊も野生動物にも襲われる危険がある。
そんなの無理ゲーだ!
今の人数の半数が辿り着けたら奇跡に近いだろ!
自由落下しながら深いため息が漏れてしまった。
次は、キャラバン3




