召死鱗戦3
背骨が捩れそうな横移動の後、目に飛び込んできたのは紫色の炎の筋。 後方の誰かから放たれた私たちのいた所を突き抜ける攻撃。 正面のリザードマンの半数が呑み込まれ姿を消していた。 纏わせていた水晶の障壁は消え失せ、腰に当てられていた手が離され目の前にヨウが立ち塞がる。 集合して防御姿勢をとっているリザードマンたちは左腕から半透明のシールドを展開していた。
「どうしたの? 何があったの? 教えてヨウ!」
「禁忌が目覚めてしまいました・・・」
「禁忌? 何それ? 全然わかんないよ!」
炎が放たれた後方に視線を向けるとシロンが巨大な蛇と対峙していた。 鎌首を上げた高さはリザードマンを越していて全長は想像も付かない。 上顎には髭があり地面を掴む小さな腕らしき物も見える。 龍だ。 それも赤龍! 昔話や都市伝説、スピリチュアルな話で姿を見たら一目散で逃なきゃいけない存在と耳元でジンが叫ぶ。 開かれた口から紫色の煙を上げて苦しげな呻き声を上げている。
「怒りに飲み込まれたリンです」
「はへぇ? リンちゃん? 狸のリンちゃんが赤龍に? なんでぇ〜!」
「説明は後ほどで、あの炎は私では防げないので、決して浴びないでください。 魂が肉体から押し出されますから」
「ちょっと、意味わかんないんですけど?」
赤龍の炎攻撃を天高くへ振り抜き躱していたシロンの持つ剣が鍔先からくずれ落ちていく。 咆哮と炎を撒き散らし迫ってくる相手に武器をなくしたシロンは回避しながら私たちの方へ後退して来る。 何か援護ができないかと氷と水晶と光の矢を頭上に出現させた時シロンがこちらを見て少し笑った。 「見てろ!」と言ってる気がした。 仕方なく頭上の矢を残ったリザードマンへ叩き込むと轟音を上げて肉片が飛び散る。 シロンは胸の前で一拍手を合わせると一瞬姿がかすみ巨大な影が現れた。 白く流れる毛並みに大きな尾。 地と空を駆ける犬神明神。 邪悪な大蛇から飼い主を守った忠犬とジンが囁く。 鎌首を上げた龍の顔面に強烈な咆哮を放つと怯んだ喉元に巨大な牙を食い込ませる。 2匹の動きが暫く停滞し白い大犬が牙を離した頃には赤かった龍の鱗が黒さが増し辺りに広がっていた怒りの念が薄らいだ感じがした。 動きを止めた龍を睨みながら大犬が私の近くへ飛んで来た。
・リンの怒りはもうすぐ治るけど、どうする姉ちゃん?
「どうするって・・・、ちょっと本当に意味わかんないんですけど・・・」
・この召死鱗どっちが買った方がこれから動きやすいかって事
突如現れた巨大な龍と犬。 ブラスターの流れ弾で倒れた人影、赤龍の炎で魂を飛ばされた集団がすり鉢状の観客席にシミの様に残っているが、娯楽で死闘を観戦しに来た観客は出口に殺到していて絶賛大混乱中。 呑気に観戦している人間は一人もいない。 凶悪な口から地面に向かって炎を吐いている龍が黒い鱗に変わりつつ迫ってくるが少し勢いが無くなった感じがした。 私の放った矢の先を見ると司令官らしいリザードマンの他に立っているのは二人。 運営席の上にいる金ピカチャラ王は口から泡を噴いて失神寸前に見える。 シロンは勝って面倒を増やすよりもこの場は負けたフリの方がサラを仲間にした時の様に自分達に徳があると言っている。 私には勝負の勝ち負けにこだわる気は一切ないし、勝ちに掛けた金貨なんかも惜しくはない。 欲しいのはこの後のアトラの地での自由行動の権利だ。
「負けましょう! 大怪我したていで松葉杖でもついて大手を振ってスフィンクスいきましょう!」
「了解! ヨウも良いな」
「神狼の御考えのままに」
「ならばリンの怒りも憎しみも、俺が押さえ込む!」
犬神が紫の炎を巧みに躱し龍の首筋に当身を喰らわし血に染まる闘技場の地面に押しつける。 状況把握が追いつかず呆気にとられていたリザードマンに向けられ開かれた龍の口から迸る炎。 最初の一撃よりはかなり薄くなったそれに司令官らが包まれ防御姿勢のまま動きが止まる。 龍の胴体が犬に巻きつき咆哮一つ放つと犬は姿をし、その後鎌首を上げた龍は光の筋になって空へ消えていった。
逃げ惑う観客と悲鳴が支配していた場内は静寂に包まれた。 異形の乱入者が繰り広げた激闘が収束した闘技場を腰を浮かせ実況していた運営がアナウンスする。
「しょ、勝者は我れらが神、鱗族! 勝者は鱗族です。 蛮族3人は地に伏し動かず、立ち続ける者は3人の神々! 召死鱗勝者は我れらが神々の鱗族! 巨大な鱗の神が現れ勝利をもたらしました!」
血の匂いがする土を頬に付け片目を開けて辺りの気配を探ると、隣に人間姿のシロンが腕に子狸を抱え倒れていてヨウは仰向けで空を見つめていた。 立ち続けているリザードマンは3人とも立ったまま気を失っているらしく瞳に意思の光は無い。 太い脚と尾が魂なき体を支えている様だ。 貴賓席に動きがあった。 側近のフォローあってか勝敗の現状を把握し鱗族の当然の勝利を称え満足の挨拶を述べて金ピカチャラ王は退席していった。 身動ぎ一つしない私達を死体掃除係の奴隷が回収しにきて手押し車にぞんざいに放り込むと会場から運び出してくれた。 龍の炎で魂が抜けた3人はその後目を覚ました様だったが、挙動がおかしかったとポロアが後で教えてくれた。
怪我の具合も生死も確認されないまま当然の様に窓のない石壁の部屋に放り込まれた。 敗者のいつもの扱いの様だ。 動けなくなるまで戦って倒れた連中が死を迎える部屋なのであろうと察した。 周りに人の気配がなくなると人間の姿だった二人は元の獣の姿になって暗がりで光る眼光を私に向けて来た。
「二人とも説明して頂戴! なんでリンちゃんが急に赤龍になって暴れ出したの?」
・食あたりかな?
・今回は食べ合わせが悪かったのと、煩かったのが原因かと
「何それ? それじゃぁ意味わかんない! ちゃんと教えて!」
膝の上で眠り続ける子狸の大きなお腹をぽんぽん叩いて二人を急かす。
・俺達獣妖怪は好んで魂の器たる肉を食べないんだ。 それを食べなくても他に食べ物はあるし肉体は大切な命の入れ物だからな。
「肉を食べない? あんた達山犬も狐も食物連鎖の上位の肉食獣じゃなかった?」
・ただの獣は強い者が弱い者を喰らって生きるのが普通だね、だからこそ獣を抜けられないとも言える。 肉には食べ物じゃない、生きてるって事は魂が宿っていて、痛みも、苦しみも、怒りも、悲しみも、喜びも。 人間の魂ほど深く複雑じゃないけど感情は持ってる。 死んで魂が抜けた体には感情が残ってるんだ。 特に死の直前の感情がね。 憤り、痛み、憎しみ。 肉を喰らうって事はその感情も取り込むって事なんだ。
私の記憶の中に「ご馳走といえば焼肉!」ってのは未だにある。 この時代に来て一日どんぐり一つで生きれるナームの体になって食の欲求は極端に少なくなったのは自覚している。 ドキアの町でもテパが作ってくれるクッキーが2枚もあれば満足してしまえるし、時々の釣果も1匹だけ残して全部リリースしていた。 レムリの街で胡椒を扱う様になって無性に焼き鳥が食べたくなり宿の店主に頼んで調理してもらったが一串食べて満足してその後の欲求は沸いていない。 あんなに好きだった焼肉。 酒とタバコに似た刷り込まれた嗜好品だったのかと、いつの日か思い至った記憶がある。
・リンは今回食べすぎたんだ。 獣妖怪の山では予期せず獣と死闘があった時、殺してしまった獣の肉は食べる様に話している。 それは、命を奪った者の責任として、相手の思いを自分の中に取り込み癒してあげる為に。 そして命を守ることの大切さを知る為に。
・この地の肉はセトの野や山で出会う肉よりも恨みと苦しみが強いのでしょうね
・殺され喰われる為に生かされる憎しみ。 昇華してない魂であっても感情は人間とさして変わらないからな。
「リンちゃんは、自分が癒してあげる思いでお肉を沢山食べてた・・・」
・本来は優しく憎めない獣妖怪なのですが、内に秘めた怒りが時折表に現れてしまうんだ。 喰らって癒しきれなかった肉に込められた思いと、自分自身の後悔の思いが抑えられなくなって。
寝息をたてる子狸を見つめる子犬の視線は慈愛に満ちている。
遠い過去を思い出すかの様にヨウが話の後を続けた。
・私がリンと出会った時は自暴自棄になって荒れ狂う大狸でした。 辺りの物全てを喰らい尽くす勢いで獣も木も草も岩をも喰らって自分を責めていました
「自分を責める?」
・はい、彼女は子供を失った傷心のやり場を失っていたのです
「昔、お母さんだったんだリンちゃん・・・」
・ある夏の終わりに、巣立ちが近付いた子供達6匹を残して狩りに出かけ戻る道すがら、膨らんだお腹の大蛇とすれ違ったそうです。 獲物のネズミを捨てて大急ぎで巣穴に帰ったのですが時すでに遅し子供達の姿はどこにも無かったそうです。 その後怒りと悲しみに飲み込まれて喰らうだけの獣になっていました。 暫くして神狼の山へ迷い込んできて全てを喰らい始めた狂気の狸に神狼は立ちはだかり互いの牙が欠ける戦いを繰り返しながら言って聞かせたのです。 『お前の我が子を思う愛と同じ深き思いを、お前が命奪った餌のネズミも持っていると知れ』と。 何度か戦いを繰り返している内に狸は力尽きどこかで息を引き取った様でした。 その後神狼の周りを彷徨くリンを見かける様になったのです
「でも、肉に込められた思いで赤龍になっちゃうとかって・・・」
・リンの中では大蛇が怒りの姿なんだろうと思うよ。 髭があったり短い手足があるのは愛嬌だね
リンの人の姿の薄魂体は目が大きな髭のある可愛い女の子だけど、大蛇に髭と手足とかがあって愛嬌とは思えない。
何せ私が知る空想の龍そのものの姿だったのだから。
巨大な犬の妖怪、3本尾の狐、巨大な龍。
あと、2匹の大猿がいると言っていたからそれらも名だたる妖怪だろうと記憶を探ったが今は思い浮かばなかった。
しかし話を聞いてると頭痛がして来る。
日本を妖怪が跋扈する島にしたのは私の責任の様な気がして・・・。
いや、待て待て、私じゃない! シロンのせいだ!
そうだ、目覚めてすぐにドキアに帰ってこなかったシロンが全部悪い!
ここで深く考えるのはやめよう、そんな事より早くここから抜け出して宿屋へ戻らなければ。
ヨウが集めてしまった奴隷達の安否も気になる。
次は、キャラバン1




