召死鱗戦1
食事と飲み物を配っていた女性が私の所にも肉とパンが乗せられたトレイを運んできた。
礼を述べてパンを一口分ちぎり「あなたも食べなさい」と残りを渡す。
なぜか驚きの表情をされたが微笑んで返すと深くお辞儀をして近くの席に座り食べ始める。
私は空腹感は感じていなかったが口に入れて固いパンを飲み物と一緒に胃の中に流し込む。
口内に葡萄の香りとほのかなアルコールが鼻腔を抜けていく。
樽は赤ワインだった様だ。
少しだけ体が火照りたまには飲酒もいいかもと思ったが、戦いの前に不謹慎だと嗜む声が右耳で囁く。
シロンとヨウも食事をしていたがワインを口にして二人とも少し驚いていた感じだ。
お使いに行っていたリンが帰って来て空になっていた肉の大皿に補充される。
ポロアは両手いっぱいに木札をニコニコ顔で抱えて帰って来た。
二人は仲良くさっきと同じ大皿の前を陣取って串焼き肉と格闘を開始する。
普通の人間では不可能な大口を開けて食べる姿は妖怪丸出しで、豪快にワインで流し込んでいた。
あの小さな体のどこに入っていくのだろうと不思議に思ってしばらく見つめていた。
世話焼きの女性が何度目かのワインのおかわりをリンに差し出している姿を見てヨウが女性に声をかける。
「おい女、リンにどのくらい飲み物を運んだかわかるか?」
咎められるかと思ったのか肩を竦め震えながら答える。
「さ、先ほどからのを合わせますと・・・。 樽一つ分はお召し上がりになったかと・・・」
「樽一つとな!」
「申し訳ありませんご主人様!」
地に平伏し詫びの言葉を口にしながら震えている。
何も給仕を進んでしてくれた女性にそんなに強く言わなくてもと思いヨウを見ると白い顔が一層白さを増し視線は虚空を彷徨っている。
「良い、お前は何も悪い事はしていない、詫びは必要ない・・・。 神狼よ!」
「そうだな、もうすぐ眠るだろう。 飲んでしまったものは仕方あるまい、ゆっくり休んでもらおう」
細められた視線の先のリンは膨れたお腹をさすりながら赤い顔で椅子に座り直し横になった。
シロンが言った通り童の姿が陽炎で包まれると子狸姿になって丸くなって眠ったようだ。
ポロアがちょこんと隣に腰掛けて背中を撫でてやっている。
なぜか二人がリンの一挙一動に注意を払っているのがおかしかった。
いつもはぞんざいに扱っているのにと不思議にも思った。
運営席に動きが出て一層増えた観衆が騒ぎ出す。
「それでは皆さんお待ちかねの特別死闘”召死鱗”を開催致します。 参加登録された方は闘技場中央へお集まりください! ”召死鱗”を開催します。 参加・・・」
拡声器で運営の案内があり3人は武具を手に観覧席から場内へ飛び降りた。
私達の応援では無い歓声が盛り上がりすこぶる気分が良かった。
アウェー程血が滾るってやつか?と両手を振って観客に答えてやる。
中央に到着すると運営席の下にある選手控え室の扉が開き人影が3つ姿を現した。
昨日対岸丘で会ったルーゾン率いる中2隊だ。
管楽器と太鼓を用いたファンファーレに似た曲が流れ、リズムに合わせて軽快に進んでくる。
光る鱗、大きく揺れる長い尾、着ぐるみを着たミュージカルを見る様で少し笑えたが3人が肩に担いだ短い槍を目にして自分の眉間にシワがよるのがわかる。
「ジンあれが何だかわかるか?」
・短銃・・・、ですかね? 形状からして出てくるのは鉄の弾ではなく光学系
「ですよねぇ〜。 この時代に来て初めて目にする武器ね。 剣と魔法のファンタジィーだと思ってはダメね
・相手は宇宙人ですから当たり前と言えば当たり前
「対応策はあれしかない・・・わね・・・」
・検討を祈ります
シロンとヨウに念話で武器の考察と対応策を伝えると二人共心配無用の返事を返して来た。
視線が中2隊後方を広範囲に睨んでいるので、伏兵が潜んでいる助言も必要なさそうだ。
なんとも頼もしい。
距離が30m離れた所で足を止めると入場曲も鳴り止む。
審判が中央に現れ手印された注意事項を読み上げる。
簡単に言えば戦いが始まればここを出るには勝つか屍、ルール無しの殺し合い。
「それではご来場の皆さん、本日の”召死鱗”観戦に足を運んで頂いた我らガイアの王、エンケラドス様のお言葉を賜りたいと思います」
割れんばかりの歓声が巻き起こり観客の視線が運営席上に設けられた貴賓席に注がれる。
首をめぐらし視線を向けた先に今朝見た金ピカチャラ王の姿があった。
両手を広げ歓声を制し拡声器らしい杖を掲げる。
「ガイアの民よ、アトラ市民よ。 我が名の保護のもと集った民は、自由と富を己が手に入れ力強き繁栄を謳歌しておる。 この皆の自由の地ガイアがあるのは心優しき鱗族の神々様のおかげである。 我らの命があるのも鱗族の神々様のお陰である。 この場の死闘は神々様に逆らった愚かな者達への”召死鱗”。 辺境のジャングルドキアから来た愚か者を粛清する宴だ。 肉を喰らい酒を飲み宴を存分に楽しめ。 我らが神々の勇姿を目に焼きつけておけ!」
歓声が沸き起こりルーゾンコールが場内を席巻する。
「両者準備はいかがかな?」
審判の問いかけに双方が頷くと右手を天高く掲げる。
ドラの音が響き審判は脱兎の如く運営席へ駆けて行った。
すぐに戦闘行動を取るかと思ったがルーゾンは腕を組んだ姿勢で薄ら笑いを浮かべて動かない。
私は竹箒を杖代わりにして睨んでやる。
「あんた、壁の中に閣下が居ないって知ってだでしょ。 あんな金ピカチャラ王に合わせて何のつもりよ!」
「こっちの準備が整ったのを知らせたかったのさ。 あんな人間でも地上を征服出来る準備がな!」
「地上を征服ですって? 人間に征服させてどうすんのよ、保護地区を解除して独立でもさせるつもり?」
「さぁ〜て、その先は俺の口からは教えられないさ。 閣下にでも聞くんだな!」
小さく左手を上げると左右のリザードマンが銃を構える。
「何よその短い槍は?」
指を二本にして小さく振ると左右から足元にオレンジの光線が走り地面が焼かれ白い煙をあげた。 とりあえず左腕の盾を構えて怯え驚いて見せる。 ルーゾンの笑みが大きく勝ち誇ったものになってシャーシャーと耳障りな笑い声を鳴らす。 私の誘導に乗って一発撃ってくれたのは助かった。 戦力把握はこっちの戦略に大いに役立つ。 ジンの分析で思念トリガーで光が到着してから熱線が到着するまでタイムラグが有るのが分かった。 左側で成り行きを見ていたヨウが「私が前へ出ます」と呟き、手に短剣を持って歩き出す。 ルーゾンの指が一本になって小さく振られるとヨウの額に2本の光線が交差して後頭部へ抜けていく。
「一人終わったな、簡単な物だ。 シャーッシャ、シャー」
大きな声で笑い出したが、歩みを止めないヨウを二度見して首を傾げる。 自分も銃を構え撃ち始めるが歩みを止めないヨウは笑みすら浮かべる。
「何で当たってるのに倒れないんだ!」
「姉ちゃんは下がって見てていいからね」
シロンも右側からゆっくり歩みを進め間合いを詰めていく。 ブラスターに絶対の自信を持っていたのか慌てふためき乱射しまくる。 シロンの体にも当たった光もすり抜けて歩みは止まらない。 3人は射線が観客席に向かっているのにも構わず発射している。 日中の光線銃による攻撃は普通の人間には見えないだろうし知識もない。 訳わからず体に穴が開く怪奇現象が観客席を襲いあちらこちらで悲鳴が上がっている。 普段であれば剣や槍による武闘が見れるのに今の静かなる戦いは未知のものだ。 動きの無い戦闘に不満の罵声がで始める。 さて、シロンは後ろで見ていろと言っていたが私に出来る事はしなけらばなるまい。 ブラスターの防御で右手に水晶の粉末を大量に生成する。 光線と熱線のタイムラグを計算して回避行動の時間をジンに計算させたら意外な回答が返って来た。
・意見の相違から現状で少し誤差が生じてます。 鳩尾を中心に横15センチ縦35センチの範囲に光線を確認し最速で回避しても致命傷に近い傷を負うのですが、ミムナは30%狭い範囲を提示して来ました
「何でそんなのに誤差が出るのよ?」
・入力係数値で俺とミムナの意見が分かれまして・・・
「係数? 何の数値入力で意見が分かれてるの?」
・胸の脂肪がAかBで意見が分かれました。 もちろん俺はBで入力した
「何であんたら私の胸のサイズで遊んでるのよ! Bプラスで計算して! ってっか、脂肪じゃないからね、私の胸は!」
・いいんですか?
「何がよ! いいから計算して!」
ジンとの会話に意識が取られているうちに、ヨウが短剣入りの疾風で後方のリザードマンの右眼球を一つえぐり左腕を切り飛ばしていた。 シロンはルーゾンの前に盾を地面に突き刺し立ちはだかり会話をしている。
・ナーム、Bプラスだとさっきの数字の10%致命範囲が増えるぞ。 気をつけてな! 熱線は当たると神経損傷で全身がしばらく動けなくなるらしいけど、当たらなかったら・・・Aだとミムナが言ってるぞ!
あいつこの状況で私をおちょくるか! 直撃は避けたいし、当たってもみたいし・・・。 悩んでどうする! 全力回避に決まってるだろ! 前方で会話していたシロン達に動きが出た。 ブラスターが効かないと諦めてルーゾンは銃を後方へ放り腰に刺した長爪を両手に嵌めた。 シロンはロングソードを両手に構え盾を挟んで両者が睨み合う。 離れて一人ブラスターを撃ちまくっていたリザードマンは旋風と化したヨウの風に飲み込まれ遠くに飛ばされ地に伏し全身から出血していた。 残った手でナイフの刺さった目を押さえ咆哮を迸っていた一人はゆっくり歩み寄ったヨウの剣で首が落とされる。 3対3で始まった戦いは相手を一人残すだけとなったが、私の右手は水晶の粉を作り続け、指の隙間からこぼれ落ちたそれに風を纏わせ私の周りを周回するクリスタルの障壁を作った。
次は、召死鱗戦2




