再びの闘技場3
すり鉢状になった闘技場の観覧席の一角を陣取って別行動だった私達は互いの報告を済ませた。
ヨウが連れていた人間達は奴隷商から買ってきた連中で理由はお金と人間の交換を試したかったそうで、特に目的は無いらしい。
虐げられた人間を救ってあげたい気持ちは私も無いわけでは無いが、ミムナに以前言われた「お前に全ての命を救えるのか?」に無理だと答えた自分を思い出す。
ヨウも奴隷人間を救いたいと考えていたのでは無いらしいのはシロンへの危険な進言で察しができた。
「この街の人間すべてに、生のやり直しの機会を与えたい。 許しを頂きたい」
・リンもこの臭い街、人間、気持ち悪いから全部燃やしてしまいたいぞ神狼様!
「ナーム様どう致しますか? 二人の思いに私も共感は持てるのですが?」
シロンまで極論の救済方法を考えていたのかと知り頭の中で回答の細い糸を手繰り寄せる。
「みんなの思いは当然だと思うの。 私もこの街の強者が弱者を虐げる自由を認めるやり方は間違っていると。 でも、この街一つ燃やして灰にしてもこの体勢は大陸全体に蔓延っているのよ。 更地になっても腐った根は残って、芽が出た木に腐った果実ができてしまうわ。 根本を断つやり方でなければ悪戯に命を奪うだけだと思うの」
「何度でも灰にして魂に刻み込めば自ら進むべき道を変えるのでは無いですか」
真剣な眼差しで私を見つめるヨウは本気でアトラの人間達を憂いているのだろう。
純粋で優しい魂の持ち主だと感じた。
「ヨウよ、ナーム様は裏で操り今を作った存在を滅する話をしている。 悪しき知恵を与えた存在の排除が救いを与える力ある者が選ぶ道だと。 この地球は広い。 我ら獣も心安らげる人間が暮らす街もある、急がず世界を知ってから結論を出してはどうだ?」
・あっ! そうだ、大猫様が居る街にリンは行ってみたいぞ! 会いたくなったぞ!
「ドキアですか、事成す前に知恵を得よ。 神狼の教えに従います」
なんだか耳が痛い、心の片隅に思っていてもいつも考え足りない行動している私を諌められている気がした。
・じゃ、この人間達もドキアに行くのだな、よかったなポロア旨いもんが食えるぞ!
「ポロア?」
リンがヨウの膝から離れた所に所在なげに座る男の子の所へ駆け寄り膝小僧を舐めていた。
「リンちゃんにできた友達?」
「奴隷商で唯一瞳に光を宿した子供です。 小さい希望の光を消さなかった人間」
シロンとヨウがポロアに向ける眼差しが暖かい、私には何も感じられないが獣の彼らは何か感じ取っているのかも知れない。
瞑想すれば何か見れるのかと考えて首を人間達に向けて気がついた。
さっき聞いた奴隷商から買った人間の数より多い30名を超す人間達が私達を囲んでいる。
増えた20人はどうしたのか気になった所で闘技場全体が響めき出した。
ちょうど向かいにある投票券販売所を兼ねた運営席に人影が現れ拡声器を手にした。
「ご来場の皆さんにお知らせがあります。 本日午後開催予定だった死闘はエンケラドス王の勅命により参加者が変更となります。 前売り券は全額払戻しされます。 再びの購入をお願いします。 死闘参加者が登録し次第の販売となりますのでしばらくの間お待ちください。 ご来場の皆様に・・・」
案内が数回続き私達を運営に呼ぶ案内もあった。
「それじゃ3人で行きますか?」
・リンも行くぞ、神狼様のお供するぞ!
「・・・リンちゃんも? う〜ん、リンちゃんはこれでみんなに食べ物と飲み物買ってきてあげて。 みんなお腹空かせてそうだから」
不服そうにしていたがシロンが口添えしてくれて納得する。
子狸の姿が陽炎に包まれると童姿のリンになる。
獣が人間の子供の姿になるのを目の前で見たポロア他近くにいた人間が驚嘆の反応をする。
「さぁポロア、肉。 肉買いに行くぞ! そこのおっきい男二人ついて来い!」
強引に手を掴まれ歩き出そうと引っ張るが開かれた口だ閉じられないポロアは固まって動けない。
見かねたヨウが胸の前で一拍し派手な音を鳴らし彼らのとまった時間を動かすと買い出しに付き合えと命令を出す。
主人がいなくなって奴隷達は逃げたりしないのだろうかと疑念に思ったが、自由意志に任せることにした。
彼らの主人はヨウなのだから私が心配する必要は無いだろうと丸投げしておく。
仲良く手を繋いで歩き出した二人の子供の後を荷物持ちを命じられた男達が続くのを見送った後私達は呼ばれた運営へ向かった。
案内に通された参加者控室は殺風景な石壁に囲まれた暗い部屋。
名前を聞かれたのでブラック・JK 、シロン・ヌケサク、ヨウコ・セトと答えた。
一通り規約や免責事項などが説明され確認書類に手印を押した。
王の勅命とあってか対応は至って親切丁寧な者だった。
私たちの身なりを見て武器と防具を心配され旅の途中で持ち合わせがないと告げると貸し出しの武器庫を案内してくれた。
粗悪なものばかりだったが折角だったので私は左腕に付ける小さな木の盾と短剣を借りた。
シロンは刃こぼれが目につく鉄製のロングソードと鉄製の大振りの盾、短剣3本と細身の剣をヨウは手にしていた。
どれもこれもリザードマンの鱗に傷一つつけれそうにないが、手ぶらでは相手に失礼だろう。
支度を終えて控室に戻ると案内人は券売が終わって死闘が開催される時間まで1時間あると告げてくる。
今回の参加者には死闘開催まで行動に制限が課されないらしく自由行動を許された。
リンが心配だった私は観客席で待つと告げ3人で待合室を後にした。
何が悲しくてこんな展開になったのだろうかと考えたが、どう考えても自分の撒いた種。
私自身はリザードマンに嫌悪感は抱いても恨みなど最初は持っていなかった。
シロンが殺されキョウコが現れて一掃して恨みに思って恨みを買って・・・。
負のスパイラルにドップリ飲まれた感じ。
お互いの平和を望んで起きる戦、何とも不毛な行い。
魂の数だけ求める自由があるならば衝突は不可避なのだろうか?
控室から闘技場に出て真っ直ぐリン達が待つ席に向かう。
観衆の数が増えて応援も罵声も聞こえてきたので「このクズ人間共め!」と片手を上げて応えてやった。
地を軽く蹴り高い塀を越してさっきまでいた観客席に戻った。
買い出しは終わったらしく焼かれた肉が大量に大皿に乗せられ、飲み物が入った樽が2本置かれている。
囲んで食べているのはリンと子供二人でその他の大人達は物欲しそうな眼差しで食べ物を見つめているが誰も手にしていない。
奴隷根性が染みついて洗脳されているのか主人の許しが無ければ食べれないらしい。
ヨウに食べる許可を出さなければ彼らは口に出来ないと告げると不思議そうな表情をしたが「皆で分け合い口にせよ」と奴隷達に命じた。
恐る恐る皿に近づき各々手にすると貪る様に食らいついた。
「ポロア肉はうまいか? 肉は残さず食べてあげなきゃ可愛そうだからな! いっぱい食え!」
片手に肉もう片方に黒パンを握って頬張る瞳には涙がいっぱい滲んでいた。
樽から飲み物を器に小分けして配っている女性が目に留まった。
なぜ気になったのかと考え、整った顔にメリハリのある肉付きに恥部を覆うだけの布、中年男の性欲が湧き出たのかと思ったが違う所だった。
シャナウを思わせる気配りを妨げている首と足に嵌められた鉄の輪、大人の奴隷が数珠繋ぎされた鎖。
違和感はそれだった。
「ヨウはこの人間どうするつもりなの?」
「どうもしません。 好きな様にさせます」
「なら、邪魔な鎖は切っても構わないわね?」
頷きを確認してから腰のロッドを手に取って細いブラスターで焼き切っていく。
私が前を歩くだけで落ちていく首輪と足輪を意味わからず茫然とする奴隷達。
シャナウに似た気が利く女性が動きやすくなったのでそれだけで私は満足だった。
他は逃げるなりなんなり勝手にしてくれと思った。
「ナーム様、今回券は買わなくて良いのですか?」
「そうだわね? こっちに負ける気は毛頭無いのだから自分達の券買っておいた方がいいかな?」
「リンよ、お前の食事がひと段落したら食べ物の追加と私達のお応援札を買っておいてくれ」
「わかったのだ神狼様。 ポロアまた店に肉とパン買いに行くぞ、お前も来い」
口の中で咀嚼している顔を何度も上下させて頷く少年の顔にはさっきまで見れなかった笑みがのぞいていた。
ヨウがさっきと同じ男を指差しながら手伝ってやれと合図している。
無くなった首輪の跡を摩り不思議そうな表情で頷き返していた。
次は、召死鱗戦1




