再びの闘技場1
時間の約束はしていなかったが二人で闘技場を目指す。
以前は街とは離れた丘にあったと思ったが広い道の両脇に建物がずっと続いていた。
砂漠を通って乾燥しきった肌を撫でる空気、篭った臭気は人の数が増えるにつれて増してくる。
「・・・姉ちゃんを嫁さんにするとか、あいつは何を考えているのかなぁ〜」
私の歩幅に合わせてゆっくり歩くシロンが呟く。
「政略結婚で国を大きくしたいだけでしょ」
「いや、そう言う意味じゃ無くて、姉ちゃんを、嫁さんに、だよ?」
「どう言う意味よ? 私だって美人さんなんだからお嫁さんに欲しいとかって人が現れても不思議じゃぁないでしょ?」
行き交う人混みの隙間から人だかりが出来ている大きな板張りの建物が見えて歓声も聞こえてくる。
犬が数匹走っている板に彫られた絵で大体の内容がわかる。
昨日ヨウ達が荒稼ぎしたドッグレース場だろう。
その他にも動物同しが戦う看板を掲げた小屋、人間と動物が戦っている看板のものもあった。
「遠くの未来からやって来た、男の魂が勝ったエルフの姉ちゃんを、嫁に? 無いわぁ〜」
不意に言われた私の正体で足を止めてシロンを仰ぎ見る。
「なんで? なんで、そんな事言うの?」
「だって、そうなんだろうなって分かるから」
優しさに混じる真剣な眼差しが私を見つめていた。
「いつからそんなふうに思ってたの?」
「人間の姿になって会った頃、そうなんだろうなって感じたよ。 未来の世界から来たってのは内緒にしてたい雰囲気だったけど、男が勝ってる魂だってのも一緒に居れば分かるよ」
未来からの転生した魂だとあまり知られないように言動には注意していたつもりだったけど、身近に接していてくれた人達にはバレバレだったのか? こうして明言して来た人間がいなかったから知られていない筈と勝手に思い込んでいたのかも知れない。
「色々シロンの前で素を出してたからなぁ〜、あんたに隠し事しても仕方ないけど・・・。 私が来た未来が知りたい? 今の世界がそこに繋がってるわけじゃ無いけど?」
「いや違うよ、先の事が心配とか知りたいんじゃ無いんだ。 俺はナーム様が今の姉ちゃんになって意識が成長した。 そして俺は今の俺になってる。 俺は姉ちゃん達に感謝してるから、返せる成長してるのかなぁって」
歩き出したシロンの後に付いて私も歩き出す。
「セトで目覚めて直ぐに帰って来なかったから私にとっても寂しい想いをさせた。 あんたの思ってる感謝は全然返してもらってないわね。 でも、まぁ、また会えたから、いい。 強く、成るためだったんでしょ?」
竹箒の肢で横腹を突っついてやると裏拳で弾かれた。
「男勝りの姉ちゃんを守れるくらいには成ったかな」
「あんたさっきから男男って、こんな可愛い女の子に向かって何度も言わないで! そのうちシャナみたいなボン・キュッ・ボンになったら子供だって産みたくなったりするかも知れないんだから!」
シロンは私の目の前に手を伸ばし人差し指と親指で小さな隙間を作って見せた。
「何よこれ? 胸がちっちゃいって意味かしら? 喧嘩売ってる?」
スネに回し蹴りを喰らわせる体制に身をかがめると、瞬時に間合いを開けられる。
「違うよ! 髪の毛が伸びた量。 俺が死んでからまた会うまでに姉ちゃんの髪の毛が伸びた量だよ!」
正解だ! 180年間でナームの体に起きた変化は髪の毛が2センチ伸びたのとブラジャーが少しだけキツく感じた程度の成長。
シャナウのナイスボディーに辿り着くまで何千年かかるか一時真剣に悩んでテパに相談に乗ってもらった時期さえあったのだ。
「・・・いずれ、そうよ、いずれ周りがドピンクオーラたれ流すぐらいに成長してやるんだ!」
「姉ちゃんは女に成りたいのか?」
「ん〜ん。 この体は女の子だから・・・、成長したらボキアやシャナみたいな体にはなりたいかな〜」
「その、ボン・キュッ・ボンで男勝りの姉ちゃんとか、やっぱり嫁さんとかには・・・、無いわぁ〜!」
「なんだとぉ〜! 女の子の夢を馬鹿にするのかぁ〜!」
「だから、そこんとこ! 男が思う女の子の姿ってのが男の魂が勝ってるって意味だから!」
なんとなくシロンの言いたい事がわかる。
不思議能力を使えるエルフのナームを鏡で見て私が想像したのは魔法美少女戦士。
振る舞いは自然な物ではなく私の中にある自分の身体の見た目から想像した女性。
固定概念が表面意識化した自分。
ネットMMOで美少女キャラで女性を演じ遊ぶ”ネカマ”に等しい。
「シロンは・・・こんなナームは、嫌いなのか?」
「嫌いなもんか! いろいろ教えてもらったし、沢山助けてくれた大事な姉ちゃんだよ。 大切な家族だと思ってるよ俺は」
俯いた私に大慌てで慰めの言葉を連呼するシロンが可愛く思えた。
久しぶりの二人っきりの会話を楽しんでいたら闘技場入り口が直ぐ目の前に迫っていた。
辺りを見渡すと人混みの中にヨウの気配を感じ近づいた。
今まで通った賭博場の中では一番の賑わいの中に人だかりが出来ていて、その中心にヨウの気配があった。
・お! ナーム来た! 早く助けて! ここ臭いしうるさい!
私を見つけたのか子狸リンが人々の足を擦り抜けて走り寄って抱きついて来た。
「どうしたんだリン? なんでこんなに人間達に囲まれてるんだ? 何か揉め事でも起こしたのか?」
・ヨウが、ヨウが人間集めたんだ
集まっている人間達には悪意や嫌悪などの気配は無く真逆な安らぎの気配を感じた。
私たちに向かって歩いてくるヨウの先に自然と道が出来て有名人を出迎える空港のロビーを思わせた。
「ナーム様、神狼。 面談は無事に終わられたようですね」
「問題はすべて解消したわけでは無いが、目的は済んだ。 ところでこの人間達はどうした? お前が集めたのか?」
・そうだぞ、ヨウがこんなに臭い連中連れてきたのだ。 毛皮に人間の匂いが移って臭いのだ。 ナーム洗ってくれ!
お腹で抱えたリンが暴れるので後で洗ってやるからとなだめ、とんがり帽子をずらし頭の上に乗せてやる。
「まずは静かな所へ参りましょう。 あちらに無料の観覧席があるそうです」
歩き出したヨウの後に続いて足を向けると、後ろを大勢の人間達が付いてくる気配を感じた。
次は、再びの闘技場2




