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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
終わりと始まりの野営
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始まりの赤い月



 澄んだ冷気が小さな離れ雲を緩やかに撫でる初冬。

連なる街灯に明かりが灯り始めた幹線道路は帰宅者で混雑し始めていた。

車列の中に一台のオフロード軽自動車が赤信号で停車している。

少し開けられた運転席側の窓から微かなタバコの白い煙がルーフへまとわり付き姿を冷気に溶かしていた。

下り二車線の隣に停車した赤い軽自動車の運転席で若い女性が煙を見つけ、あからさまに分かる嫌悪感を顔に出し睨みつけていた。


「何であんな可愛い子ちゃんが親の仇を見つけたみたいな顔すっかなぁー? 100年の恋も冷めるってマジで! 本当! 俺みたいなおっさんが全員早く死んだら、将来の年金不安はなくなるのに・・・」


煙の排出者である初老と言える短髪男性は隣の嫌煙家に気付きながらも、唇だけで摘まれたタバコを一気に吸い込み、いつもよりも多めの煙を鼻と口から吐き出す。


「タバコ吸って寿命が短くなんなら、年金貰う前におっ死ぬ喫煙義務化法案出す方が、先々嬢ちゃんの為になるんだけどなぁー! 年寄りは少ない方が良いって知らねえのかな? どうせそっちまで煙は行かねぇってんだ、全く!」


青に変わった信号で車列がゆっくりと動き出し車窓からは白いタバコの煙と男の呟きが漏れていた。




「あれだね!」

「あー、そうだ」


その声はヘッドライトが灯された車列の上空から発せられた。女性と思える細身の影からのもの。

地表を辛うじて確認できる高空に、頭から足までの黒衣、細い身体に灰色の背嚢を背負う異様な風貌で。

帰宅時間帯とは言え初冬ともなると陽は西の山に没しており、山並みが近いこの場所は濃い夕闇に包まれて浮遊者二人の姿は地上からは見つけることは出来ないであろう。


「先いくよ?」

「そうしようか・・・」


両者とも遥か眼下に走る車から目線だけは外さず短い言葉を交わした後、満月が登り始めた東の峰へ移動を始めた。

そして、二つの影は山並みの闇へと溶け込んで行った。




 未舗装の狭い林道に両脇から迫る木々達。ヘッドライトに照らされた葉を落とした枝が訪問者を拒む陰影を揺らしている。

深い森の中一台の青いオフロード軽自動車は時折車体を大きく揺らしながら緩やかな上り坂を進んでいく。

車内はタバコの匂いと消臭剤の匂いがせめぎ合う、淀んだ空気を入れ替える為か、外気取り入れ口から吸い込まれ温められた新鮮な空気を、車内のファンが騒音と共に排出していた。

運転する初老の男性には慣れた道なのか、左手はハンドルを握り右手は頬杖、その腕はドアの窓枠にあてられていた。


「さっき睨んでた嬢ちゃん、あれだな! 親の仇って顔だったから、本当にタバコが仇なのかも知れんな・・・」


大きく揺れた車体で頬杖の指先に摘んだタバコの灰が溢れ、膝の上に落ちた事を気にする風もなく呟く。


「小さい時に肺がんで父ちゃん死んだとか? 寝タバコ火災で家族を亡くしたとか? 自分は苦労して生きてきて、諸悪の根元見つけたって感じだったな・・・。でもあれだ! 嬢ちゃんの将来の為には年金取得者減らす活動すべきだよ。 若い娘は過去に囚われず未来を見るべきだよ、うん!」


左手で小さな車体を巧みに操り、ヘッドライトに照らされた狭い視界の中を走らせる。

唸るファンで聞き取れにくいが、昭和の懐メロ歌謡曲集CDが終わりを迎える頃、小さくひらけた場所で車は止まる。

エンジンが切られ辺りは一瞬にして静寂に包まれた。

オレンジ色の火の付いたタバコを咥え、額にはLEDライトのバンドを巻いて男は車を降りる。

手元を照らすだけの心許ない灯りの中作業を開始した。

そう、この場所は彼が時折訪れる野営地で、焚き火と夜空を独り占めする場所。

車から幾つかの箱を下ろし取り出したアウトドアアイテムが並び終えた頃、周囲は淡いランタンの明かりに照らされ、いつもの野宿空間が完成した。

小ぶりの焚き火台に薪を組み着火を終えると、クーラーBOXから冷えた缶ビールを取り出し喉の渇きを潤す。

ワンタッチで広げられた椅子に深く腰を下ろし、炎が徐々に勢いをます焚き火台を見つめながら1本目の缶ビールを飲み干した。

焚き火が在るとはいえ初冬の山間、風は直接当らない場所でもかなり冷え込み始めていた。

一度寒さに抗う身震いをすると椅子を炎が安定した焚き火台に近づけ、傍に置いてあった小さなダンボール箱を手に取る。

額のライトの電源を再び入れ、記載内容に目を通す。


 ——ネット通販「天域」(通称アマゾーン)ご利用ありがとうございます——


と印刷された宅配便でよく使われるダンボールの小箱。

未開封のそれを丁寧に開封し、中から緩衝材で厳重に守られた膨らんだ厚紙の茶封筒を取り出した。

箱の中に残りの品がないのを確認し、足元に空箱を放って茶封筒に貼られた商品説明を読み始める。


『貴方の人生を豊かにする儀式セット』

『手間無く簡単 約十分で【陣】セッティング完了の一人用最小最強キット』

「自分で買っておいてなんだが、ないわー」


語尾が小声になったのは、今回の買い物も期待ハズレで、無駄金の投資を確信したからであろう。


「まぁー、超特価タイムセールでクリック出来たから駄目元の暇つぶし! 期待はしとらんかったが・・・、身に着ける“幸運のお守り”的なのがどっちかって言うと良かったけど」


呟きながら中の茶封筒を裏返し、油性の太マジックで書かれた文字に目を通してうなだれる。

書かれた内容は『定価2000万円』と黒色で書かれ、その上に赤色で『×』と記されていた。

さらにその下、黒色のボールペンで『1万円にします』と可愛い丸文字で書かれていた。

今度は天を仰いで瞼をゆっくりと閉じ


「確か、定価1万円が特価タイムセールで980円だったかなぁー? 2000万円から値引き19999020円はねぇだろ、買ってなかったわなー、騙すの前提でも最初の定価は引くわー!」


又小さく消え入りそうな声で呟き、閉じられてた瞼をゆっくり開ける。何気に巡らした視線に映ったのは三日月。


「さっきは満月だったのに、どうした?!」


一瞬訝しげに顔が歪むが思い至る事に気付いたのか。


「今日は月食だって朝のテレビでやってたな・・・、この辺は皆既で月が赤く成るとか・・・、よし!さっさと定価2000万円の儀式試したら天体ショー見ながらゆっくり飲むぞ!」


声でやる気を振るい立たせて椅子から立ち上がった。茶封筒から取り出したA5サイズに印刷された説明書を読み、儀式のセッティングを開始するのであった。


 作業はパッケージに書かれていた通り数分で終わった。

まずは中心となる場所に人差し指程の金属の棒を窪みを上にして地面に打ち込む。

それに付属品の紐の両端に付いた金属製の輪を一つ引っ掛ける、伸ばした反対側の輪に棒を突っ込み地面に円を描いていく。

紐は2m位なので直径4mの円となった。

その円を6等分し付属の鏡を中心に向けて6枚配置する。

方位は関係ないみたいで注意は書かれていない。

最後に中心の金属棒の窪みに蝋燭を立てて火を灯し、それを覆う透明な筒をかぶせる。

油紙で包まれたピンポン球位の丸い透明な球を筒の上に置いて完成。

透明な筒の上には幾つかの穴が空いているので蝋燭の火は消えないしくみだ。

説明書を読み返しながらセットした器具を眺め指差確認で「よし!」と言葉に出す。

最後にと書かれた文章に目を通し


「あとは、6枚の鏡を微調整して終わりっと!」


各鏡が蝋燭の灯りを中心の玉に反射する様に角度を変えていく。

少しだけ凹面鏡に成っているのか綺麗に中心に集める事が出来た。

【陣】のセッティング作業を終えて少し痛み出してきた腰を手の甲で数度叩き、新しい冷えた缶ビールを2本手に焚き火近くの椅子に座りなおす。


「980円で幸せになれる俺って幸せだわな・・・、っていうか俺の幸せって何なんだろうか? まぁいいや・・・」


自笑で唇の片方を歪め、6枚の鏡が集めた明かりで透明だった中心球が淡く青色に光り出すのを横目で見やる。

東の空高く登って何時もとは別物へと変わったブラッドムーンを正面に、両手に持った缶ビールを高く掲げる。


「俺の幸せな人生に! 乾杯!」


呟いた瞬間【陣】中央の球体が閃光を放った。

男は紐の切れたマリオネットの様に椅子から崩れ落ち地面へ倒れ込んでしまった。

次は、新たな世界1


iPhoneをお使いの方:リーダー表示と読み上げ機能が便利です。

Safari検索バーの左にある(ぁあ)タップで続きのページを連続で表示できるリーダー表示を選べます

画面上部枠外から2本指(少し広げたピース)で画面を撫で下ろすと文章を音声で読み上げてくれます(設定必要)

設定-アクセシビリティー画面の読み上げ ー有効


20230610 追記

最終話まで辿り着けました、お時間がある方最後までお付き合い頂ければ嬉しいです

「いいね」と「評価」(できれば星4以上だと嬉しいです)していただけると助かります

よろしくお願いします

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