EP1-CP9 正義の暗殺者(キラー)(3)
カチャッ
以外なことにドアには鍵が掛かっていなかった。実果は類を睨みつけた。本当は、殴りたいところではあるが、今はそういう状況ではない。ゆっくりとドアを開けた。
部屋が暗い。何も見えない中、電気のスイッチを覚えていた実果は、そこのほうへ手を伸ばした。
部屋に電気がついた。だが、その部屋には、ひどく顔色の悪い青年が横たわっていた。その横に、例の真っ黒男が立っていた。そして、その男から少し離れた後ろのほうに、黒髪に赤毛が混じった女性が立っていた。
「あ〜あ、悪いタイミングに来ちゃったね」
真っ黒男が実果に向かって半透明の銃口を向けると同時に、実果も掌を銃口に向けた。
奇妙な3発の銃声が部屋に鳴り響く。だが、やはり半透明の銃弾は実果の掌の手前で静止し、先が潰れた状態で落ちる。
真っ黒男が舌打ちすると、実果のほうへ駆け出す。だが、次の瞬間、男は赤毛の女のほうへ吹き飛ばされた。
「あんなガキに手間取ってどうすんのよ、クロ」
「痛っ、俺の名前はクロじゃねー、黒だ」
まさにぴったりの名前を持つ男、クロ、ではなく黒は、ゆっくり起き上がった。
「それより明は『残り物』を片付けて来い」
「…わかったっ。さっさと終わらしなよ」
「そうはいかないなぁ」
類が赤毛の女、明の前に立ちはだかった。
「何よ、あんたやる…」
ブシッ
その言葉は類の重いグーパンチによって阻まれた。
「てめぇ、女を殴るなんてどういう了見だ!」
倒れこんだ明は類に向かって吼えた。
「何、それ?差別?男女殴る権利ぐらいあるだろ」
味方の実果でさえ、殺してやろうかと思う考え方だったが、敵の黒は「確かに」と小さく納得した。
「黒、気が変わったわ。うちはこいつを殺してから行くことにする」
「おいおい、無茶はやめてくれよ。めんどくさい事になるのはこの俺なんだから」
「そんなの知ったことか、うちはこいつを、お前はあのガキを殺れ」
「はぁ〜、おおせのとおりに……」
黒が実果のほうへ再び駆け出すと、実果はすかさず掌を前方に突き出した。が、今度は目にも止まらぬスピードで背後に回り込み、実果の背中に手を伸ばした。
「おい、来ないのか?」
類が見下した目で明を挑発する。
「コノヤロー!」
右手のストレートで類の顔面を狙うが、ことごとく右手で防がれてしまう。左ストレート、右足の振り上げからのかかと落とし、すべてが防がれ、避けられていく。
類は勢いよく防いでいた両手を突き放し、瞬時に右手で額を押す。明はまたしても倒れこんでしまった。
「男だからって遠慮しなくていいぞ」
嫌味ったらしく挑発する。その挑発にまんまと乗っかる明。
すばやく立ち上がり、回し蹴りから上段蹴り、連続のストレートパンチ。力重視ではなく、スピード重視に切り替わり、もはや当たればいいという攻撃になっていた。だが1発も、それどころかかすりもせず、楽々とかわしていく。
すると、実果と黒が戦っているところで、爆発?ものすごい衝撃が生じた。それに隙を見せた明の足を素早く払い、またまた転ばせる。
背後に気配を感じた実果は、無意識に加減なく、ドアの向こうまで黒を吹き飛ばしまったのである。
「……やってくれるね、お嬢さん」
その笑みを浮かべた顔は、恐怖を感じた。
この時、類にある情報が入ってきた。その情報は澪から返却された魂によるものだった。
「金属を……破壊?」
黒はゆっくりと実果のほうへ歩み始める。
「君の霊力がようやくわかったよ」
両手で腰から半透明の銃を2丁取り出す。
「振動破壊。自ら発する振動で、物を破壊する霊力。攻撃面、防御面でも万能。ただ…君の場合、弱点がある。自分の身体から数センチまで接近しないと効果がないということ。さらに、発生できる場所が1点だけということ。つまり、2点同時に、効果がないギリギリのところから攻撃すればいい」
実果は自分が殺されると確信した。その恐怖が顔に出ている。
そして、銃口は実果の心臓と脳に向けられた。
「さて、どっちを守る?どの道死ぬけど……」
残酷な言葉が実果に迫る。
ゆっくりと引き金が引かれる。
実果は、頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
カチッ
奇妙な銃声がしない。
ゆっくり目を開けると、そこには、額を手に当てられている類の姿があった。
類の息が荒い。今にも倒れそうだ。
実果には何が起きているかさっぱりだった。
「俺の霊力を知って、わざわざこの子を守るために飛び込んでくるか……」
「……汚い…まねする…な、お前」
つまり、さっき黒が振動破壊についての説明は半分うそで、半分本当ということである。さらに詳しく言えば、確かに、発生できる場所は1箇所なのだが、その振動範囲は自分で調節することができる。なので、別にどこで何発攻撃されようが、すべて防ぐことができるのだが、いかにもそれをできないというように暗示を掛け、驚きや恐怖を感じると硬直する実果の特性を利用したのである。実際にあの銃弾には元々弾はこめられておらず、ただの身代わりだったのだ。
「勝負なんて勝てばいいんだよ、勝てば。だが、それにしも、よくこの貧血状態で立てるな」
敵ながら黒は感心した。
「貧血…状態?」
「そうだお嬢ちゃん。元々俺は君を殺すつもりはない、というか殺せない。だから、銃を身代わりとして使い、君に接触して貧血状態にして動けなくなったところを、明に殺させるつもりだったんだが、その計画がわかったこいつが、かばったってわけだ」
実果にはまだ意味がわからなかった。その様子を見た黒が自分の霊力を明かした。
「俺は金属を破壊できる。つまり金属破壊」
黒はそれに加えて説明した。
「人間の身体にある鉄分を破壊し、鉄欠乏性貧血を起こし、身体を動けなくできる」
だるそうに説明を終えた後、類の額に当てた手を退こうとすると、いきなり類の右手がその手を掴んだ。
「おい、俺様を誰だと思ってる。俺はこんなことじゃ、動じないんだよ!」
目の色が変わった。あの力のない目ではなく強烈な目力だ。まるで猛獣のような、恐怖感と殺気を感じさせる目だ。
そして、類の右腕には銀白のオーラが纏い始めた。
「!」
黒の手は、徐々に類の額から離れていく。それと同時に、その手はメキメキと音を鳴らす。
黒がもう片方の手で抵抗するが、そのオーラを纏った右腕はびくともしない。
黒の手が折れる手前で、勢いよく掴んでいる手と抵抗する手を突き飛ばす……というより、オーラによる小爆発によって吹き飛ばした。
そのオーラは右腕から身体全身へと広がった。
全身のオーラから殺気のような念を感じ取った実果は、ひどく怯えた顔で類から後退りした。
「霊力放出」
類の全身のオーラが分裂して黒に襲い掛かる。
避けたいが、避けられない。攻撃数が多いということもあるが、避けるだけのスペースがない。
だが実際食らってみると何の変化もなかった。
しかし、耳元で誰かに囁かれている。最初ははっきり聞こえなかったが、それは徐々にはっきりと聞こえる。
「おいで」「死のう」「殺してあげるよ」
複数の囁きが耳ではなく、脳に直接インプットされていくようだ。
「やめ……ろ」
頭抱え、目を瞑る。
目を開けると、広がる漆黒の闇。
「いったい……」
ふと自分の身体に目をやると、複数の霊らしきものがすがり付くように纏っている。子供、大人など年齢層はさまざま。誰もがさっきの囁きの言葉を呻いている。
暗闇からそれは、どんどん増え、纏わりつき、次第に黒の身体は霊で埋め尽くされていく。
「やめろ!やめ…」
とうとう完全に埋め尽くされてしまった。
「いったいあいつは、どうしちゃったの?」
類の後ろから苦しむ黒を見ての疑問だった。
「……幻覚を見せてやったん……」
言葉の途中で、類の身体が倒れていく。
「ちょ、ちょっと。ここで倒れられても困る」
次第に外が騒がしくなってきた。銃声などの破壊音が響いたので当たり前である。
ふと後ろを振り返ると、あの女の姿がない。そして前を見ると、男の姿も消えていたのだ。
実果はとりあえず、リクのところに行き、荒いが呼吸をしていることを確認にし、部屋の外へ急いで駆け出した。
この部屋から一番奥の部屋についた途端、振動破壊でドアを破壊した。
「わー!…先輩?ちょっとなんですかいきなり」
黒髪のショートヘアーの女の子が制服の上で身体を隠している。別に裸というわけではないが、上は白のロゴ入りTシャツ、下は緑の制服のスカートだったため、アンバランスな服装を見られたくないという本能がそうさせたのであろう。恐らく、着替えの途中にタイミング悪く、実果が突入したので、そうなったのである。
「瑞希、ちょっと来て」
実果はそんなことお構いなしに、瑞希の手首を掴み、さっきの部屋へと連れて行く。
「あの〜できれば着替えてから……」
「そんな時間ないの!」
部屋に着くと、瑞希はあ然とした。
倒れこむ男にひどく顔色の悪い青年、凹んだ壁や崩れ落ちそうな天井、何があったのかと思ってしまう。
「早くこっち」
「は、はい」
瑞希を類とリクのところに案内した。
「先輩……これは」
「話はあと。今すぐ、この二人と私を瞬間移動でこの場所から移動させて」
「え!誰かに見つかったら……」
「そんなのあなたが見つからないように移動すればいいだけじゃない」
とんでもなく自分勝手な考えだと思ったが、先輩なのでそんなこともいえない。
「わかりました…」
仕方なく了解した後、二人の手をつないだ。実果は瑞希の背中に乗っかった。
瑞希が寮の向こうに視点をあわせた。
「きゃーーーー」
実果が悲鳴を上げる。寮のすぐの空中に移動し、落下しているのだから当然である。
瑞希は寮の屋上に視点を合わせた後、地面スレスレで屋上に移動した。
4人は無事屋上にたどり着くことができたが、実果は胸に手を当て、息を切らしている。
「瑞希!なんでわざわざあんな怖いとこに移動すんのよ!」
「あそこに移動しないと屋上見えないで」
しゃがみ込んでいた瑞希が立ち上がりながら「そんなことより」と言葉を続けた。
「具体的に何処に行きたいんですか?」
屋上から東京の街を見下ろして質問した。
「具体的って言われても…」
「勤務区……」
類が突然口を開いた。
「勤務区134―65―0」
「わかりました。では移動します」
さっきと同じような体勢になった後、その方向へ1km間隔で移動していった。
空中を移動していくため、実果の悲鳴が街に響き渡った。
‡―†―†―‡
「まだやる?」
澪がぼろぼろになっていた明に対しての言葉だった。
明のすぐ右上に、電気の塊のようなものがビリビリっと呻きを上げ浮遊している。それと同じように明の身体も、時々ビリリッと電気が走る。
澪はというと、片方に2つ、もう片方に1つの刃をつけた、奇妙な形の大鎌を持っている。その大鎌は水でぬれていた。
明は舌打ちをした後、電気球を発光させ、目くらましをし、姿を消した。
澪は一ため息をついた後、手に持っていた大鎌をわざとらしく例の谷間に落とした。
「ひぇーーーー」
澪にとって聞きなれない声が例の谷間から聞こえてきた。その谷間を覗くと…。
「ちょっとあんた!こんな物騒なの落とさないでよ!」
4人の人々が谷間の間にぴったり挟まっている。さらに大鎌もうまい具合に谷間に挟まっており、その鎌の刃先ギリギリのところに瑞希の顔があった。あと数センチでグサリである。
「ごめんなさい。わざとじゃないの」
「うそつけ!わざとでしょ。絶対わざとでしょ!あたし見たもん。この目でしかっりきっかり見たもん」
「とりあえずこの鎌をどうにかしてください……」
さっきの悲鳴を上げた瑞希が、泣きそうになりながら願った。
「おかえりー」
雪と少し元気になった優奈が出迎えるが、類とリクは意識不明。瑞希が泣き喚いているのをあやしている実果。その状況にあ然になる他ない。
「なにがあったの!?」
「さぁ……なにがあったんでしょう」
それを見て澪は一人面白そうに笑んだ。
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