EP1-CP7 正義の暗殺者(キラー)(1)
Ep1 霊力
現在の時刻、4時40分ぐらい。午後ではなく、午前4時。
空はほんのり明るい。あと数十分で朝日が昇りそうな雰囲気だ。
あれから、何時間たっただろうか。
実はあの時間でだいたい10時半、ということは約6時間も経っている。
「もうこんな時間!親に殺される〜」
身に着けている腕時計を見た実果が現在の時刻に驚く。
木々に囲まれた歩道を、絶望的な顔で歩く実果に、優奈は慰めの言葉を掛けていた。
なぜこの二人は、まだ家に帰っていないかというと、竜のせいで事情聴取に時間が掛かったということもあるが、まず警察署に行くのに車で送ってもらったのに、30分掛かるのである。つまり、警察でだいたい1時間を消費し、実果の硬直状態が解けるまで数十分。帰るときも、車で30分掛かるのだから当然、徒歩では倍以上掛かるのである。それでも、大体2時間半(午前1時)で帰れるはずなのだが、警察署が自宅とはまったく別方向なので、道がわからず、2時間程度迷ったあげく、やっと知っている道にたどり着いたと思ったら、警察から1キロも満たない場所ということが判明し、自分たちが警察の周りを2時間近くグルグルぐるぐる回っていたというバカさ加減に落ち込みながら、ここまでたどり着いたというわけなのである。
「足が痛ーい。あたし、運動している間に筋肉痛って始めて何だけど」
4時間ぐらい歩きっぱなしなのだからということもあるが、二人ともバスケ部に所属しているので、今日…正確に言えば昨日は、部活帰りだったのだ。なので、運動中に筋肉痛という珍しい体験ができたのである。
「あたしは親という大人が待ってるけど、優奈は大丈夫?弟さん」
「大丈夫よ。もう中学生だし、それに……」
「そうだね」
優奈が何かを言いかけたが、それを理解したように実果は納得した。
すると突然、優奈がピタッと足を止めた。
「どうした?」
「…誰かいる」
その言葉に実果は顔色を変えた。
当然街なので誰かいて普通なのだが、別の言い方をすれば『殺気を感じる』というほうがわかりやすい。
「…普通に歩いて」
優奈が唯でさえ小さい声で囁く。
二人は相手に出来るだけ悟られないように歩いた。
後ろの木の上に隠れている『誰か』は、持っている半透明の銃の引き金をゆっくりと引いた。
「下!」
それと同時に優奈が合図をすると、二人はしゃがみ、銃弾から逃れた。
さらに、実果はしゃがんだと同時に、相手の方向へ掌を向けた。その後ろに優奈が隠れる。
ポーン
聞きなれない銃声が何発も放たれる。だがそれは、実果の掌寸前で止まる。
相手は舌打ちをして、その木から降り、その姿を現した。
竜の髪型に双葉を除いたような黒い髪型に、黒い科学ゴーグル、黒のパーカーに黒のジーンズ。おまけに手袋に靴まで黒い。まさに真っ黒男である。だが、真っ黒男の右手に半透明の拳銃だけ浮いている。それに、服についた返り血も…。
「頼むからとっとと死んでくんないかな?俺忙しいだ」
ダルそうに言うが、本当に心から死んでくれと感じる言葉だった。
「あんたなんかに殺されえてたまるもんですか!」
実果はそういうと、手首をくっつけて、その状態で地面に掌を勢いよく叩いた。
その瞬間、その手から真っ黒男に向かって、地面が割れていく。
「なっ」
彼女の攻撃に驚くあまり、真っ二つに分かれた地面の穴に落ちてしまった。
「早く逃げるよ!」
「うん」
二人は急いで家の方角へ駆けっていった。
「くそ〜、油断した〜」
ギリギリで地面に片手を掛けて今にも落ちそうな状況なのに、真っ黒男はだらだらと喋っていた。
‡―†―†―‡
「もうなんなのよ!今日は人生最悪の1日。私がいったい…」
走りながら、実果が文句を並べる。
「ねぇ、実果」
「ん?」
愚痴をやめ、優奈の言葉に耳をやる。
「最近、変だと思わない?私達みたいな超能力者といっぱい会ってるし。あの警告も…」
『最近』というのは正確に言えば今日のことだ。
「警告って?」
「何日前くらい、思考配信みたいなので『無闇に能力を使わないでください』っていう警告があったでしょ?」
「あ〜あったあった」
実果は思い出したように手を叩いた。
「それと関係してるのかなって」
「そんなの考えすぎだって、私たちの学校だって、そういう子たくさんいるじゃん。だぶん誰かの悪戯だよ」
優奈は納得できなかった。
しばらく走って、優奈の家についた。
「じゃ、気をつけてね」
「うん。それじゃ」
優奈は少し古びた家の屋外階段から2階にあがって、実果は猛ダッシュで自分の家に向かった。
もう朝日が昇りかけていた。
優奈は弟が心配なので急いで玄関の戸をあけた。
「ただいまー」
弟が寝ていると思い、小声でドアを閉めながら言った。
玄関からリビングに来た途端、顔色を変え、呼吸が震えた。優奈は手から力が抜け、鞄が床に落ちた。
優奈の目にぐったりと倒れこんだ弟の姿が飛び込んできたのだ。その周りには潰れた半透明の銃弾が転がっていた。
「祐!」
‡―†―†―‡
「ニュースです。昨夜、謎の悲鳴が東京の街に響き渡り、住民は騒霊現象が起こったと、警察に多数の通報がありました。水沼さん、これについてどうお考えですか?」
「そうですねー。誰かが叫んでいるにしては、広範囲でしたし、そのような人を誰も見ていないことから、ある種のラップ現象と言っていいでしょう」
雪が愕然とテレビを見ている。その後ろでは類が腹を抱え爆笑していた。
もちろんこの悲鳴とは、昨夜の雪の悲鳴のことで、まさかニュースになるなんて思いもしなかった。
「次です。滝の自然公園近くの歩道に地割れが発見されました。不自然な形をしているため、人的に発生したとして、警察は詳しく調べています」
「レーイ。コーヒーを2つ用意してくれ」
突然、ソファに寝そべりながら、テレビを見ていた類が、澪に頼んだ。
するとドアをノック音が聞こえ、類が立ち上がってドアを開けた。
「よぉ。待ってたぜ」
そこに立っていたのは、実果と優奈だった。二人とも元気がないようすだが、特に優奈の顔色はひどかった。その優奈は、自分よりもさらに顔色の悪い少年を抱えていた。
「入れ」
類は珍しく優しく招いた。
「どけ!」
今度は雪に冷たく言い放った。
類はテレビのボリュームを小さくして、椅子に座るよう指示した。
澪がコーヒーを二人の前に置く。
しばらくの沈黙のあと、以外にも優奈が口を開く。
「あなたが…本当に祐を治してくれるんですか?」
「正確には俺じゃないが、弟さんは直してやる」
再び優しく、そして笑みを浮かべて答える。
「弟さん、病気なら…」
途中で類に口をさえぎられた。今のがかなり『KY』発言だからである。まあ、事情も知らない雪だから仕方がないが…。
「あんたには助けられたけど、どうも怪しいのよね」
類は疑いの目で実果に見られる。
ふと雪が気づいたのだが、彼女たちを助けるために負った左手の傷がいつの間にか消えている。澪さんが治療したときにはまだあった。いったいいつ直したんだろうっと疑問に思ったが、まだ口を抑えられて言えなかった。
「こっちは親切に、思考共有で悲劇にあってるその子をみて、助けてあげようといってるのに、その態度はなんだ?」
ジョイントに反応して、抑えられていた手を無理やり退かして、立ち上がって激怒した。
「まさか類!また変態能力を使ったの?」
今度は変態能力に反応して実果が立ち上がった。
「変態能力!?」
「そう。この人は他人の脳内に自分の魂を入れて、その人の脳を共有するという変態能力を持ってるのよ!」
「だから、状況がわかったし、私たちを呼べたわけね!」
二人の女性はヒートアップしているのに対し、男性のほうはクールダウンというより、嫌な予感がするというような顔で身を退き始めている。
「お二人さん、落ち着いて。そのおかげで、弟さんが助かるんだから、いいじゃないか…ハハハ、ハー」
「良くないわよ!」
二人は同時に怒鳴った後、バシッという鈍い音がやはり鳴り響いた。
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