EP0-CP5 類とレイノ
「心が読めるなんて、乙女の天敵みたいな能力を持ってるなんて。恥を知りなさい!恥を」
右頬が腫れた類に対しての文句だった。だが類は(ビンタがこんなに痛いなんて……。なぜだ?ナイフで刺されたときより痛い気がする)などと右頬をさすりながら考えていた。
類の感覚がおかしいというのもあるが、人間は傷が深すぎると痛みを感じないらしいのだ。それと違いビンタは、表面の神経を直接叩くような感じなので、一定の痛さが続くのであろう。
「ちょっと聞いてる?」
「……聞いてるって」
類は、座っていたテーブルから立ち上がり、雪と向き合った。
「だから、心を読む、というより、思考共有だ」
「ジョイント?あーもー、訳わかんない。あなたいったいなんなの?人を無理やり、連れ出したりして……まさか、新手の変態!?それに、瞬間移動したり、心を読んだり、況してや蘇るなんて、とても人間的生命体ではないと思うんですけど?」
確かに、女性をいきなり抱え、ビルに瞬間移動、心読んだりしては、自分の家に連れ込むなんて、まさしく変態であると同時に、地球外生命体ということもありうる。
「それより……ど、ど」
何か言いにくいことなのか、雪は言うのをためらっている。
「どうして、抱き…」
類が雪の代わりにそう言いかけたとき、右頬に今度はグーが炸裂した。
「それ、禁句。わかってるなら答えて」
右頬がますます膨れ上がった類を脅すような目付きでボソッと言った。その言葉にコクっと類も頷く。さすがに痛かったのか、類も素直だ。そんな類を見ていた澪が手を口に当て、おもしろそうに微笑む。
「お前にだき……後ろに近づかないと、そのまま落下して死ぬところだったんだ」
そう聞いた途端、雪の不機嫌な顔が少し緩んだ。
「あの後、俺はレイノを霊体実体して、落下の衝撃から守ってやったんだ。殴られる義理はない」
『サブスタンス』と聞いた瞬間、また訳のわからない言い訳をするんだろうと思い、呆れた表情をしたのだが、『守ってやった』という言葉を聴いたとたん、少し驚いた表情になった後、和んだ表情に変わった。
(あんな状況でも私を助けてくれたんだ。)
しかし、類は「これ以上死人が出たら、めんどうだから」ということを言おうとしていたのである。だが、また殴られてはたまらないので、言葉を変えたのだ。まぁ、結局は雪を守ろうとしたことに変わりはないが。
するとふと、雪にある疑問が浮上した。『レイノ』とは誰なのか。あの場所には類と私以外誰もいないはず、澪という人でもないし・・・。
最終的に考えられるのは一つになった。『見えない何か』である。
「ねぇ、その『レイノ』って……」
雪が確認をとろうと言った後に、雪の肩に何か違和感を感じた。
「お前の後ろにいる奴だけどぉ…」
類はレイノが、当然そこにいるかのような顔で、雪の後ろを指差す。雪はその指差すほうを見るが誰もいない。だが、違和感は感じる。誰かに肩を触られてるような。
「おいレイノ!いい加減、姿を見せたらどうだー」
類がそういうと、肩の違和感は強くなり、確実なものとなった。
「どーも」
突然後ろから声をかけられたので、驚きのあまり腰を抜かし、その状態で類の足元に後進した。
「だ、誰?ていうか何?」
「誰って、レイノだけど……」
雪が驚くのも当然だった。それは人間ではないどころか、人の形すらしていない物体が浮遊しているのである。澪が類を蘇生するときに出てきた、白い魂と同じ形をしていて、それに空洞の目と口が付いている。それが喋っているのである。
「そんなに驚かなくても……」
レイノが喋るとなにか違和感を感じる。
「そうだ」
類がレイノの元へ歩きながら賛同する。
「こいつが、お前を守り、助けたんだ。感謝ぐらいしてほしいものだな」
「え!」
類が雪の目の前で立ち止まった。
「お前、俺がなぜ飛べるのか、瞬間移動できるのか、知りたくないか?……いや、聞け。お前には話さないといけないことが山ほどある」
類の顔が真剣になった。
雪も好奇心で満ちた瞳で類を見る。
「まず俺についてだ。お前も気づいてると思うが、俺は普通の人間とは違う」
雪は、そんなのとっくに知ってるというような顔した。
「俺には基本、十の能力がある。それができるのは大体がレイノのおかげだ。どういうことかというとだな…」
類がレイノに目で合図をすると、後ろからレイノが雪に近づいていく。何をする気?と思いながら、後ずさりしする雪に躊躇することなく、徐々に距離を縮める。
「ちょ、ちょっと」
手で抵抗しようとするが、透き通ってしまい、効果がない。
次第に雪の身体に入っていく。
「ちょ、ちょっとあの子、今…私の身体に入ったんですけど」
雪は自分の身体を指差して目を丸くする。
「これが思考共有だ」
「ジョイント…さっきの心を読むやつ?」
「まぁ、そうなんだが、正式には思考を共有する能力だ」
「思考を共有?」
「つまり、お前の脳を俺とお前とで共有する。お前が今、お腹すいた〜って考えていることがわかるし、俺がお前の脳に信号を送れば、お前はそれがわかる。言わば一方的なテレパシーと思ってくれればいい」
雪がお腹すいた〜というのは例えではなく、事実だった。さらに、「我慢しろ」という信号が送られてきたので、驚いたというよりイライラしている雪だった。
「それはすべて、レイノが送受信機の役割を果たしているから出来ることだ。そのほかに、潜在能力や空中浮遊というのもあるが、今日はもう遅い。それにもっと大事な話がある」
類がそう言っている間にレイノが雪の身体から出てきた。そして、さっきの雪の発言が気になるのか、しょんぼりしながら消えていった。
すると、いきなり類が信じられない言葉を発した。
「お前には、謝らないといけない」
今の発言に雪は今までで一番驚いた。類の口から『謝る』という言葉を聞くとは夢にも思ってなかったのである。そう長い付き合いではないが、だいたいこの男のことはわかる。ほとんどがマイナスイメージのため、謝るという言葉を言うイメージではなかったのだ。くどいようだが、この男が謝るなんて考えられない、というより似合わない。だが、奥のほうで類たちのやりとりをずっと見ている澪は、まったく動じていない。この男から、謝るという言葉が出るのは、それほどめずらしくないのだろうか…。
「お前は今日から、俺達と共に生活してもらう。っていっても、お前に元々生活なんてないから、俺達と暮らしてもあんま変わらんか…。やっぱさっき謝ったの訂正」
今の発言はイラッどころではない。今すぐ顔面を殴りたい雪としては「これは確かに謝るのが当然なのに、それを訂正し、さらにあいつと暮らすという、絶望的内容を吐きつけてくるなんて信じられない。しかも、私の生活をなんだと…」と長々と文句を言いたいのだが、衝撃的な内容に動揺して、うまく言葉が出ない。
「というわけで、お前のベットはあっち」
類はさっき雪が寝ていたベットを指差した。
「じょ、冗談じゃないわ!なんで私があんたと生活しないといけないの!」
内心、もうわざわざ寝床を探す必要がなくなる、という嬉しい気持ちなのだが、それは類の存在によって、消されていく。
「要はだな、俺といなきゃ、お前は死ぬからだ」
今度は違う衝撃な発言だったが、今日はもう衝撃発言を聞きすぎて、何を聞いても驚かないようすだった。
「はぁ〜。今度は何…」
雪はため息をつき、もうどうでもいいや〜、という気持ちに切り替わった。
それに今日は、興奮しすぎたということもあって、いつの間にか疲れきっていた。
「さっきお前に警察が話かけてきただろ?」
「ええ」
疲れた声で応答する。
「実はこの警察という奴らある意味での敵でな、正義の暗殺者っていう組織が動いてるらしくて、俺と関わった人間を殺そうとするんだな、これが。あと、霊力者達も」
もう疲労で話についていけてない。頷くものしんどそうだ。
「最初は、あの程度ではわからないと思ってたんだが、やっぱり、バレたみたいだ。だからお前を見殺しにするわけにはいかない。よって強制的にこっちで生活してもらう。俺が奴らを潰すまで。ただ……」
雪は『ただ……』という言葉に、頑張って反応を示した。
「ただ……?」
「ただ、無料でここにいてもらっても困るので、仕事をしてもらいます♪」
類は珍しく声のトーンを上げ、『仕事』という言葉を強調して言った。
雪はある意味、一時的に疲れが吹っ飛んだ。
「は、働く……そんなのって」
(いえ。これはいいほうに考えれば、お金がもらえるということ?)
確認のために聞いてみた。
「……そのー、お金のほうは?」
「3分の1でよければくれてやる」
「そ、そんなにー!?」
雪の目の色が明らかに違う。ギラギラと輝いている。
彼女には家族がいない。よって収入源もないうえに、仕事も雇ってくれない。雇ってくれると言えば、夜の仕事ぐらいなもので、当然彼女はそんな仕事は一切お断りだった。まず、彼女は17歳なので、その手の仕事はやりたくてもできないのである。やっていたら、違う場面で類と合っていたかもしれない。
なら、今までどうやって食べてきたのかと言えば、またしても、他人の食事をご馳走になるという大胆な方法だったのである。さらに、その家でお風呂や洗濯までしてしまっていたので、制服や体に汚れ一つなかったのである。だが、その図々しいさには、目に余るものがあるが、生きていくためには仕方がないことなのである。
だから、彼女にとってお金とは、一円でも惜しい存在なのだ。。
そして、この先知ることになるが、その貰えるお金が、とんでもなくわずかということを彼女は知らなかった。
「金の話はともかくだ。その仕事内容は……」
そのとき、言葉が途切れた。レイノが類の目の前に急に現れ、類の身体に入っていったからだ。
レイノが入ったと同時に、類の緩やか表情が一変し、険しくなった。
すると、部屋の隅のほうから「類」と澪が無表情で呼びかけた。
「ああ、わかってる」
そう言って笑みを浮かべた。その笑みはどこか不気味で、恐怖さえ感じた。
「えっ!えっ?」
雪には何が起こってるのかまったくわからない。完全に一人だけ除け者にされた気分だ。
類は澪の方へ駆け出すと、澪は部屋の隅に消えていった、ように見えた。実際には、その部屋の隅には上へと繋がる階段があるのだが、雪の角度から見ると、ないように見えるため、消えたように見えたのだ。
その階段に類も駆け上っていき、「待ってよー」と言いながら、その後についていく。
雪が上のほうへ出るとそこは、下の部屋の暗い雰囲気とは違い、何処にでもあるようなアパートの一部屋があった。類たちはその部屋を早々と通り過ぎ、上がってきた階段から見て反対側のドアから出て行ってしまった。雪は仕方なくこの部屋を後にし、ドアの方へ駆け出し、ノブを回してドアを押し開けた。が、突然、雪は何かに頭をぶつけ、ゴンっと鈍い音が鳴る。雪がぶつけたのは壁だった。なんとドアから1メートルも満たない先に壁が立ちはだかっているのである。
この家のドアは、路地にあったため、そうなってしまったということだ。
その路地を抜けると、類と澪、あの時の警察二人が睨み合っていた。
読んでいただきありがとうございます^−^
誤字脱字や気になる点などがあればご指摘ください。
次話もよろしくおねがいします。
 




