EP0-CP4 類と澪
雪と類はまた『見えない何か』に吊られて飛んでいた。
「いきなり何すんのよ。殺されるとこだったじゃない」
馴れたように平然とさっきのことについて文句を言う雪の言葉に、類はまったく反応を示さない。普通なら、冷やかしを言うはずなのだが。それに気づいたのか、類の顔をじっと見る。しかし、前髪で顔が隠れて表情が見えない。
「類?」
そのとき、東京の街に一滴の赤い雨が落ちた。二滴、三滴とそれは徐々に増え、所々を赤く染める。それが、雪の手の甲に付いた。
「……血!?」
見た瞬間わからなかったが、それはすぐに血だとわかった。それが類から流れていることも。
「類!血が……」
ジャケットの右脇腹から血が滲んでいる。その真裏の部分からも血が滲んでいて、さっきの銃弾が貫通したと推定した。
すると突然、見えない何かが消え、雪と類はそのまま真っ逆さまに落ちていくと同時に、雪の悲鳴が街に響き渡った。
しばらくして突然、ピタッっと悲鳴が聞こえなくなった。類が両腕を雪の肩に乗せ、軽く抱きついたからだった。雪は恐怖を忘れ、時間が止まったように感じた。冷たい体だったが、不思議と落ち着き、居心地が良かった。
そのまま落下していき、とうとう地面まで100メートルというところまで来ていた。
雪は正気に返えり、目を瞑って、死ぬと覚悟した。
不思議なことに、自分の意思で死のうとすると怖くないのに、自分に意思に反して死ぬとなると恐怖感じた。
‡―†―†―‡
「先輩まだですか〜」
竜がいつものやる気のない声で、目を瞑って集中する勇に向かって言った。
「あと少しだ。今、奴の潜在能力が消えた」
「ふーん。しかし驚きました、まさかあいつも霊力者だったなんて。もう少し
早く言ってくれれば、こっちもそれなりの対処が出来たんですけどねー」
今は集中しているから、怒鳴ることができないが、今後は不快敬語にも気にしないでおこう。内心勇はそう思った。
「お前の力は目立つ。だからあえて言わなかったんだ。……よし、見つけた。行くぞ!」
走りだす勇に続いて、竜もその後を追った。
「しかし、あの類とかいう奴は、多種霊力者ですか?」
走りながら竜が問いかける。
「又は、一つの霊力を応用しているという可能性もあるが……まだわからない」
走りながら勇が答える。
「でも、瞬間移動に、ハイドっていう隠れる能力、共通点があるとは思えませんけどね」
また走りながら竜が問う。
「はぁ、はぁ。だから、まだ、わからないって、言ってるだろ」
体力を消耗しているのか、息を切らしながら答える。
しばらくして、途中でとまり、息を切らして苦しそうに、手で待ての合図をした。
「どうしたんですか〜♪」
楽しそうに勇を問い詰める。
「もうダウン?早いですねー」
竜の言葉がズカズカと刺さる。言い返すことができないところ見ると、相当苦しいようだ。
「お前は若いからいいが、俺はもう30だ。お前みたいな体力はない」
言い訳らしい言い訳である。確かに勇は30歳だが、実際より若く見える。だいたい25歳ぐらいだ。20歳の竜が一緒にいても同じぐらいに見える。
勇は体力がないのではなく、類たちを早く見つけるために、強力な生命探索を2回も使ったので、精神的にも肉体的にも、かなり体力が消耗していたのだ。それをわかって、反撃できない勇に対し、遠慮なく(況してや喜んで)言葉を突き刺す。
「いいんですか?早くしないと逃げられちゃいますよ〜。いいのかなぁ。いいのかなぁ。刑事ともあろう人が、そんなことで逃がしていいのかなぁ」
これには流石にカチンっときた。
例の怪力で吹き飛ばそうと片足を上げたが、ふと周りを見回すと、歩行者が4、5人いたので、ゆっくりと足を下ろした。
いつの間にか、勇たちが走っている間に『通勤区』を抜けていたので、コンビニに行く人や帰宅途中の人が少数だが歩いていた。
「お前後で殺す!」
捨て台詞を吐き、早歩きで類たちのところへ向かった。竜も脅しに動じることなく、そのあとから大股で着いて行った。
‡―†―†―‡
ここは……。私、死んだの?
暗闇の中で、雪が自分に問う。
暗闇が横一直線に、ゆっくりと裂かれていく。そこから光が差し込み、その奥には、ぼんやり古いレンガの壁が見える。それは徐々にはっきりと映し出されていく。
「気がついた?」
このシチュエーションに、聞いたことのある台詞。前にも経験したことあった。だが声は、落ち着きがあって、イラッともしない。そして、優しかった。類と違って。
ゆっくりとその方へ目をやると、紫混じりの水色のセミショートヘアーの髪、女性にはめずらしい、髪には気を使わないタイプなのか、寝癖、或いは癖毛が所々跳ねている。逆三角形の黒いサングラスと、白いボレロの中の『DEATH』と書かれた文字の真ん中にある髑髏の黒Tシャツで、パッと見怖いイメージがある。だが、へそを出しているということと、見えるんじゃないかというぐらい短いミニスカートのせいで、男は興味を注がれてしまうであろう。女の私でさえ、じっと見てしまいそうだ。ところが、男性のみなさんには残念なのだが、スカートの中から膝下まで伸びた黒のスパッツでまったく見えない。
「なにジロジロ見てるの?」
何見てんのよ!という感じではなく、ジロジロ見ている私を面白がっているような言い方だった。
「いえ……。私は、いったい……」
部屋の中央のほうへ目を向けると大きなダイニングテーブルがあった。よく見ると、その上に、黒いTシャツを着た男が横になっていた。
「類!」
藍色のジャケットは、頭脇に折りたたまれて置いてあった。その中に履いていたであろうTシャツの右脇腹は血で滲んでいた。
「類は、類は……」
「死んでるわよ」
類が死んでるのかということを確認したいことを理解した女性は、あっさりと平然な顔で言い放った。
雪は驚くというより、冗談でしょ、という顔した。
「でも、生き返るから大丈夫よ」
幻聴だろうか。現在、ありえない言葉を受信した。生き返る……。どういうことだろうか。
「下がってて」
雪は無意識に後ろへ下がった。
その女性は、腰に下がった茶色のポーチからはさみを取り出し、襟に切れ目を入れ、そこから服を引き裂いた。
雪は思わず目を見開き、口を開いた。なぜなら、類の身体を覆い尽くすように、この世の文字ではないような黒字が書かれているからである。
「これは……」
思わず口に出てしまったが、女性は丁寧に答えた。
「これは、彼の傷跡みたいなものね。傷を負うたびに私がこうやって治しているの」
そう言うと、類の口に手を近づけた。
しばらくすると、白く透明な得体の知れない球状のものが口から出てきた。口から出てきた瞬間を見た雪は、うっと吐き気がしたが、なんとか飲み込んだ。
それを傷に当てると、光を放ちながら中に入っていく。それと同時に、傷がある場所に、他の部分にあるのと同じ文字が現れた。
すると類は、何かが身体の中に入ったように、はっと息を吹き返した。
「は、はぁ〜。……よく寝た」
まるで、今まで何事もなかったように欠伸した。
「澪、サンキューな」
澪という女性に礼を告げた後、こちらをじっと見る雪のほうを見た。
「人の体をジロジロ見るんじゃねー」
さっきの澪とは違い、本当の意味でのこっち見るな発言だった。
類はテーブルから降り、さっき雪が寝ていたベットの上に掛かった赤いTシャツに素早く着替えた。再度雪のほうを見た後、ため息をついた。
「あれ、別に俺の意思でした訳じゃないから。しかたなくだから。そう深く考えるな」
もしここに、澪以外の第3者いたなら、類が照れ隠しに言っているように聞こえてしまうのだが、それが違うことがわかっている澪は、雪を見てフフッと軽く笑う。
当の雪は、顔真っ赤にして、類から目をそむける。
「な、何の話?」
「別に誤魔化さなくてもいいって、俺がお前に、抱きついたことを」
ますます顔が赤くなる。
「だが傑作だー。何が『心地いい』だよ。その気になっちゃって。ハハハッ」
類の言葉と爆笑に、その恥はやがて怒りへと変わり、類に大接近して叫んだ。
「馬鹿!キモイ!死ね!」
その街中に聞こえそうな大声の直後に、バシッという高い音が鳴り響いた。
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