EP0-CP3 類と見えない何か
空中になれたようすの雪は、すぐ上の方にいる類のほうに顔を向けた。
「ちょっと、どこまでいくのよ〜」
あれから、空中にふわりと飛んでから、20分近く飛んでいる。飛んでいると言っても、類が雪を抱えて飛んでいるのではなく、類と雪の間に『見えない何か』が存在し、それが浮遊源となっているのである。その見えない何かは、雪を吊り上げていて、類はそれに乗っている。なので、雪と類との間には、すっぽり見えない空間があるのである。加害者の男はというと、類の隣でまだ気絶してる。もちろん、見えない何かは、類には見えていて、雪には見えていない。
これで私を助けたのか…、と推測して、勝手に納得した。
「ねぇー、こんなところを他の人に見られても大丈夫なの?」
大丈夫なわけないのだが、皮肉としての発言だった。
雪がその心配するのは当然のことだ。高い上空を飛んでいるのでもなく、高層ビルよりも低い高度で飛んでいるため、誰かに見られてもおかしくはない。さらに、飛行時間の20分のうち、15分間は、世界一怖いジェットコースターにでも乗っているかのように叫び続けていたため、目撃範囲はかなり高いはずだ。
「こいつの潜伏能力で他人共にはみえねぇから安心しろ。悲鳴のほうは……」
ダルそうな声で言ったあと、途中で言葉を切った。悲鳴のほうは聞こえてしまうので、余計な心配はかけさせたくない・・・・・・などと思う類ではない。実際は変なことを言って、またこいつがうるさくなったらめんどうだ、という気持ちで言葉を切ったのだった。
みえない何かに吊り上げられている雪は「ハイド?」と小さい声で呟いた。
「お前にはまだ説明しない。まだ助かる見込みがあるからな」
今の私の声が聞こえたんだ、という気持ちが横切ったので、類の妙な言葉が頭に入ってこなかった。
少しの沈黙が続いたあと、類が下のほうを指差した。
「あそこで降りるぞ」
指の先には、滑り台だけがポツンっとあるだけの公園があった。
見えない何かは、徐々に高度を落とし、公園の上に着いたところで一時停止した。
「おい!さっさと降りろ」
「言われなくても降りるわよ!」
と言った瞬間に、見えない何かは、パッっと雪を落とした。
「痛ー。ちょっと!優しく降ろしてよ」
尻餅をついた雪が怒鳴った。
「すまなかったなー。お前がそんな脆い人間だと思わなかったんだよ」
類は得意の嫌味ったらしい口調で言った。
「じゃっ、俺はこいつを処分しなくちゃならないんで。もう自殺なんて馬鹿な真似するんじゃねーぞ」
怒っていた雪は『自殺』という言葉を聞いた瞬間、顔を下に向けたが、すぐに類の目を見た。
「……もうしないわよ!」
「ならいいけど。自殺しようとしてもわかるから、そこんとこよろしく」
類は珍しく笑顔で言うが、その笑顔は少し、むかつくものがあった。
「あと、俺と出会ったこと、話したことはくれぐれむも内密にな」
類は笑顔を保ったまま、人差し指を唇に当てた。
(この人も笑うんだー)
雪は内心思った。
「そりゃ笑うだろ。愛想笑いだ、愛想笑い。それともなにか、俺が人間じゃないとでも思ってるのか?」
「え!?あんたなんで私が思ったことがわかるの?」
「……じゃあな」
しばらく黙りこんだ後、雪から目を逸らして、別れの言葉をぼそっと言い放った。
「ちょっと!」
ゆっくりと上昇し、満月のほうへ翔けていこうとしている類を見て、ある疑問が浮上し、問いかけた。
「……あなた、名前は?」
類は速度を少し落とし、後ろを振り返った。
「人に名を聞くときは、自分から名乗るもんだろー」
「……私はー、雪ィー」
少し距離があったので、山に山びこを求めるように叫んだ。
「俺は類だー。じゃあなー、ユキィー」
聞き間違えではない。雪が叫んだ言葉をわざとそのまま言ったのである。
「違う!私は雪!」
雪は目を吊り上げられたように激怒した。それにも関わらず平然の顔で「そうですか」と言って行ってしまった。
雪はしばらく満月に重なる類を見て、公園を後にした。そのとき、あることが頭に浮かんだ。
結局、ゴーストマネージャーって何……?
‡―†―†―‡
街から少し離れた、低い山のてっぺんに、少し小さめの警察署が建っていた。周りが木々で囲まれており、そこへ行くには、一箇所の長い階段から上るしかない。100段はある。わかるように、まったく上ろうという気持ちにはならない。ただでさえ、行きがたい警察にこんな長い階段があるのでは、用事があっても行きたくないものである。
その警察署の横で、クリーム色の髪に双葉のような寝癖が特徴的な男が、地面に丸の中に三角形がある陣の中央に、チョークで星を描いている最中だった。
「竜。ホント、陣が下手だな」
確かに、竜が描いている陣は、普通に見れば落書きにしか見なかった。
「だって、先輩の陣を書いてるって思うと……ねぇー」
誰かに共感を求める口調だが、勇は当然ながら、まったく共感できない。
「ったくお前は……」
勇は怒っているのではなく、あきれていた。
勇は竜に近づき「貸せ」というと、チョークを取り上げ、三角形の上に重ねて、逆の三角形を描いて六星に直し、中央の星を消した。
「ホント単純な陣ですね。普通のファンタジー漫画にでてきそうな」
「うるさい。お前さっさと見張ってろ」
「は〜い」
竜はやる気のない声で返事をすると、陣から離れ、あたりを見ました。
「たぶん誰もいませ〜ん」
勇は一つ頷いて目を瞑ると、彼の体から、茶色い魂のようなものが一つ出てきた。
「生命探索!」
その魂は、地中にポチャンっと入っていった。
その瞬間、勇の『内なる目』は、この街をもうスピードで駆け抜け、公園を出ようとしている一人の女性を発見した。
「見つけた。行くぞ!」
勇は陣から飛び出し、警察署の正面を曲がり、階段を駆け下りた。
「ちょっと待ってくださーい」
竜もあわてて、勇の後を追いかけた。
‡―†―†―‡
「さて、今日はどこに泊まろうかなぁ」
雪は今日の寝床を考えていた。
彼女には家がないので、毎晩のように寝床を探していた。ホテルとか宿ではなく、他人の家にお邪魔するという大胆な方法だった。以外にもそれは結構成功するもので、大体はその方法でやり抜いてきたのだ。まぁ、たまに、どの家も受け入れてくれないときがあるが、そのときは野宿ということになる。今は夜中なので、だいたい引き受けてくれないので、今日は野宿ということはわかっているが、あるというフリをして安心感を得るための自己暗示である。
そして彼女はもう一つ、自殺のことについて考えていた。
(彼のおかげで、また人生をやり直そうと思えた。嫌味で変な奴だけど、類のおかげで命を無駄にしないですんだ。この一つしかない命を大切にして、楽しく生きていこう。)と……。
すると、前の方から二人の男が歩いてきた。一人は刑事って感じの服装をした茶髪の人。もう一人は、類ほどではないが、アクセサリーを付けていて、クリーム色の髪に、双葉寝癖が特徴だ。
二人は雪の少し手前で立ち止まった。
「あの〜、少し〜、お尋ねしたいことが……」
だらだらと喋る竜に、勇は頭に一発かました。
「失礼しました」
勇は苦笑して謝った。
「少しお尋ねしたいことがあるので、署までご同行して頂けますか?」
「え、は、はい」
身に覚えないことだった(実際あったのだが、忘れていた)ので戸惑ったが、ご同行を承諾した。次の瞬間、ふと背中に気配を感じたので顔を後ろに向けると、なんとそこには類がいた。
「すまないが、こいつを警察に行かすわけにはいかねぇな」
すると突然、雪を軽々と持ち上げ、ビルの上に瞬間移動した。
「!」
驚く竜に対し、勇はすかさず腰から拳銃を取り出し、雪を抱えているのにも関わらず、類に発砲した。だが、軽々と瞬間移動で避けられてしまう。
雪が銃声一発一発に、悲鳴をあげている。
普通銃声を聞けば、周りの人間が気づくのだが、ここあたりは『通勤区』と呼ばれ、その特徴として、ただでさえ高層ビル建ち並ぶ東京でも、特に大きいものが並んでいる。しかも、今の東京は午後8時以降の会社の入社は禁止なので、この時間帯は仕事をしている人がいない。よって、銃を使っても気づかれないのである。
「先輩。どうやったらそんなに自信が持てるんですか?」
「ふんっ、俺の視力をなめるなよ」
確かに銃弾は、的確に類を捉えている。ただ、瞬間移動によってそれを避けられているだけであって、瞬間移動がなければ確実に仕留められる。
類は瞬間移動をした瞬間、右に走った。今発砲すれば、勇の腕なら確実に仕留められる。
パァーン
勇はこのチャンスを見逃さず、的確に発砲したが、はずれたのか、そのまま走り向こうのビルから落ちていった。
「逃げられちゃいましたね……クスクスッ」
笑いをこらえているが、我慢できず少し漏れている。
勇は舌打ちをした後「あとを追うぞ」と言って、類が落ちたビルのほうへ走って行った。
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