EP2-CP24 人生のリュックサック
「はぁ〜、この家には落ち着ける場所はないの?」
「まぁ、ないといえばないな」
あっさり答えられてしまった。
まぁ、あれからなんやかんやありまして、雪の発想力を鍛える訓練も、彼女自身が引き起こした暴力事件のせいで、再び後回しになってしまった。
幽霊にこういう言葉を使うのはなんだが、とりあえず学は重傷を負い、類が強制的にどこかへ返還させた。
一般的に、幽霊に重傷を負わせることはできるのか……という疑問が浮上するのだが、厳密に言えば学は幽霊というレベルではない。
類いわく、霊には5段階の過程的なものがあるらしく、死後30分以内であれば、霊体……つまり魂はまだ肉体に宿っている。その後、第2段階に入るのだが、約2週間はこの世をさまよえるらしい。そして、魂は問題の第3段階へと進む。
問題というのは、第3段階から、魂が悪霊化するか、そのまま霊界に逝くのかということに分かれるからである。
その第3段階というのは、第2段階の時に、どれだけの後悔、怒り、欲……つまり『念』を蓄えたかによって、その姿形を変形させる段階のこと。例え念が1つだとしても、その念があまりにも強かった場合、それは姿形を変貌させ、第4段階、『悪霊』になってしまうというわけである。
無論、念の弱い霊などは、そのまま霊界へと導かれ、最終的には『冥界』へ逝くことができる。
さて、悪霊と化した魂は最終的にどうなるかと言えば、『集合体』と呼ばれる、強力な悪霊へと進化するのである。
というわけで、長々しい説明となったが、学は今第3段階の変形前なので、物理的ダメージを受けてしまうというわけである。とは言っても、怪我をするとか言うんじゃなく、なんと言うか、肉体的に魂がそういうことを記憶しているため、痛みは錯覚。まぁ、あまりにも強い衝撃だと、精神的ダメージで気絶するかもしれないが。
「だいたい、幽霊だったらもうちょっと変な姿でもいいと思うけど、何あれっ。完璧誰がどう見ても人間よねっ。普通の人に見られるのと、なんら変わんないじゃないっ」
不機嫌な顔で文句を吐きながら、キッチンの冷蔵庫から昭和の香り漂う、瓶のコーヒー牛乳を発見し、それを取り出した。なぜか、ふたが開いていたが、中身は満タンのようだったので、誰も飲んでいないということを推定し、口に近づけた。
すると、類がコーヒー牛乳の方を指差して、
「あ、それ俺が口つけた――」
「うぅっ、……えっ!」
「――っと思うだろ?」
「ふ〜」
また類の得意の冗談だと思い、雪は額の汗を拭って、安心のため息をついた。
「本当につけちゃったんだな〜これが」
「ブブゥゥゥゥッ」
思わずコーヒー牛乳を噴出した。
「いやな、飲めるかなぁっと思って軽く1滴程度飲んだんだ」
「ち、ちょ、ちょっと!それを早く言ってよ!」
「なーんてなっ」
類が不快な笑みを浮かべた。
「ったく、また冗談?」
雪はそう言って、またコーヒー牛乳を飲み始めた。
「あ、そうそう。それ、マジで飲めないから。腹壊すぞー」
「うっ、ブブゥゥゥゥッ」
またもや、噴出した。
「そ、それこそ先に……」
グュルルルルゥ
「うっ……」
腹部に異変を感じた雪は、類を一回睨みつけて一直線にトイレに向かった。
「まったく、忙しい奴だな」
そう言いながらニヤリと笑みを浮かべた。
‡―†―†―‡
東京の街のほぼ中央に位置する、商店区、通勤区、通学区の丁度境目の山(?)の頂上に、警察署があった。
その警察署の屋上で、勇と竜が缶コーヒー片手に休憩していた。
ふたりともパッとしない顔だったが、特に勇はうわの空だった。
「最近見ないですねー。類の奴」
「……ああ」
勇は手すりに肘をのせ、右手で缶コーヒーを外に持ってただ遠くを見つめていた。
勇の脳裏には、数日前に竜に言われた言葉が浮かんでいた。
それは、茜と話したあとのことだ。
「どうして俺と裕輝だけが知らないことを、みんな知ってるんだよ!」
「……」
「答えろよ!」
「ごめん……先輩。やっぱ俺、隠してた。先輩には、まだ知ってほしくない」
似合わぬ真面目な弱い口調で言う。
「だから……だから何を知ってほしくないんだっ!」
鉄製の階段が勇の怒鳴り声を反射し、より竜の耳に響いた。
そして、短い沈黙のあと、竜がうな垂れてぼそっと勇に聞こえるように言った。
「先輩には……まだ言いたくない。…・・・もう少し、時間をくれ……」
竜はそのまま黙って階段を駆け下りて行った。勇は引き止めようと声を掛けようとしたが、なぜか喉の奥が詰まったような感覚になり、結局、左手だけがそういう風になっただけだった。
時間をくれ……っか。
「先輩?」
「!」
勇は竜に肩を叩かれて、現実に引き戻された。
「大丈夫ですか?」
「ん?あ、ああ……」
「なんか最近元気ないですね」
そう言いながら、勇の隣に腕組みをしたのを手すりの上にのせ、勇と同じほうを眺めた。
「なぁ、時間って――」
「先輩」
それはわざと勇の話を拒むようだった。
「人生って、疲れますよね〜。何かを持ってると。それをいっそのこと捨て去って、楽に生きたいですよね〜」
「……」
空は徐々に怪しくなってきた。太陽が黒く塗りつぶされ、二人に影が重なる。
「でも……人間って不思議で、それができないんですよね。……リュックサックの中には、いらないものだけじゃない。必要なものもある。だから、それを捨てるってことは、すべてを捨てることになる。それはもっと苦しい。でも、リュックを開けて、いらないものだけ捨てればいい。だけど、人間はそれができない。何でなんでしょうねっ。ホントっ、不思議な生き物ですねー」
小雨が降りだしてきた。時期に大雨になりそうな雰囲気である。
「……おまえ――」
「さっ、中に入りましょう。風邪引きますよ」
そう笑って、ドアの方に向かっていった。
気のせいかもしれないが、その目からは涙が流れていたようだった。雨がそういう風に見せたのかもしれないが、どこか引っかかる笑みだった。
勇は空を仰いで、竜の後からドアへと向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます^−^
誤字脱字や気になる点などがあればご指摘ください。
次話もよろしくおねがいします。




