EP2-CP22 お風呂
「あ〜、最近面白いの、やってないなぁ〜」
翌朝、一番早く起きた――と言っても、朝11時――雪が、類愛用のソファーでテレビをつけての感想だった。
結局昨日は、類は愛用のソファーで、雪と光は、地下で寝たのだった。
光はというと、たぶんまだベットで寝ている。『たぶん』と曖昧なのは、朝、光の姿を見ていないし、寝ているという確認もしていないので、予想である。
類の方は、朝ソファーにもいなかったことだけで、外出したと決め付けた。というか、実際類がどこへ行ってなにをしようとどうでもいいことなので、そんなに気にしなかった。結果、類の居場所は知らないという結論にたどり着く。
雪は、全チャンネルを一通り見た後、テレビをプチっと消して、ソファーの背もたれに、ため息をしながら思いっきりもたれかかった。
「はぁ〜、軟禁って結構暇。類もいないし……あ!」
雪は起床時間10分で類がいないことに気づいた。
と、その時、類愛用のソファの斜め向かいにあるキッチンの奥から、なんと類が現れた。
突如現れた類は、タオルを腰に巻き、上半身裸。つまりは、風呂上りという格好でこちらに向かってくる。さらにその証拠として、髪が濡れ、特徴的な斜め4方向だけの長い髪の毛が垂れていた。
「な……あんた、どこから来たのよっ。……それ以前にその格好……」
「いやっ、誰がどう見たって風呂上りだろーが」
「いやいや、誰がどう見たって変態よっ」
雪の言うことも一理ある。
「だいたい、風呂上りって言ったって、どこにそう呼べるものがあるのよ!それ以前に、どっから湧いたのよっ」
「湧いたって、俺は虫ですか?」
「だってそうじゃない。出入り口もない、誰もいなかったほぼ密室に近いキッチンから、突然、タオルを腰に巻いた上半身裸の変態が出てきたら、それはもはや人間ではないと思っても変じゃないと思うけどっ!」
「出入り口もない?何言ってんだ。通路なら、あそこに――」
「え!?」
類がキッチンの奥の方を指すので、そのほうへ急いで向かうと、なんと、突き当たり左に廊下があるではないか。
その廊下の一番奥にドアがひとつ、左側にも一つあった。
前々からこの家の構造に疑問を持っていた雪の謎が解決した。と同時に、この家の新たなる謎が生じた。
「なんで、このこと――」
「教えなかったかって?それはお前の好奇心のなさと、推理力のなさのせいだろ。俺のせいにすんな。だいたい、『ここってなんでドアがないんだろう』と思ってんだったら、少しは自分で調べるか推理しろっ」
つまり、この家は玄関から見ると、『L』字型になっている。外見は四角形なのに、中の構造がL字型はおかしい、と雪は前々から思っていたのである。だったら自分で、そこに繋がるドアを探したり、推理しろ、と類は言っているのである。
まぁ、キッチンの奥に通路があるなんて、人の家のキッチンをお構いなく物色するよっぽどの失礼な人か、設計者でもない限りわかるはずがない。その設計者は誰かと言えば、だいたい予想はつくが……
「ってことは、ここにお風呂が?」
「当たり前だ。……まさかっ、お前ずっと風呂入って――」
バシっ
類の右頬にビンタが命中した。
「そんなわけないでしょっ。ったく、夜こっそり銭湯に行ってたわよ」
「人の爆睡を利用して夜に外出するとは……」
「賢いでしょ?」
「いや、その上に『ずる』が付くな」
バシッ
今度は左頬に……恐らく言わなくてもわかるだろう。
「とりあえず安心した〜。もうわざわざ銭湯に行かなくてよくなるし。……お風呂ってことは、トイレは?」
「あるぞ。風呂んとこに」
類がそういうと、急いで廊下を走った。
雪が左側のドアを開けようとしたとき、
「風呂場は奥のほうだ」
と言われたので、ドアノブから手を離して、奥のドアノブの方へ手を伸ばした。
そこには、ピカピカの白いタイルの壁床に、清潔感漂うトイレとシャワーに浴槽があった。
「良かったー。だって地下のトイレって汚いんだもん」
「ああ。ここは澪が管理してるからな」
「さすがっ!すごいなぁ澪さんは」
「ところで……」
「ん?なに?」
「お前さ、その制服洗わないの?」
「失礼ねっ。ちゃんと銭湯のついで、洗濯してますよっ」
こいつこの制服何着持ってんだ?
「ちなみさ、それは何日ペースで?」
「な、何よ突然……。まぁいいけど、だいたい2日に1回ぐらいかな」
なるほど、だいたい2着持っていて、それを着回してるのか。それにしても、とことん哀れだな。澪が戻ってきたら、澪にこいつの服を買ってこさせるか。じゃないと、さすがにこのスタイルは飽きる。
と、一人で勝手に考える。
「じゃ、私、お風呂入るから、ほらっ」
「何?」
「だから……」
「だから何?」
雪は改めてこの類という男を鈍感だと悟った。
つまりは、雪は今からお風呂に入りたいので、男性の類はとっとと出ていけ、と合図しているのであるが、まったくその意味を理解できていない。
「じゃあ何?一緒に入りたいの?別にいいけどっ」
笑みを浮かべ、類を睨みつけて、わざとらしい冗談を言う。
「ああ。じゃあ入るかっ」
「ええっ!」
予想外の発言に、危うく転びそうになった。
「はぁ〜、お前はバカだな。まず1に、今の台詞で、男は普通に『入る』っていうだろうがっ」
やっぱこの人変態だわ
「第2に、俺は変態じゃない。これは一般的男性論だ」
ううっ……
「第3に、俺はこの家にいるときは、お前にレイノを託してる。だから、考えてることはお見通しだ」
……
いつの間にか、冗談を仕掛けたつもりが、類の冗談の術中にはまってしまっていた。
「第4に、お前と言えども、女と風呂を―」
ブシっ
さっきと違って、鈍い音が風呂場に響き渡る。
威力はそうとうなものだった。あの類が軽く吹き飛んだのだ。しかも顔面グーパンチなので、ダメージはさらに増す。
「俺、前々から思ってたんだけどさ、お前鍛えてんの?すごく痛いんだけど……」
「もう一度殴られたいの?」
怒るという口調ではない。『無』だった。その言葉には、何も感情が込められていなかった。逆にそれが怖い。
「じゃあ、邪魔しないでね。それと、レイノは私の身体から追い出してね」
バタンっ
超乱暴にドアを閉めた。
「……俺の服、中にあるんですけど……」
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