EP2-CP21 霊心理解(メンタルスタンド)
その後、類たちは会社を出て、類の家に帰る途中だった。
「名は?」
「神月光」
「俺は類だ」
「私―」
「お前はいいっ」
類が雪の顔ごと掴んで、突き飛ばす。
この通勤区は相変わらず、この時間帯はまったく人の姿が見当たらない。なので、車道のど真ん中を、光のような黒いローブを着た怪しい人が歩いても大丈夫なのである。
「ところで、あんなところで何してたんだ?」
「……」
動じることすらせず、ただ黙々と歩き続ける光。
「……明日まで、お前の家に泊めて欲しい」
突然言葉を発したと思えば、まったく話を変えてくるので、類はため息をついて、
「まぁ……いいけど」
と答える。
しばらくの沈黙のあと、類が突然口を開く。
「……は!?……ガス?……イグニッション……爆発!?」
側から見れば、危ない人である。当然、雪もそれを見て、心配そうな目で類を見つめる。光はというと、それでも黙々と歩き続ける。
「類……大丈夫?」
「はっ?……あ〜そっか、お前には見えないんだな。……あんたはどうか知らんが」
「見える。が、言っていることはわからない」
単調に早口で答える。
「こちらの霊子さんによるとだな、ガスタンクの近くで遠隔発火が自殺をしようとしているらしい。俺はそいつを今から止めに行くが……お前らも行くか?」
雪は「うん」と頷くが、光はしばらく硬直して、しばらくの沈黙のあと、「行く」と答えた。
そして、類一行は、その爆死を図ろうとしている子から約10mというところで、様子を覗っていた。
その子は会社近くのガスボンベの横に、震えながら立っていた。
「あの子?」
「ああ」
その容姿は高校生。だが、それにしては背が小さい。ではどうして、高校生ということがわかるというと、赤を基調とした制服を纏っているからである。
正直類は、あの制服は見飽きたと思っているが、自殺者を放っていくわけにもいかない。
「ねぇ、どうしてこんなところで身を潜めないといけないの?」
「あいつに無闇に近づけば、大爆発しかねないからな」
「……どうして?」
「お前なぁ、もう少し自分の頭で考えることをしろよ。何でもかんでも、どうして?じゃっ、脳が退化するぞ」
「はいはい、悪かったわね『バカ』で。……っで、どうして?」
「はぁ〜。あいつが遠隔発火だからだ」
「イグニッション?」
「放出型霊力の一種で、基本、燃やせるものはすべて発火させることができる霊力だ」
「それって、『発火現象』ってやつ?」
「いや、遠隔発火は発火現象とは違って、自在に発火させることはできない。燃えるものだけだ。人とかなぁ」
さりげなく、不安にさせるような発言が聞こえたが、聞き流した。
つまりは、遠隔発火は燃えるものすべてを発火させることができ、それは気体でも例外ではなく、そのガスボンベのガスを発火して、爆破させることだってできるというわけである。
無論、それを阻止できなければ、類たちも木端微塵である。
それを理解したように、雪の表情が堅くなる。光は予想通り無表情だった。
「で、でも、このままじゃ、私たちも死ぬかもしれないんじゃ……」
「まぁ、その前に俺が阻止するから安心しろ」
「どうやって?」
「霊力放出で、あいつの脳内に潜入した後、霊力で運動神経を鈍らせると同時に、思考能力を低下させ、潜在能力と空中浮遊で―」
「あーもういいよ」
「なんだ、説明したら拒否するし、しなかったら追求する。一体お前は俺に何を求めてるの?ったく」
まったく類の言う通りでもあるが、わざとらしく早口で説明したので、理解できないのも納得だった。
類は、改めてその例の子のほうに向きなおして、手を翳した。
「霊力放出」
銀白のオーラがその子に一直線に飛ぶ。
丁度そのとき、その子がガスボンベに触れようとしている瞬間だった。
「思考共有」
だが、その動きは今の類の台詞と同時にピタッと止まった。
「ま、間に合った〜」
雪が一安心している間に、目の前にいた類の姿が消えていた。
ふと、その子の方を見ると、類がその子の手を抑えていたのである。
「い、いつの間に!」
スピード的に、10m1秒というところであろう。
「離してよっ」
甲高い声を上げ、必死に抵抗しているが、その力は弱いようで、類もあまり力を入れていないように見える。
「火憐」
「!」
その子の抵抗が止まった。
「あなたは人に迷惑を掛ける子じゃないわ」
類の口から、優しく透き通った声が聞こえてくるが、それは類本人の声ではなかった。もっと詳しく言えば、その子、つまり火憐の母親の声だった。
「生きて。生きるのよ火憐。苦しくても、辛くても、それを乗り越えるの。母さんも助けてあげる。だから、母さんを悲しませるようなことはしないで」
「お、母……さん?」
「生きて」
それが最後の言葉だった。
火憐はそのまま地べたに座り込み、悲泣した。
問題解決を図った光がゆっくりと、類のほうへ足を運ぶ。
類の行動をじーっと見ていた雪が、それにハッとなって、光を追い抜いて、類の方へ駆ける。
ゴホッ、ゴホッ
「大丈夫っ?」
雪は類がひどく咳き込んでいたので、背中をさすってあげた。
「あー、こんなにきつかったっけか……」
元の気の抜けた声に戻った類が、雪の肩を借りて姿勢を整える。
「それより、その火憐って子を―」
雪が火憐の方を見ると、まだずっとうずくまって泣き叫んでいた。
「……大丈夫?」
火憐はコクっとひとつ頷いて、立ち上がって涙を拭いだ。
「……ごめんなさい。迷惑かけて」
「どうして自殺しようとしたんだ?」
「あなた……超能力者ですよね?」
類は正直に頷いた。
「お前が自在に物を燃やせること……」
火憐はその言葉を理解して、
「じゃあ、話します」
と承諾した。
「……この変な能力に嫌気がさしちゃって、死のうと思ったんです」
小学生のような声が耳に響く。
「私の学校は、全然私みたいな人がいなくて、ずっと誰にも言わずに隠してきたんです。……だけど、たまに勝手に出ちゃって、火事になりかけたことだって……。それで―」
「―自殺を図ったと。まぁ、わからなくもない。俺だってそういう時期があったしな。だが、母さんも言ってたろ。もう死のうなんて考えるな」
「……うん!」
さっきの顔が嘘のように、明るい表情で元気よく返事をした。
「ありがとうございましたー」
雪は手を振り返した後、先を行く類たちの元へ駆けていった。
「ねぇ、さっきのは……」
類達に追いついた雪が質問した。
「霊心理解」
「メンタルスタンド?」
「……霊の気持ち、言葉がわかる、俺の基本霊力の一つだ。さっきの場合は、母親の霊を憑依させただけだ」
普段以上にだるい声で喋り、表情も疲れきっているように見える。
「ねぇ……大丈夫?」
「……あ、ああ」
とは言ったものの、憑依させるだけで、こんなにくるとはなぁ。まぁ、ここ最近は、霊力を使い過ぎたかもしれんが……。いや、それだけじゃない気がする……だぶん。
「やっぱり、霊力者って大変なんだね」
「ああ。自殺者の2割が霊力者と言われてるほど、霊力を持つには、強い精神力を要する」
たかが2割ではない。元々、霊力者自体が少ないので、2割というのは非常に多い。
「お前もその覚悟があるんだろ?」
「うん!」
類は軽く鼻で笑った。
‡―†―†―‡
「これを受け取ってください」
類の家で待っていた若手社長の手には、悪霊を倒した報酬の札束があった。まぁ、一枚千円の札束一つだったが。
「おお!」
雪は当然のこと、類までが唸りを上げる。
「どうもっ」
類は失礼にも、その札束を熊が鮭を獲るような勢いで取ると、超高速で数え始めた。
「ざっと、10万円ってとこか」
え〜っ。もっと期待してたのになぁ〜
ただあの部屋で突っ立っていただけで貰えるだけでもありがたいというのに、この欲張りな貧乏少女はまだ物足りないらしい。
「なんだ、これじゃあ全然少ないじゃないかだって?」
「ああっ、い、いや、ち、違うんです。わ、私そんなこと、これっぽっちも……」
思考共有によって、雪の心を読んだ類が、わざらしく雪の顔を見て、不快な笑みを浮かべる。
「ありがとうございました」
礼を述べたあと、若手社長がドアを優しく閉めた。
「もー、類!危うく報酬がパーになるとこだったじゃない!」
「まぁ、いいじゃないか。5万も足して貰ったんだし」
ソファーに寝そべって、再びお札を数え始める類。
「そうそう、お前はこのソファーで一晩を過ごしてくれ」
「……わかった」
「じゃ、おやすみっ」
そう言って、その場でわずか5秒で爆睡。恐るべきスピードである。
「……」
自分で言っておきながらも、自分がそのソファーで寝ているので、光は地下のベットで寝ることになった。まぁ、これももしかしたら、類のささやかな優しさかもしれないが。
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